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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 レミングの進軍
306/362

風のマクローエン③

「あが!」


 目覚めたのは昼過ぎだ。昨夜はずいぶんと飲んだからまぁこんなもんだろう。


 誰もいない天幕をキョトキョトと見渡してから二度寝もありかと魔が差しかけたが、親父殿が働いてるのに息子が二度寝ってのは世間体が悪すぎるから起きる。


 バートランド行軍本陣をほっつき歩きながらサウナを探す。サウナが無いなんてあるか? サウナはドルジア人の心のオアシスだぞ?

 とりあえずそこいらの兵隊を呼び止めて聞くわ。


「サウナはどこだい?」

「あるわけねーだろ」


 だそうな。

 入れないとわかったらますます入りたくなったぜ。という理由で城壁を跳び越えてサイラス市内に侵入する。


 ククク、まさか誰にも気づかれずに忍び込んだドルジア兵の目的がサウナだとは思うめえ。破壊工作なんて一切しねえぞオラァン!


 サウナはすぐに見つかった。料金は銅貨三枚で、まぁ安いのには理由があるもんだ。

 ここのサウナはベルモンド様式だ。タイルとセメントで遮蔽された広い空間にもうもうと高温の蒸気が立ち込めるタイプのミストサウナで室内はとにかく薄暗い。唯一の光源は支柱から紐で吊られたカンテラのみ。

 これがとにかく息苦しい。客はベンチに座ったままじぃっと闇を見つめ続けるか、水甕に浸る月桂樹の枝で自分の背中をばしばし叩いてるだけだ。このタイプのサウナは何だろうね、長居すると心を病みそうだ。


 それはそれとして楽しんだぜ。ああ楽しんださ、ちょうど二人組のおねーちゃん達がいたので楽しく会話したさ。


 このひどいサウナに褒められた部分なんて一個もないが汗を流せる点だけは評価できるよ。やや不衛生なところも問題だが料金のせいか客入りも多くて女の子も多かった。……サウナに求めてるのはそういうのじゃねえんだよなぁ。


 本日の反省点、サウナ店探しの際はもう少し慎重に調査するべし。

 反省を経て一つ賢くなった俺は遅めのランチを贅沢な体験にしたいと目論み、冒険者ギルドに出かけた。


 旅慣れた冒険者はある日気づいちまうのさ。

 様々な土地を回って色んな店に行き、多くの失敗を重ねてきたが冒険者ギルドの酒場は外さないなって真理にたどり着いちまうのさ。


 ギルドでの飲食は高く付く。駆け出しのゴミランじゃ一食食べただけでクエスト一回分の報酬を使い切るようなひどい値付けだ。

 だが位階も高くなって飲食に金を使えるようになるとギルドの良さがわかってくる。ギルドの酒は混ぜ物をしていない。薄めてもいない。現代日本では考えられない悩みだがそれは当たり前のことではないんだ。


 食材は……怪しいがきちんと下拵えされた手間暇かかった料理だ。少なくとも食中毒の危険は……少ない。たぶん。まぁ旅先で腹を下すなんてよくあることだからね。そこはね。言い切れない。うん、危険が無いとは言い切れない。


 というわけでランチはギルドで済ませた。港町らしい魚介たっぷりのスープや魚介の焼き物がよかったよ。水揚げしたばかりの魚ってだけで美味いからな。もう旨味たっぷりよ。


 今は公軍の陣に戻ってお嬢様に話をしているところだ。


「もしゃ。このレベルの裏切りを平然とするリリウスくんには脱帽するよ」

「そーね……」

「裏切りってなんですか」


 サウナか。この二人も心のオアシスを求めていたのか。夜には連れてってやるから許してくれ。


「一応調査もしてきましたよ。ELSはすでに動いてますね」

「ほんと? 誰に聞いたの?」

「サイラスの領主館で盗み聞きをしましてね」


 領主館にはELS諸王国同盟の盟主『聖王国アルス』の魔導官がいた。明晰な頭脳と超位階の戦闘能力を持ち、少数精鋭の魔導兵団を率いるこいつらの仕事はイルスローゼとさほど変わりはない。

