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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 レミングの進軍
309/362

風のマクローエン⑥ 黄金の英雄王アレス

 グランツ大尉はいわゆる遊撃部隊指揮官、パラミリタリー・オペレーションズ・オフィサーだ。バートランド公軍に限られるが任務遂行に必要だと独自に判断した部隊を掌握して指揮下に置く権限を有する。

 作戦の性質は主に潜入工作が多いが命令が下れば何でもやる。破壊工作だろうが流言流布だろうが事実確認のための人さらいだろうが何だってな。そして報告の義務は公のみに存在する。


 つまりグランツ大尉は公が隠し持つイレギュラーハンドだ。帝国騎士団における隠密機動ルーリーズのような組織ないしは個人である。っていうのはグランツ大尉も自分の他にこの権限を持つ者がいるのかは知らないらしい。……俺にはそう答えるしかないってだけかもしれないがな。


 ルアとアーチーはこの男の下で軍の仕事を学んでいる未来のパラミリ候補ってわけだ。詳しく聞けば聞くほど公から引き離したくなる情報だね。

 まぁ無理だろ。二人からの不信感の視線がひでえんだ。


「どうしてリリ兄が公の命令で動いているんだよ。あんなことをしたくせに……」

「あのニコニコ変態おじさんは単独で動く俺への協力のためにお前達を使えと言ってきただけだ」


 軽く威圧だけはしておく。反抗期の子供にはいいクスリになるからだ。

 アーチーはまぁ調子こいてるだけのガキだし、まだ心のどこかで俺を信じたがっている。ルアの方はもう関係修復は難しいな。親の仇でも見るような目つきだ。


「俺は誰の命令にも従わずただ俺の都合で動く暴風ストームだ。俺に期待をかけるなよ、俺はどうしたってお前の期待通りにはならない」

「期待ってなんだよ」

「お前と一緒に働いてやること、お前を肯定する優しい兄に戻ること、お前が心の内で願うすべて」

「何だよそれ……」


 何だろうね。俺にもワカンネ。アーチーの表情の変化が面白すぎて途中から格好いいことを言いたくなっただけだ。

 不味いな。悪ノリしたくて仕方ない。


「お前は優しいな」

「ちくしょう…なんでこんなことに……」


 アーチーが泣き始めた。不甲斐ない兄にはなんでこいつが泣いているのかよくわからない。


 なあアーチー、思い出を美化していないか?

 思い出せよ、俺そんなイイ兄貴じゃなかったろ? 森に秘密基地を作ったり魔物の毛皮で作った変なマントを着せたり変なことばっかやってたじゃないか。街の悪ガキどもには木の上から小便をかけて「見さらせ、これがマクローエン家の真のちからだぁ!」とか高笑いしていたじゃないか。美化できる余地がどこにあるんだ?


「まぁいい。グランツ大尉、仕事の話をしよう」

「小官も望ましくあります。どのように動かれますか?」

「サポートは不要だ、貴官らはこの場から退避しろ。このままモーグ国内に潜伏するも公国まで退くも勝手にしてくれていいがこの場に留まることだけは許さん」

「理解しました。我らはここより南西のボボシュマ市まで後退します」


 国内に留まるか。公からの命令が撤回されていない以上妥当な判断だ。

 だがルアが不満げに食ってかかる。


「グランツ隊長、あの正体不明の軍を放置するおつもりですか?」

「正体不明ではない。ELS制裁軍だ」


「現段階では推測にすぎません。まだ調査も途中なのに退くとはどういうおつもりですか! 公への報告だってまだなのに!」

「君の兄君が制裁軍だと断定した。公もすでに把握しているとなれば小官らの仕事はもう済んだと判断できる」

「無責任です!」


 ルアは真面目だ。真面目くんだ。いや、俺という存在に磁石のように反発しているだけかもしれない。


「彼女は普段からこうなのか?」

「真面目なのは軍人の正しい資質の一つです」

「真面目すぎるのは問題だと思うがね」

「それは教育を任されている小官の不足です」


 フォローしてくれるのか堅物なだけか。まぁ悪い人ではなさそうだ。

 こいつらの近くにこういう大人がいるのだけは悪くないね。


「巻き添えになりたくなければ早めに離れてくれ。夜間の内に仕留めたい」

「はい、迅速に退避します」


 打てば響きすぎるグランツ大尉である。俺の脅威度を正しく認識しているな。やや違和感はあるが公が俺の経歴を調べるのにグランツ大尉を使ったことがあるとしたら納得もいく。


