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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 レミングの進軍
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まことの愛をあなたに① 落とし穴

 ミッションは順調に進行している。ワーブル軍の進軍遅滞のタスクは完了。壊滅に関しては進行中、ミッション障害クラスBが確認され次第任務の放棄が推奨されているが現状は放棄する要素は無い。


 ただ思ったよりもワーブル軍の練度が高い。高度600mまで上昇したのに投槍を的確に当ててくる。このサブ素体はジェネレーターの出力の関係でクラスEX魔導防壁を使用できない。リフレクターを起動して対処しているが貫通される可能性はある。


 至近距離ならともかくこの高度にかかる威力減衰でリフレクターを貫けるのはBクラス以上の投擲スキルホルダーくらいのものだ。軍神アレスの加護がコモンスキル化した投擲スキルはさすがに奇跡の端くれだけあって世界法則を捻じ曲げるちからを持つ。

 飛距離の増加。初速と終速の均一化。何の冗談かクラスが高くなるほど盾と呼ばれる物質に当たった際に止まるという不思議な性質を持つ。これは本当に何らかの冗談としか思えない。だが問題はリフレクターは盾と認識されない点だ。


 リフレクターは大雑把な言い方をすると速化ハロー波と遅化ハロー波を交互に放射して物体を減速させる仕組みなので、初速と終速の均一化の特性を獲得した投擲物は素通りさせてしまう。

 そういった意味では軍神アレスのエインヘリヤルとは最悪に相性が悪い。この素体で戦えば何もできずに串刺しにされていただろう。しかし仮定の懸念はあれど現状は順調だ。


(シェナちゃんは情報不足だなんて言ってたけど問題なさそ。ワーブル大したことないじゃん)


 勝利は人の目を曇らせる。さらに上へと視線をあげて走る者は落とし穴に気づけない。似たような格言なんて幾らでもあるのに人はいつだって落ちてしまう。



◆◆◆◆◆◆ 



 第二騎士団の長ティンダロンは先導するみたいに遥か頭上を飛行する雌デュラハンを見上げ、何とも忌々しそうに鼻を鳴らす。


(冥府の王の使徒ふぜいが人を小馬鹿にしてくれるものだ。アンデッドに落ちる者など所詮は弱き者であろうに、何を増長しくさったか……)


 あれはワーブルを馬鹿にしている。侮るのみならず心底から馬鹿の集まりだと考えている。だからこんな阿呆な策を打つ。脳が腐っているからだ。


(人族を舐めるなよ、雌デュラハンめ……)


 ティンダロンが超長距離思念話用の水晶球をこつんと指でつつき、心の中で唱える。


(対象と接触、ただしダミーの方だ。誘導地点はおそらくはウィコンガ遺跡。指示を待つ)


 これはナシェカの嵌った落とし穴の話だ。



◆◆◆◆◆◆ 



 昨夜。夜も随分と深くなってきた頃、ワーブル王アスワンの下に珍しい客人がやってきた。

 大至急、しかし内々に会いたいという書状を携えてやってきた客人をアスワン王は歓迎した。


 目も冴えるような緑色の法衣を纏う彼のことは古くから知っている。レブナント元子爵。またの名を草原を渡る風エンヴィー神の大神官アイスラ。王の第一声はこうである。


「久しいな。呼んでも何かにつけて用事を思いつく男がいったいどういう風の吹きまわしだ」


 風の大神官に風を問う。何ともお洒落な冗談である。

 で、大神官も負けじと言い放つ。


「それはもうエンヴィー様の導きの風次第ですな」


 エンヴィー神は迷える旅人の前に緑色の風を運び、旅を助けてくれるという伝承がある。いにしえの勇者オルドレイク・ルファスなどは特に愛され、神々と友諠を得て偉業を果たしたという。

 ゆえに草原ワーブルの民はエンヴィーを愛している。神に愛されることが幸せになる方法だと信じているからだ。そしてアスワン王もエンヴィー神の信徒であるのだ。


「相変わらず面白い男だ。それで用とはなんだ? 思い当たることが無いではないがお前の口から教えてくれ」

「此度の戦は我らの領分であると先ほど気づきましてな。どうか我らにご助力いただきたく参上した次第であります」

「ふむ、貴殿らの領分と」


 王が『ら』の部分がなんとなく気になったのは正しい。どれほどの賢者でもこの時点でこの部分こそが重要なのだと気づけるわけがないのだが、そこは賢王と呼ばれる男ゆえ直感的に他人の話す言葉の意図がよくわかる。


「はい、我ら神殿の領分にございます」

「それではエンヴィーのみならず他の三神殿も含むと聞こえてしまうな」

「賢王陛下の仰います通りにございます。先ほど西の地にて軍神アレスが討たれもうした。これがどうやら冥府の王の使徒の仕業のようで……」


 さすがのアスワン王もこの男が酔っぱらっているのではないかと考えたが、話は最後まで聞こうと思い直した。


「デスのか。それは何とも恐ろしいの」

「左様。我ら秩序の神の信徒は大いなる混沌の勢力と戦うが運命。どうか賢王のお知恵と御力を御貸し願いたく思い、夜分に押しかけたわけなのです」


 王にも心当たりはある。


「デュラハンの鉄馬車に聞き覚えは?」

「市井の噂としては。ただ冥府の王の使徒としては聞き覚えはありませぬな」


「ワシは冥府の王の勢力については詳しくない」


 心当たり一つを真実であると認めるのは愚かなことだ。だがアスワン王の超視野的な感覚がこれらは真実ないしは真実に近いものであると認める。


「だがお前ほどの男がワシに助力を求めてきたのだ。事態を重く見るとしよう」

「感謝いたします」


 大神官が膝を着き、頭で床を打つ。神に捧ぐべき大神官の叩頭礼を見るやアスワン王は己の直感が正当を引いたと感じた。つまりはこれを並々ならぬ事態だと判断したことがだ。


「ではここからは武官も入れて話をしよう。つまりは神殿が何をしてくれるかという話だ」

「法術でのサポートが主になるでしょうな。神具の貸し出し、僧兵の派遣、惜しむものはありませぬ全てをお使いいただきたく。他の神殿もすぐに申し出てくるでありましょう」


(手の内を見せぬ神殿がここまで言うか。悪しは悪しだが結果を見れば利益が勝るか? ……いや、すべては勝てればの話だな)


 ワーブル王アスワンが策を深く練る。竜を狩るがごとく慎重に、悪魔よりも狡猾に……


 殺害の王アルザインはたしかにリリウスに強大なちからを与えた。殺せない男を殺すためには確かに必要なちからであった。

 だがそんな事情がどうしたというのだ。生者すべての大敵と化してまで得たちからには相応のデメリットも存在するのだ。冥府の王の使徒ではないと証明できない限り神殿は彼の存在を許さない。


 アシェラ神という大きな庇護者を失ったことで抱え込んだデメリットが表層化した。これより親交の無い神殿が救世主の敵に回る。

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