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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 レミングの進軍
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邂逅、二人の剣聖

 昨晩の記憶が何もねえ……

 気づいたら知らんお宅の寝台でねぇ、怖くなってこっそり出てきちゃったよ。なんで俺がベッドで家人が床で寝てるんだよこわー。


 今はサウナ屋に来ている。朝も早くからサウナ屋は人気だよ。やはりドルジア人の魂はサウナで出来ているな。サウナが帝国兵で埋まってるよ。

 ちなみにこの世界の浴場は基本的に男女共用だ。たまに男女別の店もあるが高級店の傾向がある。異性の目の無いところで寛ぎの時間を過ごすってだけでもカネを要求されるんだよ。


 俺もナシェカも浴衣を着けてきている。最低限のマナーとしてだ。

 しかし帝国兵はだいたいフルチンだ。たまにタオルを巻いている奴がいるが本当に稀な存在だ。


 男ばかりのサウナにナシェカ。何も起こらないはずがなく……


「へえ、イカした女がいるじゃん。ねえカノジョ、この後どうよ?」

「ガーランド団長直属隠密機動ルーリーズの部隊長ですけどー」

「……」


 強い。肩書きが強すぎる!

 ナンパ兵が一瞬で逃げていったじゃんよ。総司令官直属の諜報部隊の隊員なんて絶対にやべーもんな。手を出したら後でどんな制裁が待っているか怖くて仕方ないもんな。気持ちはわかる。


 この熱々なサウナが今の一言で凍りついてしまった。直前までワイワイ手柄話をしてた兵隊どもが一瞬で黙り込んで俯いている。そして一人一人サウナから出ていってる。気持ちはわかる。


 やがて誰もいなくなったサウナに意外な男がやってきた。

 大熊のように分厚い筋肉を纏う巨漢、ラムゼイ・アイアンハートだ。


「おっ、空いてるな」


 って言ってから何の遠慮もなく俺の隣にどっこいしょ。

 その辺の腹黒男なら何か用でもあるのかと疑うところだがこのおっさんなら偶然だろ。あの光属性の養父やぞ。


「っぱ朝はサウナだな。入らねえと目が覚めねえよ」


 普通に世間話を始めおったわ。


「船旅の間は入れなかったもんな」

「だな、行軍が楽なのは助かるがあれだけはダメだ。つっても船にサウナ付けるわけにはいかねえしよ」

「そういえばサウナ付きの船なんて見たことねえな。なんか理由あんのか?」

「あ? そういや何でだろうなあ……」


 物を知らねえおっさんだな。花を持たせてやったつもりが会話が終わりそうだぞ。

 俺も知ってるけど知らないフリをした手前べらべらと語るのはね、教えてナシェカちゃん。


「単純に真水の確保が難しいからですよー。海水を沸かしてもべとべとするだけですしー」

「なるほどな。ありがとうよ物知りなお嬢ちゃん、一個賢くなったわ」


 ガキみたいにニッカリ笑うラムゼイはまぁ人柄はよさそうだ。剣を握れば達人。人柄は良く偉ぶったところがない。まぁ好人物だよ。


「いえいえー、感謝なんてそんな、後でビールでも奢ってもらえればいいんでー」

「おう、サウナあがりはビールだよな。任せろ」


 懐も深いときたもんだ。これは人から好かれる男だ。マリアの人誑しは養父ゆずりってわけだ。

 ラムゼイとナシェカがしゃべり出した。俺は聞き役に徹する。


「お嬢ちゃんもマリアの同級かい?」

「はい、と言っても今は休学してますけど」

「戦時だからな。うちのにも気軽に学生をやらせておきたかったがな、時期が悪かったとしか言いようがねえや」

「そういえばイースが参戦した理由って何なんですか?」

「……まぁ言ってもいいか、別に秘密なんて大層なもんでもねえし」


 ナシェカのこういうさらっと聞けるところは本気ですごいと思う。

 俺がやると大抵怪しまれる。怪しいから嘘をつかれる。やはり人間見た目も大事よ。


「イースは事業の調子が悪くてな。中央文明圏は知ってるよな?」

「はい、わたしジベールの出身なんで」

「砂のジベールか。ほぉ、また遠方から来たもんだな。ご両親と一緒にかい?」

「そんな感じです」


 顔色一つ変えずに嘘をつくナシェカのこういうところは本気ですげえと思う。


「両親は冒険者でした」


 ナシェカは小さな頃に冒険者の両親に連れられて帝国ではなくダスポリージャ王国に来たらしい。その後にお袋さんが病気に倒れ、療養のために温泉の町バルメロに移住。安定した仕事を求める父がバートランド家の兵士に志願したんだそうな。ナシェカ・レオン名義でのバックストーリーってそんな感じなんだ。