 尾根からELS制裁軍の様子を窺う。尾根と尾根の間にある幅50mもない谷でELS制裁軍は野営をしている。すぐ脇には靴のつま先までの深度の浅い川が延々と伸びていて、砂利と岩だらけのけっして歩きやすい環境ではない谷だ。

 約二万の兵がこの小さく細長い谷に蛇のように細長く広がっている。おいおい桶狭間かよ。イメージで言ってるけど桶狭間っぽい立地だぜ。横から狙えば大将首くらい簡単に獲れそうじゃんよ。


 制裁軍はあちこちで焚火を囲み、行軍の途中で狩ったっぽい鹿やらイノシシやらを焼いて食ってる。酒も飲んでる。こんなん狙うしかないじゃん。


 目を霊的な視覚に切り替える。月のない暗夜にも目立ちに目立つ黄金の柱が黄金樹のごとくそそり立っている。軍神アレスはあそこか。神は存在力がでかいから隠密行動なんて無理なんだよな。

 英雄の死はいつだって暗殺の凶刃なのだと軍神様に教えてやるよ。



◇◇◇◇◇◇



 火の粉が暗い夜空へと吸い込まれるような深い夜。ELS制裁軍一角を任された黄金の王がガハハガハハと笑いながら、ワイン入りの酒杯を掲げる。


「戦の前である。英気を養うため、存分に飲んで食って女を抱くがよい!」


 このものすごく軍神っぽいセリフを吐く男こそが黄金の王アレス。軍神アレスその人である。

 そして部下の戦士が当然のように突っ込む。もちろん尻に突っ込んだわけではない。


「しかし抱こうにも女がおりませんな」

「であるな。そういう時は……」


 アレスがめっちゃ真面目な顔で溜める。溜めに溜める。


「山羊の尻に突っ込め」


 そしてドッと笑い出す戦士どもである。

 この話はアレスの鉄板のネタで当然だが実話である。


「いやいや、笑いごとではないぞ。いにしえの戦士たちは皆ヤギのケツで己の猛りを慰めておったのよ。ヘクトールだってそうだ!」


「伝説の戦士と寝た山羊がいたんですか!」

「もうその山羊は英霊だろ」

「伝説の槍ドゥリンダナを受け止めた山羊か!」

「伝説の締まりを持つ英霊か。いや勘弁してくれ、酒がこぼれる!」

「ヴァルハラに行ったら山羊が先輩面してくんのかよ!」

「ようこそヒヨッコども、by山羊」

「やめろ! やめてくれ、笑い死にそうだ……!」

「でもマジならアテナ神と同格になんぞ」

「山羊先輩つえええ!」


 みんな笑ってる。足をジタバタさせて笑ってる奴まで大爆笑だ。ちなみにそのヘクトールだが山羊にファックしながらアレスに向かって「覚悟しとけや、てめえのケツも試してやる!」とか抜かしたので怒ったアレスが投げ槍で肩をぶち抜いたエピソードまである。


