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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 レミングの進軍
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ガンズバックの騎行①

 臨時で結成されたボウサム市における市民議会はザクセン公との間に結ばれた協定を明示した。


 貴族街における略奪行為の容認。

 賠償金60000オルガの十年分割支払い。

 遠征軍の糧秣負担、これは賠償金と一部相殺される。

 これらを条件にして市民の平和権の約束。だがザクセン公軍との間での裁判権の喪失。

 二日後には旧領主ハルビン伯爵の葬儀が行われ、同時にザクセン公の領主就任の祝祭を開くこと。


 これは広場に立札の形で示され、広場に集まった市民たちからは大きな嘆きが漏れ出した。

 これでも侵略者の側からしたらだいぶ理性的な条件だ。……俺が負けた側でこんな通達見たら秒でカチコミにいくけどな。


 当然のように広場に集まった市民の中には反抗的な発言をする奴もいるが、公軍の兵隊が睨みを利かせているので暴動まではいかなそう。いくな。戦争再発になんぞ。

 そんな感じの戦争終結翌日。我々LM商会は略奪の許された貴族街の広場にどかんと陣取り、朝も早くから商売を始めている。


「どんどん持ってこい! 武器から衣類、ベーコンだって大歓迎だ。何でも買うぞ! 無限に買うぞ!」


 いやぁ戦争商売は笑いが止まらねえぜ。貴族の屋敷から戻ってきた兵隊が山盛り抱えた戦利品をボッタクリ価格で買い取る。無限に買い取る。幾らでも買い取る!

 これを後で余所の町に持っていくだけで買い取り価格の五十倍になるんだ。ウハウハすぎて笑いがとまらないぜ。


 おっと鍋の蓋はやめてくんな。つかナンデ鍋の蓋持ってきたんだよこいつ。


「証文での支払いは買い取り価格が二倍になるぞ! 重たい金貨を抱えたくない奴はぜひ証文で受け取ってくれー!」


 証文での支払い、つまりは約束手形だがよぉ。そいつが死んでしまえば支払う必要がなくなるんだよ、くぅっくっく~。

 燃えて無くなったり。水に濡れて判別できなくなったり、死んだら俺が支払う必要がなくなるんだよ。やべーよ従軍商人楽しいよ。こんな快楽を味わってしまったらもうまともな商人に戻れないぜ。まぁ元々まっとうな商売なんざやってないけどな。


 また一人兵隊がやってきた。宝箱いっぱいに盗品を詰めてLM商会を訪れるとはイイカモ……じゃなくて素晴らしい判断力だな!


「へえ、こいつは儀礼剣だな」

「マジかよ~、はずれかあ!」

「まあお得意さんだ、銀貨五枚で買おう」


 はい、エピック級のロングソードを銀貨五枚で買い取りだ。余所で売れば捨て値でも金貨2000枚になるぜ。


「ベーコンか、ベーコンも悪くないんだが何で持ち込もうと思ったんだよ。たしかにベーコンでも買い取るとは言ったがありゃ例えってもんでな。……あ、うめえ」


 ベーコンを銅貨十枚で買い取る。昼飯のペペロンチーノに使おう。


「もう面倒くせえからこの箱まるっと金貨三十枚で買うよ。証文での支払いにすると六十枚になるがどうする?」

「証文で頼む!」


 証文を受け取った元気な兵隊が略奪のために貴族の屋敷に戻っていった。いやぁ労働の汗が尊いね。

 みんなー、俺のために略奪がんばってくれ! 俺も本気で買い取るから!