「苦労しているんだな。俺も親父が冒険者だったから苦労はわかるよ」


 そう繋がるのかよ! 素晴らしいよ我が妻ナシェカ。君の情報収集の手際は素晴らしいよ。


 ラムゼイの親父も冒険者だったらしい。腕と顔はいいが傲慢で性格のアレな親父だったそうな。八つの頃から父の専属荷運び屋として各地を転々としていたんだそうな。あちこちに愛人のいる父のことが子供心ながらに大嫌いだったそうな。

 まぁこの辺の話はどうでもいいだろ。興味ねえ。


「それで肝心のイースの参戦理由は?」

「おっと、そうだったな。まぁ何てことはない。カネだよ」

「オカネ?」

「そう、事業の調子が悪いなら領地運営で安定した収入を得ようと目論んだんだ」


「イース海運の経営ってそこまで悪化しているんですか?」

「底まで悪いよ、どん底だ。組合加盟の商会もどんどん抜けていく。イースの下でちからを付けた商会にとっては販売益を独占する好機だからな」


 イース海運の下に付くメリットは中央文明圏の最新の品が手に入るという大きな物だった。そして中央文明圏から追い出されたイース海運にはメリットを提示できなくなった。

 ちからを失った商業の王が生き残りを画策して新たな事業を始めた。表向きの理由はこれなんだろ。


 ラムゼイ・アイアンハートが裏の理由を知らされていないのかは不明だ。知っていたとしても娘の学友という理由だけでしゃべるような男ではない、そういうことなのかもしれない。

 大人は嘘つきだ。信義や理念を理由に嘘をつく。


「随分と長話をしちまったな。俺はそろそろ出るぜ」


 ラムゼイが巨体のわりに足音も立てずに出ていった。その全裸ーマンな背中には鬼神が宿っている。もう五十代のはずなのに鍛え抜かれたビルダーな背中してるぜ。


「見たか?」

「何を?」


 ナシェカがきょとんとしている。これは見てねえか。


「ラムゼイ・アイアンハートがどうして極北の剣聖と呼ばれているか知ってるよな?」

「めちゃ強いからでしょ?」


 これはわかってねえな。まぁ騎士団の資料を見ただけではわからねえか。こんなの真面目ったらしく書くわけがねえしな。


「ラムゼイ・アイアンハートが聖剣を持っているからだよ」

「全裸だったけど? あ……」


 ナシェカが気づいた。

 そう、ラムゼイは聖剣を持っている。性剣と呼んだ方がいいだろう。


 性なる剣を持つ者、つまり剣聖ラムゼイ・アイアンハートのあざなとは即ち……


「ちんこがでけえんだ」

「友達の父親の情報としては最低でしょ……」


 俺もそう思う。でも宴会で話したら爆笑とれると思うわ。

 


◇◇◇ラムゼイside◇◇◇



 偶然を装ってリリウスと接触してみた。でも終始空気のように振る舞われたのでどんな奴なのかイマイチわからんかった。


 無口という感じではない。おっさん相手に緊張しているってのも無い。話を振ればしゃべるので嫌われているってこともなさそうだが、もう一人のナシェカって子に相手を任せていた。


 まぁ酒は強そうだ。ビール五杯を水でも飲むみたいに涼しげな顔で飲んでいた。ラムゼイは娘婿と酒を飲むのが夢だったのでそこは合格だ。


 総評で言えばよくわからん。よくわからんが……


「ありゃあ相当でけえな、マリアよ、あいつは女泣かせだぜ……」


 救世主の聖剣もまた極北の剣聖も認めるでかさであった。

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