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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 レミングの進軍
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悪意

 会議は続く。俺はホロヴィジョンの中の制裁軍の動きばかりを注視している。


 次々ともたらされる報告ではELS艦隊から出た戦虎兵が内陸に入って近隣の村落を襲っているらしい。

 親父殿がイースの航空騎兵を出そうとしたが俺の方で待ったをかける。


 もちろん間違った情報ではない。ただELS艦隊の総戦力5000の内のたった100に慌てて手を打つのはよくないと思っただけだ。


「現有戦力の温存は理解できるが対処を怠れば国内を好き勝手に食い荒らされるだけだというのもわかっているよな? ハザク神は動かせんのか?」

「親父殿もラタトナにいたからわかると思うがハザク神は一度闘争に身を投じればすっきりするまで大暴れするぞ。港町を襲っているところに向かわせるのも気が引けるのに、内陸に派遣なんてしたらまぁ大惨事だ」


 きっと凄いことになるぞ。ELS陸軍なんて目じゃない災厄が帝国本土を襲うんだ。俺達は何をしにきたんだってなるからね。それはちょっとね……

 ハザク神は強力な爆弾みたいな神様だ。一度我を忘れると俺だろうが誰だろうが見境なく殺しに来る。強力なカードの分だけ使い勝手が悪いってのはよくある話だ。


 しかし戦虎兵が陽動だとわかっていてもELSに好き勝手にさせる理由もないか。


「イースの航空騎兵を好きに動かしていい。戦虎兵への対処はやってくれ」

「わかった。ラキウス、三百騎を率いてELS陸軍を狩れ。座標に関しては随時こちらで指示する」

「心得た。エルネストもついてこい、お前の力量も見たい」


 ラキウス兄貴がアーチーを連れて出ていった。俺の方からもサトラーさんに思念話を送って根回しをしておく。俺が言っておかないとイースと兄貴の喧嘩になっちゃうからな。

兄貴に従う理由がないからな。


 航空騎兵が飛び立って20分後。最初の報告が来た。

 制裁軍は森の中にある人口百人以下の集落を軽く破壊してから逃走していた。逃走前に火を点けていったから派手な殺戮に見えたが入り口で多少暴れただけでさっさと去っていた。殺された村人も最初に襲われた連中以外は勇敢にも立ち向かっていった人達だけで、家の中に隠れていた人や奥に住んでいて騒動とは無縁だった人達は無事だったそうな。この聞き取りはラキウス兄貴が直に行った。


「派手に暴れたふうに見せて実際は杜撰もいいところだ。いや、迅速に最低限の仕事をして去っていった、そんなふうに見える」

「陽動くさいな」


 陽動だとわかっているが動きがモロに陽動だ。軍事衛星による監視を見ていない奴なら深読みをしてしまうかもしれないくらい陽動だ。

 そして兄貴は冷静だ。さすがに現役の騎士団士官だ。


「陽動の線も高い。とりあえずこの近隣を丹念にサーチしておく、まだ伏せている可能性はある」


 陽動ならとっくに遠くに離れている。村を去ったと近隣に潜伏し、こちらが出した兵を始末する腹積もりという可能性もあるにはあるが、白頭鷲騎兵三個中隊を見れば逃げの一手に変わるかもな。


「俺も兄貴の判断にどうこう言うつもりはないよ。必要なことをしてくれ」

「そうしてくれ、横からごちゃごちゃ言われるのは好かん」


 通信が切れる。イースの超長距離通信部隊が便利すぎるぜ。


 親父殿からの要請がある度にイースの航空騎兵を飛ばす。ラキウス兄貴が三百騎。ルド兄貴が四百騎。サトラーさんが三百騎。この三つの部隊で上陸したELS戦虎兵を叩きに出したが八度出動して七度空振り。交戦に到ったケースは一度だけで、あっさりと逃げに転じやがったが空中からの超速滑空&投げ槍で全滅させた。その際に干渉結界の発動を感知したってんだから強い部隊だ。イースの航空騎兵じゃなかったら返り討ちに遭っていた。そんな部隊に逃げに徹されたら発見は困難だ。


 たった二時間の間に報告と死が積み重なっていく。制裁軍は陽動を仕掛け、欺瞞じみた行動を繰り返し、だが着実に戦果を積み上げていく。

 こうやって軍事衛星からモニタリングしていなければわからない洗練された悪意だ。ただひたすらに悪意をばら撒くことだけがこいつの願いだ。


「お前も俺と同じか?」


 俺はフェルガン・ナザーレに関してはあんまり知らない。だが行動には人の想いが表れる。

 奴の軍事行動を見ていると奴の歓喜が聞こえてくるような気がする。身を焦がすほどの怒りを相手にぶつける瞬間の仄暗い歓喜の声だ。


 私怨か? 私怨だろうな。これほどの怒りはアベンジではありえない。リベンジでなければこれほどの怒りは発生しない。


「誰を殺された。家族か、それとも恋人か? いや己自身か?」


 自らが食むはずであった未来を閉ざされたか。幸福か栄光か、両方かもしれない。ならばお前は俺に似ている。


 シェナちゃんにもフェルガンの経歴を洗わせたが派手に活躍している近年のものはともかく祖国での経歴は出てこなかった。ガレリアが諜報活動を行っていないせいもある。まぁ小さな国だ。仕方がない。


