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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
いかさまカジノ激闘編
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神器を手に入れろ!②

 カジノは相変わらずの大盛況だ。オーナーが吊るされたりイカサマ疑惑を周知するビラを撒かれたりもしたが客の多くはどうでもいいと考えているのかもしれない。

 ワイスマン子爵を吊るした張本人であるナシェカは、ガイゼリックの案内でカジノを歩きながら大げさに肩をすくめてみせる。


「まっ、貴族ってそういう奴らだよねー」

「なんの話ぃ?」

「自分だけは騙されないって考えてる方々のお話だね」


 マリアが頭上に?マークを浮かべる。これはナシェカが悪い。


 カジノはいつも通り熱狂している。みんな怖いくらいの形相でギャンブルに興じ……否、真剣勝負の空気だ。命のやり取りに近い雰囲気が各所に見受けられる。

 おかげでマリアも緊張を解けずにいる。今この瞬間にも誰かに斬りつけられてもおかしくない、それほどの緊張感がカジノに渦巻いている。


「今日の空気はやばいね」

「マリアってばこういう空気を感じ取る能力は一流だよね。うん、さすがのナシェカちゃんもお気楽には居られないな。……これどうなってるの?」

「悪評払拭のために普段より豪華な景品を出しているからな。あれだ」


 カジノの中心にはショーケースが並んでいる。以前はドリンクステーションだったそこには四つのショーケースと警備員が置かれ、カジノ客はガラスケースの中で輝く景品を狂おしいまでの眼差しで睨んでいる。


 ショーケースの前に置かれた書見台には鑑定紙の写しが置かれている。彼らが見ているのはこれだ。


 雷神の槌。―――前所有者はオーガ族の伝説の王アスワン・ハイ。トール神の呼名である雷撃を封じ込めたディンクライシール・ウェポン。市場価値は不明。金品で交換できるものではない。


 ウェスタ・ラーヴァ・ハスタエルラ。―――神話の時代に活躍した最強の殺人者の愛銃。焼却の権能を有するのみならず専用のマジックカートリッジを用いることで全ての属性攻撃を放てる超絶の兵装。市場価値は不明。金品で交換できるものではない。


 黒き女王の刃。―――黒王アルバンの愛剣。オリハルコンに自身が有する権能を封じ込めた、最も信頼する兵に褒美として与えるために作られた名品。所有者に簡易的ながらヴァンパイアロード相当の能力を与える。市場価値はテンペル金貨で80万枚が妥当ながら歴史的価値や背景を鑑みて他者に譲り渡してよい品ではない。


 蒼月刀十六夜。―――東方六軍国は西陣の刀鍛冶、二条守兼定が作、名月シリーズ後期の名刀。東方における唯一神である天帝より授かりし神の金属ヒヒイロカネで鍛えられたとされる月の銘は一振りで雲を散らし二つ振れば月をも断つという伝承もある。市場価値は不明。金品で交換できるものではない。


 荘厳に輝く金色のハンマーの美しさに。血よりも冴え冴えと真紅に塗装された銃剣に渦巻くおぞましきカルマの光に。薄らと闇を帯びた長刀の底知れない不気味さと得体の知れない官能美に。ただ美しく強く在れと鍛え抜かれた蒼刃の美に。

 誰もが狂おしいばかりに視線を注いでいる。


 ショーケースの前にいる人々は誰も声を出せずにいる。分かるのだ。あれは本物であれこそが神話であれは人が手にしてよい代物ではないと本能で分かるのだ。

 だが、だからこそ手を伸ばさずにはいられない。


「本物だ、嘘……」


 さすがのナシェカも絶句している。

 見ればわかる。あれは本物だ。帝都フォルノークなどと言っても所詮は田舎国家の首都にすぎない。ワイスマン子爵家など所詮この数年で成り上っただけの木っ端貴族の家柄にすぎない。そういう侮りが一瞬で吹き飛んだ。


 あの四つの武器が放つ禍々しさと神聖は圧倒的なリアリティとなってこの場にいる全ての人の視線を釘付けにして離さない。


 そんな場に―――


「カワイイ!」


 マリアが駆けだしていく。ショーケースの前の群衆をダッシュで掻き分けてハァハァしてる!


「うわぁ、この子もカワイイ。こっちもカワイイ! みんなみんな最高だー!」

「あぁうん、そういうノリなのね……」


 本物の神器を前にしても変わらないマリアの様子に呆れながらそう言うと、隣の盗撮魔が快活に笑いだす。


「恐れ知らず結構。そうでなくては面白くない」

「いや面白いとかそんな……面白いけどさあ」

「面白い女じつに結構! 他人の感情を弄び転がして遊ぶのが好きな女などよりよほど好ましい」

(それ私のことー?)


