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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 レミングの進軍
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ワイゲルトの夜②

 後はもう寝るだけかなーって思っていた頃だ。挑発するような魔力の高まりを感じて宿を出る。

 強烈な悪意の魔法力に導かれるように港に往くと、イースの旗艦の舳先に腰かけて酒を飲む魔水晶と出会ってしまった。


「いや、いいわけではないが忘れていたわけじゃないんだ。本当に」

「よい、逃げずにこうして来たではないか」


 なんていうか魔水晶から言われると不安しかねえセリフだな。

 盃を掲げる剣王さまの隣に座り、ショットグラスを戴き、酒を注がれた。毒ではないと思いたい。


「さあ飲み干せ。共に盃を交わせば即ち友よ」

「魔水晶から言われると不安しかねえなあ」

「何をほざく。貴様とて魔水晶であろう」


 やっぱり俺ってアトラクタ・エレメントなんか。

 いや何度も即死級の怪我を負ってるのに何だかんだ死んでないしね。普通腕がもげたら死ぬって。たぶんかなり変質的な混血の魔水晶なんだろうなあ。


 勇気を出して飲んでみる。上等なウイスキーだ。何年も寝かせたのだろう。香りがよくてガツンとのどを焼く辛さが癖になるよい酒だ。


「うまいな」

「であろ? 我は酒の趣味がよいのだ」


 剣王さまがくつくつと笑っている。おっかなびっくり飲む俺の姿が面白かったようだ。


「何の話をするんだったか?」

「夜はまだ長い。取り留めもなく適当に話せばよかろ」

「じゃあ適当に。そっちからな」

「では先に本題を済ませておくか。ユルヴァから頼まれていた探し物の場所がわかった。ここだ」


 地図を寄こされた。

 どこの地図か知らんがどこぞの山中にでかい赤字のバツ印がある。


「探し物って?」

「マクローエンの隠れ里だ。いやルクレインの隠れ里というのだろうな。お前達マクローエンの一族が出てきた里探しを頼まれていたのだが……」


 探し当てたってか。すごいな、いやゼニゲバに聞けば一発でわかったんだろうがすげえな。


 え、俺に約束の地が見つかったからみんなマクローエンに来いよって言いに行けって?

 行かなくていいよ。あんなド田舎に移住する必要なんてないよ。温泉しかないぞ。


「まさかずっと探してくれていたのか?」

「いや我も思い出したのはわりと最近でな。随分と前にマクローエンの名を持つ剣士と出会って思い出し、慌てて探し始めたのだ」

「慌てて探して見つけ出せるのはすげえな」

「まぁ十年ほど掛かった」


 いやすごくねえわ。それでもすごいのか? このあたりは長命種のよくわからんところだな。


「後にマクローエンの者にこの地図を渡そうとしたのだがユルヴァめの教えはすっかり忘れ去られていたようでな。渡す気も起きずに取って置いたのよ」

「それいつの話だよ」

「この地に居つく前であるな」


 百年以上前の話かよ。長命種っぽいエピソードだな。

 つか……


「どうして俺に渡すつもりになった?」

「お前には渡すべきだと考えたにすぎぬ。……なあ、お前がユルヴァめが話していたはじまりの救世主なのであろうか?」


 誤魔化す理由はねえな。


「そうだ。俺がプリメイロ・ザルヴァートルだ」

「ならばユルヴァも浮かばれよう。約束の地に到りて救世主を産む盟約の一族が見事古き盟約を果たしたか。さあ盃を掲げよ、乾杯をしよう」

「マクローエンに」

「マクローエンに」


 この乾杯はマクローエンを目指してきたすべてのご先祖さまとあのド田舎に辛抱強く済み続けた無駄に根性のある馬鹿野郎どもに捧げる。その根性はどこかに回してさっさと移住しとけと文句を言いたいところだが今宵だけは許してやる。