 任地で戦乱が起きた際は駐屯軍を掌握して将軍となる。調査が必要な案件なら己の手勢を用いて諜報活動を行う。その優れた能力を用いて国家に貢献するエリート武官だ。


 だがELSにおいてはその性質は多少異なる。イルスローゼの魔導官は国内に派遣されるがELSの魔導官は同盟加盟国に派遣される。つまりはイルスローゼほど好き勝手には動けないアドバイザー兼調査員どまりってわけだ。

 後はまぁイルスローゼの一等魔導官のような超一流の魔導師ではなかったな。


「ELS評議会で制裁軍の派遣が決定しました。将軍はフェルガン・ナザーレ。ELS制裁軍が誇る不敗の名将だそうです」



◇◇◇◇◇◇



 木槌の音色は落雷に似ている。厳粛な評議会議長が振り下ろした木槌の音色はさながら運命の鐘の音のように高らかに響く。


「評決の結果を発表する。今期の制裁軍の司令官はナザレのフェルガン将軍である!」


 主神ゼウスの物語を綴る荘厳なステンドグラスの下に万雷の拍手が巻き起こる。


 制裁軍の司令官に推された若き知将が手を挙げ、拍手へと応え、栄光ある司令官の地位に相応しい場所へと登壇する。

 それはつまりELS評議会議長ジグムント・ジーヴァ・アルスの隣である。


「私に投票してくださった議員の皆様のご期待は裏切りません。極北の蛮族めは必ずやこのフェルガンが駆逐してご覧にいれます!」


 若き知将はまるで舞台上の役者のように愛想がいい。それも当然だ。ELS評議会の任命任務はカネになる。莫大な報酬と名誉が約束され、その活躍は演劇となって市井に広がる。

 無論それだけではない。ELSへの貢献は聖王国への扉を開く。


 若き知将の肩を親しげに抱く議長閣下がこっそりと呟く。


「また貢献が増えるな」

「議長閣下のお引き立てがあればこそ、なのでありましょう?」


 議長閣下が声もなく笑う。

 わかっているならよい。そんなふうに。


「ゴブリンがごとき理性無き蛮族どもの首を捻るだけの簡単な任務とはいえ貴公の功績となる。制裁軍の司令官を四期、慣例に照らしても十分に通せる。この任務を終えた君は聖国卿として我が国に凱旋するのだ」


「義父上のご厚情に感謝を。いえ、将来の大主官閣下のご期待でありましょうか?」

「何事も見えすぎる、それは君の悪い癖だな。そこは直せ。……娘婿の君にはいつまでもナザレの田舎者の気分でいてもらっては困る」


 フェルガンは栄光の座へと続く道にある。田舎の王族なんてチンケな存在ではどれだけ手を伸ばしても爪の先さえ引っかけられない栄光の座だ。

 聖王国アルスの聖国卿。彼の大国の実質的な第五席だ。フェルガンは世界の支配者たちと同じ舞台に立つのだ。


 議長閣下が分厚い書類束を手渡す。今回の任務に必要な、現地に派遣した魔導官が調査したピスト公国の情報束だ。


「君を迎え入れる準備は整えておく。軽く捻ってこい」

「必ずや」


 フェルガンは議員へは愛想を振りまきながらも書類に視線を落とす。そこで気になる名を見つけた。


「ファウル・マクローエンか、懐かしい名だ」

「知人か?」

「いえ」


 フェルガンが首を振る。栄光の座へと王手をかけた男にとってその名は古傷のようなものでしかない。


「いつか殺そうと考えていた男です」


 愛想よく手を振るELS制裁軍の司令官『千眼のフェルガン』は愛想笑いをけして崩すこともなく、だが眼差しだけはドス黒い殺意に染まっていた。



◇◇◇◇◇◇



 夕食時。席を外していたバートランド公が楽しそうな笑顔で戻ってきた。何かいいことでもあったんだろうか?


「諸君、悪い知らせだ」

「頼むから表情と感情を一致させる努力をしてくれませんかねえ」


 公が笑い出した。俺おもしろいこと言ってないよ?