 などと商売に精を出していたらガンズバックがやってきた。護衛は僅かな数だ。この貴族街は現在ドルジア人街になってるからな。


「随分と羽振りがいいな」

「おかげさまですよ。足りない糧秣の買い足しなんかも喜んでやるから何でも言ってください」

「頼もしいな。まさしくその話をしにきたのだ」


 商売の話か。素晴らしいね、追い風を感じるぜ。


「湖畔の宿営地に応援部隊を要請した。こいつの到着が順調に行けば明日の夕刻になる」

「このタイミングで応援を呼んだ? なんで?」

「このタイミングでなくては我が軍がボウサム市の支配権を主張できない。我が軍が勝ち取った都市に友軍を招いて統治の補助をさせる」


 なるほど。ボウサム市はあくまでザクセン公爵家が単独で手に入れたものだから後から文句は言わせねえぞってわけだ。

 すでに攻略した都市の支配に友軍を使う理由なら当然思い当たるな。


「これは明後日からの予定になるが俺率いる別動隊が近隣の衛星都市を攻略し、当家の支配領域を拡大させる。これに貴様の持っている不思議な機械を使用したい」


 どうやら映像投影装置が欲しいらしい。

 ハルビン伯爵の領地をぐるっと回って衛星都市を傘下に加える活動に、ザクセン公はハルビン伯爵をきちんと弔った、公軍はボウサム市民を虐げない理性の兵隊であると喧伝したいらしい。


 ザクセン軍は紳士だから降参しても安心だぞとアピールして、そうやって戦わずして衛星都市を手に入れると。こいつけっこうやるな。普通に優秀な将軍じゃん。


「ナシェカは素晴らしい軍略家だな、貴様の妻でなければ俺が貰っていたところだ」

「ガンズバック殿は勇敢ですねえ」


 そんなら何の違和感もねえわ。あいつならこのくらいゲスい作戦考えつくわ。

 最小の労力で最大の戦果。ドケチ仕込みの戦略だ。


「勇敢とは?」

「猫の皮を剥いだらドラゴンが出てきます」

「ははぁ、なるほど尻に敷かれておるのか」


 変な方に誤解されたな。

 ガンズバックはそれで何故か気を良くしたらしい。もしかしたら彼も奥さんの尻に敷かれていてシンパシーを覚えたのかもしれない。お前も苦労してるなって目つきをしてるんだ。


「ここ、いいか?」


 ガンズバックがトレーラーの荷台に腰を下ろし、腰のベルトに差していた地図を広げる。随分と細かい地図だ。ピスト公国全域が描かれているにも関わらず小さな村落の位置まで事細かに記載されている。冒険者ギルドがこっそりと作った地図かもしれない。

 地図上に赤い丸がある。これらはボウサム市の衛星都市の位置だ。最大人口3500人から八世帯40人程度の集落が合わせて26もある。


「当座の目標としてはこれら26村を支配下に収めるつもりだが防衛に兵力は回せない。あくまでも口約束の範疇で恭順させるに留める」


「それもナシェカが?」

「賢者の進言を受け入れるのも為政者の度量であろう」


 まぁ優秀な部下を持っていても聞く耳を持たなきゃ意味ねえしな。そういう意味ではガンズバックは優秀な上官なんだろ。


「防衛の兵力というと懸念は近隣の領主ですか」

「うむ、これを機に領土を拡大させようとする馬鹿は必ず現れる。だが我らは馬鹿を歓迎する、足並みの揃わぬ騎兵突撃など恐れるに足らぬ」


 ザクセン公爵家としてはハルビン伯爵領の占領を目的とするが拠点はあくまでもこのボウサム市であり、衛星都市に関しては防衛を行わない。近隣の領主が兵隊を差し向けてきて変な言いがかりをつけて村落を占領するのだとしても放置するようだ。

 まぁ近隣領主ならマシだな。連中の目的は税収や領土拡大なんで無茶はしない。山賊なら悲惨なことになる。


「今はまだ口約束で済ませる。本格的に支配下に組み込むのはピスト公王家を打倒した後になる。異論はあるか?」


「ピスト公国軍本隊の動きが気になりますね」

「連中は公都から動いておらぬ。おそらくは援軍を待っているのだ」


「家畜が食われている間も農家は自宅に鍵をかけて息を殺して自警団の到着を待っていると。自警団はどこから来るんでしょうね」

「ELS諸王国同盟の制裁軍であろうよ。誰が派遣されるかはバートランド公にもわからぬようだ。いや、今まさに会議で決めているところであろう」

「ELSは来るでしょうねえ」


 ELS諸王国同盟は名前の通り多くの国家が名を連ねる軍事同盟だ。国家が供託金を出し合って成立するこの同盟は加盟国の防衛に軍を派遣したり、加盟国どうしの諍いを仲裁する。いわゆるNATOのような存在だ。

