風のマクローエン④ 未来を綴る者
光と闇が交差して無限の宇宙がごとき時を幻視した。光に縁取られた無数の写真がごとき時を一枚だけ手繰り寄せ、千億の未来が生まれた。
輝ける未来から一枚を手に取り、また新たに生まれた未来から一枚を掴み取る。
神事のごとき厳かな瞑想の最中にノイズが混ざる。背後から聞こえた甲高いブーツの足音へと振り返り、アルスの予知姫リーナがそっと眼を開く。
そこに現れたのは大柄ではあるが肉々しい中年男である。薄闇の中で淡く発光する純白の法衣からはみ出た首の肉に首がすっかり埋まってしまっている中年が優しげに問う。
「邪魔をしてしまったかい?」
「いいえ、ただ夢を探していたのでございます」
アルス大主官ザウログルスの問いかけに微笑みをもって応じる。すると彼は主への忠誠を示すかのように石床に膝を着き、頭を垂れ。予知姫の靴にキスをする。
「お前の言うとおりに制裁軍の司令官をフェルガンにしたよ」
「ありがとうございます。フェルガン様ならば必ずや勝利に導いてくださいます」
「そうだね、あの男は優秀だ。お前も気に入っているようだしね……」
「使い勝手のよい殿方を好まぬ女性がおりましょうか?」
「不敗の知将もお前に掛かれば駒の一つかい。恐ろしいね」
遠く南の地で運命を綴る予知姫が勝利の絵を選び取り、ELSの勝利は約束された。
◇◇◇◇◇◇
ELS制裁軍の到着が三日後……いや、もう二日後に迫っている。
何やら公には考えがあるようだ。手は打つと言いながらどういう手か明かさない理由を成功率が低いからできなかった時に恥ずかしいなんてことはねえだろ。俺ならやるけど公はもういい年こいたおっさんやぞ。そんな高二のガキみたいな理由じゃないはずだ。
となると公は陣地内の間諜を疑っている。結界を張った陣地内の音さえ拾える遠耳の術や出入りの商人のふりをしたスパイ、兵隊だって買収されたり色香で篭絡されているかもしれない。疑ってみるとキリがない。だが公は口にした作戦は漏れると考えている。
親父殿が追求せずに簡単に引き下がったのも俺と同じ結論に至ったからだ。……借金のある相手に強く言えなかった程度の理由だったら殺すわ←信じられないことにこれが息子の発言である。
決戦の日は二日後に迫っている。だというのに今日ものんびり親善試合だ。
今日はなぜかテーマ戦の日らしく、両陣営から若手のホープを出して試合してる。正直こんなことしてる場合じゃないと思うけど兵隊の息抜きにはちょうどいいらしい。実際親父殿やバランジット様たちに将校は何やら忙しそうにしているしね。
ヒマを持て余した兵隊はロクなことをしないからな。賭け事に夢中になってるくらいがちょうどいいんだろ。
今はガンズバックが戦っている。剣身のように平べったい角を持つブル・リザードに騎乗するガンズバックが同じく馬に乗る騎士と派手にやり合っている。
相手は身軽な軽騎兵。機動力を信条とし長槍を主武器に。状況に応じて弓や魔法を使い分ける戦場の花形だ。
対してガンズバックは鋼鉄の塊のような重装甲を全身に纏い、愛騎と己の魔法力を調和させたシンクロ強化魔法で徹底的に能力を引き上げる戦車のスタイルだ。これがシンプルに強い。
並みの攻撃など通さぬ鉄壁の防御力。瞬間SPD3000を超える超突進力を加算したハルバードによる打撃力。これを打倒するのは難しい。これは強靭な魔物と同じ類のちからだからだ。
この決闘は当初こそサイラス騎兵が小器用に逃げ回りながら遠間から魔法付与の矢を撃っていた。外壁の上から見物する群衆もまるで馬鹿な牛みたいじゃないかって笑っていた。
だが次第に声は小さくなっていった。サイラス騎兵の如何なる攻撃もガンズバックには通らない。ミスリルの装具を身に帯びたブル・リザードでさえ矢を弾き返す。いかなる攻撃も意味を為さない戦車に追い回される恐怖の光景に群衆は静まり返っていき……
「遊びは終わりだ。次で決めるがよいな?」
この宣言と同時にガンズバックが神速の騎兵突撃をぶちかまし、サイラス騎兵を城壁に叩きつけた。
「この勝利を皇帝陛下と我が父ガンザックに捧げる! ザクセン軍、ウーラン!」
「「ウーラン!!!」」
騎乗したまま整然と隊列を組む三千騎のザクセン兵から、大気が弾けて強風が巻き起こるほどの万歳が叫ばれる。
