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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 レミングの進軍
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風のマクローエン②

 久しぶりの再会から流れるように食事会に移行する。さすがだぜバランジット様、伊達にデブの親父じゃないね。


 語り手を適当に変えながらこれまでの話をする。

 イース海運についてったら剣王さまと遭遇して流れで亡霊旅団を殺っちまったで章。

 剣王さまと語り合ってたら「お前がうちの先祖なのかよ!」で驚いたで章。それとマクローエンの隠れ里の地図を手に入れたから親父殿にパスするわ。

 こっちに戻ってきてからはボウサム市攻防戦からガンズバックの騎行があって……


 うん、謎のリザード五千頭事件はやめておこう。食事会なのにメシを食う気が失せる。


 意外にもバートランド公がうちの源流に食いついた。


「ほぅ、そんな面白いことになっていたんだね。マクローエンの隠れ里か……」

「ご興味が? なんでまた?」

「気にもなるよ。気にならないわけがあるかい? 人と神が暮らすまぼろしの都ルクレインから逃げ落ちた、人の世における最古の王の一族マクローエンの隠れ里だ」


 公は本当に懲りない人だな……


「余計なことをしたら今度こそ殺しますからねー?」

「わかってるわかってる」


 ぜってえわかってねえぞこのおっさん。

 俺が殺せないのを理解して言ってるからな。


「もしゃ。マクローエンってそんなにすごい家だったの? パパも知ってた?」

「アルヴィンから聞いたことはあるな。まぁ酒の席の話だと流していたが……」


 バランジット様はなんて俺を見るの?


「リリウスくんの反応からして間違いないようだね。はじまりの救世主、いにしえに再誕を約束した救世主の護剣となる一族か。眉唾だと思ったんだがな」

「その救世主の名がリリウス・マクローエンというらしいね」


 ここで三馬鹿が察した。


「あ……」

「もしゃ……」


 察したようだ。散々ナシェカが俺のことを救世主さまと呼んできたから察したようだ。俺が自分から言った時は信じなかったくせに。

 ナシェカが頷く。その美貌は誇りに満ちている。


「ええ、公のお考えのとおりこちらの旦那様がはじまりの救世主です。わたしの養父オデ=トゥーラが再誕を待ち続けた、闘争の箱庭に愛をもたらす者です」

「愛ね、ずいぶんと哲学的だ」


 公がうさんくさそうに鼻を鳴らした。

 俺もそろそろ慣れてきた。この顔はもう少し情報を出せって顔だ。


「リリウスくんの言う愛とはなんだい?」

友愛アガペーですね」


「便利な言葉で簡単に片づけるのは悪いくせだ。もう少し僕らを信用してほしいな」

「言ってもわかりませんよ。みなさんは神話の時代を知らない、見た事もないものは理解できない、受け入れられない……俺の仲間の誰もがそうだったように」


 ナルシスには現実的なプランへの着地でよしとしろと忠告されたさ。

 ルキアーノでさえ無理だと断じた。フェイだけだよ、やってみろ骨は拾ってやるって言ってくれたのは。骨を拾わなくていいから手伝えって言い返したら慣用句だボケって言われたわ。


「俺の願いは俺が叶える。この願いだけには誰も踏み込ませない」

「そうかい」


 公が食いつくのをやめた、かに見えた。


「……協力は惜しまないよ?」

「頭かち割りますよー?」

「あははは!」


 何が面白いんだか笑い出しやがった。くえねえオヤジだぜ。


 そういえば親父殿が黙ってる。反応しろ、頼むから何か言え、あんたも当事者の一人だぞ?


「……何の話だか全然わかんねえ」

「おい親父殿」

「わかってる、あの書庫にそういう本があったんだろ。だが俺も整理はしたがほとんど読んではないんだ」


「じゃあなんでバートランド公が知ってたんだよ」

「書庫に入れてやったことがあるんだ。そのな、見返りにな……」


 借金の見返りに一族の大切な書庫に入れるんじゃねえ。本を売らなかった理性だけは褒めてやるがな。


「じゃあこの話はここまでです。公は大人しく引き下がってくださいねー」


 一度は親父殿に預けようとした隠れ里の地図だが……

 やはり止める。バートランド公は信用できない。してはならない。怪物は人を喰らうから恐れられ、殺されるのだ。


 そういえば昼飯にまだ手をつけてなかった。今日の昼飯はチャパティーだ。トルティーヤのような薄焼パンの上に具材とソースを載せて巻いて食べるというシンプルな料理で、このアストラ地方では伝統的な貴族料理であるらしい。

