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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 レミングの進軍
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ガレリアの基本戦術

 ピスト公国はけっして弱い国ではない。小国のわりには軍事力もある方だ。ただ国家の方針として自衛力以上の軍備を求めてはいなかった。

 ピスト公国は豊かな国だった。黒海サンラーツとアバラシア海の直通路であるヴァルキア大運河の通り道に中継港を持つおかげでワーブルからも商人がやってくる。ワーブルのみならず北部アストラ地方から大勢の旅客がやってくる。


 唯一の悩みのタネであるワーブル王国は長年の宿敵であるのだが、同時に公国に富と繁栄をもたらしてくれた。この関係はリリウスとバイアットの関係に似ている。横暴な王国リリウスにいじめられてる公国バイアットだが、そんな関係にも関わらず不思議と公国にも利益がある。


 だが二人と違って両国には友情のようなものは一切存在しない。

 だからワーブルからもたらされた救援のお話は公国からすれば「え、本当に助けてくれるんですか!?」っていう驚嘆すべき話である。


 使者は夜更けにこっそりとやってきた。厳戒態勢を敷く公都にどうやってか侵入し、ワーブル王からの親書を公城の門番に手渡した。


 寝所のベッドに座る公王エンザギは幾人かの信頼できる家臣を呼び、ワーブル王からの親書を一緒に読む。その感想はまさしく上記のようなものであり、公王エンザギでさえこれは夢ではないかと疑ったくらいだ。


「聡明なアスワン王に限って騙し打ちは……無いと思いますがな」

「だがワーブルに何の得がある。制裁軍はもうそこまで来ているのだぞ、このタイミングでの動きはあまりにも不自然だ」


 長年の宿敵を信じるべきか、信じてもいいのか?

 言い合いを重ねる場に家臣の一人の呟きが響く。


「やはりあの噂は本当だったのか?」


 ひとりごと、そんな音量の小さな呟きを公王が聞き咎める。


「噂とはどのような?」


「あ、失敬。公王陛下の耳に入れてよいものではないのです。不確かな市井の噂話にございます……」

「よい、いま我らはこの世で最も信じられぬ親書を読んでいるのだぞ」


「ならば。東の国境に伏せていたワーブル第四軍団がデュラハンの鉄馬車によって壊滅。デュラハンの鉄馬車はそのまま無数のリザードを連れて東の街道へと消えていった。森には鎧装具を剥がされた大量の死体が転がっていたとか」


「それは…何とも夢のような話だな」

「市井の噂などこんなものです。噂を広めた者がまことデュラハンに遭遇したのならその者は死んでいる。どうしてその程度のこともわからずにこんな噂を信じる者が多いのか……」


 民の愚かさを嘆く家臣を横目に見つめ、公王が頷く。


「だが噂が真ならばワーブルの動きに得心もゆく。常のワーブルとは乱心したとて手を組めぬが雪辱に燃えるワーブルであれば話は別、そうは思わぬか?」

「陛下、まことならば勝てましょうが真偽不明では大きな賭けになりますぞ」

「だがこのままでは戦後に公王は制裁軍が勝利するまで都に引きこもっていた臆病者と謗られるのだぞ。統治が揺らぐどころか地方領主の反乱を招きかねん」


 彼らは確かに夢を見ている。希望という名の光の夢を。

 夢の甘さゆえか、それとも彼らの愚かしさか、いやきっと彼らも心のどこかでは信じていなかったにちがいない。恐るべきワーブルを打ち破ったデュラハンの鉄馬車が敵側に付いているという、少し考えれば気づきそうな事実に←



◆◆◆◆◆◆ 



 長き歴史を持つ壮麗な公都アルジャハルのメインストリートに整然と整列する公国軍。歩兵が三千。騎兵が五百。魔導兵団が約百。公都防衛に一千の兵を残しているが、これが公王エンザギが保有する全兵力である。


