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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 レミングの進軍
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ガンズバックの騎行③

 使いたくなかった。この手だけはおいそれとは使いたくなかったぞ。


 何だか負けたような気分でバイザーを装着し、アプリケーションを起動する。バイザー越しに見るワイプ画面に顔見知りの、生真面目そうな軍服ちゃんが現れてぺこりと一礼してきた。


『ラジアータ社軍事コンサルタント・サービス、担当のシェナにございます。弊社のサービスをご利用に……あら、リリウス様ではありませんの』


 わざとらしい!

 コール番号で俺だって把握してるはずなのにわざとらしい態度だが、まぁ愛想の内なんだろうな。


「諸々の前置きは今度にしてくれ。緊急事態だ、オペレートしてくれ」

『はい、では位置情報を確認し、作戦区域の把握に入ります。……完了いたしました』


 その間僅か五秒。ガレリアはこれだから怖い。軍事衛星と超広域ネットワークで戦場をリアルタイム俯瞰する軍隊なんざSFの領域やぞ。オーバーテクノロジーすぎる。そろそろここが剣と魔法の世界だってことを思い出してもらませんか!?


「トールマンのレベル三十程度の内在魔法力を除外して脅威度判定して。早く!」

『反映、実行します』


 バイザー越しに見る風景にもう一枚デジタルなレイヤーが被さる。物質を透過したかのような半透明の世界に明らか危険そうな真っ赤な人間形が映り出す。俺が視線の動きで注視するだけで詳細が表示される。


『エルフ族 半精霊化 推定レベル86 脅威度:弱』


 レベル86で弱。シェナちゃんの中の俺はどんな怪物なんだよ……


 妖精弓がコォンと澄んだ音色を奏で、放たれた矢は―――


 無意識であれはやばいと直感し、その軌跡を追いかける。たしかに矢に見えた。放たれた瞬間はたしかに矢であった。

 だが放たれた矢は空気に溶けるみたいに消え失せ、今はその軌跡を森人の弓兵が人外じみた超速度で空を踏んで走っている。それこそ矢の速さで。


 幕僚に囲まれて市内を移動するガンズバックへと迫る森人の弓兵を直前で蹴り倒す。軽い手応えに驚けば蹴り砕いた木製矢が宙を散った。……矢を利用した空間移動術の類か?


 影が差した。振り仰げば空中を跳躍する弓兵が矢を放つ寸前で、矢が放たれた。

 掴めるタイミングだった。だが矢は溶けて消え去り、俺の手は空を掴み、斬撃が腹を打った。


「くっ!」


 俺に斬撃を見舞った態勢のまま背後に着地した弓兵の首を薙ぎにいったが回避され、また矢が放たれる。今度は首を斬撃が打った。


 反応し切れない。見慣れない戦法に翻弄されている。

 常人でしかないガンズバックや幕僚、その周囲を固める兵隊など目で追うことさえできていない。


「ガンズバック、動くな!」

「な…なにぃ!?」

「この場から動くな。下手に動けば守り切れん!」


 対応するのは止める。殺す。そうと決めたら簡単だ。奴の首を落とせば終わりだ。

 権能技『殺害オーバーキル』、片手斧を振り抜き、巻き起こった死の風が弓兵の胸と左腕を切り裂いた。


 だが弓兵は歯で弓を引き、魔技を宿した矢を空中へと放って消え去った。


「正しい判断だが見えているぞ!」


 弓なりに飛んでいった矢の軌跡。再び城壁へと逃げていった弓兵を追っていく。


 壁に垂直に立つ弓兵へと襲いかかり、その命を殺害するべく片手斧を振るう。二合、三合と切り結ぶ。片腕を失ってバランスを崩しているとは思えないほど精妙な剣術と打ち合いを続けた六合目、弓兵がビクリと大きく震え、そのまま直下へと滑落していった。