 やや口に合わないが好きな人は好きだと思う。先にトルティーヤに例えたがケバブの方が近いかもしれない。酒は黄桃を漬け込んだ果実酒だ。ねっとりとした口当たりと濃厚な甘さ、そしてジュースのような味なのに驚くほど度数が高い。初めて飲む酒だがけっこう好きな味だ。


 公が説明してくれるようだ。


「これは琉国産の桃酎パイチュウだ。ここは港町だからね、こういう物も手に入るんだ」

「へえ、こいつは好みだ。まだありますか?」

「後で届けさせるよ。今夜は久しぶりにファウルと飲むといい」


 親父殿と差し飲みなんて何をしゃべったらいいかワカンネエ。

 ルド兄貴と飲むといつも女体の神秘について語り合った挙句途中で娼館に突撃するからな。あいつとの酒はマジで楽しいよ。バトラ兄貴は途中で帰る。家で妻と子が待ってるので致し方なし。


 腹が溜まってきたら嫌な気分も抜けてきた。やはり満腹。満腹はすべてを解決する。


「じゃあ軽く現在の戦況を聞きましょうか」

「じゃあ俺が教えてやろう」


 しまった、親父殿との差し飲みで使えそうな会話カードがここで切られてしまった。どうする? もう母ちゃんとの馴れ初めとか聞くしかないか? 両親の馴れ初めとか逆にダメージ負うやつやぞ、しかもクソでかダメージの。


「現在はどこの戦線も安定している。そもそもピスト公国一国にこの戦力は過剰なのだ」


 真面目に話始めちゃったよ。息子の前でイイとこ見せようとしている気がする。


「だがこの戦況をひっくり返せる勢力が二つある。ワーブルとELS同盟制裁軍だ」

「まぁそいつらだよな。影だけで怖いから厄介だ」


 未知の強敵ってのは恐ろしいもんだ。罪人が神罰を恐れる理由はなんだ? 神のちからがどんなものかを知らないからだ。世界中の人間を同時に監視できていつでも神罰を降せるなんて妄想に取り憑かれたら、そいつはこの世で最も不幸で正しい人間になるのだろう。逆になんも考えてない奴は幸せに暮らせる。そんなもんだ。


「目下警戒するべきは制裁軍だ。ワーブルは公王家が倒れるまで出てこない」

「以前聞いたな。ワーブルって制裁軍に一度負けてるんだっけ?」

「歴史的に見れば一度どころか何度も負けてるぞ。もちろんワーブルも何度も勝ってる。両者は不倶戴天の敵同士だからな」


 ワーブルの侵略に対抗してELS軍事同盟が結成されたってのは有名な話だ。ベイグラントに匹敵するような武力を持ちながら、中央文明圏まで版図を広げられなかった理由はELSに抑え込まれてきたからだって。

 制裁軍。どう見ても厄介そうなんだよなぁ。


「制裁軍の公国入りは海路しかない。そう考えているからヴァルキアに多くの兵を置き、このサイラス港を抑えているんだな?」

「そうだ」


「陸路は不可能なのか?」

「可能だ。海路が最も早く、陸路は様々な制約があるというだけだ」


 どちらから来るかは司令官の好みによるからな。海路から来なかったら運が悪かったってことだろう。

 ここでナシェカが口を挟む。


「真っ先にサイラス港を抑えたのは陸路を選ばせるためですよね?」

「まいったな。息子よりも義娘の方が出来がいいらしい」


 親父殿がまいった宣言。そして負けたのは俺という事実。

 つまりは海路は困難だとプレッシャーをかけて、陸路を選ばせようとしているわけだ。理由が気になってくるねえ。


「陸路なら勝ち目がある、そういうことか?」

「単純に制裁軍と海で戦うのは危険だからだ。ワーブルが何度も負けている理由は海にあるのだ」


 ELS制裁軍の海路の安全を担当していたのは沿海州七国だ。海を使っての迅速な兵站維持。軍事同盟加盟国から無限に運ばれてくる兵員。どれも最悪だ。……だから徹底的に叩かれた。

