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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 レミングの進軍
311/362

軍師リリウス

 戦況は難局を迎えている。そんな中で合流した頼もしいイースの航空騎兵大隊with兄貴達である。

 頼もしい味方と大量の戦利品を抱えてサイラス港に戻ってきた俺達を待っていたのは難しい顔をする大人たちの会議である。


「皆さん、こちらイース侯爵家の筆頭家令サトラー・バリス・イースさんです。今は航空騎兵大隊の隊長として来られております」

「君命によりリリウス様の御力になる。諸侯に置かれましてはよくよく承知いただきたくある」


 この一見して問題しかない挨拶に諸侯の方々が眉をひそめる。

 突っ込んだのは親父殿だ。


「サトラー殿、それはそのままの意味と捉えてよいのですか?」

「左様。我が主マリア・イース様のご命令はリリウス様個人への協力。卿のご子息に一個大隊の部下が増えたと認識するべきですな」


 俺に騎兵大隊の部下が増えた。イースの航空騎兵だから強いぞ。

 今度はラキウス兄貴達を紹介する。こっちは別口だからだ。


「皆さん、クリストファー皇子殿下からの援軍でやってきたラキウス・マクローエンとルドガー・マクローエンです」


 え、二人だけなの?っていう戸惑いを感じる。

 まぁこの状況で二人しか援軍を送ってこないんだ。ドケチ呼ばわりもやむなし。ニーヴァちゃんを送ってくれ。そしたら俺も昼寝する。


「クリストファー皇子殿下より本国との連絡線の死守を命じられたラキウス・マクローエンです。これより皇子殿下の命令を通告します」


 命令とか通告とか不安しかねえ。あいつの目論みを考えると諸侯軍にはここで崩壊してほしいんだろうな。


「帝国第二皇子クリストファーの名において命じる、諸侯軍は全力を以てして本国との連絡線を死守せよ。見事守り切ったならば褒美は思うがままである。私は貴兄らの奮闘を期待する。以上であります」


 わぁい、俺にはELSと戦って死んでくれにしか聞こえなぁ~い。

 しかし諸侯の皆さんからはまぁあちらも大変なのだろうと囁き合う声もある。奴の狙いを知らない人々からすると苦境の中にある若い皇子が我が身を裂くような気持ちで精鋭を送ってきたふうに見えるのだろうかね?