陣地内は熱狂しているのに対してサイラス側は静まり返っている。何かを誤ればあの恐ろしい騎兵連隊が街中に雪崩れ込んでくるのだ。市民の誰もがあの突撃を浴びれあの哀れなサイラス騎兵のように跳ね飛ばされるのだ。……これは愚かな妄想ではなく確かなリアリティを有して人々の間に浸透していった。
草原にぽつんと生えるマドロワの木の木陰で休んでいる俺の元へとガンズバックがやってきて、騎兵兜を脱ぐ。まぁ敬意の表れだろうぜ。
敬意を示されたのならこの体勢ではいられない。ナシェカの膝枕から起き上がる。
「楽勝だったな」
「いや、けっこうな手練れで内心はひやひやものであった」
まぁけっこう強い騎兵だったとは思う。乗馬に長けていて弓も上手く、魔法もそこそこ器用に使えていた。それとまぁ二十代後半を若手っていうのは反則だと思う。いや世間一般の常識的には若手なのかもしれないが。
それでも勝利した。ザクセンの武名を広げた。ならば誇るべきだし褒めるべきだ。
「謙虚だねえ。あんな奴じゃ十回やってもお前さんの完勝さ、誇れよ」
「兄者の御言葉ならば素直に受け取ろう」
ガンズバックが座り込む。どう見ても十四歳には見えない。まぁ俺も十九だとかそのくらいに見られるしな。そこは言うまい。
あちらでは次の戦いが始まっている。わーわーとやかましい親善試合を見下ろしながら、ガンズバックがぽつりと呟く。
「俺はな、妾の子なのだよ」
ガンズバックは公爵家の外で育てられた。優しい母と時折顔を出す父に不満はなかったし、口約束ではあったが将来的には従士として取り立て、分家として新たな家を興すはずだったそうな。
だが運命のダーナのサイコロがファンブルを出した。いやガンズバックにとっては成功だったのかもしれない。魔王ファウスト・マクローエン討伐の軍が全滅し、本来公爵家を継ぐべき子息たちが二万の軍と一緒に全滅した。
まぁ笑ってやるわけにはいかねえか。子息どもは公爵の地位を狙って日々争っていたらしいし、兄貴の討伐は兄弟の間で一歩抜け出すためのいい手柄になるはずだった。まさか捕虜も捕らないとは考えもしなかった。独立を宣言した男爵家ごときに負けるはずがなかった。色々とイイワケもあるんだろうが、死んじまったらイイワケなんざデスにでも聞いてもらうしかねえな。
こうなると余所にやった直系の娘を呼び戻したり分家から養子を貰って公爵家を存続させるのが通例だが、まぁここにもう一人だけ妾の子というだけの直系の男児がいたわけだ。
ガンズバックは正式に公爵家に迎え入れられ、次期当主として教育を受けることになったんだそうな。
「分家の中には俺を引きずり降ろして当主の座を狙う者どもも多い。俺だとて自分がザクセン公に相応しいとは思っておらん」
ガンズバックの真っすぐな瞳と見つめ合う。強い意志を秘めた眼差しとどっしりした態度にはすでに公爵家子息の風格がある。これもまたこいつがおっさんに見える理由だろう。
「だが父上の期待に応えたい。此度の戦で功績を挙げれば無粋な雑音も消えるであろう。兄者を男と見込んでお願いする、どうか俺にちからを貸してほしい」
一人前の男がこうして頭まで下げて、男と見込んでとまで言われたら断れねえな。俺の男が懸かっちゃうからな。これで断ったら玉無しのチキン野郎だろ。
「一応言っておくが俺は高いぜ。ってのは照れ隠しだから真に受けるなよ」
一応確認をとっておくかと仲間達へと振り返る。お嬢様もデブもナシェカもいい顔つきで頷いている。だよな。こんなふうに頼まれたんじゃ仕方ないよな。
「LM商会にお任せあれ!」
やらないイイワケに勝るイイワケができちまったな。
やるぜELS、てめえらの相手ははじまりの救世主と愉快な仲間達だ!
◇◇◇◇◇◇
やると決めたら殺る。本気でやるのは当然として問題はクライアントがどこまで支援してくれるかだ。
「ガンズバック、こっちでも知り合いの傭兵に声をかけていいか? そいつってけっこうな高額取りなんだけど」
「兄者が必要だと思うものは勝手にやってくれて構わない。報酬の心配などするな」
頼もしい依頼主だぜ。
バイザーを掛けてコールする。ちょっと掛かったが無事に出てくれた。
「もしもしハザクくん、おれおれ、リリウス」
呼んじゃった。
 