 やや警戒を続けたが途端にアホらしくなって死体の確認に行った。

 城壁の壁から落ちていった弓兵は大の字になって転がり、それは確かに死んでいた。……すっきりしない殺し方だがな。


 死因は落下死ではない。オーバーキルによって心臓を砕かれてもなお無意識のまま戦い続け、ふとした瞬間に肉体が死を思い出して死んだ。そんな死にざまだった。


 強敵だった。ナントカの薔薇の自称幹部なんかよりよっぽど強敵だった。誰が殺されていてもおかしくないレベルの戦士だったのに、俺はこいつのことを何も知らない……

 どんな理由で戦うのかも、どんな憎しみを抱いていたのかも何も……


「すっきりしねえな」

『死兵とはこのようなものでしょう。この方とは怨恨が?』

「さあな」


 自らが死んだことさえ理解していない表情のまま倒れた弓兵の顔を見てようやく思い出したのはボウサム市でやりあった森人の弓兵だという事実で、まぁ感想なんてそれだけだ。


「恨まれる理由だけはたくさんあるからな、何が理由かなんてもうわかんねえよ」

『さながらダーナの運命の織り糸タペストリーのように。……解けないのなら断ち切るしかないのです』

「へっ、それ名言っぽいな」


 自分で言ってて最低な気分になった。まったく俺ってやつはなんて貧相な語彙力だ。もっとお洒落な返しもあっただろうに。


 しばらくして、ガンズバックやお嬢様たちがやってきた。

 刺客を一人倒した。これは書面に記せばそれだけの些細な出来事として片づけられる。



◆◆◆◆◆◆ 



 カルネの町を支配下に置いたザクセン公軍はしばしの休息がために四日間の駐留を決めた。比較される二種類の差異。素直に恭順の意を示した都市と、交戦の末に敗れた都市の差は明確に着けねばならなかった。


 ガンズバックはこれを徹底した。あまりの執拗さにロザリアお嬢様が口を挟むほどに苛烈な実刑を加え、町の支配者層を全員連座で処刑した。これには屋敷で働く使用人とその家族まで含め総勢で67名になった。

 町の広場に大きな穴を掘り、そこに突き落として焼いたのだ。


 これが中々に胸糞悪い光景だ。さすがの俺も心が痛む程度にはな。だから口をへの字に曲げてむすっとしたまま火刑場を見下ろすガンズバックに一言いってやりたくなった。


「気分は晴れたかい?」

「そんなわけがないだろう」


 機嫌は悪そうだ。誰に怒ってやがるのやら……


「やりたくなければやらなきゃよかっただろうが」

「ここで始末を誤ればザクセンが舐められる。後の千の命をこの人数で買ったにすぎぬ」


 なんというか危うい奴だと感じた。

 潔癖がすぎる。戦場では兵の先頭に立ち、隊律を犯した者は厳格に処罰し、敵に回ればこの有り様だ。模範的な貴族たらんとする在り方は恐ろしい反面危うく見える。


「そういえば貴様、歳は幾つであったか?」

「十六だ。騎士学の二年……まぁ休学中だがな」

「なるほど。ならば貴様のことはこれより兄者と呼ぼう」


 は?

 ガンズバックがそれを言い残して、マントをひるがえして去っていった。おいおっさん、それはどういう意味だ……?


 この謎のやり取りはお嬢様に聞けば簡単に判明した。


「はあ!? あいつ今年で十四なの!?」


 あのおっさん顔でアルドとおない年だそうだ。

 ありえん。ありえん顔をしているが学校に一人くらいはいたよな、どう見てもおっさんにしか見えない小学生!


 俺の驚きぶりがツボったらしくけらけら笑ってるお嬢様である。


「まぁ年上に見えるよね」

「年上どころか一回りは上だと思ってましたよ」

「あの家の人ってみんな顔が濃いもの」


 遺伝子が仕事をしすぎているのか。

 そういえば以前お嬢様がガンズバックの脇が甘いのは仕方ないと言っていた。若年ゆえに仕方がないって意味だったのか。


「じゃあ気づいてなかったのね。ザクセン公がわたくしをガンズバックさんにつけたのはそういう方向もあるからよ」

「そういう方向ってなんですか」

「だからわたくしと彼を親密にさせようという話よ」


「……お見合い的な?」

「そうね、そういう意味もあるでしょうし共に次期当主ですもの、両家の友好的な関係をって意味よね。だからわたくしに対しては下にも置かない態度だったでしょ?」


 そういえばそうだった…か?

 俺に対してはいつも眼力を飛ばしてきたのに、お嬢様に対してはなんかいつも目線を合わさずそっぽ向いてたような気がする。もしかしてアレ照れてたのか?