 ELS艦隊が陸戦騎兵を吐き出し終えた。続いて航空騎兵も吐き出し始める。艦隊の護衛としてか500の航空騎兵を残して戦力を吐き出し終えた艦隊がゆっくりと陸を離れていく。


 帝国本土に解き放たれた航空部隊が地図にあるような大きめの都市を目指して動き始める。だがやはりこちらの航空騎兵を避けて動いている。傍目に見ていても見事なものだ。


「帝国という記号的な存在への恨みか? そうは思えねえんだがな」

「それ、なんなんだ?」


 ウェルキンがホロヴィジョンを覗き込んでくる。会議を聞け会議を。聞いてもわかんねえと思うけどな。

 変則的な動きを続けるELS制裁軍で司令官は不敗の知将。その対応策を話し合うのが公軍の将校と親父殿とかいう歴戦の将軍たちだ。騎士学二年の劣等生にわかる内容じゃない。


 だが人の心の機微は誰もが理解でき、誰に聞いても異なる知見を得られる。人は人として異なる経験を積んできて今に至るからだ。


「なあ、殺したいほど憎い奴がいるとしてだ、お前ならどうする?」

「殺すぜ、そいつが友でもない限りはな」


 はっきりした男だよお前は。


「じゃあどうやって殺す。他人に任せるか、それとも自分で殺るか?」

「どういう恨みかにもよるが自分でやらなきゃ男じゃねえだろ。ちがうか?」

「いいや、おそらくは正解だよ」


 俺達がこの港に到着した瞬間に動きを止めた艦隊と陸戦兵の放出。確実にこちらの動きを確認してから動いている。

 海戦においては無駄な荷物にしかならない陸戦兵を放出した理由はわかるがグリフォン騎兵まで出す必要はない。


 ハザク神を確認した時点で勝算の低下を認め、撤退と嫌がらせに走った? 冷静な指揮官ならありえる線だがフェルガンに限っては無い。


 この動きの理由はなんだ? 俺はフェルガンという男を知りたくなっていた。


 思考の海に埋没して深く深く問いの答えを探る。その最中に目の合った親父殿の訝しげな眼差しは俺に頼れと言っているふうだ。


「リリウス、何を悩んでいる。お前にはこんなにも大勢の仲間がいるのに何を一人で悩んでいる?」

「悪いがしばらく悩ませてくれ。もう少しでわかりそうなんだ」

「わかるって、なにがだ?」

「フェルガン・ナザーレという男が」


 ぴこん! 軽快な音と共に新着メッセージを知らせるポップアップが立ち上がる。

 頼んでいた調査報告が届いたので閲覧する。シェナちゃんに頼んだフェルガンの経歴調査だがガレリアが担当したようだ。


 過去の戦歴は凄まじいの一言に尽きる。魔竜の討伐、エルダー級ヴァンパイアの討伐、百年後も名前の残るような絵本化される英雄の偉業が並んでいる。知略のみならず魔導師としても超越の領域に片足を突っ込んでいる。

 彼もまたアルトリウス・ルーデットやラスト・アルチザンのような世界に名を轟かせる大英雄なのだ。


 報告書にはフェルガンの戦歴や性格的傾向のみならずナザーレ大公家の秘術も記載されている。彼という英雄のタネ明かしになるのかもしれないが、むしろ俺は格段に興味を抱いた。ネタが割れても何ら不利益にならない超常の秘術の持ち主だ。


 軍令所を出て港の様子を見ておく。たくさんの兵隊でごった返すそこは市場のような騒がしさだ。待機中の小隊が座り込んでいる光景もある。

 少し気になって軍令所内の軍兵に問う。


「この騒ぎはいつから?」

「もうずっとであります。遠征軍の輸送拠点ですからね、五月からずっとこの調子であります」

「じゃあこの混雑は掴まれていると考えていいわけだ」


 この調子なら港町も兵隊でいっぱいだ。宿なんかは船の乗船待ちをしている兵隊で貸し切り。それどころか営業時間外の酒場や定食屋、倉庫なんかも兵隊の仮宿として借り上げているはずだ。


 どういう種類の懸念かと言えばだ。ここにフェルガン・ナザーレが紛れ込んでいても誰にもわからないっていう話だ。それこそ鑑定師でもない限りはな。


 とりあえず沖に出たELS艦隊の撃沈をハザクくんに頼んだ。艦隊壊滅の報告がやってきたのは僅か十分後であり、この報告を聞いてもやはり罠にかけられたような悪い気分が治まらなかった。

深海のハザク LG 8:10 水のマナ⑦

 このカードをプレイした時、相手と自分の場のカードを一枚選んで破壊する。

 このカードが攻撃する時、相手と自分の場のハザク神以外のカードを破壊する。

 このカードは他のカードの効果によって破壊または消去されない。フォロワーによる攻撃またはマジックリソースによるダメージでは破壊される。


 深き海の底で忘れられた神が微睡む。

 その姿は雄大にして荘厳。だがその怒れる姿はどんな混沌の神よりも恐ろしい。

 我ら人がその歩みを深い海の底まで伸ばした時、我らは真の恐怖を思い出すであろう。



戦の血 R 水のマナ⑤

 このマジックカードをプレイした時、相手と自分の場のカードをすべて破壊する。


 戦の血が海を汚す。注がれた穢れは霧のように海底に降り積もり、その怨嗟は眠れる戦神を呼び起こすであろう。

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