 派兵を決議したなら総大将が採択され、当該国へと軍を派遣する。これが大変な強敵になる。余所の土地に手を出してる余裕なんて存在しないくらいにはな。


「東の雄ワーブルはどう思います?」

「奴らはもう動いている。公国側の国境付近に三万の兵を待機させている。バートランド公の懸念通りならピスト公王家の打倒と同時に雪崩れ込んでくるのだろうよ」


 懸念その二のワーブル王国は長い歴史を持ち、アストラ地方の覇者と呼ばれる大国家だ。ELS諸王国同盟は元々ワーブル王国の脅威から結成された軍事同盟なんだって聞いたな。

 この戦争には本当に勝ち目なんてあるんだろうか? この小さなピスト公国一つを獲るだけでもこれだけの敵と戦わねばならないというのに。


「当座の話に戻りましょうか。明後日からですが具体的にどう動きます?」

「我が軍を二つに分ける。父上には五千の兵をお預けしこのボウサム市の本陣を守っていただく。俺は三千の兵を率いて衛星都市を屈服させる」


「なるほど。ちなみに三千の理由は?」

「糧秣の問題もあるが最大の理由は行軍速度だな。早く確実に作戦を遂行するには数を絞らねばならぬが兵力が少なくては都市に反抗を許すやもしれん。三千とはそういう数だ」


 よく考えた上での結論なら俺から発言することはない。万が一なんて考えるのは臆病者だ、少なくとも軍の指揮官が考慮すべきことではない。


「衛星都市を回る理由はもう一つある。軍馬を集めたい」

「それは必要ですね」

「必要だ。我が軍は本来騎兵なのだ、徒歩での突撃などまったく面白みに欠けて敵わん」


 ガンズバックが本当にうんざりだって表情で「いー」ってやってる。ボウサム市での苦戦はマジで想定外だったんだろうな。

 本来苦戦するはずもない都市ごときに苦戦した。これを馬が足りなかったせいにしたい。そう思い込みたいのだろう。


「まぁ察しはつきました。我が商会に軍馬の買い付けをせよという話ですね」

「うむ、我らから供出せよと言っても隠されるのがオチだ。かといってこの時期に衛星都市と剣を交えたいわけでもなし。この際多少の高値には目をつぶる、馬を二千ほど買い揃えてもらいたい」


 大きく出たな……

 農村にいる馬なんて老いたよぼよぼの馬ばっかりのイメージやぞ。


「公国全体で見ても二千もの馬がありますかね。軍馬に用いるのなら相応の体躯を持つ若駒でしょうに」

「二千は理想で言っている。足りない分は諦めるがそこは貴様の腕の見せどころであろう?」

「まあ、それはそうですね」

「馬一頭につき金貨八枚……十枚出そう。無論多くを集めてくれたなら俺も気分がよくなり蔵の門を多く開いてしまうであろう」


 しかもあんま儲からなそう。

 うーん、やる気は起きないが……ここは投資と思って真面目に商売してみるか?



◇◇◇◇◇◇



 ガンズバックの要求量を揃えるには公国内では難しい。となれば国外からも買い付けなきゃいけないわけだ。

 この面倒な商売はナシェカに任せた。往け、ナシェカよ、トレーラーに積み込んだ商材の売却ついでに軍馬を二千騎集めてくるのだ!

 という感じでナシェカを送り出した俺だが正直無理だと思ってる。若駒を二千だ。日本全国の牧場とトレセンを襲撃しても無理だぜ。

 貴族相手の商売って儲かる半面むちゃくちゃ言ってくるから面倒なんだよなあ。


 旧ボウサム市領主の葬儀。宿営地からの援軍の到着。様々なイベントを乗り越えた翌日、俺らは進発するガンズバック軍に追従する形でボウサム市を後にした。

 衛星都市を口説き落して支配下に入るという口約束を取りつけるためだ。俺らは馬の買い付けだけどね。


 最初の一発目は小集落で、素朴そうな老村長というか村の顔役というか、村で唯一文字の読める一字引きのような人物と対談した。どうも耳が遠いようでうまく話にならなかったが歓迎はしてくれた。たぶん物事を正しく認識できなくなってるんだろ。高齢だし。