「ヘクトールといえば投槍ですがアレス様もやりますねえ」

「余は軍神ゆえ一度見た技はほぼ模倣できてしまうのだ。まぁあの頃の余はまだ人の身であったゆえ才能よな!」


 アレスが神気を固め始める。形を以て現出したそれは神槍とは思えぬほど簡素な槍だ。槍のように長い柄に矢じりを付けただけと表現した方がよい粗末な物だ。

 だが問題はその矢じりだ。噴きこぼれる鮮血よりも鮮やかな真紅の爪が括りつけられている。この爪から放たれる圧倒的なちからがこの槍を幻想級ファンタズマ足らしめている。


「これがドゥリンダナよ。美しき炎鳥の乙女プロメテアが英雄ヘクトールに己が爪を剥いで作った伝説の槍よ。ふふっ、気分がよいゆえ余の投擲を見せてやろう」

「それ気軽に見せていいものなんスか?」

「ふふっ、まあ死んだら死んだで見込み違いよ。どうであろうなあ~~~?」


 それで察したのか戦士どもが次々と足元に置いて武器を取る。敵が潜んでいる。それも軍神アレスが気に入るレベルの強敵だ。


 軍神アレスが尾根へと向かって魔槍ドゥリンダナを投げ放つ。真っ赤な光跡を残して真っすぐに飛んでいった魔槍が尾根を破壊し、散らばる炎が敵の姿を照らし出している。


 これは挨拶代わりの一発。元より外すつもりで投げ放ったにすぎない。だが敵はきちんと当たらないとわかった上できっちり反応していた。その事実がアレスの笑みを深くする。


「さあ戦士よ、闘争を始めよう!」


 軍神の加護が戦士達の胸に宿り輝きを増す。

 彼の軍神の権能はエゥケイ、つまりは己の軍そのものが権能でありその真価とは戦士の強化にある。戦士を英雄へと変える権能。英雄を伝説に変える権能。


 モーグ鉄国北部『綾為す瀬々のカラコルム』に神話オチデントの戦争が降臨する。



◆◆◆◆◆◆



 落雷のような音が響き渡り、一条の流星が三人を追い抜いていった。夜空に一直線の残る光跡から凄まじい魔力圧を感じ、ルアが振り返る。

 夜空が黄金に燃えている。光の波動が波のように発し、暗い山影の向こうから黄金の稲妻が走っては散っていく。


 不安な気持ちが押し寄せてくる。何か悪いことが起きそうな予感がする。ルアは己の胸に手を添えて、兄を残してきた方を見つめる。その背を押すのはグランツ大尉だ。


「これだけ離れれば問題はないようだが我らには次の任務がある。急ぐぞ」

「明日にもピスト公国に雪崩れ込むELS制裁軍を放置して次の任務なんてあるんですか?」

「そうだ」


「公が亡くなられたとしても大尉は同じことを言うのですか?」

「その時はロザリア様にお仕えするだけのこと。ロザリア様までも戦死なされたのならガーランド陛下にお仕えするだけのこと。バートランドに仕える者ならばこの順序を間違えてはならない」


「みんな死んだらどうするのです?」

「その時は新たな当主を立て、お支えするのだ。……ラステリア、兄君との再会がそんなに苛立たしいのか? それとも兄君を残してきた不満のせいか?」


「どちらでもありません」


 ルアが首を振る。


「ですが私はそんなふうに生きられない。私達を救ってくれたのはアルヴィン様なんです」

「そうだな、俺も公を見捨てたくない」


 アーチーまで賛同し、グランツ大尉は論旨を掴みて肩をすくめてみせた。


「君達が公に対して個人的な忠誠を誓っているのは理解しているよ。公を守るために兄君の戦を手伝いたい、そういう話をしているのだね?」

「そうです!」

「ちがいます!」


 アーチーとルアの正反対の回答にとうとうグランツは笑いを堪えきれなくなった。


「何がちがうのか理解できないが上申の内容はもっともだ。では戻ろう」


「いいのですか?」

「こういう状況では手練れの部下二人の不満を許したくない。なにより、このまま進んでも野営の最中に勝手に戻りそうだ」


 アーチーが頭を下げる。快男児といった風情の見事な下げ方だ。


「大尉、ありがとうございます!」

「ラステリア、君はエルネストの素直さを見習うといい。ひねくれ者は嫌われる」

「……大尉のお気持ちはわかりました」

「一般論だ」


 不満げにほっぺを膨らませる反抗期の部下に苦笑を向けながらグランツ大尉が先行する。その本心がどこにあるかはともかく、彼の態度は公の命令に忠実であった。



◆◆◆◆◆◆



 神は気配がでかすぎて隠密行動には向いていない。裏返せば襲撃なんて慣れっこ、もしくは対応する異能を有していてもおかしくはなかったってわけだ。

 敵は軍神アレス。英雄が崇める軍神を凡百の英雄と同じに考えてはいけねえってわけだ。……凡百の戦士ならわかるけど凡百の英雄ってなんだ? レアリティだけは高いけど弱いカードみたいなもんか?