「辛い時に辛い表情をして何が面白いんだい?」

「それはそうかもですが」

「おいおい、二人して話を横に逸らすなよ。アルヴィン、悪い知らせとはなんだ?」


 バートランド公が肩をすくめた。今度はやってられないっていう表情付きだ。

 学習したのか俺を小馬鹿にしてるのかは不明だな。


「本国のイース侯爵家からの警告だ。ELS制裁軍が艦隊を進発させた。今朝の話だ」

「それは悪い知らせだな」


 親父殿が本当に辛そうに歯ぎしりをする。これだよ、公はこれを見習うべきなんだよ。

 しかし海路か。嫌な方向から来やがったな……


「制裁軍に海上からの上陸は難しいとプレッシャーをかけるためにこうして包囲していたのでは?」

「どうやら僕らのささやかな圧力などELSには何ら効力を発揮しなかったようだね」

「部隊規模は?」

「五千騎だそうだ。戦虎騎兵が三千。白頭鷲騎兵二千だってさ。また随分と強力な兵科を揃えてきたよ、さすがはELSだ」


 当然だが全員が騎士階級なんだろうな。

 英雄級や準英雄級、超越者級だっているかもしれない。まともに当たったら即蹂躙されるかもしれない。全部かもしれないな件には触れないでくれ。

 陸から来てほしかった。だが海から来るのだから仕方ない。それはもう諦めるしかない。


「それでどーするんですか?」

「迎え撃つしかない。そうだろファウル?」

「どう迎え撃つかって話だろうが。アルヴィン、まさか俺に丸投げするつもりか?」

「戦略は僕、戦術は君の分担だろ? もちろん僕も手を打たせてもらう」

「どういう手を打つか聞かねば戦術も何もないぞ……」


 公が超笑ってる。親父殿も苦労してそうだなあ。上司がくせものだと部下は苦労するんだよな。


「ったく。上陸予想日は?」

「三日後の昼頃だそうだ。イースの情報だから確度は高いだろうね」


 ELS制裁軍との激戦は三日後か。

 よかった。ナシェカの時限爆弾よりは早そうだ。軍用騎獣五千頭の強奪は戦争の大義名分を充分に満たしているからな。正直いつ進軍してきてもおかしくないがさすがに三日以内ってことはねえだろ。たぶん。



◇◇◇◇◇◇



 時はちょっとだけ遡ってワーブル王国は激震していた。

 国境線の森に伏せていた神速の第四騎士団壊滅の報告が他ならぬ第四騎士団長フェデルの手によって届いたのだ。

 伊達男で知られる輝くばかりのハンサムは見る影もなく憔悴し、目つきも虚ろだ。いったいどんな恐ろしい目に遭ったのか……


 報告書を読んでも誰も何もわからない。説明された状況を想像しようにも何がなんだかわからない。聡明で知られる賢王アスワンでさえもサッパリ理解できないものだった。


 事を重く見たワーブル王アスワンは謁見を許し、直言にて詳細を聞くつもりだった。しかしあの輝く顔のフェデルがなんということだろうか、目も虚ろで視線なんかも終始下を向いてるし何かブツブツ言ってるのだ。完全に逝っているのだ。


「ふぇ…フェデルよ、勇猛果敢で知られるそなたの身にいったい何が起きたというのだ?」

「な…ナシェカが一人、ナシェカが二人、ナシェカが……うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 フェデル・レブナントが白目を剥いて絶叫する。

 謁見の間に集った者どもが頷き合って拘束に動き始めるが、びくんと大きく痙攣したフェデルの瞳に理性の光が戻る。


「は…私は……何を……?」


 王はこれは本格的に療養が必要だなあって思った。

 もう完全に心が壊れている。もしかしたらワーブルは優秀な騎士団長を一人永遠に失うのかもしれない。


「フェデルよ、我が騎士フェデルよ、どうやら正気に戻ったようだな」

「はい陛下、私は正気です」


 これはもうダメかもしれんなあって思ったのはナイショだ。


「してフェデルよ、いったい何が起きたのか詳しく聞かせてくれぬか?」


 レブナント子爵はこのあと一見まともそうな顔つきで詳細について語った。

 日の入りから一刻ほど経った頃に歩哨がゴブリンに追われて森の深くに迷い込んでしまった可哀想な少女を保護したこと。それが運命との出会いで少女に剣を捧げたこと。……これはもう本格的にダメかもしれんなあって思った。