 乾杯を掲げ、飲み干し、酒を注いでは話の手番が俺へと回る。


「ほれ、次はお前の番だ」

「と簡単に言うが何を話したものか」

「適当でよい。思いついたことでよい、ふと気になったことでよい、我はそれがこの世で最もくだらないものであっても怒りはせぬよ」

「酔狂な野郎だぜ。ドルジアってどんな奴だったよ?」


 剣王さまがきょとんとした後で少し考え込む。どうやらこれはこの世で最もくだらない質問であったようだ。


「あれは善き友であった。酒を愛し戦を愛し友を愛し男色のケはなかった」

「そこは重要だな」

「うむ、まったく重要だ。だが奴には一つどうしようもない悪癖があった」


「なんだ?」

「貸した物を返さぬのだ」


 くだらねー!

 始祖皇帝ドルジアのエピソードの中でかつてないほどくだらねーのが出てきた!


「一晩経てば借りたことさえ忘れている。荷を漁っても出てこぬ。昨夜の女にやったか借金のカタに取られたかさえ覚えておらぬではどうしようもない」


「マジでどうしようもねえな」

「うむ。我も寛大な男であるが一つ心に決めていることがある。ドルジアにはもう二度と何も貸さぬとな」

「それがいい。……死んでるんだよな?」

「死に際には立ち会ったぞ」

「マジか」

「あの日は奴の息子も交えて酒を飲んでおってな。体がほてりだしたぜとか抜かして氷の浮いた泉に飛び込んでそのままぽっくり逝きおったわ」


 くだらねー! くだらねー!

 始祖皇帝ドルジアの最後が本気でくだらねー!!!


 教科書だと七人の息子一人一人に遺言を残して大勢の見守る中で厳かに最後を迎えたって書いてあったけどな!


「死に方がダサすぎる!」

「うむ、奴の息子も本気で慄いておったわ。なんと言ったと思う?」

「親父の最後に立ち会った息子のセリフとか何も思いつかんわ」

「親父を水場から引き上げて頬を何度か引っ叩いてな、こう言いおった。『これは死んでますね』」

「淡白な息子だな!」


 やばいこの酒楽しい。剣王さまの話面白いよ。ネタ話たくさんありそう!


「では我の番か。アルルカンだがまさかまだ生きておるのか?」

「獣の聖域って知ってる?」

「名前くらいはな」

「そこにいるぞ。ヴァンパイアロードとして図太く君臨してる」

「ほほぅ、あの真面目な友がデスの信徒に成り果てたか……想像もつかぬな」


「想像もつかないか」

「あれは度を越した真面目さであったからな。祖国で処刑されたと聞いたがそのじつ逃げておったとは、やはり想像もつかぬ」


「大人しく処刑されそうな感じ?」

「激怒して兄王を倒すような男であったよ。だが当時のイルスローゼは天地をひっくり返したような騒ぎでな、たしかに生死を疑ってもよかったのだが……」


「イルスローゼが天地をひっくり返したような騒ぎって何があったんだよ?」

「ローゼンパームの迷宮が暴走したのだ」


 あー、薔薇の苦役の真っ最中だったのか。俺もシシリーからちょこっと聞いた程度だけど主だった王族のほとんどが生死不明で太陽王ジュノンの行方も知れずとえらい混乱期であったようだ。


 たしかアルルカン処刑の理由がディアンマを殺したせいで……

 ん? だから王都地下迷宮が暴走したのか? じゃあマジで大混乱じゃん。


「我が友アルルカンへの救援のつもりで向かったが処刑されただの何だのと聞き、押し寄せる魔物の大軍を退けるので手一杯だったゆえ何となく受け入れてしまったのだがそうか、生きておったか」

「ピンピンしてるぜ。会いに行ってやれよ」

「そのうちにな」

「悠長だな。長命種の悪いくせだ、会える内に会っておけよ」


 剣王さまの口が重くなる。理由は不明。


「……我はあやつを友だと考えておるがな」

「なんだよ」

「あやつが我を友だと考えておるかは甚だ怪しいのでな……」

「怒らせてたらしいもんな」


「うむ、当時は目的があり我のちからも必要であったゆえに許されていたのであろうが今はな……」

「何の懸念もなく消し飛ばされそうってわけだ」

「うむ。何の土産もなく向かえば不味い気がするのだ」


 アルルカンをそこまで怒らせるとかいったい何をやったのだろう?