 暗殺ミッションは失敗。だがガチで殺し合うのは大の得意だぞこの野郎。


「殺人舞踏、バックスタブ」


 空に振り抜いた片手斧の斬撃が権能特性により増幅されて空間を跳躍する。軍神アレスの背を薙いだ概念斬撃だが、不思議なちからに防がれる。


 アレスの野郎が掲げている盾が怪しいな。掲げる、つまり防御行動を契機に発動する全周囲バリヤーの神器か? さすが軍神、反則くせえ防具を持ってやがる。

 全周囲バリヤーは反則だ。普通の奴なら諦めるところなんだろうが―――


「俺ほどの大戦士になると神器の防御だろうがぶち壊せるんだよ。権能技『殺害』」


 暗黒の巨大斬撃でアレスの防御結界を揺らせる。耐久を削った、そんな感じだ。まぁアレスは楽しいそうに微笑んでやがるがな。


「権能令である。≪疾走せよ、天翔ける雷兵!≫」


 アレスの下に参集していた戦士どもが飛んでくる。音速を楽に凌駕するやってきた六人の剣士が一瞬で俺を取り囲む。中には見知った顔もいる。


「バルガ、調子が良さそうだな!」

「うむ、貴様も元気が有り余っているようだ!」


 バルガと剣戟を合わせる。以前よりも遥かに手ごたえがある。神のちからを使うのに慣れてやがる。


「今日こそ真の英雄の在り方を教えてくれるのか! 楽しみだな!」

「善いぞ、貴様は本当に快い戦士だ! ガッ!?」


 好印象のところ悪いが腹を蹴飛ばして地上に落としておく。悪いがのんびりおしゃべりしてる余裕はねえんでな。大勢で囲んでるそっちはともかくな。


「バルガの同僚とはいえ手加減はしねえぜ!」

「おおっ、さあ来い!」


 好戦的な方々だな。


 とはいえ厳しい。五人の神兵の相手をしながら軍神にも注意を払わないといけないのは……


「≪穿孔せよ、雄々しき竜牙兵!≫」


 おっとそれは反則だぞ!

 ダスポリージャの英雄どもが投槍を放ってくる。城塞都市の正門でさえ一発でぶち抜く威力の槍が十五本。全弾直撃コース! 個人の技量よりも権能による命中補正くせえ……


 とりあえず全部弾いとく。よけても追って来そうで怖いわ。


「アレース! あんたには情け容赦ってものがないのかー!」

「ハハハ! 見事に切り抜ける奴には必要なかろう。さあ再三の権能令である! ≪蹂躙せよ、雷霆の戦輪!≫」


 あ、それ絶対やばい。

 軍神アレスの神話に数多く登場するアレスの騎乗する戦車。ゼウス…アシェラ曰くユピテルという巨大神話大系の王から下賜されたという創世神の半身がドノメナスとファルメナスっていう牛なんだが……


 虚空に空いた時空穴から十頭を超える牛が走ってくる。空中を地面みたいに踏んで突進してくる。二頭どころじゃない! 出し惜しみをしている場合じゃない!


 殺害の王の魔法力から王の分身を切り出す。アレスを殺すためにとっておいたのに防御行動に使わされるとはな。


「死ね、こいつが本物の≪殺害オーバーキル≫だ!」


 殺害の王の分霊が雷霆を纏う牛の頭を大ナタで叩き割る。死が空間を伝播する。雷紋のように広がっていく死が召喚された牛の四頭を破壊し、残った連中には究極奥義アバーライン・フェニックス(跳び蹴り)をぶちかます。


 ニチアサヒーローの必殺技の名前を付けただけのただの跳び蹴りで神話の獣を一頭撃破する俺は本当にすごいと思う。また自伝が厚くなるな。


 へっ、残る五頭は無理だな。ちょっと休憩という名のチャージ時間をだな。一旦逃げよう。


「わはははは! 追いつけるものなら追いついてみやがれ!」

「≪蹂躙せよ、黄金の軍神!≫」


 やべえ気がしたので空中で側方三回転半ひねり!

 光の軌跡が俺がいた場所を駆け抜けていった感じの残光を残したまま空の彼方に消えていった。……あ、戻ってくる。


 空の彼方から黄金の戦車に乗ったアレスが戻ってきた。槍撃ぃ!?


「くらうか!」

「見事也!」


 一合を交わし、アレスが反転。めっちゃ投げるぞ投げるぞっていう仕草をしながら稲妻そのものと化してやってくる。くそぅ強いな!


