アリステラとあそぼ!
春のマリアとかいうゲームにはコミュがある。他の人と仲良くなることで成長する精神のちからともいうべき謎のシステムだ。まぁ深くは気にしてこなかったから説明はできないぞ。ペルソナとかでもおなじみだし。
墓場にいるロリもコミュ担当のキャラだ。この子が担当するちからは『死』だ。コミュを育てると死に対する耐性が付き、再生のちからが宿るようになる。常時リジェネ―ション・ヒーリングが掛かるという頭のおかしい異能だ。まぁこれはゲームの話なんで本当にそんな異能が宿るかはわからないんだよね。
コミュを最大まで進めると特殊な魔法も覚えられるし育てない理由はないよね。で、育て方は単純だ。コミュキャラと定期的に会って好感度を上げるだけだ。
「つまりなんだ、まとめると死の司祭クラッスス・アーキマンの孫娘と戦って出会いのコミュ条件を達成しないといけないんだよなあ……」
「たそがれてる場合かあ! 来てる来てる来てるって!」
「おおおっおっおっ、こいつら強い!」
護衛っぽい四体のアンデッドソルジャーどもの時点でクソ強いんだよなあ。普通に戦いになってる時点でマリア様たちすげえわ。
って思ってたらマリア様の剣が折れた。
「あああ! お父ちゃんの剣がぁ!」
「仕方ねえなあ!」
俺に群がってる二体のアンデッドソルジャー。強い剣士を素体にしたゾンビ剣士の顎を蹴りで打ち砕く。手斧で腕を切り落とし、腕ごと剣を投げ渡す。
「これを使ってくれ!」
「……ばっちいからヤダ」
「贅沢言ってる場合か。におい嗅ぐと余計イヤになるからやめとけよ!」
余裕あるじゃねえか。潜った修羅場の数がパンピーとはダンチな証拠だ。
タイマンしてる二人がゾンビ剣士どもを切り伏せる。俺もそろそろ真面目にやるか。
浄化のちからを込めた裏拳でゾンビ剣士の顔面を叩く。仮面みたいに硬質な顔面がひび割れて頭蓋骨がむき出しになり、そこから冥府の魔力を放出して動かなくなった。
四体のアンデッドソルジャーどもが動かなくなれば、ドラゴンゾンビに騎乗するゴスロリがけらけら笑い出す。
「すごーい。お姉ちゃんたち強いんだあ」
心に何の後ろ暗さもない天真爛漫な声で天使みたいに愛らしいゴスロリが笑っている。当然だ。実家がカルト教団で夜にペットたちのお散歩やってるだけの幼女だ。何某かの悪意をもってアンデッドを操ってるわけじゃない。
幼女が立ち上がり、自分の背丈よりも二倍は大きなデスサイズを振り回す。
「じゃあアリステラが遊んであげる!」
「へっ、おもしれーじゃん」
強化の術式のリミッターを一段階解放する。五桁に達したパラメータはこの体重この大きさの生き物に到達しうる限界の能力値だ。……どう考えても幼女に使うちからじゃねえ。
「おままごとにはパパ役も必要だろ。俺も混ぜてくれよ」
「……パパなんかいない」
ゴスロリの目つきが据わる。魔法力が膨れ上がる。大気が震えている。放出される魔法力がフィールドを構築するみたいに現実を塗り替えていく。
固有世界を顕現しやがった。暗黒みたいな黒い月が見下ろす墓場の大地でゾンビドラゴンが咆哮を放ち、王の号令を受けた兵隊みたいに無数のアンデッドどもが墓場から起き上がる。
これが冥府の最高神デスの巫女。神が自らのスペアとして調律した最高位信徒のちから……!