 友軍ワーブルと手を取り合い、あの恐るべき蛮族どもを打倒する。

 長年の宿敵と手を組んで強大な敵を打ち破る。この中々に熱いシチュに燃える公王エンザギは馬上の人となって、出陣を見守る民衆と勇敢な兵へ告げる


「長年の宿敵どうしであった我らとワーブルは手を取り合い、一つの最強剣となりて侵略者どもを打ち滅ぼす! 兵士よ! 勇気を持ちて我に続け! 民よ! 戦う我らの武勇を祈ってくれ! 我らは最後の一兵になるまで戦うぞ! ワーブルと共に隊伍を組んで互いを励まし合い、勝利の日まで戦い続けると軍神アレスに誓う!」


 歓声が巻き起こる。熱狂が民から巻き起こり、兵と王を高揚感が包んだ。

 門が開いていく。朝日を浴びて輝く公都の正門は栄光を掴むために開かれた天界への扉のようだ。


 正門の向こうには頼もしき友軍が待っていた。精強で知られるワーブル騎兵軍団だ。

 軍団長と思しき、遠間からもわかる美形の騎士が十数騎の親衛隊を率いて公都入りをする。


「馬上にて失礼する。ワーブル第四騎士団団長フェデル・レブナントです。我らが偉大なる賢王アスワンの命にて公国救援の任につく!」

「彼の高名な神速の第四騎士団、それもワーブル最速の騎士『閃光』フェデル殿か!」


 最も王の信任厚き騎士を寄こしてくれたのか!

 エンザギ公王は感激のあまり馬を寄せて閃光フェデルへと握手を差し出す。


「共に戦ってくれるか!」

「我らは戴く王は共にこのアストラの大地に生きる民族。想いは同じ、軍神アレスに誓って極北の猿どもめを駆逐いたしましょう!」

「フェデル殿、貴公ほど頼もしい友はいない! あぁ軍神アレスよご照覧あれ、この戦いと勝利をあなたに捧げます!」


 大歓声が大気を震わせる。気の早い脚本家なんかはすでに芝居の草案を書いていて、公都のカフェで執筆中だ。勝利の祭りに間に合わせるには今から書くしかないのだ。キーワードはエンザギ公王とフェデル閣下の友情と、雄々しき戦士達と、あとはまぁ端っこにフェデルに恋する儚い美少女でも添えておけばいいだろう。二人の友情を邪魔しない感じで。……そんなふうに考えながらグフグフ笑ってるこの脚本家はやや腐っている。


 そんな熱狂の中、フェデル閣下が部下へと呟く。


「準備完了、合図を」

「うむ」


 これを公王は前向きに捉える。


「フェデル殿、こちらの準備も完了しておる。先導は我らに任せてくれ」

「お任せする。さあ戦場へ!」


 公国軍が歩兵を先頭に進軍を始める。三千騎のワーブル騎士団が左右に分かれて作った花道を進んでいき……


「そろそろかな?」


 フェデル閣下の発言と同時にまとめて吹き飛んだ。3600もの公国軍が公都の目と鼻の先でまとめて吹き飛んだ。公王陛下も開いた口が塞がらない。


「なあっ!?」


 黒々とした煙と白っぽい粉塵がもうもうと立ち込めている。

 まさか起爆スイッチ式の地雷原が一斉に作動したなんて誰も考えていなかった。今しがた送り出したばかりの軍が爆発したのだ、公都の民の混乱は果てしない。


「ふぇ…フェデル殿、これはいったい……?」


 そんな混乱をさらに増長させるみたいにフェデル閣下が叫ぶ。


「帝国! 帝国軍が攻めてきたぞー!」


 これを合図に公都の正門前に整列していたワーブル軍が一斉に公都に襲いかかる。開きっぱなしの正門から堂々と侵入して公王エンザギの周囲を固める親衛隊に襲いかかる。一番槍はこの男。まだ齢十四にも関わらず大人顔負けの堂々たる体躯を誇るガンズバック・ザクセンである。


「公王エンザギ、お命頂戴いたす!」

「やらせん!」


 勇敢な騎兵が公王を庇って立ちはだかる。だがフェデル閣下がピストルで兵の背後から後頭部を撃ち抜く。


「ふぇ…」


 目にも停まらぬ早業で十数人の騎兵の頭部を背後から撃ち抜いたフェデル閣下の姿がぐにゃりと変幻する。美しい黒髪の娘に変わった。だが公王エンザギには彼女が死神か何かにしか見えなかった。