 そして少女が帰りたいので馬を貸してほしいと言い出したので了承したこと。


「すてきな騎士様、どうか馬をお貸しください」

「貴女のために国中に触れを出し最高の馬を探し出すことを誓います」

「すてき! 抱いて!」

「抱くさ!」


 レブナント子爵がなんか変な小芝居を始めた。もうみんなしてこれはダメかもしれないって思い、謁見の間に三十人のため息が一斉にこぼれる。


「フェデルよ、そのような小芝居は要らぬ。どうして第四騎士団が壊滅したのかを教えておくれ」

「失礼しました。抱いてとは言われておりませぬ」


「あ、これはダメだ」


「あの時ナシェカはこう言ったのです。『ううん、最高の馬なんていいの。ここにある騎獣を貰えたらいいから』と。じつに謙虚な申し出だと感激した私はどれでも好きな子を選びなさいと許可を出したのです」


 レブナント子爵が国軍の軍事物資を違法譲渡したと自分から白状した。王は諫めるでもなくただ悲しんだ。フェデル・レブナントにはもはや自分が何を言っているかも理解する能力も無いのだ。

 今はただこの哀れな男の話を、彼が完全に壊れてしまう前に最後まできちんと聞いてやろうという優しい気持ちしかない。


「フェデルよ、そのナシェカという少女の話はもうよいのだ」

「いいえ陛下、ナシェカはこう言い出したのです。じゃあ全部頂戴と」

「全部?」

「私もまぁ冗談か何かだと思ったのでもちろん構わないよと言ってあげたのですな。すると森の奥からベヒモスがごとき巨獣の唸り声が聞こえてきたのです」


 話が段々と怪しくなってきた。


「天幕の外から聞こえてくる巨獣の唸り声と部下どもの悲鳴は瞬く間に眼前に迫り、気づいた瞬間にはそれが私の眼前にあったのです。それとはデュラハンの鉄馬車です」


 レブナント子爵はたしかに狂っている。だが狂いの中にも妙に冷静な部分があった。


 大勢の部下を轢殺し、跳ね飛ばしながら天幕を突き倒したデュラハンの鉄馬車から無数の少女たちが現れる。ナシェカとそっくりの姿形をした大勢の少女たちが殺戮を始め、動揺しながらも交戦を始めた部下どもは為す術もなく斬り倒されていった。


 このように語るレブナント子爵の言葉には奇妙な魅力があり、王も気づかぬ内に前のめりになって聞き入っている。


「ナシェカの正体は噂の雌デュラハンだったのです。恐ろしく強かった。私も部下を守るために迎撃に加わりましたがまるで歯が立たず……」

「貴公でさえ歯が立たぬとは信じられぬな……」

「我が名、第四の名誉にかけて偽証ではございません」

「そうだな。フェデルがワシに偽証をするはずがない」


「戦いの中で昏倒した私が目覚めたのは夜明けです。陣地は血臭で煙り立ち、部下どもは皆物言わぬ死体に成り果てておりました。部下を弔うこともなく森を出た私が見つけたのは西方へと続く我が軍の騎獣の足跡です」


「よく話してくれた。フェデルよ、我が騎士よ、すでに調査隊は出しておるが改めて伝える。我が騎士たちの亡骸を連れ帰りて丁重に弔うことを約束する」

「感謝いたします」

「お前はもう休め。何も考えずに休暇を取ったのだと思いどこか静かなところで心と身を休めるのだ」

「……」


 レブナント子爵は何も言わなかった。

 王もその心の内を察した。彼は真面目な男だから部下の仇を討ちたいと願うであろうと。またこの処置を王の失望を買ったと勘違いをしているだろうことも。


「短慮はするな。けしてするな。ワシにはまだフェデルのちからが必要だ、フェデルよ、今はただ休め。ワシは今もなお貴公の能力と忠誠を信じておるのだぞ」

「はい、我が王の命に従います」


 レブナント子爵が来た時とはちがい誰の介助も借りずに去っていく。

 大仰な音の鳴る扉が閉まると同時に、漏れ出したのは怒りだ。


「西方、ピスト、極北の蛮族どもの手先か……!」


 賢王アスワンの怒りは止まらない。


「ワーブルに手を出した報いは凄惨に与えねばならん! 六軍団を招集せよ、全力を以て鉄馬車を狩る!」


 大きく望む者こそ大きな対価を求められる。

 望みを得た者ほど己の背後に気をつけねばならない。

 運命のダーナのサイコロには必ず栄光と死が刻まれているのだから。


 軍用騎獣五千頭の対価はいかほどになるか?



