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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 レミングの進軍
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侯都にて② 実在性リリウス

 恐ろしい事実に気づいてしまった。


「ひいっ、わ…わたしに手を出すとリリウス・マクローエン様が黙ってませんわよ!?」

「僕の家はみんなリリウス様の愛人ですから!」


 ワイゲルトで流行していた悪名がいつの間にか侯都でも流行していた。インフルエンザよりも流行るの早いんだけど……


「さあさあ帝国の皆さんも寄ってらっしゃい。うちはリリウス・マクローエン様公認のお店だよー!」

「さあリリウス印の串焼きはいらんかねー。一口食えば精力増大まちがいなし、あんたの奥さんも今夜はご機嫌!」


 商人どもはたくましいな。俺で金儲けをするのならバックマージンというものをだな。


「さあこれなるはリリウス・マクローエン様の似顔絵だ! これ一枚であらゆる不幸が退散する霊験あらたかな似顔絵がなんと一枚30トゥール! 一家に一枚これ一枚で安心さあ、どうだいその兵隊さんも!」


 恐ろしい事実として侯都入場二時間で俺の似顔絵まで拡散されていた。


「おっ、お前らぁー! どうやって俺の似顔絵を手に入れた!? 描かせた覚えなんてないぞ!」

「あ…あなたは今一番熱い魔除けと評判のリリウスさん!?」


 くそっ、一発で俺だと判明する精巧な似顔絵を売ってやがる。しかも格好よさ二割増しだから文句もつけ難い!

 誰だ、誰がこんなマネをしやがった!?


「てめえにこの絵を売りつけたクソ野郎は誰だ!」

「え…そこのお嬢さんが昨夜……」

「ナシェカぁあああああ!」


 畜生、この新入社員仕事が早いよ!

 勝手に商品と流行を作って売りさばくとか入社一年目の新卒の仕事ぶりじゃねえんだよ!


 くそっ、幾ら儲けた。金額次第じゃ俺もこの商売に乗っかるぞ……



◇◇◇◇◇◇



「ナシェカちゃん悪くないもん!」


 俺の悪名はいつの間にかえらいことになっていた。

 まずナシェカは帝国騎士団にこう広めた。リリウス・マクローエンは帝国軍の略奪行為をよく思っておらず、見つけ次第殺してやると心に決めていると。

 帝国騎士団に誤った情報を流してワイゲルト市で情報の信用性を作り、侯都のみならず侯国全体に広めたのだそうな。……たった一晩でだ。ジェバンニかよ。


「こういうことをやりたいのかなーって社長の意思をくみ取って行動した結果だもん」


 行動力!


「くそっ、お前の行動力とお察し力の高さを舐めてた俺のせいか。ところで幾ら儲けたんだ?」

「聞かれると思って帳簿もつけておいたよ」


 できる女すぎるだろ。くそっ、俺より商売の才能あるんじゃねーかこいつ。


 なお帳簿を見た瞬間に怒気が一斉に失せたわ。冒険者ギルドから魔獣の皮紙を安価で買い取って印刷魔法で似顔絵を大量生産かよ。仕入れ値を抑えながら商品には付加価値を付ける手際が見事すぎる。さらには帝国軍の略奪行為にまで圧力を掛けてやがる。

 隠密機動部隊ルーリーズの筆頭の名は伊達じゃない。これはスパイマスターの手口だ。


 侯都の広場のトレーラーハウス店舗で相談していたらマリアがやってきた。顔にアイスクリームを食べたいって書いてあるぜ。


「アイスぅ~、って営業してないの?」


 現在トレーラーハウス店は営業停止中。相談していたからだ。


「早くアイス出して早く。もうアイスの口になってるんだよ!」

「アイスなんて余所でも売ってるだろ。そっちに行けよ」

「だってここのアイスが一番おいしいし」

「嬉しいこと言ってくれるじゃねーか。だが悪いな、出立の準備があるんだ」

「出立? そんな話聞いてないけど?」


 そりゃそうだ。いま決めたからな。

 こんな悪評轟く町で商売なんてしてられるか。俺は余所で大儲けする。


「俺達は帝国騎士団の随伴ではない。自由気ままに旅する商人部隊なのさ」

「じゃあアイスはぁ~?」


 この子って戦地に来ている自覚あるの?

 いやまぁリリウス印のアイスクリームは高価なバニラエッセンスを使った最高級品なので引く手数多なのは致し方ないのであるが。世界一のアイスクリームであると自負しているが。


「アイスはお預けだ。まあ気が向いたらまた合流するよ」

「あたしも……」


 付いていきたいと言いかけたマリアが思いを呑み込むように首を振る。

 すでに過去は過去として清算されてここにいるのは気楽な女学生なんかではない。どれだけ間違ったものだとしても彼女には使命があり、俺にも使命がある。


「ねえ、もしかして出立の理由ってあの噂のせい?」

「ちがうさ」


 侯都中に響き渡る俺の名前はもはやサンクテ・アレ級の魔除けの呪文と化している。

 ナシェカちゃん仕事早すぎんよ……



◇◇◇◇◇◇



 アバラシア海を目前としながらトレーラーハウス支店はヴァルキア大運河を遡り北上する。今日まで通り抜けてきた経路を遡ってマウアー湖岸の都市マウアイレスまで戻ってきた。