 沿海州は去年の秋頃にクリストファーの影武者が散々荒らしまわった。支配者層は全滅。造船所は爆破され、関係者も皆殺し。

 破壊の限りを尽くした後は財宝を船に積み、帰る前には町に火をつけていきやがった。

 ヴァルキアに向かう途中に幾つか立ち寄ってはみたが復興は進んでいなかった。廃墟のようにがらんとした町に食うにも困った人々が座り込んでいたよ。


 比較的マシで済んだドゥラム軍国だって支配の手が緩んでいて、幾つかの都市に独立の動きがあるって話だ。俺らがドゥラムからしつこく追われた理由もそれだ。反政府運動家に武器を渡すみたいなしょうもない疑いをかけられたらしいぜ。


 まぁ海戦のことはよくわからん。危険だというのならまだ危険なんだろう。


「まぁ対ELS戦略についてはわかったよ。じゃあ今度はワーブルだが公王家打倒まで本当に来ないのか?」

「こちらも来ない可能性が高いというだけだな。実際連中は東の国境に三万の兵を伏せている。どんなタイミングで来るかはわからんが、大人しく兵を退くとは思えん」

「三万? 八千しかいなかったけど?」


 な…ナシェカくん、君はどうしてワーブルの伏兵の数を知っているんだい?

 僕はね、君がどこであの数の軍用騎獣を手に入れてきたか察してしまいそうだよ。他の三馬鹿も完全に察した顔して顔を伏せているよ。


「偵察済みとはありがたいな。まったく欺瞞情報を掴まされるとは……どうしてお前達はそんな顔になっている?」

「……いや」

「……そのぅ」

「……もしゃ」


 ワーブルかよ! よりによって一番手を出したらやばい国じゃん!

 こりゃあ時限爆弾の起爆も間近だな。デュラハンの鉄馬車を散々追い回してきたあの勇敢な騎兵の国が諦めるわけがない。


 ナシェカが首を振る。その態度の意味は知りたくないよ?


「で、これ何の話?」

「お前の罪の話」


 これは小声で言った。ナシェカを引き寄せて耳元で超こっそり言った。

 ここからはもう超こっそり会話だ。だってバレたらね、やばいね、うん。


「ちがくてさ、なんで頭を痛めるの?」

「強敵二国の派兵が間近だ。そりゃ頭も痛くなるだろ。……まぁお前がやっちまったから一国かもしれんが」


「なんでこいつらにやらせようとするの?」

「大筋から逸れたくないっていう方針は理解してくれていると思ったんだがな」

「筋ならもうとっくに逸れてる。旦那が手を貸さなかったらガンズバックは死んでいた、そうでしょ?」

「あの弓兵は対処しなかったら不味かった。最悪お嬢様とデブも死んでいた」


 俺達の会話が聞こえたのかデブがギョっとする。


「うん、旦那が余計なことをしたから本来あそこにいないはずの二人が危険に陥ったんだね」

「言いたいことはわかるぜ。後で話し合おう」

「今度でもいいよ。ELSが来る前ならいつでもね」


 ナシェカがどうしてここまで俺の翻意を促すか、少し考えれば簡単にわかることだ。

 勝てないと予想しているわけだ。諸侯軍はELSに敗北すると。……見捨てられずに最後の最後になって俺がすべてを蹴散らして、どうして最初から全力で戦わなかったのかを後悔すると言いたいわけだ。


「お前は優しいよ。でも優しさでは人は成長できない」

「勝算の無い賭けになるよ」


 何だろうね、このあとはもう何を食っても何の味も感じなかった。


 今日は親父殿の天幕にやっかいになることにした。マジな話トレーラー車中泊の方が冷房が効いていて快適なんだが親父殿が嬉しそうだったからさ、断れなかったわ。

 バートランド公の天幕の横に立ってる立派なテントの前に立ち、なんでか親父殿がターフを開く手をとめた。


「トイレか? 俺は先に入ってるからさっさと済ませてこいよ」

「いや、待て、リリウス、少し待て! そうだ連れションに行こう!」

「やだよ、親子で連れションとか何の罰ゲームだよ……」


 ターフを開く。

 親父殿の天幕の中には女性がいた。


「お帰りなさいダーリン! そっちの子は部下の人?」

「待てリリウス、ちがうんだ、お前は勘違いをしている!」


 親父ぃぃぃいいいい! 愛人との愛の住処に息子を連れてくるのはやめろ!!!

 どんな顔をすればいいのか本気でワカラナイ!