 ナシェカは何も聞かなかったことにした。同時に脳内ノートの貢がせるリストからガイゼリックを華麗に消去。軽く落とせそうな気がしてたけど不可能っぽい空気を感じ取ったからだ。


「そこの二級品に熱をあげるのはそこまでにしておけ。君らに見せたいのは俺のコレクションの中でも極上の最高神級の神器なのだ」


「でもカワイイよ?」

「比較にならん。これから見せてやるのは天上の女神にも等しい究極の美。無数の次元世界を統べる神々の王とも呼ぶべき大神が創造せし天の至宝なのだぞ」

「見たい!」

「来い、景品置き場はこの先だ!」


 ガイゼリックとマリアとナシェカが奥のエレベーターから地下へと向かう。

 二級品に熱狂していた方々は嵐のように過ぎ去っていった三人の背中を見つめながらぽつりと……


「こ…これを二級品とは……」

「大神…天の至宝……?」

「見たい……」


 所詮成り上り者と侮っていた方々は一様に思った。

 ワイスマン子爵家侮りがたし。てゆーか仲良くしたい……


 武器マニアはどこにでもいるのである。



◇◇◇◇◇◇



 景品置き場と言えばどんな場所を思い浮かべるだろうか。棚とか木箱が並んでる倉庫をイメージするのではないだろうか?

 マリアは実家の納屋を想像していた。ナシェカも小規模な資材置き場を想像していた。


 しかしエレベーターから降りたそこは謎の異空間だった。嵐の空に浮いた空飛ぶ小島に神殿作っちゃったみたいな謎空間だ。……たまに竜の鳴き声が聞こえてくる。


 二人とも思った。


(超位階の魔導師の中には別世界に工房を持ってるやつもいるとは聞くけども……)

(こいつもしかしてやべー魔導師なんじゃ……)


 盗撮魔が古びた石畳に突きたつ無数の武器の中から無造作に一本引き抜く。

 美しいが変な形状の剣だ。オレンジ色の三日月に取っ手を付けただけ、そんな剣だ。曲刀の亜種というカテゴリーに納めてもいいのかもしれない。

 しかし使いにくそう。剣としてはものすごく使いにくそう……


「異界の戦神が神器『ツクヨミ』。投げ放てば敵の首を切り落とすまで帰ってこないという必殺の投擲具だ」

「かっくいー。それが見せたかった神器なの?」

「ふんっ、武器に格があるように人にも格があるのだ」


 何言ってんだこいつ感が強い。


「大方の者は認めたくもないだろうが釣り合わぬモノを欲するは身の破滅を呼び込むのだ。願いも欲望も器量に合わぬものを欲してはならんのだ」

「お説教?」

「お前に言われたくないって感じするよね」

「だが相応しい使い手に巡り合えない武器も哀れなものだ」


 マイペースのブレない盗撮の賢者が右腕が掲げる。

 その手に純白の光が集まっていく。光が剣の形を成していく。


「見るがいい、これこそが究極の神器『憧憬を追いかける者シュテリアーゼ』の御姿だ」


 ガイゼリックの手に現れたのは装飾の無い真っ白な剣だ。刃を備え、握りがあり、他には何もない。必要な物は揃い不必要な物は存在しない潔さを体現したシュテリアーゼを見た瞬間にマリアは叫んだ。


「カワイイ!」

「感性は人其々だ」

 と言いつつもカワイイはおかしいだろって顔になってる。


 触らせてもらってるマリアは一通り撫でまわした後で抱き抱えてる。ネコババ令嬢になるつもりか?


「ネコババ令嬢」

「しねーよ。ねえ、これって景品なんだよね、カジノでコイン集めれば交換できるんだよね!」


「ああ、ここはカジノでそいつは景品だ。だが何万のコインを集めたとてそいつをくれてやる気にはなれないな」

「どーすりゃいいわけ?」

「可能性を示してくれ」


 ガイゼリックがバサリと黒衣をひるがえす。

 すると黒衣の下はディーラー服になっていた! さっきまでブレザー着てたはずのやつが!


 カードテーブルまで出てきたぞ!?