 何人かの村の男衆とも話をしたが……


「そんな難しいことを言われても困る。あんたが新しい領主さまだと言われてもな、ハイそうですかと信じるのは難しい」


 ご領主のご遺体の映像を見せてもこの村の人達は誰も領主の顔を知らねえんだから仕方ない。

 彼らからすれば俺達は突然三千の兵を率いてやってきた超でかい山賊でしかないんだ。それはガンズバックも理解していた。


「今はそれで構わん」

「構わないのかよ。じゃああんたら何をしにきたんだ?」


「今日のところは軽い挨拶回りといったところだな」


 中々に凄みのある笑顔を向けるガンズバックの態度に村人たちが冷や汗を掻いている。生まれて初めて本物の貴族と向かい合い、どうしてこいつらが民を支配する側にいるのかようやく思い知ったのだろう。


「お前達が理解するべきことは唯一つ、今日この瞬間からお前達の支配者は我らザクセンに変わったことだけだ。近い内にまた来る、その時までに我らに膝を屈するか剣を掲げて立ち向かうかを決めておくがいい」


「近い内とはいつだ?」

「公王家を打倒し、我らがこの地を平定するまでよ」


 村の衆は怯え始めてる。貴族とは如何なる存在なのかをようやく理解したのだ。


 貴族とは戦う者だ。民を従える者だ。その本質は戦士なのだ。そもそもザクセン公爵家とはハイルバニアを治める幾つもの小国家を打倒して大帝国を築いた始祖皇帝ドルジアの腹心の家柄だ。国家を打倒して繁栄を築いた家がまた新たな土地を獲りに来たのだ。

 彼らはこれよりこの地の王権を打ち砕く。王を打ち砕いて新たな支配者となりこの村をも支配する王になる。その事実にようやく気づいたのだ。


 よし、俺は俺の仕事をしよう。村の正門で話し合いをする連中を置いてこっそりと村の中に入り、家々を巡って厩舎のある家に交渉を持ち掛ける。もちろん若い雄馬のある家にだ。


「金貨を三枚出す、若い雄馬を売ってほしい」

 冒険者だと名乗ってからこう打診すると農家の兄ちゃんがネタ話を聞いたふうに笑い出した。


「ははっ、馬を潰しちまったか。あんたの図体じゃ仕方ねえわな」


 気のよい兄ちゃんって感じだ。どことなくウェルキンのような空気が出ているね。


「同情はするけどよ、わりいが無理だ」

「四枚でも無理か?」

「うちの馬はこれからの時期は大忙しなんでな。わりいが勘弁してくれ」


 いまはまだ初夏の手前ってところだが夏から秋にかけての農村には馬力が必要だ。収穫期の農村には色んな重労働がある。収穫した作物を町に売りに行くのだって馬がなければ苦行になる。

 時期が悪い。ものすごく悪い。なによりも村の規模が悪い。もう少し大きな村なら労働力を売る余裕もあっただろうが……


「この村に他に若い雄馬はいないか?」

「三頭ほどいるがどこも俺と同じ答えになるだろうぜ。齢を取った方なら売ってもいいが、それじゃダメだろうな」


 老馬は遅いしすぐにバテる。とてもではないが騎行に使えるものではない。何より騎兵装備は頑丈な分だけ重い。現代のサラブレッドしか知らない現代人が見たら馬ではなく魔物に見えるような巨大な軍馬が必要だ。


「ああ、元気に走れる奴が必要なんだ」

「だろうな。俺も金貨は惜しいがよ、そういう理由だからわりいな」


 農家の兄ちゃんの下から離れる。商人ふうに言えば商談不成立を意味する『笑顔で別れることはできなかった』ってなるね。

 まったく予想通りとはいえ先が思いやられるな。冒険者や貴族に販売する用途で馬を育てている牧場を当たる必要があるが、そういうところは仔馬が生まれる前から売約済みだったりする。


 接収は問題外だ。そんなくだらないマネは山賊紛いのゴロツキ商人の領分だ。LM商会は多少のボッタクリはしてもまっとうな商会なんだ。……先に剣を抜いた相手にはその限りではないけどな。


 ナシェカは少しやりすぎてしまうんだよなあ。あいつの合理性は殺人と略奪を前提にしたキリングドールの物だから、商人の掟から見れば畜生商売になっちまうんだ。

 確かにあいつは有能だ。俺がやるよりも何倍も簡単に巨額のカネを稼ぎ出す。だがそれはまっとうな商人からすればはみ出し者のひどい商売なんだ。まぁ商売にルールなんてねえんだよ主義の商人なんてゴマンといるけどな。