「パパなんて要らない! だからお兄ちゃんは消えちゃえ!」
「へっ、地雷踏んだ感じだな。雑魚どもは俺が相手をする、二人はあの子を頼む!」
「率先して楽な方を選ぶなぁああ!」
「マリアマリアマリア来てる来てる来てるからッ!?」
「あぁもうっ、やけくそだああ!」
ドラゴンゾンビ&ゴスロリ・アリステラちゃん VS マリア様とお供の戦いが始まった。
初手ゴスロリ、ドラゾンから飛び降りての大鎌の振り下ろし。後手マリア、大鎌に剣を叩きつけて後方に回避移動してる。動きがいちいちテクいぜ。
自分のジャンプ力よりも大きく距離を取りたい時に使う緊急避難方法が板についている。格上との戦いに慣れているな。技も本能まで染み込んでいる。ガキの頃から毎日剣を振ってきたんじゃなけりゃここまでは来れない。
ドルジアの聖女の下地は充分できているってわけだ。ならば俺の役割は彼女を導く助言者だ。
「待って! 話し合おう、冷静に落ち着いて、まずは自己紹介からしよっ!?」
「あはははは!」
マリア様は大鎌を振り回す遠心力で独楽みたいに回転するロリの攻撃から回避を選び続けている。理由はまさに本人が言ったとおりで、まだバトルメンタルが作れていないんだな。
俺の領域まで来ると相手が殺気を漏らした時点ですでに全殺しを終えているんだが、普通の人の感覚だと人間同士の殺し合いを始める前に理由くらい知りたいもんね。……俺の人間性がクソすぎる。
「話をっ、聞きなさいよ!」
やるぅ、ゴスロリ独楽を強打して弾き飛ばした。
吹き飛ばされたゴスロリが楽しそうな笑い声を止めてきょとんと見てる。マジで遊んでもらってるつもりだったんだな。ガキの頃のアルド思い出したわ。……ナシェカの霊圧を感じない。逃げたか。
ゴスロリが何かを思い出したみたいに手を打ち、片手で摘まんでレース付きのドレスの裾を広げる。
「デス教団最高位司祭クラッスス・アーキマンが姫アリステラ=デスアビス・ラ・セイラー・アーキマンですわ」
「可愛い名前だね。あたしはマリアだよ。マリア・アイアンハート」
「うん、マリアお姉ちゃんね、覚えた。じゃあ死んでね?」
「……どうしてそうなるのよ」
「名乗ったら殺さないといけないの。当然でしょ?」
ゴスロリが二歩で最大加速。跳躍からの大鎌の振り下ろし!
国家英雄級の身体能力から繰り出される雑で稚拙な大技が恐ろしい暴威となって吹き荒れる。マリア様は捌くだけで精一杯なのか防戦一方だ。
「当然ってナンデ! 名乗り合うってのはそういうことじゃないでしょ! 仲良くしよう、お友達になろうよ!」
「うん、いいよ」
ゴスロリが可憐に微笑む。その屈託のない笑みがホラー映画に見えるのは俺だけか。
ゴスロリの下にゾンビどもが集まってくる。いずれも女性のゾンビだ。遠間から見れば美しい立ち居姿なのに顔面の肉が全部剥がれているゾンビ。失った両手を浮遊するマギクラフトアームで補う少女のゾンビ。色みのちがう手足を継ぎ接ぎで縫い付けられたゾンビ。……彼女らに甘えるみたいに身を寄せるゴスロリ。
「うれしい。お姉ちゃんもママになってくれるんだね」
「ママ? そこにアリステラちゃんのママがいるの?」
「みんなママだよ。みんなアリステラの大好きな優しいママ達だよ?」
ゴスロリがきょとんとしてる。カルト教団の洗脳教育がガンギマリしてるぜ。
ゴスロリが物わかりの悪いマリア様へと滾々と説き始める。ママとは何かっていう狂った理論をだ。聞いてるだけでSAN値がゴリゴリ削れていくぜ……
「でもママはいつか動かなくなっちゃうの。だからみんなが動かなくなる前に新しいママを作らないといけないの。だからお姉ちゃんにママになってもらいたいの」
ゴスロリが可憐に微笑む。
もうこの場にいる誰にもこのロリがまともな人間には見えまい。吐き気をもよおすほどのネクロマニアだ。
「わたくしね、お姉ちゃんも好きになれそう♪」
「うわー、ちょっち遠慮したいなあ。……わたしの代わりにナシェカっていうやつを紹介したいんだけど」
「大丈夫だよ、みんな最初はそういうの。でもすぐに仲良しになれるんだよ」