 いつもニコニコ大悪党おじさんがニコニコしながら言う。


「殿下のお気遣いありがたく受け取ろう」

「殿下もお喜びになられるでしょう」


 ラキウス兄貴が皇室の騎士っぽいセリフを言った。変な含みがあるように聞こえるのはきっとリリウスフィルターのせいにちがいない。


「それで君達の扱いはどうなっているんだい?」

「我らの行動に関しては好きにするようにと命じられております。殿下の命令が達せられるのであれば公の下についてもよいと考えております」


「せっかくの強い手札だ。こちらにおける最強の戦士に付けたいね、リリウス君、彼らを使ってやってくれ」

「どうせなら親父殿も付けてくれませんかね?」

「いいよいいよ。ファウルもいいね?」

「息子の頼みに否などあるわけがない。何より大きくなった我が子と共に戦えるのだ。父冥利に尽きる」


 嬉しそうな親父殿がみんなを眺める。

 ここにはマクローエンの子弟が揃っている。アルドやバトラにリザ姉貴といない人も多いが、それでもこんなに揃ったのは故郷を出てから初めてだ。


 そしてみんなして俺を見てくる。


「リリウス、どう動くつもりだ?」

「なぜに俺にすべての決定権があるかのような決断を求める。方針は会議で決めてくれ、俺は隙間を埋めるように動くよ」


 公が笑い出す。何が楽しいのかサッパリわからないが、きっと命のかかったギャンブルの好きな変態さんなんだろ。


「なんだ、そういうつもりで言ったわけじゃないのか」

「どういうつもりだと?」

「ファウル・マクローエンを欲するってことは彼に委ねた僕の軍も掌握するってことだ。僕はね、リリウスくんになら懸けてもいいと考えたから承諾したんだよ」

「敗戦処理に指名された気分スけどね」


 難しい局面だ。ワーブルを迎撃するにせよ、大急ぎで本国に戻るにせよ、どれを選んでも困難が待ち受けている。こんな作戦の指揮を高二に任せるとか公は本当に愉快な人だな。

 いやいや、無理だよ無理。俺は遊撃特化のトリックスターやぞ。キングの動きは無理だ。


「ガンズバック殿、武功を立てる好機ですよ」

「俺の手には余る。むしろ俺も部下のように使ってくれ!」


 マジかよ。


「公、やっぱり親父殿は返すんで……」

「息子よ! それはないだろう!?」


「うるせえ、じゃあ代わりにやってくれ」

「別にお前に全部を押し付けようなんて話ではない。俺も意見をするしお前も皆を頼り、その意見を聞きながら差配するのだ」

「ああ、俺もリリウスの命令に従うつもりだが必要と思えば意見する。ルドもいいだろ?」

「はい、変な事を言い出したらビシバシ意見しますよ」

「ラキウス兄貴とルド兄貴まで……」


 気づけば……

 この場にいる諸侯の皆さんまで俺に期待の眼差しを向けている……


「ELS制裁軍の陸軍を単独撃破した貴殿の手並みを疑うものか。我らも使ってくれ」

「まさかファウルの息子に顎で使われる日が来るとはな」

「たまには若者の差配で戦うのも面白いさ。リリウスくん、頼むぞ!」

「自信が無いなんて気にするな。どうせ誰がやっても苦戦は必至だ。だが逆に言えば勝てば大金星だぞ」

「そうだぞ、我らも十全にちからを貸す。まずはやってみるのだ」


 こいつら会議の前に酒を入れてるだろ絶対……

 くそっ、完全に俺の采配を酒の肴にするつもりだ。あの地獄の初陣の洗礼と同じ空気が漂ってやがる。


『リリウス様、よければ私にお任せ願えませんか?』

「シェナちゃんに?」


 お澄ましシェナちゃんが珍しく燃えている。

 対話の権能が狂ったかと思うほど感情が燃えている。どうなっている?


『私にも誇りはございます、出し抜かれたままでは統制の女神の名に関わる。どうか雪辱の機会をお与えください』

「愛しのシェナちゃんに頼まれたんじゃ断れないな。当然だが勝ってくれるんだよな?」

『完勝をお約束します』


 おぉ怖え、マジで怒ってんなこれ。

 現代の知将ふぜいに出し抜かれたせいでお怒りだ。


「頼むぜシェナちゃん、俺を勝たせてくれ」

『お任せください』

「勝ったらお祝いにデートしようぜ」

『あら、別途の報酬なんて無くてもしっかり勝ってみせますわ』


 つれないところも可愛いぜシェナちゃん……



◇◇◇◇◇◇



「どうも、今回の敗戦処理の人柱でーす。では作戦を伝える!」


 シェナちゃんが台本を考えて俺が読み上げる。信じられますか、いま大勢の大貴族を前にして偉そうにしゃべってる奴がじつはただの演者なんですよ?


「今回打倒しなければならない勢力は三つだ。ワーブル、ELS制裁軍、そしてピスト公国である! はい、親父殿!」

「え、いま俺が何か意見したことになってるのか?」


「はい、大変よい質問です、ピスト公国とワーブルが手を結びました。公国軍はワーブルの動きに乗じて反撃に出る動きを見せています。邪魔だと思いますよね? そうですね、邪魔です。なのでこういう物を用意させました」


 ナシェカがトレーラーの荷台を開く。ガルウイングで開いていく車体横の荷台には中々の物が大量に積み重なっている。

 荷物を見た瞬間に諸侯の皆さんが一斉に「うわぁ……」って退いた。気持ちはわかる。でもな、俺もこのド畜生キリングドールの被害者なんだよ……


「詳しい作戦は後で伝えるが、ガンズバック殿にはこれを使って両軍の仲違いを引き起こしてもらいたい」

「心得た。兄者から託された任務、必ず成功させる誓う」

「え、この人も兄さんなんですか!?」


 ガンズバックが紛らわしい言い方をしたせいでアーチーとルアが挨拶に行っちゃったよ。しかも「あなたもリリ兄の弟なんですか?」なんて聞いたもんだからガンズバックが認めてエライことになってる。