「未来を切り開く者よ。俺にさえ見えぬ未知の世界を切り開く運命の乙女よ、俺を打ち倒し希望があるのだと示してくれ!」


「……」

「……」

「むっ、何か補足が必要か?」

「一人で盛り上がってるとこ悪いんだけど何もわかんないんだけど?」


「カードで勝負だ。セブンフォール・ナインブリッジで俺に一回でも勝てれば神器をプレゼント。おーけい?」

「ふんふん。一回でいいの?」


「構わん。我が名はガイゼリック・ワイスマン、予言者にして時空の支配者だ。この俺を相手に一度でも勝てるというのなら勝ってくれるがいい!」

「「……」」


 なんか知らんけど始まっちまった感がすごい。

 一人で空回りしているガイゼリックに置いてかれてるマリアとナシェカは何となくではあるが直感的に感じていた。よくわからんけど感じ取ってしまった。


 ムービーからラスボス戦直行くらいのジェットコースター感だ……



◇◇◇◇◇◇



 説明しよう。

 セブンフォール・ナインブリッジとは古くはイルスローゼに端を発するトランプ遊びだ。地域によっては魔改造が為されてセブンフォール・エイトブリッジだったりセブンブリッジになってたりもはや原型がないレベルまで親しまれている。

 複雑なゲーム性から主に知識階級が嗜むゲームでサロンやキャバレーで興じる姿が目撃されるが地方ルールが山ほど存在するのでわりと揉め事になりやすい。

 今回はドルジアでもフォルノーク形式を採用。これは古イルスローゼの正しいゲーム性を踏襲している。


 で、結局どういうゲームなんだよってなると手札七枚で特定の役を作る、いわゆるマージャンだ。ポンとかチーの存在しないマージャンだ。ドンジャラでもいい。


 1から9のカードのペアを揃える小役は例えば1のペアなら2ポイントになる。8のペアなら16ポイントだ。絵札は5ポイントで計算されるためJのペアなら10ポイントになる。四つのペアを揃えると小役四組揃いで突撃が成立。アングリフと宣言して手札合計のポイントを相手から奪える。

 例えばA氏の捨てた札で成立したならA氏から全ポイントを奪える。

 山札から引いた札で成立したなら参加者全員から割ったポイントを均一に奪える。端数の扱いは地方色が強いが今回は対マッチなので関係ない。

 またアングリフを受けた場合被攻撃者がAのペアないしはカインドを有する場合はアングリフによって奪われるポイントを半分に減算するなどの特殊ルールも存在する。


 役もペア合わせのみならずスリーペアやフォーペア、ファイブペアなどのカインドを増やすことで難しい役のボーナスポイントを得られる。


 最高役は同じ数字を七枚揃えた時点で手札を一枚捨て、相手からアングリフの宣言がなかった場合のみセブンフォールを宣言できる。正式ルールでは大役セブンフォールが成立した場合ゲームはその時点で終了し掛け金は成立された者の全取りとなる。地方ルールの中には追加ポイントを幾らと定めている場合もある。1ポイントに付き銅貨一枚などのルールで遊んでいる人々がセブンフォールに大きな付加価値を求めたがために生まれた地方ルールなのだろう。


 また八枚で役が成立した場合、アングリフ成立後にブリッジを宣言することで山札チャレンジが可能。山札から一枚だけをドローすることができ、その札によって増役が成立した場合のみチャレンジ成立。増役によって増えたポイント分を奪え、なおかつAガードと呼ばれているAのペアによる減算を無効化できる。

 このゲームはトランプ三箱を使って数名でプレイするのが帝国式だがカジノのような特殊な環境では箱を減らす場合も多い。箱が少ない方が読み合いが面白く、役の成立が難しくなるためだ。


 まとめるとこのゲームは最初に七枚の札を配られて、山札から一枚引いて要らないカードを一枚だけ相手にも見せる形で場に出し、これを繰り返しながら役の成立を目指すのだ。相手が有するポイントを取り切ったら勝利なのだ。


 ちなみにワイスマンカジノでは小役によるボーナスポイントを以下と固定している。

 2ペア なし

 3カインド 5

 4カインド 10

 5カインド 30

 6カインド 50

 7カインド 特殊条件勝利


 Aの4カインド 100

 7の4カインド 30

 金・銀・鉄・泥の各色揃え 50

 ストレート 30

 ストレートフラッシュ 70

 3タック(スリー・オブ・ア・カインドの三組揃い) 80

 4カインド4カインド 200

 