ゴスロリが半歩だけ瞬間移動。残像を残したそこへとどこかに潜伏していたナシェカの斬撃が走る。
雷光のごとき必殺の刃は避けられた。だが僅かにロリの頬を裂き、浅い傷から血が流れだす。
冷たい目で見下ろすゴスロリと青ざめたナシェカが見つめ合っている。
「黒いお姉ちゃんは要らない」
「な…ナシェカちゃんも優シイヨー」
ロリの斬撃を回避したナシェカが空を踏み再度強襲を仕掛ける。性能的にはロリのほうが上だがナシェカの回避能力が上を行き、ピンボールみたいな近接戦闘を仕掛けている。
「ウザい! どっかいっちゃえ!」
ロリの全身から放たれる無秩序なショックウェーブでナシェカが吹き飛ばされてきた。
地面を滑りながらマリア様のところまで戻ったナシェカが自分の刃を見下ろし舌打ち。殺人ナイフには真っ黒い粘液が付着して切れ味の落ちているからだ。
「あのドレスの素材なんだろ。魔法生物かな? 厄介……」
「いきなり何してんの! ナシェカ!」
「馬鹿マリア! あんたにはあいつがどう見えてんのか知らないけど殺なきゃ殺られるよ! 覚悟きめろし!」
「馬鹿はナシェカだ! あんたのそういうとこ大嫌い!」
「嫌いとかどうでもいいからこの場を切り抜けるの。倒さなきゃいけないの。ちがう!?」
「アリステラちゃんと絶対に戦わなきゃいけないなんておかしいじゃん。その覚悟きめるんの早すぎるって言ってんじゃん!」
「言ってなかったじゃん!」
「言ってたよ!」
「おーい、喧嘩してる場合かー、真面目にやれー!」
「「あんたは黙ってなよ!」」
ハモった。仲良いのか悪いのかわからん二人だ。
「てゆーかあんたも何かしなよ!」
「そうだよ! そうだよ!? なんでアンデッドと戯れてんの!?」
俺氏 VS 墓場のアンデッド推定200体は俺の完全回避だけでお送りしているからな。ほら、観戦で忙しかったからさあ。
計らずも……というとおかしいがマリア様はコミュ条件は達成している。アリステラちゃんと戦って遊び相手と認識してもらえばいいんだ。遊び相手=ライバルなのか新ママ候補なのかは知らんが、ゲームだと名前を聞いてから可憐な微笑みを残して去っていくという強キャラムーブするんだよね。
「まぁなんだ、難しく考える必要はねえんだよ。退屈してるアリスちゃんとバトルで遊んであげればいいんだよ」
「バトルは遊びじゃないよ。騎士の刃は小さな女の子に向けるものじゃない」
「考え方は人其々だ」
マリア様の男なら一度は言ってみたい格好いいセリフに反論を向けるのは個人的には心苦しいがこの場は押しとおそう。リリウス・マクローエンは屁理屈こねさせたら最強なんだよ。殴ったほうが早いから普段はやんねえけどな。
「生まれ育った地域や教義、家訓、そうした様々な考えが作り上げたものが人格で、そいつを否定するのは最大の禁忌であるチャームパーソンと同等の罪だと俺は思う。これは精神への攻撃だ。人格を否定するのはそいつの今までの生き方を否定するに等しい」
「でも……」
「じゃあ本人に聞いてみようぜ。アリスちゃんよ、マリアお姉ちゃんと遊びたいんだよな?」
「そうね」
虫けらを見るような目つきされたわ。さっきパパの話をして怒らせたからな。
パパのいない小4にパパの話をすると嫌われるからやめような。リリウス君との約束だぞ。
「どうやって遊びたい? 腕をちぎったりくっつけたりってのはマリアお姉ちゃんもイヤだと思うから血の出ない遊びがいいと思うんだが」
「お兄ちゃん嫌いよ」
アリステラが突っ込んできた。キレて行動が単純化するのはガキの特徴だ。目算AGI4000。これは背高人種の限界数値だ。種族限界に齢10そこそこで到達しているのはすごいとは思うぜ。
「だが温い! 魔法力による強化だけでは音速の壁を突破できないと知れ!」
なぜか攻撃する時にジャンプしちゃう隙を突いてリリウス・スライディング。
黒のドロワーズだったなという事実を素直に受け入れて足首を掴む。
「ッッ!」
はーい、その大鎌は危険なのでチョップで叩き落しまーす。
ゴスロリの足首を両方掴んで―――いまマクローエン家伝統のジャイアントスイングじゃああ!