「ヘクトールが秘儀をお見せしよう、往けドゥリンダナよ!」

「そこまで言ったらフェイントだろうがああああ!」


 やっぱり投げなかったアレスと一合を交わす。恐ろしく強い。何より面白いのは完全に闘争を楽しんでいてイイ具合に噛み合う。


「楽しいなあ英雄よ!」

「同感だな。てめえとのバトルは楽しいぜアレス!」


 放っておいたダスポリージャの神兵どもも混ざってくる。一番に斬り込んできたのはバルガだ。


「二人祭りなどつまらんであろ。我も混ぜろ!」

「勝手に混ざれよ、楽しめ!」


 次々と神兵どもがやってくる。やべえのはやべえが楽しいな。何の悲壮感もなく戦える相手は大歓迎だ。


「いま投げ槍が熱い! ヘクトールにも負けぬ俺の技で参加するぜ」

「接近してから投げるな!」

「遠くからチマチマ投げてても当たる気がしねえんだよ!」

「ヘクトールなら当てられるはずだ!」

「ヘクトールでも無理だ! こいつ速いぞ、いったい何者なんだ!?」


 まったく陽気な職場だな。アレスの誘いを断ったのを後悔しそうな楽しい職場と見た。


「LM商会会長リリウス・マクローエン!」

「ダスポリージャが英雄『覇王剣』のバルガ・レアンドロスである!」

「知ってるぅぅぅう!」


 強い。しかし手はある。一瞬で半壊させて動揺を誘い、討ち取る。……お前らのような気のいい奴らを殺したくはねえがな。


 王のちからよ、死の扉を開きて溢れ出せ。


大いなる死神の行進デスパレード・オーバーデス


 解き放った死のちからが谷底を埋め尽くす濁流となる。勝ったか!?


「神器召喚≪アイアス≫よ!」


 アレスの掲げた円盾がELS制裁軍を守る巨大な防御フィールドを形成する。防いだつもりだろうが殺害の王のちからを舐めるなよ。

 無限に流れ込んでくるちからを奇跡へと回す。簡単な話だ。強い方が勝つ。


「くっ、余のちからを上回るか! 重ねて神器召―――」

「お前は軍神だ。己の軍勢が可愛くて仕方ない。……だからさ、守りにいくのは読めてたよ」


 お前が兵を使い捨てる神ならこんな隙は生まれなかった。

 だがお前は兵を使い捨てられない。英雄集めを趣味とし、英雄どもと酒を酌み交わすお前の善性がお前を殺す。


 ラウンドシールドを掲げるアレスの背後へと空間転移する。必死の形相で兵どもを守る優しい軍神の背中へと神滅の斧を叩きこむ。


 鮮血が舞う。背を割られた軍神が振り返り、悔しそうに微笑んでくれた。


「御見事、英雄よ、お前の勝利だ……」


 黄金の英雄王が戦車から落ちていく。赤い血を撒き散らし、穏やかな微笑みを置いて。


 黄金の守りを失った軍に死の泥が降り注ぐ。凄惨な死が彼らを覆い、やがて誰も動かなくなった。

 ELS制裁軍二万が沈黙した。



◆◆◆◆◆◆



「依り代を砕かれるとは……」


 黄金の戦士が大地を疾駆する。大きなストライドで走るさまはまるで四足獣のように見える。幾つもの尾根を越えてもその疾走は止まらない。

 ようやく停止したのは幾つもの尾根が綾を為す尾根の上でだ。

 彼方に打ち倒すべき偉大なる戦士が見える尾根の上でだ。


「神器召喚、光輝の軍旗アイオーニオン・ヘタイロイ


 軍旗を掲げる。すると黄金の戦士の下に幾数十もの亡霊の戦士が集う。

 彼らこそが戦士の館に迎え入れた精強なる神兵。神霊へと召し上げられた軍神最強の軍団である。


「神器召喚、神なる蛇を射殺す真槍ロンギヌス


 ドス黒い長槍を手にし、軍神アレスが深く笑みを作る。


「英雄よ、偉業を為した英雄よ、お前に教えてやろう、勝利の瞬間こそが最も気を払わねばならぬと!」


 軍神アレスが真なる槍を投げ放つ。九つの首を持つ巨竜ハイドラを殺した猛毒の槍が背を向けたままの救世主へと突き立ち、その身を打ち砕いた。


 トロイアの言葉で勝利を意味する「アグレサ!」と叫んだ軍神アレスだが、次の瞬間には自ら放ったロンギヌスに背を貫かれる。


 軍神の悲鳴が夜空に解き放たれる。神兵どもが軍神を守るために密集陣形ファランクスを組むが暗黒の斬撃風が吹き荒れて神兵どもを襲う。暗黒の風が刃となって彼らを無尽に切り刻む。ファランクスを組む神兵が掲げる大盾にほとんどが防がれはしたが、それでも無傷ということはない。