 本当にやりすぎてないといいんだけどな。俺はそれだけが心配だよ。



◆◆◆◆◆◆ 



 リリウスから軍馬を二千頭集めてこいって言われた。ナシェカがまず疑ったのはリリウスの計算能力であり、千の桁を間違えている可能性を疑った。


「ここにりんごが二つあります」

「うん……? うん、あるな、それがどうしたよ」

「じゃあ問題です、これは二千個ですか?」

「うるせえ、とっとと集めてこい」


 どうやら旦那の計算能力に問題はないらしい。

 だが別の問題は発生したままだ。二千頭だ。軍馬を二千頭も集めるミッションだ。そこそこ大きな国が数年かけてようやく配備し終えるような数だ。無理だ。


 常識的な頭を持っていたら二秒で分かる。不可能だ。いや猿でもわかる。絶対に不可能だ。

 蹴り出されたナシェカは痛む尻をさすりながらぼやいた。


「無理でしょ、ひょっとしたら酒の飲みすぎで頭パーになってるんじゃないの?」

「聞こえてるぞー」


 当然だ。だってリリウスから三メートルも離れてないし。


「数も数えられないのに商会長を名乗るとか頭パーすぎでしょ」

「超聞こえてるぞー」


 うるせえ聞こえるように言ってんだよって感じだ。

 ここまで言っても無茶な要求を撤回しようとしない。パーだ。アルコールで脳の焼けたパーマンなのだ。


「結婚は早まったかなあ」

「だから聞こえてるぞ!!!」

「聞こえるように言ってんの!」


 とはいえ社長命令は理想を言えば二千頭で、可能な限り多く仕入れてほしいだ。

 どんなに頑張っても三十頭とかそんな数で終わる気がするけど営業努力はするべきだ。そう考えたナシェカが最初に向かったのは領主館だ。正確にはそこの書類に用事がある。


 領主は軍隊を有しており、騎兵団を保有するのなら当然軍馬の仕入れ先がある。領内で生産しているのなら最善だがザクセン軍が見落としているとは考えにくい。まず余所の土地から仕入れている。それがどこかを調べにきたのだ。


 予想通り書類棚は荒らされていた。床に散らばった書類を開き、画像に取り込んでから検索をかける。


 予想の場所は見つかった。国内に二件。国外に四件。これは過去に取引のある牧場であり、ナシェカの有する衛星画像を参考にした戦略地図と照らし合わせても充分に参考になる情報であった。戦略地図はガレリア脱走時に更新を止めた古いものなので最新の情報を得にきたわけだ。


「牧場規模も変わりなし。となるとおおよその生産数も同じだよねえ……」


 ピスト公国内で生産される軍馬は年間あたり八十頭。自然出産に頼っている生産牧場にしては頑張っている数字だ。軍馬に育てるには相応の努力が必要で、ボタン一つで簡単に生まれてくるキリングドールと比べたら随分と手間暇がかかっている。


「やっぱりワーブルで仕入れてくるしかないかあ」


 ワーブルと言えば馬の産地で有名だ。娯楽として競馬が開催され、ワーブル競馬界の頂点エリシオン杯優勝を目指して貴族は愛馬の育成にやっきになっているらしい。


「やっぱりワーブル王国の王立騎兵練兵場しかないかなあ」


 やる気だ。ナシェカは完全に殺る気だ。


 トレーラーを運転するナシェカは東のワーブル国境を目指す。死を運ぶデュラハンの鉄馬車が再びワーブルの地を目指す。リリウスは不安がる前に命令をするべきではなかった。何故なら彼女ガレリアにはどんな無茶な命令も必ず成功させる能力があるのだから……



◇◇◇◇◇◇



 初日は衛星都市を二つ回り、次の街への途上で野営となった。野営と言っても兵隊が身を寄せ合って固まり、冷たい携帯職を食べてから毛布を巻いて眠るだけの簡素な野営だ。


 だがガンズバックと幕僚たる将官だけは天幕を張る。

 誰が言った言葉だったか『軍隊ほど厳格な階級社会はない』という言葉があるとおり、階級が高いほど待遇もいいのが軍隊だ。まぁ俺は野営具を背負っているし、従軍商人がテントを使う分には文句は言われなかった。


 野営の際にガンズバックから、

「バートランドの姫に野宿をさせるわけにはいかぬ。こちらの天幕を使うといい」

「こちらにも用意があるので遠慮いたしますわ。その優しさはどうぞ他の方にお使いください」

「優しさで用意したわけではないのだがな」


 だが気遣いではあったのだろう。ガンズバックが何とも言えない表情で引き下がっていった。彼はきっとナイトやジェントルマンであろうとしたのだろう。


 そう考えれば彼の申し出は受けておくべきだった気がするので言ってみる。


「断ることはなかったと思いますが」

「ばかね、彼のためよ」


 どういう意味だろう?