◇◇◇◇◇◇



 場所は遠く離れてタジマール城塞。最近は馬鹿も来ねえしヒマだなー、なんて考えていたプリス卿の下に馬鹿がやってきた。


「おーい、プリスはいるかー!!」

「いねえよ!」

 って叫んでから気づいた。居留守を使えばよかったって。


「いるではないか! 出てこい!」

「なあユキノ、今からいないってことにできねえかな?」

「プリスの馬鹿、できるわけがない……」


 仕方なく出ていくとダスポリージャのバルガ将軍が酒壺を掲げていた。


「飲むぞ」

「そういう用件なら先に言えよ。居留守を使うところだっただろ」


 プリス卿は酒が好きだ。大好きだ。髭もじゃの野郎と飲むよりも綺麗なおねーちゃんと飲む方が好きだが、ダスポリージャのクルミ酒は大好物だ。


 草原の丘に絨毯を敷き、鞍に括りつけてきた酒壺を置いて手酌で好きに飲るスタイルだ。敵味方に別れているとはいえ二人は同年代。実力も同じ程度で軍での地位も近い。だからか妙に馬が合うし、たまにこうして飲みに誘う。

 二人はダチでもツレでもないが、その間には好敵手という絆があった。


「それで急にどうしたよ。別に用がなきゃ来るなとは言わねえけどよ」

「しばし国を空けるので顔を見に来ただけだ」


 プリスが吐きそうな顔を作って「うげぇ」って言う。もちろん冗談だ。


「女ならともかく男に言われたいセリフじゃねえって」

「我も貴様が言うたなら必ずや吐いたであろうよ」

「俺みたいなイケメンが言うのは許されるんだよ」

「いやいやそれは無い。吐く、間違いない」


 堅物なバルガが真面目ったらしく言い重ねる。これは面白そうだから本気で気持ち悪いセリフでも言ってやろうかと思ったプリスであった。


「国を空けるってことはELS絡みか。どこだ?」

「言えるか」

「だろうな。じゃあ東西南北で言ってみようぜ!」

「言えるか。……まぁ、西だ」

「西ね」


 日頃馬鹿だ馬鹿だとお互いに罵り合っているが本物の馬鹿じゃないのはどちらもわかっている。どちらかが明確に下なのなら二人の間に絆など芽生えはしなかった。


「わりぃな、助かった」

「さて、何のことだかわからんな」


 しらばっくれたバルガがぐい呑みを逆さにして飲み干し、立つ。


「では今日のところはおさらばである。帰国したら顔を出す、また飲もう」

「今度は俺がおごってやるよ。だから死ぬなよ」


 バルガが鼻を鳴らして笑う。


「吐いてやろうかと思ったが止めたわ。では、さらばである」


 プリスは去り行く好敵手の馬上の背を見つめながら、まったく律儀なやつだと笑ってしまった。

 笑顔が停止し、曲者プリスの顔が己の影へと命じる。


「ELS制裁軍が動く。伝令にはお前が走れ、それが一番早い」


 返答はなく、ただ気配だけが薄まって消えていった。


 ELS制裁軍司令官インペラトールが高額なダスポリージャの出稼ぎ傭兵団を雇い入れた。バルガがわざわざ忠告に来た理由を考えればグレードは間違いなく特級。となれば黄金アレスの戦車の車輪が回る。

 慎重なだけか、たしかな思惑あってのことか……


(仮に俺ならドルジア軍をどう潰す?)


 プリスが脳内に思い描く大陸図が動き出す。やがて結論が出る。


鉄槌ハンマー鉄床かなとこ、逃げ場を塞いで内陸から叩き潰す。潰せると考えているのなら勝機はあるか?)


 プリスの脳内に思い浮かぶ光景は、打ち下ろされたハンマーが逆にへし折れる光景である。それが何とも小気味よくて本当に笑ってしまった。


(簡単につぶせると思うなよ、俺の弟分はアホほどつえーぞ)


 戦争が始まる。小国を巡るしょうもない戦いではない。中原の平穏を守護するELS諸王国同盟制裁軍との戦いがその火蓋を切って落とそうとしている。

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