「くっ、何が起きた……?」

「そう驚くなよ、てめえの槍を直接送り返してやっただけじゃないか」


 ファランクスの中にある軍神は大盾の隙間から声の主を探したが、すぐにそいつが密集陣形の内側にいると気づいて恐怖する。

 そいつは、リリウスは軍神を気遣い真っ先に駆け寄ってきた男であった。友軍の装具を身につけていたせいで発見が遅れた。致命的に!


「気配を移したまぼろしの裏に反射魔法を一枚置いておいただけさ。種明かしをすればこんなもんだが、つまんねえだろ?」

「お、ま、え、は……」


 神殺しの猛毒に苦しむアレスには何も理解できない。反射魔法などと軽く言うが不可避のはずのロンギヌスをどうやって返したのか。どうして敵がこんなに傍にいるのに誰もこいつに気づかないのか。何もわからない。


 リリウスがロンギヌスを掴んでのこぎりのように前後に動かしている。

 どうも抜こうとしているらしいが獲物に突き立ったロンギヌスはけっして抜けない。神を殺すまで決して抜けないがゆえにロンギヌスは神殺しの名を冠するのだ。


「なんだっけ? 俺に教えてくれるんだっけ? 勝利の瞬間こそが一番危険なんだっけ? 勝ちに目が眩んで必殺技を使ってくれるとはありがてえぜ。体を張って教えてくれるとはあんたは面白い奴だ。軍神をやめてコメディアンになれよ」


「お、ま、え、は ! 馬鹿者どもがどこを見ている、敵ならばここにいるぞ! 余の眼前に!」


 神兵が動く。その瞬間にはリリウスの姿は消え失せていた。アレスが叫ぶ。


「ファランクスを解け! 奴を逃がすな!」

「アレス様……! もう持ちませんッ!」

「なに?」


 ファランクスが形成する防御フィールドが打ち砕かれる。

 神器の大盾が砕け、ようやくアレスは絶望を知った。周囲をぐるりと取り囲む八体の殺害の王の分霊が餅つき合戦のように大ナタを振りかぶり、また振り落とす。


 大勢の神兵が砕け散る。あっさりと木偶人形みたいに。

 反撃を仕掛ける者もいた。アレスを逃がそうとする者も。だが等しく殺害の王の大ナタに砕かれる。


「あんたは戦場に己の神気で満たした黄金像を持ち込む残機制の軍神だ。加えて負けず嫌いだ、己を倒した戦士を賞賛する度量はあっても勝ち越しは許さない。ありがたいご高説と共にすぐさま復讐に来る。ここまでが判明している情報だが何かあるか?」