「お前は……」


 それが公王エンザギの最後の言葉となった。何故なら彼の前にはガンズバックの振り下ろすハルバードが迫っていたからだ。


 斬首の音が響き渡る。コンコンと軽やかな音を立てて転がっていった王の首を掴み、ガンズバックが吠える。


「公王エンザギ、このガンズバックが討ち取ったぞ!」

「「ザクセン! ウーラン!」」


 兵どもが一斉に『皇帝陛下と我らが主に万歳』を意味する雄たけびをあげる。公都アルジャハルは陥落した。ガンズバック・ザクセンは公王エンザギの首級を挙げ、その栄光の将来を誰が疑うべくもない盤石の物とした。



◆◆◆◆◆◆ 



 公都アルジャハルの占領は戦略的には大きな意味を持つが、特大の戦術的脅威に晒されている現状では素直に喜べたものではない。

 それはそれとして大きな武功を素直に喜んでいるガンズバックがナシェカに命令を請う。


「次の指令をくれ」

「じゃあ公都の占領を進めておいて。門を閉ざしてワーブルもピスト軍も入れないようにしてね」


「他には?」

「いいって。そっちも簡単じゃないよ? 余裕なんてないだろうし専念してよ」

「しかし……」


 ガンズバックがなおも食い下がる。何しろナシェカの任務はワーブル全軍の対処だ。というのも統制の女神シェナは諸侯軍のほとんどを戦力外と判断していた。また意思疎通の手段の無い者を作戦に組み込むつもりもない。

 よって役割分担が過酷なダブルブッキングになっていて、ナシェカは休む暇もなくワーブル軍に向かうのである。


「任せてよ、簡単な任務だからさ」

「簡単とは思えん」

「簡単簡単、二千騎集めてこいなんて任務に比べればね?」


 ウインクをするナシェカには苦笑を返すしかない。命令したのは彼だし彼女はきっかり二千騎どころか五千騎集めてきた。しかも戦利品としてワーブル第四騎士団の軍装を確保してだ。

