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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 レミングの進軍
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ワイゲルトの夜①

 脳腐れの怪物どもを倒した後は報酬を貰いに行った。ウェーバーさんは初手から正直に俺を召し抱えたい的な打診をしてきたし、そいつが偽物の騎士団長のご意向であることも明かしてくれた。

 でだ。俺を配下に加えたいのならてめえで話をしろって言ったら騎士団長との会食になった。面倒くせえの。


 占領した港湾都市ワイゲルトの領主邸での会食は豪勢なものだ。おろしたばかりの子牛を使っての肉料理がメインでワインも上物だ。まぁ全部略奪で手に入れたものだろ。

 会食の場には俺と騎士団長とウェーバーさんしかいない。給仕は員数外だ。


「どうやらお前の実力を過小評価していたようだ。率直に言おう、お前を召し抱えたい」

「そいつは良い話だ。今度はいったい何百枚の金貨を戴けるのですかね?」

「そのようなケチくさい話はせぬ。お前の価値はそのようなはした金ではない」

「どうやら俺の価値を見直していただけたようですね。はい、俺を動かすなら一戦あたり金貨十万枚が妥当です」


「……一戦か」


「相場です。かつて豊国に雇われた時は迷宮一個につき聖銀貨十万枚でしたかね? たしかそんなものでした。時には神代の時代のハイパーウェポン。時には王女との一夜。王位を譲りたいという方もおりましたが生憎俺は俗世の権力には靡かぬ性質でして」

「まこと英雄であるのだな。まるで始祖皇帝ドルジアのごとき逸話ばかりよ」


 ドルジアね。クソ強いだけの無法者も死んだ後は美談ばかりになるんだから不思議なもんだ。

 死者はこれ以上わるさをしねえからな。デスきょは別として。


「お前が望むならスクリエルラをやってもよい」

「あの破天荒皇女を? あんなのを貰うのは罰ゲームでしょう」


 美人は美人だがあの皇女さまの性格はなんていうかドス黒い。

 一緒にいると胃がキリキリするような嫌な女はこっちから願い下げだ。俺はもっと家庭的でほんわかした人柄で一緒にいると心休まる女の子が好きなんだよ。あれ、もしかして俺の理想の嫁はユイちゃんなのでは?


「皇室の宝物庫を開いてやろう。望む物を何なりと取らせてもよい」

「あんな警備の緩い宝物庫なんて盗みに入り放題なんで魅力は感じませんね」


「此度の遠征で得た一国の統治権をやってもよい」

「興味がありませんね」

「あくまでもカネにしか興味がないと?」


「カネは欲しい物を手に入れるチケットのようなものですからあるに越したことはないが、俺としては今回別の物が欲しい。貴方の裁量でどうにかなるものです」


「善き提案だ。言ってくれ、お前を手に入れるためならば何であろうと惜しくはない」

「此度の遠征において一切の略奪行為を禁止していただきたい」


 上機嫌だった騎士団長の表情が怖い形に強張る。


「戦場で軍兵が死ぬのは仕方ない。だが武器を持たぬ者から財産や娘を奪うのは戦の道理に反する。俺が信ずる闘争の神ティト=プロメテアはそのような蛮行を許してはいない」

「遠征軍を維持するためには略奪は必須だ。兵を飢えさせるわけにいかぬ」

「範囲を絞っては如何かと。例えば軍事基地や貴族の財産の没収のみであれば……」

「兵は略奪を楽しみにしている。士気を鑑みても略奪の禁止令は出せぬ」


 まっとうな意見だ。まともな将帥でも同じ回答をよこしただろうな。

 俺一人を雇うために軍全体の収入源の減少ややる気を奪うなんてまともな将帥なら受け入れない。


「青いな。軍は理想では維持できぬ。お前の提案は到底呑めるものではない」

「でしょうね。ですがこれが俺の提案であり、曲げるつもりはない」


 席を立ち、会食の場から出ていく。

 その寸前で呼び止められたが足を止めるつもりはなかった。


「これ以上の話し合いは無意味でしょう。気が変わったのならいつなりとお声掛けを」

「短慮で強情、それでいてそのような振る舞いが許されるだけの実力者だとはな。何とも惜しい男だ。……始祖皇帝ドルジアもお前のような男だったのかもしれぬな」


「ドルジアが何だってんだ」

「なに?」

「口を開けばドルジアドルジアとあんたが奴にどんな幻想を抱いているかは知らねえがな、やっこさんはそう上等な男じゃなかったそうだぜ」


 何か言われそうな気配があったので聞かずに退散する。防音扉を閉じてしまえばどんな怒声もなかったことになる。だからそれでよしとした。


 戻ったのは帝国軍が接収した宿の一つ。戦勝祝いのつもりか乱痴気騒ぎをする連中を一睨みで黙らせて、部屋に戻ると三馬鹿とナシェカがTCGで遊んでいた。

 デブよ、俺のリターナー・イザールデッキをアレンジしてコントロールデッキにすんのやめろ。泥仕合で手札切れを狙うのは陰湿すぎて女の子にモテないぞ。


「あれはダメです。人を使うのがヘタクソすぎてカリスマの欠片もない。好色皇がいまさらやる気を出しやがったはいいが肝心の中身がついてってない」

「そんなにダメなの?」


 先の会食での話をしてからお嬢様に問う。

 ずばり閣下ならどう言ったかだ。


「おにーさまならお前の働き次第だとか言うわね」

「言ったでしょうねえ。俺のやる気を引き出しながらも手抜きを許さない厳正ではない審査で俺から搾れるだけ搾り取るでしょうねえ」


 閣下ならやる。俺が少しでも手を抜こうものならこの程度の働きでは略奪をするしかないなとか言って俺を馬車馬のごとく働かせたはずだ。……閣下に弱みを見せるとマジでひどい目に遭うんだよ。


 あの人は本当に人を使うのがうまかった。そして約束したことは必ず守った。

 俺が誠意を見せ続ける限りにおいてあの人はどこまでも俺に誠実でいてくれた。誠意を持ちながらも力及ばぬ時はオマケをしてくれたな。そういうところに人は感謝を抱くんだよ。


 厳格さと優しさは同居し得ない。だがあの男はそれを同時に宿していた。

 強さなんて閣下の顔の一つでしかない。あのカリスマ性の存在しない偽物に帝国騎士団を扱いきれるのか? 帝国騎士団の精強さだけで押し切れるほど甘い遠征ではない。実際アーザードの亡霊旅団に絡め捕られかけていたじゃないか。


 あいつらは悪意の塊だ。疲れを知らぬ死者の群れは倒した生者を吸収して拡大していくから損切りのできないタイプの指揮官ほど絶望的に嵌る。


 倒せる倒せないは置いておいて、帝国騎士団は遭遇と同時に全力で逃げるべきだったのだ。糧秣や物資を置いて各地の町へと誘引しながら足の遅い兵科を切り捨ててでも全力で退くべきだったのにしなかった。ダラダラと戦い続けてアーザードの術中に嵌ってしまっていた。

 似たような出来事がもう一度起きたなら全滅するぞ。


 なんていうか不安しかねえなあ……



ティト「略奪はいいね、戦の余熱を味わえる最高の楽しみだよ」

ティト「僕の名前を使って嘘をつくのはやめてほしいな……」

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― 新着の感想 ―
[良い点] さすティト いやほんとこんな神だよな
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