フェデル閣下は真実の愛を見つけた
ワーブル王国第四騎士団八千はピスト公国国境に潜伏する。平野ではなく森に野戦陣地を構築し、静かに行動の時を待つ。
軍を率いるのは第四騎士団長レブナント子爵。今は部下の持ち帰ったピスト公国内の情報に目を通している。
「ドルジアの蛮族どもも随分とやるものだ」
今は公国側の要人のリストを読んでいる。名前の末尾にあるバツ印は死者を意味し、その中には武闘派で知られる猛将もいる。要人リストの半分にバツ印が刻まれていればこのような言葉も出てくるというものだ。
「悪くない。この調子なら本当に我らの出番があるのではないか?」
「それを言えば今少し奮戦してもらいたいものですな」
「ヒマか?」
天幕に幕僚どもの笑い声がこぼれる。面白さはともかく、団長がボケを拾ってくれたのなら大声で笑うのがデキる部下なのだ。
「まぁ諸君らの想いもわかるが我らの暇つぶしで滅びてくれるほど安い歴史ではなかろう。かつての大国の残滓とはいえ長い付き合いの隣人なのだぞ」
「お優しいのですな」
「目障りな害獣であっても死にかけとあらば憐れみも抱くよ」
ワーブルにとってピスト公国は良き隣人ではあった。従順であるし無茶を言っても怒らず、多少の不平等なら喜んで飲んでくれる金づるだ。まったく哀れなことだが弱者なりに取るべき態度を弁えていたのだ。
だが目障りな存在であったのは確かだ。諸王国同盟の武力を頼りに生き永らえるだけの小さな国に長年西進の野望を阻まれ続けたのだ。
ワーブルの長き歴史の中にはヴァルキア大運河を奪い取り、中央文明圏への航路を得たことさえあった。だが結局は全てを台無しにされた。
ワインを置き、再び報告書に目を通す。
「死にかけの害獣は公都に閉じこもったまま出てこない。お得意の制裁軍待ちか。蛮族どもも公都に近づこうともしない」
「我らの動きを理解していればそうも動きましょう」
「そうだな。さしものあの蛮族どもも我らとELSの二正面作戦などやりたくないに違いない。極北のゴブリンにしては頭が回るね」
「バートランド公の悪知恵でありましょう。当代の公は政治的な怪物だと評判です」
「さしずめ公はゴブリンキングというわけか。まいったな、それは手強そうだ」
ちなみにワーブルは近年ゴブリンキングの災禍に見舞われ、かなりの苦戦を強いられた経緯があるので幕僚の苦笑いが引きつっている。人口五桁の都市を支配下に置き、繁殖したゴブリンの討伐を担当したのもこの第四騎士団だ。
報告書を手にワインを傾け、長い夜の暇つぶしをしていると外から大声が聞こえてきた。まぁ報告に来ないということは大した問題ではないはずだ。兵隊の喧嘩程度の些事であろう。
だがレブナント子爵もヒマだ。
「気になるな」
「問い質してまいりましょう」
将校の一人が立ち上がり、天幕を出ていった。そして二分と経たずに戻ってきた。正直この頃には新たな話で盛り上がっていたのだが、遣わしたからには聞かねばならない。レブナント子爵は真面目なのだ。
「さて、どんな面白い喧嘩であった?」
「はい閣下、我らが騎士団の規律は十全に守られておりました」
喧嘩ではない。じゃあ何だろうと気が向いてきた。
「歩哨が森を彷徨っていた少女を保護しておりました。彼女を村まで送ってもよいかと確認を取りに来た歩哨が怒鳴られていたのですな」
「何とも見上げた兵だな。彼には後に褒賞を取らすように」
「はっ、喜ぶでありましょう」
「で、もちろんそんなことはイチイチ確認せずともよい、きちんと送り返してやりたまえと怒鳴っておったのだろうな?」
「はい閣下、ですが少女は怯えており、気が落ち着くまで陣地で休ませてやろうという決着しておりました」
「……ふむ、怯えて?」
「森に薬草を取りに来たところゴブリンに襲われて逃げていたのです」
「ゴブリンか、あの害獣どもはどこにでも現れるな……。陣営を構築する前に森林内の掃討は行ったはずだな?」
「掃討後に入り込んだものと思われます」
「ならば明日はゴブリン狩りだ」
レブナント子爵はゴブリンの醜悪な顔を思い出し、せっかくのよい気分にささくれ立ったものを感じた。
「件の少女だが休ませているのだったな?」
「はっ」
「こちらにお連れしろ。彼女にはもう安心してよいと理解してもらいたい」
やがて件の少女がやってきた。
身なりはまぁよくない。寒村の村娘らしい目の粗い麻のワンピースで、ほつれや穴をパッチワークした痕跡もある。
だが恐ろしく美しい。夜の女神のような黒月のロングストレートと聖処女を思わせる清純そうな美貌。……レブナント子爵はしばし呆けて、銀製のワイングラスを滑り落してさえいた。
「……」
「閣下、この娘が報告の少女であります」
「……あ、そうか。ご苦労」
少女は怯えていた。醜いゴブリンから逃げ惑い、今度はなんか知らん兵隊どもに囲まれたのだ無理もない。
怯えて揺れる瞳はすがりつける確かに優しい男を探していた。つまりは自分だ、己はこの可哀想な少女を保護してやらなければならない。これは運命だと思った。こんな感動は初めてだ。
「胸が痛い、頭にビリっときた」
「閣下、衛生兵を呼びましょうか?」
「要らぬ。ただの恋患いだ」
それはそれで問題だなと思った幕僚だが黙った。ワーブルにも他人の恋路を邪魔する奴は馬で蹴って殺せ的な格言がある。実際にやった奴もいる。なおこの瞬間に少女をここに連れてきた兵隊ががっくりと肩を落とした。どうやらこいつも恋していたらしい。
レブナント子爵が腰に手を当ててワインボトルを一気飲み。
そして絵物語の挿絵に出てくる理想の騎士のように少女の手にキスをする。
「栄光あるワーブル第四騎士団が長フェデル・レブナントだ。我が名と名誉、偉大なる国王陛下に誓って貴女の身の安全を確約する」
そして見つめ合う二人。
「貴女の名前を教えてください」
「……そんな。すてきな騎士様に名乗る名前なんてありません」
抱き締めたくなった。なんなら出会った瞬間から抱き締めたくて仕方なかったがいま突然衝動がマックスでキタ。
「可愛い人、ご安堵なされよ。貴女の名を笑う者は貴女の騎士フェデルが斬り倒してみせましょうぞ」
見つめ合う二人。結ばれた手には絶対に離さないという強い意志が込められている。
「貴女の名前をどうかこのフェデルにお教えください。私を貴女の一番の信奉者にしてください」
「ナシェカ…ナシェカです」
「美しい御名前です。まるで天使のようだ……」
レブナント子爵は気づいてもいないようだが、その天使のケツには悪魔の尻尾が付いている。