「きっと出発の前にザクセン公から色々言われたのよ。この機に仲良くなっておけとか頼り甲斐のあるところを見せておけとか」

「いいとこ見せようとして張り切ってただけかよ……」


 なんか急にカワイイ奴に見えてきたな。まぁ顔は強面だが。

 この夜、宛がわれた部屋にガンズバックがやってきた。酒を壺で担いでいる。


「兄者、今宵は飲もう」

「別にいいけど」


 油紙の蓋を柄杓で割り、柄杓で飲むスタイルだ。男二人が絨毯に座り込んで差し飲みだ。デブ起きろ。俺を助けろ。

 最初は黙って飲んでいたガンズバックが口を開いたのは五杯目をやった時だ。威圧的に頭をぺこりと下げた。


「今朝は助かった。感謝を」

「感謝は素直に受け取るが仕事の内だ。気にしないでくれ」


 護衛代は貰っちゃいねえが仕事を貰ってる身だ。せっかく集めた馬を買ってくれる奴がいなくなるのは困る。


 ガンズバックがまた黙り込む。こいつ無口だな!


「あのエルフだが三里のフリオというらしい」

「冒険者ギルドに確認を取ったか」

「ああ、この辺りでは伝説的な冒険者で姉のガラドリエルと共にハルビン伯爵家の守護神と呼ばれていたそうだ」


 あぁ、そういえば領主館でエルフの女性を殺したな。

 これまでのどに引っ掛かっていた小さな骨が、ようやく取れた気がした。


「ガラドリエルの死体は確認してあったがフリオの方は生死未確認でな。気には留めていたがまさかここで狙ってくるとは思わなかった」


 ガンズバックが床に投げた冒険者ギルドの資料を読む。冒険者歴130年の大ベテラン。位階はAランク。ワーブルとの戦争でも何度も敵将の首を討ち取ってる本格派の英雄だ。災害級や国防級のモンスター討伐の経験あり。国が結成した討伐隊の部隊長にも何度か任命されている。経歴に存在しないのは竜殺しくらいのもんか。


「警戒はしていたがまさかあれほどの手練れだとはな。重ねて感謝を、兄者」

「その兄者ってのやめてくれねえかな?」

「なぜだ?」


 まっすぐな瞳で「なぜだ?」と問われるとナンデだろうなあって自問自答してしまう。まぁ別にいいんだけど、いいんだけど何か抵抗があるのはこいつがおっさん顔だからだろう。


「……わかった、好きに呼んでくれ」

「そうか!」


 嬉しそうに笑うとガキっぽくなるな。いつもむすっとしているのは威厳を保つためなのかもしれない。


「さあ飲んでくれ。今宵は兄者の武勇伝を聞かせてもらいたい」

「俺の武勇伝ねえ……」


 さてどんな話をしてやったもんか。


「クラーケンって知ってるか?」

「海の怪獣であろう。俺も絵本でしか知らぬがまさか?」

「俺はクラーケンハンターで生計を立てていたことがある」

「なんと!」

「知っているか、クラーケンはあまりの美味ゆえに目玉が飛び出るほどの高値が付くんだよ。ゲソのほんの先っぽ、だが牛一頭の重さがイース海運に十万テンペルで売れた」

「十万枚か、それは凄まじいな……」


 マジな話すると売り値なんてもう覚えてねえけどそんなもんだろ。直後にガーランド閣下の奥さんに大型客船をプレゼントして使い切った話をしてやった。あの船いまどうなってんだ?

 ラストさんの安否も気になるがどうせ死んでねえだろ。殺しても死なないぞあの人。耐久力無限のバグキャラが接近戦を仕掛けてくる悪夢のような人だ。しかも技量は達人級だし。……全身を焼いても五分放置したら元に戻ってたし。


 このあと俺は適当にくっちゃべり、ガンズバックも適当に相槌を打ち、適当に酔っぱらって眠った。


 四日後にガンズバックの騎行が再開され、ハルビン伯爵領内を巡り終えたのはその二日後となった。カルネの町で行った苛烈な態度が広まった結果だとしたらあの行いにも意味があったということだろう。


 七月二日。26の衛星都市を恭順させた武功を掲げてボウサム市への帰還を果たした。この地における支配権を確立したとは未だ言えず、こそこそと反乱の準備をしている奴だっているだろうさ。


 だが一応は統治の第一段階くらいは終わったと考えていい。そう考えることにした。

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