 精々が百騎集まればそれでよしと考えていたガンズバックには、目の前のこのご婦人が超越者に見えて仕方がない。


「そこもとにとっては簡単なのだろうな。……死ぬなよ、ナシェカ殿が死ねば兄者に顔向けできん」

「へーき、へーき」


 ガンズバックが空を飛んでいくナシェカの背を見上げる。自分などでは想像もつかないような激戦が待っているだろうにあの様子だ。


「本当にあの人たちには敵わないな……」


 憧れを認めるのはそう難しいことではない。

 ただ素直に敵わないと認めるか、それともその背を追いかけるかは別の話だ。



◆◆◆◆◆◆ 




 これは昨夜のことだ。

 ナシェカが通話をかけ始めた。すぐに繋がった。声からして女性っぽい。


『ねえ、誰この番号?』

『わたしわたし、あなたのナシェカちゃん』

『げっ!』


 電話に出ちゃいけない奴の声を聞いたような反応だ。ガレリアの脱走兵が普通に電話かけてきたんだから当然だ。


『ナシェ姉、どうやってわたくしのコールナンバーを手に入れたの、そいつ懲らしめてくるから教えて』

『ゲルトの下手くそ。そんな聞き方じゃ誰も教えてくれないよ』

『お姉さん面しちゃって! 調子狂うからナシェ姉の相手は嫌なのにぃ』


 なんなら脱走かんけいなく嫌われてそうだ。


『もう切るわよ。教主さまにバレたら怒られちゃうもの』

『取引しようよ』

『やーよ、怒られちゃう』


『まあまあそう固いこと言わずにさあ。……ここにね、まだ発売前の新段拡張パック『竜の聖地』ってのが十パックあるんだけどぉ、欲しくない?』

『……』


 生唾を呑み込む音がした。欲しそうだ。


『聞くだけ聞いてあげる。なに?』

『ワーブル王アスワンの身体データを頂戴』

『持ってない』


『じゃあ持ってそうな子から手に入れて』

『やーよ、そんな面倒な仕事』

『あ、よく見たら三十パックあった』


『……ナシェ姉?』

『ねえお願いだってば。うちの社長が大会優勝の景品として特別に作ったUR以上確定パックも付けるからさ!』


 すごく間が空く。きっとこれは良心と戦っている時間だ。


『それ、第何段のまで入ってるの?』

『新段も入った全カードまで』

『……仕方ないわね。待ってなさい、掛け直すから』


 ゲルトルートが掛け直してきたのは五分かそこいら後だ。よほど欲しかったらしい。



◆◆◆◆◆◆ 



 走る城壁と謳われるワーブル第二騎士団が平原を駆ける。重装甲で身を固めた彼らの駆け抜けた後は文字通り草の根一つ残らず踏みつぶされている。

 つい先ほどまでキドン侯爵の軍と衝突していたが、大した手応えもない雑兵の群れなので一発で蹴散らしてやった。残党狩りをするほどヒマではないのでそのまま放置してきたくらいだ。


 団長たるティンダロン伯爵はさっきから愚痴ばっかりだ。


「やはり北の猿どもは弱卒ばかりか。我らを恐れてチマチマと小者狩りをしていた連中などやはりつまらんな」


 今回のターゲットはドルジア帝国軍全体だが主な標的が存在する。あのフェデル・レブナントに土をつけたデュラハンの鉄馬車。討ち取れば王がお喜びになるとあらば狙わない理由はない。


「噂のデュラハンの鉄馬車、いったいどれほどの猛者か愉しみだ」


 戦意に燃える男ティンダロン伯爵に並走するモノがある。

 女だ。スケート靴にしてはエッジが大きすぎる、まるで死神デスの大鎌のようなスケート靴で空中を走っている女だ。たなびく長い黒髪。整いすぎて異常性さえ感じる美貌。見ているだけで怖気が走る奇怪な女だ。


「お前……」


 ティンダロンにはすでに確信があった。


「ナシェカとかいう雌デュラハンか?」

「……」


 雌デュラハンが淫猥に笑う。確信した、これはこの世に存在してはいけない冥府の住人だ。

 ティンダロンが攻撃指示を出す寸前に空中に映像が浮かび上がる。


『ハーイ、こちら中継のナシェカちゃんです! 本日は特別ゲスト、ワーブル王国アスワン王にお越し願いました!』


 なんと映像の中には縄で縛られたワーブル王がいるではないか!

 あまりにも衝撃の光景だったので第二騎士団の全員が空中を見つめ始めた。敬愛すべき主君が何故か縄でグルグル巻きにされ、口布まで噛ませられている。国民としては見たくない映像すぎる。


『よく見たら中々のナイスミドルですねえ。ナシェカちゃんは興味ないけど枯れ専女子にはウケる素材なんじゃないでしょうか? じゃあさっそく始めましょう!』


 映像の中の雌デュラハンが珍妙なオモチャを両手に持っている。それはもう珍妙だ。珍妙なうえにウィンウィン動いている。もう一つのアイテムもよくわからない。


『まずはこれ、連結玉からです。有名なこれはお尻の開発は初めてという初心者ユーザーにおすすめの逸品ですよ!』

「やめろ……」


 ティンダロンは我知らずこう呟いてしまった。彼にはわかってしまったのだ。敬愛するアスワン王がこれからどんな目に遭うのかわかってしまったのだ。


『さあ陛下、たっぷり調教してお尻じゃないとイケなくして差し上げますからね?』

『ふぐうぅぅぅぅう! ふぐぅぅぅぅう!』

「やめろ! 邪悪なデスの使徒め、我が王を解放しろ!」


『ええ、男性から解放して差し上げます』

「そうじゃない! ぶっ殺してやる!」


 雌デュラハンへと斬りかかるがあっさりとさけられ、雌デュラハンが空高くあがっていく。手当たり次第に投げ物を投げているがまるで当たらない。強力な魔導防壁のようなものがある。


『お可哀想なアスワン王をもし救いたいという方がおられたなら、ここより北東のウィコンガの遺跡までお越しください。急いだほうがいいですよ!』

「クソが! 陛下、いまお助けにあがります!」


 ワーブル第二騎士団が転進する。他の騎士団も次々と方向を変えていく。罠に掛かったワーブルは、もはや雌デュラハン討伐どころの話ではなかった。……ただ一人の騎士を除いては。

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