 諸侯軍の占領した町はほんの数日の間にますます閑散としている。昼間だってのに誰も通りに出ていない。外にいるのは帝国兵だけだ。


 俺はとりあえずそこいらの民家の戸を叩く。


「のばら」


 返答はない。どうやら帝国反乱軍とかは存在しないらしい。

 あいことばは【のばら】だ。


 だが今の俺の行動を見逃さなかった者がいる。うちのお嬢様だ。


「今の何よ?」

「帝国反乱軍のあいことばです」

「も…もうそんなのがいるんだ……」

「いえ、どうやら存在しないようです」

「どうして存在しない組織のあいことばを知ってるのよ!」


 すぱーんと後頭部を叩かれたぜ。いまのはリリウス君だからよかったけど常人なら頭ボールがバレーアタックしてましたよ。俺でさえ痛いと感じるって異常っすわ。


 帝国兵ならぬ諸侯軍の兵隊に聞き込みをしたところバートランド公は戦地に出ているようだ。


「どうやら部隊を四方に分けて主要都市の攻略に出ているようですね。公と合流なさいますか?」

「この状況では他に手はないと思うけど……」


 無いです。このピスト公国攻略において公ほど信用があり情報を持っている人は他にいませんからね。


「ねえ、あんたならどうするの?」

「俺でも公との合流を推奨します」


「じゃあなんで聞いたのよ」

「お嬢様に良案があれば従いますよ」

「へえ!」


 喜ばれてしまった。喜ぶようなことを言った覚えはねえんだがなあ。


「あんたを好きに使えるってわけね。それじゃあよく考えないと損ね」


 いまさらですがそうですよ。お嬢様は世界で唯一人はじまりの救世主に命令権を持っている人なんですよ。つか自覚なかったんか。

 いまこの遠征軍で最大の戦力を保有しているのは殺害の王を従えるロザリアお嬢様なんだよ。


 って説明したらにんまりと冷酷な微笑みを浮かべておられる。加虐心に目覚めたのだろうか?


「まずはピスト攻略の様子見をします。ここから一番近い都市はどこ?」

「東のボウサム市ですね」




挿絵(By みてみん)




 地図を見ながら答える。小さな町や村落なら他にもたくさんあるけど攻略する意味のある町となるとここから30キロ先のボウサム市だ。

 ヴァルキア大運河の恩恵を受けるマウアイレスと公都サンジャールの中間にあるボウサム市は物流の流れにある大きな町だ。大運河を押さえた帝国としてはボウサムの占領は必要になる。欲を言えばボウサムから北上して港町も押さえたいところだ。


「ではまずはボウサム市に向かいましょう」

「公軍との合流を目指すなら北部沿岸ですが?」

「まずはと言いました。どうせ街道を往くのだもの、ここで考えたりしゃべっている暇があるなら移動に使いましょう」


 くそみたいな事実として思考が閣下みてえだ!


 マウアイレスを進発した俺らはトレーラーで街道を東へと進む。トレーラーはその重量の関係から街道を外れると走行不能になるからな。道が悪い時は俺が担いでいかなきゃならねえんだ。

 草原の真ん中にぽつんと存在するボウサム市はザクセン公の軍が攻め寄せている。遠間で見た限りでは野戦は行われずに初手からの籠城戦だったようだ。何しろ草原に死体や戦の痕跡が無い。城壁外の農村やら漁師小屋のようなエリアはすでに放棄されているようだ。


 丘の上にどーんと本陣を敷き、ここから軍を出して城壁に守られたボウサム市を攻めている。まだ正門を破れていない。段階としては城壁をよじのぼって内部に侵入、内部から門をこじ開ける作戦の最中のようだ。


 遠間から見た感じはこんなところだな。


 トレーラーでザクセン公の本陣へと向かう。途中で誰何を受けたがデュラハンの鉄馬車は有名だからな。一発で通してもらったぜ。


 本陣の天幕では見事にハゲあがったザクセン公ガンザックが豪快に骨付き肉を齧っていた。

 別に初対面ってわけではないがきちんと自己紹介したわけでもなし、覚えていなくても不思議はないんだが天幕の外で用件は伝えてあるが……


「おう、座れや」


 驚きのフレンドリー!


 絨毯の敷き詰められた天幕に座り込み、勧められるがままに骨付きのあばら肉を食べる。よくわからねえサルサみてえなソースがうめえぜ。

 会話はお嬢様がする。ザクセン公とも面識があるからだ。


「勇猛果敢で知られる公が天幕におられるなんて目を疑う光景ね」

「ハッ、今回のワシは息子の尻拭いよ!」


 老公が肉をがぶり。まるで老人のような発言だが行動は若いぜ。


「後方には後方の苦労もある。後ろから見てるとあれやこれやと言いたくなって仕方ねえ。我慢するってのは戦場で槍をぶん回すよりも大変だ」


「無茶をする者を見守るだけというのは辛いものです」

「愛想のいいお嬢ちゃんだ。アルヴィンよりは好きになれそうだぜ」


 ザクセン公がしゃぶり終えた骨を皿に投げる。まだ口につける前の肉の残っている皿に放り込むのはどうかと思うぜ。


「で、何の用だ?」

「今回はLM商会の営業でまいりましたの」


 んん……?


「戦を有利に進めるためにわたくしどもを雇いませんか、そういう話をしにまいりました」

「へえ、腹黒バートランドの娘が商売を始めたか。ゾッとしねえな」


「商品には自信がありますわ」

「ワシを相手にそこまで言うのだ。おもしれえ、どの程度やるのか見せてもらおうじゃねえか」


 ザクセン公がハルバードを掴んでのっしのっしと天幕を出ていく。この流れは……

 お嬢様が「さあお膳立てはしてあげたわよ」とか言ってる。この流れは……


「おかしい」

「むしゃ。リリウスくんだしおかしいのは当然だよね」


 とりあえずデブは殴っておく。

 なんで俺とザクセン公がやり合う話になるんだ?

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