 また特殊な地方ルールではあるが金の札の大役小役はポイント二倍ルールを採用。ボーナスポイントは固定のため反映はしない。

 通常営業では毎ゲーム清算だが今回対マッチのため両者初期ポイント300保有スタート。


「質問は?」

「うぅぅぅ最初は練習させて……」


 早口でルール説明されたマリアが泣きそうな顔になってるのである。


 とりあえず最初は練習から始める。

 ディーラーはガイゼリックだ。プロのような手つきで山札から七枚の手札を自分とマリアに配る。ナシェカはセコンドだ。


 とりあえず最初のマリアの手札はこんな感じ。

 A A 2 3 3 6 8


「どうなん?」

「いい感じだね。この中だと2が要らないけど2を引けたら6を捨てよう」

「なんで?」

「数字の小さなカードを捨てて大きな数字を集めるゲームだし」


 ほんと言うと相手の捨て札から手札を読んで妨害したり相手の捨てた札に絞って集めたりと深いゲーム性があるのだがマリアは初心者だ。まずは基本から教えとこうの精神だ。

 ガイゼリックが自分で引いて一枚を場に捨てた。

 マリアがサッとテーブルを滑ってきたカードをめくる。


「3だね。2を捨てたらいいの?」

「うん、そうそう」


 ゲームが進む。次は7を引いた。


「6を捨てるんだよね?」

「そうだね」


 マリアが6を捨てた。するとガイゼリックが手札をテーブルに開いて並べる。


「アングリフ。オン・ザ・ペア・オブ・フォース」


 7のペア、5のペア、Aのペア、6のペアによるペア四組で成立だ。……マリア達の会話を聞いて6を狙い撃ちした感じだ。


「おいおいおいぃ! 初心者相手にそれは卑怯だよ!」

「勝負の世界は非情なのだよ」


 したり顔でのたまう盗撮魔。二人は耳打ちしながら大きな声で……


「こいつ絶対モテないよね」

「陰湿だもんね」

「何とでも言うがいい」


 勝負の世界は非情でハードボイルドだ。


「さっきまでちょっと格好いいと思ってたのに」

「マリアも? 私も。でも幻滅したよねー」

「ちょっと待てい! そういうのは卑怯だろ、卑怯だろぉおおお!」

「ワンチャンあったのにね」

「もうそういう対象として見れないよね」


「あ…あったのか。そうか、あったのか……」


 練習一回目。ガイゼリックが勝ち、ワンナイトラブの夢が儚く散った。なおそんな可能性は最初から無かったのだが非モテ賢者は己を騙しても夢を見たかった。


 練習を何回かやってみる。

 マリアは初心者だけど初心者なりに少しずつゲームに慣れていった。でも特別手強い客が来た時だけ裏から出てくるワイスマンカジノの凄腕ディーラーに勝てるかっていうと時の運がかなり傾かないと無理っぽい。


 そこでナシェカが言ってみる。


「この勝負に勝てたら神器をくれるんだよね?」

「うむ」


「私が勝ってもくれる?」

「そこの無駄にスタイルの良すぎる小悪魔よ。お前では俺には勝てない」


「本当に勝てないかどうか試してみようよ。もちろん神器を賭けてね?」

「ナシェカ、キミは勘違いをしている。これは頭脳や経験、読みに深さを競うゲームではないのだ。運命力と定められし運命を覆すちからを持つか否かだけが勝敗を左右するのだ」


「へえ~~~~負けるのが怖いの?」

「よかろう。運命のちからがどれだけ残酷かを教えてやろう」


 ナシェカの額から冷や汗が垂れる。

 ガイゼリック・ワイスマンはエロの三賢者だ。盗撮魔だ。ただのスケベ野郎だ。スケベで金儲けしてるスケベ界のスターだ。……それだけの男だと思っていた。


 ガイゼリックの眼を見た瞬間にナシェカはなぜか勝てないかもと思ってしまった。

 彼の落ち着いたパープルブルーの瞳には見慣れた暗い輝きがある。それは絶望の輝きだ。けっして勝てない何かに幾度となく心を折られてきた者の眼だ。


「……カードシャッフルには噛ませてもらうよ」

「構わん。そして知るがいい、俺やキミには絶望を覆すちからなどないと」


 二人の対マッチが始まり、粛々と宣言されるアングリフの言葉とともにナシェカに貸し与えられた300枚のコインは消えてなくなった。


 予言者ガイゼリック・ワイスマンにこのゲームで勝利する方法など存在しない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前の話を忘れる前の更新。実にオシャだ。 [一言] ひょっとしたらこのまま更新されないのかと思ってたので無事再開されて嬉しいです。
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