 気になるがしゃべってくれなそうだ。


「じゃあ俺の番か。何にすんべ」

「この重い空気を振り払う明るい話にせよ」

「自爆した野郎がよくも言いやがる。好きな女のタイプは?」

「毅然とした女がよい。冷たい眼差しをする、我にはちいっとも靡かぬ女を追い回すのが好きでな」

「どうにかして落とすのが面白いと。落とした後はどうよ?」

「蜜月を楽しんだ後はまた次の女を探すまでよ」

「長命種らしいなー。過去に何人奥さんがいたか聞いても?」

「さて、覚えてもおらぬよ」


「最初の奥さんは?」

「それを聞いてくれるか。よい女であったぞ、武を愛し花を愛し剣武に身命を捧げた武者であった」

「魔法特化種族のくせに剣王を名乗る理由がわかったわ」

「わかってくれるか。女を振り向かせるためならばと踏み込んだ剣の世界に逆に魅入られた我が身の純情をわかってくれるとは話のわかる男だ」

「いや、そこまでどっぷりとは思わんかった」

「ならばわかるまで話してやろう」

「お聞きしようじゃないの」


 惚気のような昔話が始まり、だがところどころつっかえて「あれはどうしたのだったか?」と自問自答をする様は長命種の中でも随分と長く生きてきた証なのだろう。


 魔水晶族の寿命なんざ知らねえが、その最後は知っている。意思を失った一個の水晶となって大地に根を張るのだそうな。

 人界を旅していると時として水晶群の自制する不思議な場所に遭遇する。美しい場所であり、高価な魔水晶の採掘ができる資源庫であると同時にゴーレムのような意思なき怪物の徘徊する危険な場所だ。

 それこそが悠久の時を生きた魔水晶の墓場。大抵は採掘所にされてしまうのだが小さな国だと手を出せずに放置されている場合が多いね。


 五つのウイスキー入りのとっくりが空いて、真夜中と呼んでもいいような時間になった頃に剣王さまがふらりと立ち上がる。


「良い酒だ。飲みすぎたわ」

「魔水晶って酔っぱらうんだっけ?」

「酔わぬなら酒など飲むものか」


 そりゃそうだ。


「今宵はここまで。また飲もう」

「おう、楽しみにしてる」

「楽しみにしてくれる友は久しぶりだ」


 友達が少ないのかな?


 舳先から立ち上がった剣王さまが港へと降り立つ。常人なら投身自殺の高低差だったが魔水晶だ。鼻歌まじりで気軽に降りていったよ。

 上機嫌にも鼻歌まじりで去っていく剣王さまが振り返った。何じゃろ?


「あぁ伝え忘れていた。いや必要とも思えぬが一応言っておかねばならぬ気がしてな」


「でかい情報が出てきそうな煽り文句じゃんよ」

「別に大した話ではない。お前と飲めてよかった。我が子孫よ、こうして酒を酌み交わせたことを心より喜んでおる」

「は?」


 冗談……いやここで冗談を放り込む意味がわからん。魔水晶ならやるかもしれんが……


 え、でも点と点が繋がっていく。どんなに義理がたい性格なのだとしても随分と昔に死んだ女の依頼を大慌てで叶えた理由がそれなら納得もいく。


 え、マクローエン男爵家ってお前とユルヴァ・マクローエンの血族ってこと?

 どうでもいい重要な情報を知ってしまった。どうしよ、せめて親父殿くらいには教えておくか?

 おお、そうか、的などうでもいい片づけ方をされそう……

 だってあの親父の最近の口癖は孫はまだか?だもん。

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