「回るー回るー俺ーたーちー」
「なっ、なによこれぇ!」
「知らないか、うちの弟どもに大人気のイケてる遊びジャイアントスイングだ」
ジャイアントスイングは大人気だ。誰かにやってると知らん子が寄ってきて「やってやって!」とせがんでくる大人気遊戯だ。特に水遊び時の人気が高い。気づいたらマクローエン領でみんなやってる大ブームになっちまったんだ。
「楽しくないか?」
「楽しくないわ!」
「そうかい、うちの弟は毎日のようにやってやってとせがんできたもんだがなあ」
「そいつの頭がおかしいのぉ!」
「じゃあ楽しさがわかるまで回ってもらおうか」
そして幾星霜の時が流れた。
というのは冗談で八分だけ経ったんじゃよ。
「うぷっ、んぐ、うぅぅぅぅぅ……」
青ざめた顔して獣神戦隊ヨツンヴァインになるゴスロリの姿がそこにあり、またしても俺の連勝記録が伸びたのである。
しかしゴスロリ美少女の嘔吐シーンは中々心にクルな。新たな性の扉が開いてしまいそうだ。
「げへへへ、じゃあ次はお医者さんごっこだぞ~~~」
「悪魔か!」
「あぁもう。大丈夫? 辛いなら吐いた方が楽になるから!」
「だ…だいじょ…ばないかも……」
ゴスロリがぐったりしてる。仕方ないのでチョップで意識を断ち切る。
「ねえ?」
「こういう時は意識を落としてやった方がいい。酔っ払いも眠っちまったほうが楽になるだろ?」
「そうかもだけどやり方!」
「スリープの魔法なら無理だぞ。俺の事象干渉力ではこの子に魔法は掛けられない」
魔法抵抗力は推定で22000。従属神級の値だ。逆立ちしたってこの子には魔法は通じない。余人の願いでは在り方を変えられない、巫女ってのはそういう存在だ。
気絶したアリステラの指が空気を握り、閉じた眼から涙が出てきた。
「パパ……」
「この子の手を握っててやってくれ。夢の中でくらい温かみに触れさせてやろう」
「うん」
アリステラを抱えて墓場を立ち去る。彼女の使役するアンデッドどもは指一つ動かさずにこっちを見ているだけだ。ママと呼んだ誰かの躯さえ彼女へと寄ってきたりはしなかった。
嫌な気分になってきたので煙草に火を点ける。
「あぁ奇跡ってやつは世界のどこにあるんだろうなあ」
「奇跡?」
「この子はほんとはパパが恋しいだけじゃないか。別にこの世の幸せ全部くれてやれなんて無茶は言わねえけどよ、そのくらいの小さな幸せまで奪うんじゃねえよ……」
「ねえ、アリステラのパパを探してあげない?」
「それこそ奇跡だ。冥府に連れ込まれた者を呼び戻す手段はない」
誕生した際に感謝の証として父母を贄に捧げる。生まれついての天涯孤独は教義ゆえ。なぜなら神の子の親は神であるからで、神の子に人の親なんて必要ないんだそうな。デス教団の巫女ってのはそういう存在なんだ。
アリステラは帝都旧市街の地下水道にあるデス教団の死の町へと送り届ける。
その際に宝物庫からちょろっとおかねをくすねておいた。帝都支店の赤字を補填してもあまりある大金なのでホクホクだぜ。
◇◇◇◇◇◇
巫女は冷たい闇から起き上がりそこが寝室だと知る。
薄い羅紗を掛けた寝台も簡素に並んだ木目の棚も記憶にあるとおりで、部屋の隅に控える傀儡にも何の変化もない。
「じゃあこの違和感はなに?」
今までと今で何かがちがう。言葉にできない異変が起きている。なのにそれが何かがわからない。
ふと右手が熱いことに気づいた。冷え切った痩身において右の手のひらだけが命に触れた時みたいに温かいことに気がついた。不快な温かさではない。これは命の熱で、デスは命を欲する女神なのだから。
冷たい心臓に温かい手を押し当てる。ゆっくりと鼓動する心臓に熱が染み入っていく気がした。
命が欲しい。でも命は手に入らない。手に入れたママが温かいのは僅かな時だけでみんなみんな冷たい自分と同じになってしまう。
「温かい、温かいのになんでわたくしだけ……?」
生まれながらにして命を捧げられた巫女のすすり泣きが冷たい闇に沈んでいく。
求め続ける救いは永遠に訪れない。それは命に焦がれども永遠に手に入らぬデスの運命のようだ。