「わたくしがバートランド家次期当主として振る舞えば相応の意味が生まれるわ。彼の軍事的な功績が彼一人の手柄によるものではないとか、そういうのがね」


「なるほど、そういうものですか」

「そういうものよ。そういうふうに解釈できる余地があるというだけだけど、でも攻撃したい人からすればこれでも充分なの」


「ふぅん、けっこう出来る奴だと思っていましたがガンズバックも脇が甘いですねえ」

「それは仕方ないんじゃないかしら?」


 仕方ないのか。もしかして社交界では有名なドラ息子なんだろうか?

 まぁこの場で尋ねるのはあまりにも脇が甘い。ここはドラ息子が従える軍のド真ん中だ。怒られるで済めばマシ、悪ければ決闘沙汰だ。


 さすがに料理は不味いかと思ったが将官用の天幕街で温かなスープが作られ始めた。これなら便乗して作ってもいいだろうと即席のカマドを借りる。いい顔はされなかったがね。


 鍋をかき回していると伝令が飛び込んできた。

 呼吸の荒い伝令が天幕へと飛び込んでいき、しばらくして将官を率いてガンズバックが出てきた。何かあったのかねえ。


「緊急事態ですかい?」

「ひどく端的に表現すればそうだな。だが客人の手を煩わせるほどではない」

「俺らが客人扱いだなんて知りませんでしたよ」

「ならばこの機会に覚えておいてくれ、勝手に傷つかれては困る者は皆客人なのだよ」


 だろうな。仮に命の危険があったとしてだ、後でバートランド公から質問状が届くかもしれない厄介な客人だ。

 逆の立場なら俺だってロザリアお嬢様の同行は断るところだよ。


 ガンズバックが少ない騎兵を率いて野営場を回り始めた。俺は俺で情報収集だ。さっき駆け込んできた伝令に冷えた水を渡しながら聞いてみる。


「未集結の部隊が出たのです。最後尾の部隊がこの野営陣地にたどり着かないので騎兵一個小隊を捜索に出したので、この報告に参りました」

「なるほど。脱走ではなく襲撃と判断したわけだ?」

「脱走しても彼らに行く場所などありません」


 そりゃそうだ。徴兵した兵隊が自国内で脱走するのとはわけがちがう。

 じゃあ今は他にも合流できていない部隊がいないかのチェック中ってわけだ。しばらく事態を静観していたら捜索に出ていた騎兵部隊とガンズバックが戻ってきた。


 忌々しそうに一直線に結ばれた唇からはよい報告を期待できそうもなかった。


「部隊は見つかりましたか?」

「……っち」


 舌打ちされた。その後で俺に情報を漏らしたと思われる伝令の兄ちゃんを睨んでから、おもっくそ投げやりなため息を吐かれた。


「まぁロザリア嬢とは共有せねばならん話ではあるか。途中に林道があったろう、あそこで血痕を見つけた」

「死体は見つからなかったのですか?」

「装備を外して川に流したのだろうな。引きずった痕跡があった」


「穏やかじゃありませんね」

「まったくの同感だ。今晩は警戒を厳にする。貴様らの天幕にも歩哨を立たせるが念のために貴様には起きておいてもらいたい」

「心得た。協力が必要なら言ってください」

「自衛に努めてくれ」


 ガンズバックが苦笑と冗談の狭間のような表情で困ったふうに笑った。


「それが一番助かる」


 それはもう本当にそのままの意味なのだろう。


 空気の張りつめた夜は長く、煌々と過剰なまでに明かりを焚いた野営地に朝が訪れてもこの空気が緩むことはなかった。

 手練れのマンハンターか。料金設定に腕が鳴るぜ。



 嬉々として料金表を制作する主人公の姿がそこにはあった。

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