「……アシェラめから聞いたか?」

「いいや、あんた以前にうちの騎士団長を倒しているだろ? その時の戦を見ていた奴から聞いたのさ。兄貴分の雪辱戦だから負けるわけにはいかねえのさ」


「……見事だ、認めるぞ英雄よ、お前はこのアレスを破ったのだ」

「そう言いつつもう一個くらい依り代があるんだろ?」

「あったところで同じ手が通じるとは思えぬな……」


 アレスの頭上に八つの大ナタが振り下ろされる。神の座にまで届く殺害のちからが軍神アレスという存在に大きなヒビを与える。

 信仰という名の祈りが軍神の傷を癒すのにどれだけの時間がかかるかは不明だが、軍神アレスが再び人の世に戻ってくるのは千年や二千年は先の話になるであろう。



◇◇◇◇◇◇



 軍神アレスを討滅した。だが愛しのシェナちゃんの前で切り札を一個使っちまった。これがどう考えても今後に響く。最悪終局の場面でイザールを詰められない。


「やっちまったぜ……」


 戦闘記録を消してってお願いしたところで……


「シェナちゃん、戦闘記録の消去ってもしかしてお願いできたりぃ~?」

『申し訳ありません。わたくしを通じてラジアータ社のログを消したところでこの戦闘を監視していたガレリアのデータまではどうしようもないのです』


 けっ、あいつらも制裁軍の動向を監視してたってわけだ。

 あー……もう好きに解析してくれ。特許出願するから使用料だけ払ってくれよ。


 アレスの死体はすでに消えてなくなった。というよりも元の黄金の鎧と、その中身の強化アンデッド兵に戻っている。

 ミニアシェラが動くならこれら戦利品を神気に分解してくれるんだが、現状は壊すしかない。自分が殺した神様の神器を所有するなんてどんなに厚顔無恥な人物でもできない。つか呪われる。アレスなら呪うと思う。


 ロンギヌスも同様だ。真説品ならともかくアレスが召喚した物はアレスの神器なんだよ。

 惜しいけどな。この強さの武器は惜しいけどな。……使える説ねえかな?


「使えるかどうかもアシェラさえいればわかるのに……」


 アシェラ神サポートサービスは一度味わうと感覚が贅沢になるから困る。呪われた強武器なんて興味なかったのに鑑定の味を知った後だと使えるなら使いたいという気持ちが生まれてる。

 壊すか使うかで悩んでいると……


「兄さん!」

「リリ兄、無事か!」


 アーチー達が戻ってきた。戦闘終了を確認してから戻ってきたというよりも加勢に来た感じだ。敵はどこだーって顔してるわ。


「リリ兄、ELSはどこに行ったんだよ!」

「もう終わったよ」

「え、でも……」


 ここにあるのは激しい戦闘跡とアレスの依り代の死体が一つ。エインヘリヤルは装備だけを残して死体も残らず消えて無くなった。神霊なんて言ってもゴーストの一種でしかないからな。


「大量の死体が見たければあっちにあるぜ」

「本当に?」


「たかが二万の軍勢なんて俺にかかればチョチョイのチョイなんだよ」

「え、本当なんですか?」

「すげえ……」


 おう、偉大なる兄の背中を見ておけよ。世界最強の男の背中だ。きっと金運上昇あたりの効果があるぞ。拝んでおけよ。たぶん肩こりにも効くぜ。


 アーチーが驚きすぎて疲れたらしく座り込んだ。


「死ぬ覚悟で戻ってきたってのにさ。……やっぱリリ兄はすげえや」

「当たり前だ。俺を誰だと思ってやがる」


 戸惑うなよ馬鹿だなこいつら。


「俺は、俺はお前達の兄だ。兄貴が強いのはな、お前達を守るために強いんだ」

「マジかっけえ……」


 俺も思い出してきたよ。そういやお前ってこういうチョロい弟だったよな。

 言い包めるのが簡単すぎて将来を危ぶんでたわ。変な詐欺に引っかかりそうってな。実際にニコニコ変態おじさんに引っ掛かってるしよ。


 アーチーがすげえすげえって騒いでる。そうやって素直にすげえって思っててくれるからよ、俺も格好いい兄貴でいなきゃって思ってたわけだ。


「じゃあこれが敵将の兜か、すげえなあ」

「ばっ!」


 馬鹿な弟が軍神の兜を拾いやがった! 死ぬぞ!?

 流れるように被りやがった。死んだ!


「へえ、金の兜も格好いいな。リリ兄、これくれよ!」


「……気持ち悪くなったりしないか?」

「へ? いや、別にそういうのは無いけどなんで?」


 おー、セーフか。アレスの野郎許してくれたのか。あの認めるっていう賛辞は本気だったわけだ。

 なおも「くれ」と騒ぐアーチーであるが神器の鎧装具だしなあ……


「なあ頼むよ、こいつを使って俺もリリ兄みたいに格好いい男になりたいんだよ」

「仕方ねえな。俺のような格好いい男になるって、男と男の約束だぞ」

「やった! へへっ、男と男の約束だな」


 アーチーと拳をごっつんこ。男の約束はこうやるんだって教えた通りだな。……よし、ロンギヌスは俺が回収しよう。


「この槍もかっけえ!」


 ……まぁいい、お前が格好いい男になるってんなら俺は涙を呑むよ。リリウスくんはクールに引き下がるぜ。


 その後すぐに制裁軍の司令官の首実検のために谷に降りた。死体が折り重なって倒れる中に知り合いの顔を見つけた。一騎打ちをしたこともある。助けてくれたこともある。共に酒を酌み交わしたこともあるし、結婚を祝ってもらったこともある。