◇◇◇◇◇◇



 いやな、俺も散々親父殿のことを浮気性のクズとか罵っておいて八人も妻がいるわけだ。まぁその内何人かはただの愛人だったり冒険者仲間だったりするわけで単純に肉体関係を持っているだけではあるがイイワケはしねえよ。俺もクズなんだよ。


 まぁ色々言ってきたと思う。時には全力で責めたと思う。だが本心を言えば別に愛人が何人いようがどうでもいいんだ。本音を言えばそこはどうでもよかったんだ。倫理観は問題ではなかったんだ。


 俺はただ……俺はモテねえのに親父殿やファウスト兄貴だけモテるのが許せなかっただけなんだ。

 俺は寂しく一人寝してるのにあいつらは今頃イイ女とヨロシクやってるんだろうなあって思うとこう殺意のスプーンが。汚いスプーンがな、こう、抉り込むようにアッパーカットしまうだけなんだ。


 親父殿、いい加減俺達も和解しよう。

 だって今の俺には親父殿の愛人たちよりも遥かに美しく若く有能な八人の妻がいるのだから←



 まぁそれはそれとして親父殿の何人目の愛人になるのか知らんがユリアさんは家庭的な女性だよ。愛を取り戻しそうな名前をしているがまぁ暗殺拳を伝承する三人の男とは関係ないはずだ。あったら剛掌波で大人しく死んでくれ。


「へえ、だーりんの子供さんなんだ。男らしいねえ、幾つなの?」

「十六です」

「へえ、うちの弟より小さいんだ!」


 この女性幾つ!? 親父殿、正直に答えてくれ。このユリアさんは幾つなんだい。リザ姉貴より年下だったら殺すわ。


「息子よ、なぜ和解を口にしておきながらそんな蔑みの目つきをする」

「いや、でも普通自分の子と似たような年齢の女を口説き父親とか気持ち悪いじゃん」

「ユリアはお前よりもだいぶ上だぞ。たしか……」

「だーめ」


 年齢を口にしようとした親父殿の唇がキスで塞がれる。

 どんな顔をしてればいいのか本気でわかんない。


「やめてくれ。嫌ではないのだが父の威厳というものもあってな」

「今更じゃない?」

「今更ではあるがやめてもらっていいスかね。父親のキスシーンとかきついんで」


 淹れてもらったお茶をガブリ。熱々だ。

 親父殿が鼻歌をくちずさみながら酒の用意をしているが真面目な話をする前だ。素面のほうがいい。


「ラタトゥーザ、ラキウス兄貴から返してもらったんだな?」

「俺はあいつに持っていてもらいたかったがな。こいつは自分にはまだ早いんだとよ」

「早い?」

「強すぎる武器に頼れば実力が落ちるんだそうだ。あいつは昔から変に頑固で困ってしまうよ」


 頑固。生やさしい表現だが頑固なのはたしかだ。自分を曲げない強い意志を持つという意味でな。


「ラキウス兄貴はどこに?」

「ルドと一緒にクリストファー皇子の軍にいるはずだ」


 出世か? 貧乏くじのような気もするがな。


 親父殿が熱々のお茶をガブリ。そしてため息。


「バトはな、昔あんなことにはなったが今は太陽の騎士候だ。祖国がこんな情勢ではあいつが一番安泰だろうな」


 今は黄金騎士団付きの武官としてLM商会に出向してるよって言い出し辛いな。まぁ高級は保証するよ。我がLM商会は身内に優しいからな。主に給与面で。

 モンスターパレードに突撃したり迷宮の守護者や神と戦う職場が安泰かどうかは謎。


「アルドはどうしてる?」

「アルテナ本殿のイリス神に預けた。ファウスト兄貴の精神汚染が抜けなくてな、もうちょい掛かりそうだが復調したら顔を出させるよ」

「ありがとうな」


 親父殿が泣き出しそうな顔でそう言った。

 俺も何だかこみ上げるものがあって……


「は…はは……何泣いてんだよ」

「そういう親父殿こそ」

「馬鹿言え、俺のは感動が目に刺さっただけだ」


 この日は夜まで色々しゃべった。旅に出てから経験した色んなことや、友達のこと、様々な苦労話と一緒に色々とな。


 何をしゃべったらいいかわからないなんて嘘だった。

 しゃべることなんて幾らでもあったよ。聞きたいことだってたくさんあった。母さんのこととか、色々ありすぎて一晩じゃ足りないくらいだ。


「親父殿、生きて帰ろうな」

「ああ。またみんなと集まってこうやって語り合おう」


 亡くす前に大切なものに気づけた。

 愚かな俺は何度だって繰り返してきたけど、この日約束をしたんだ。


 あの懐かしい故郷に置いてきた日々のようにまたみんなで集まってって。

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