 マクローエン家にニューメンバーが加入しちまってるぞ。誰か止めてやれよ。


「第一の策はワーブルとピストの仲違いですがこの程度で足が止まるほどワーブルは甘くないです。奴らは六軍団に分かれて其々が別の場所から公国入りをし、南東方面ではすでにキドン候軍と衝突しています。まぁ長くは保たないでしょう」

「あっさり言うね?」


 バートランド公が茶化してきた。わたぼうしよりも他人の命が軽いおじさんがこの指摘だ。笑うぜ。


「公が助けに向かってもいいんですよ。その情け深い御心が奇跡を起こすかもしれません。残念ながら俺は忙しいので手伝えませんが頑張ってくださいねー」

「残念だが僕も忙しいのでね、やめておくよ」


 マジで何の意味もねえ心理攻撃か? だとしたら程度が低すぎる。他に何かの意図があるのかと深読みしそうになるね。


「ワーブルの一個軍団ですがまともに当たったら諸侯軍全軍でも厳しい精鋭です。馬鹿みたいに金を持ってる大国が鍛え上げた騎士団ですからね、統制の取れていない諸侯軍では勝てない難敵です。これが六方向から来ています。はい、親父殿、質問ですね」

「まさか確固撃破とか言わないだろうなー?」


 言わねえよ。ワーブルの一軍団に対して諸侯軍全軍で攻撃ってのは机上の空論だ。現実は攻撃を仕掛けたら別の方向からワーブルの別軍団がやってきて騎兵突撃で大混乱、そのままみんな揃って冥府送りだ。

 全軍でも厳しいとは言ったがマジで全軍でやっても勝ち目はねえんだよ。勝ちたければ帝国騎士団の本隊を連れてこい。


「ワーブル王アスワン=ヘンダリック王は賢王とまで謳われる名君と聞いております。素晴らしい御方なのでしょう。きっと国民から慕われているのでしょう。ですから俺の策は効果がある」

「……寒気がしたぞ。今日のお前はどうしちまったんだ?」


 どうしちまったって……

 シェナちゃんの操り人形だよ。見ればわかるだろ。優しさといたわりと友愛が服きて歩いてるとまで言われる俺からこんな狡猾な策が出てくるかよ。


「では最後に、ELS制裁軍ですが俺が対処します」

「ふぅん、最後はシンプルなんだね?」

「フェルガンとかいうイカレ野郎の狙いを読めば他人には任せられませんよ」


 公が口笛をピューイと吹き、親父殿が驚いて膝立ちになる。


「読めたのか!?」

「さすがだね。それで千眼の知将の狙いはなんだい?」

「奴の狙いは俺達の全滅、そのために帝国本国へと向かったのです」

「僕らを公国から誘い出すためではなく…か」


 本国を叩きに掛かれば慌てた帝国軍は海に出て本国に帰ろうとしたかもしれない。そして有利な海戦に持ち込めたかもしれない。そういう策もあったかもしれない。だがそんな理由なら自分の位置を迷彩するわけがない。

 だからちがう。あのイカレ野郎は俺達を根絶やしにしたいのだ。


「フェルガンの狙いは船です。民間・貴族籍、軍艦を問わずにありとあらゆる船の破壊です。今まさに造船所で作られている船さえも破壊して、俺達をここに封じ込めるのが狙いです」


 これは補給線が途絶えて敵地に囲まれて孤立した俺達を狩り殺す最初の準備。

 包囲網は帝国の大陸侵攻を許さないすべての国が勝手にやってくれる。補給が途絶えれば装備が摩耗し、精神も弱る。本国へと戻る術もなく俺達はここで戦い続け、そう遠くないうちに倒れる。まったく悪魔的だ。



◆◆◆◆◆◆ 



 港が燃える。停泊するすべての船舶はキャンプファイヤーのように火をあげ、燃え盛る船内から飛び出してきた船員が海へと落ちていく。


 上空を旋回する白頭鷲騎兵から放たれる魔法が町を焼く。炎に慈悲はなく、埠頭に存在する建物は何もかもが焼き払われてしまった。


 逃げ延びた住人が町はずれの丘から絶望を見上げる。空を飛ぶ騎兵に対してアザンの港町は無力であった。


 沖に展開する艦隊から飛び出した航空騎兵は任務を終えるとまた空母へと戻り、空母は次の町を焼くために陸伝いに西進する。漁村の一つさえ見逃さずにすべてを焼くために、ELS制裁軍艦隊が帝国沖を進む。

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