 覇王剣のバルガ。友ではなかったけど悪い奴ではなかったよ。


「その人がどうかしたんですか?」

「いいや、手強い…尊敬できる敵だったよ」


 バルガの眼を閉じてやる。冥府になんか捕まらずに安らかに旅立てるお前は幸運だ、なんて言えるわけがない。


 四人で手分けして司令官フェルガン・ナザーレの死体を探す。シェナちゃんにも正確な位置はわからないらしいのでちまちま探す。


 やがてELS制裁軍の増援がやってきた。空からだ。


「待って! あれはイース侯爵家の紋章です!」


 危うく撃ち落とす前にルアが気づいてくれた。


 そしてイース航空騎兵に先行する連中が降りてくる。え、なんでラキウス兄貴とルド兄貴? バートランド公が手は打つって言ってたのってイースの増援だったのかよ。おせーよ。


「急いだつもりだが必要なかったか」

「この数を四人で片づけたってか。あんまり無茶するなよリリウス!」

「おせーよ」


 待て、冗談だ、来てくれて嬉しい。だからその剣を下げろ!


 ルドは下げたぞ、後はお前だけだラキウス兄貴! お願い許して! ……誠心誠意頭を下げてようやく剣を下ろしてもらったぜ。心配して駆けつけてきてくれた兄貴たちにおせーよは不味かったな。冗談だったのにな。


「やれやれ、マクローエン家は野蛮で困るぜ。なあルア?」

「えっと……」


「その子は? 可愛い子だな」


 耳打ちでこっそり言うなよ。本気っぽくて怖いだろ。ルド兄貴が胸に手を当てて挨拶を始めた。あー、二人とは交流がなかったか。

 二人は緊張で顔が強張っている。屋敷で受けた仕打ちを考えれば当然の話だ。二人にとってマクローエンは敵なんだ。


 反応に困っている二人を見つめ続けるラキウスがぽつりと呟く。


「父上の婚外子であったな。ラステリアとエルネスト、お前達はバートランド公に仕えているのか?」

「は…はい」

「……あの、私達のことをご存じなのですか?」

「当然だろう、俺達は兄弟だぞ」


 兄弟だと知ってルド兄貴が大口を開いて驚いてる。ルド! お前に足りないのはこういうところなんだよ!


「俺はあまりマクローエンには居られないゆえお前達のことはリザに頼んでおいたが、不足はなかったか?」


 ラキウスが二人の頭に手をやる。まるで兄貴のようだ。ルド、お前に足りないのはこういうところだぞ!

 ルドガー兄貴はラキウス兄貴やファウスト兄貴とちがって、俺に持ってない物を持つ兄貴という名の高い壁っぽさは無くて、普通に仲のいい友達って認識なんだよ。俺も兄貴にこんなことは言いたくないけど威厳が足りねえんだよ!


「相当に武錬を積み上げたな。そのちからでリリウスを守ってやってくれ」

「いや、俺が守る側なんだが」

「お前はどこかしら抜けているから不安だ」

「そりゃないぜ兄貴ぃ~~~!」


 ひでえことを言いやがる。だが二人とも笑ってるしヨシ。まさかラキウス兄貴が笑わせに来るとは思わなかったがな。

 一応このあと冗談だったのかをこっそり聞いてみたが冗談など言わんと力強く言い切られてしまったぜ。


 イースの航空騎兵が降りてくる。彼らの協力も得てELS制裁軍司令官フェルガンの死体を探したが結局見つからなかった。

 いや、正確にはフェルガンらしき兜をかぶった人物は別人だった。イース侯爵家の武官にも確認してもらったし、シェナちゃんも別人だと断定した。


『可能性は考えておくべきでした。申し訳ありません……』

「シェナちゃんが謝ることじゃないよ」


 シェナちゃんが謀られた?

 軍事衛星からの情報収集を主とするシェナちゃんが謀られた理由を考えれば……


「フェルガンは空からの偵察を警戒していた?」


 何故だ? 己の位置をそうまでして隠し続ける理由ってなんだ?

 フェルガン・ナザーレ、不敗の知将の名前がそろそろ不気味になってきたぜ……

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