アーザードの亡霊旅団④ 英雄と凡人と小人とオネエ
「楽勝」
っていう言葉と頼もしいサムズアップを残して戦士たちが戦場に戻っていった。
だが楽勝なわけがない。勝ち目さえも存在しない恐ろしい敵だ。ついさっきまで肩を並べて戦っていた戦友を死の兵隊に変える許されざる敵だ。
アーザードの亡霊旅団に敵うわけがない。それは彼自身が深く理解していたはずだ。だから彼の形相はあんなにも憎しみに満ちていたのだ。
ランツベール卿はこの丘の上から遠く戦場を見下ろす。
紅顔の美少年が見せる切ない表情に何を想ったか。ウェーバーが声をかける。
「彼らが心配?」
ランツベール卿は振り返らない。ただ言葉に詰まった気配だけがある。
「なんてね、冗談よ冗談。心配なのは戦友の行方でしょう?」
「どちらもだ。貴殿らを許せぬ想いはあれど雇われた傭兵の彼にまでぶつけるのは狭量というものだ。恩人の無事を心配するのは私の騎士道に反するものではない」
ウェーバーは彼を真面目な少年なのだと感じた。
真面目過ぎて他人を心配するのにも理由が必要で、侵略者の先兵であるという理由だけで命の恩人にさえ色眼鏡を掛けてしまう自分を許せない。見た目通りにまだ子供なのだ。
「ご心中お察しするわ」
「なぜだ?」
優しくしてあげようかと思ったが睨み返されてしまった。
「何故このような季節に侵攻を開始した。収穫どころか種蒔きさえしておらぬこの時期に仕掛けたとて貴国に何の益があろう。此度の戦はあまりにも常道を弁えておらぬ。なぜか聞かぬ内はこの腹立ちも治まらぬ」
「理解のできる怒りね。私達が欲しいのは温かい土地なの。寒冷化が進んでいてね、十年か二十年か、ひょっとしたらもっと早く私達の故郷は人の住めない土地になる。種ならドルジアの入植者が蒔くわ。収穫なら私達が行うわ」
「……難しいな」
「何も難しくはないわ。これしかないの。私達が生き延びる方法はこれしかね。……貴方たちにとってはとても腹立たしく難しい話なのかもしれないけどね」
「聞かせてくれ。アシェンと帝国の間に和睦は成り立つのか?」
「それこそ話し合い次第じゃないかしら? 私達は成立しないと見限っているけど、そこはアシェンの誠意次第よね」
「それは勝者のセリフだな」
「ええ、だって私達は勝者ですもの」
「正気か? あの亡霊旅団が出張ってきたのだぞ。貴国の軍勢とて遠からず我が軍と同じく壊滅する……」
この瞬間、戦場に光の柱が降ってきた。大地を激震させる光の柱が間断なく打ち込まれ続ける有り様は天の怒りのようだ。
突然のこれだ。本陣にある者は戸惑い、呆然とあの光景を見つめている。
「何が……」
「だって彼に頼んだんですもの。何が相手でも勝てるに決まっているじゃない」
「彼…か、彼は何者なのだ?」
「さあねえ。でも一つだけ確かなのは人を見る目のある閣下がスカウトしていた子だもの、何者かではあるんでしょうねえ」
大天幕から黒衣の甲冑の男が飛び出してきた。
そして光の柱が餅つきのハンマーみたいにドッカンドカン言ってる戦場を見つめて呆然とする。
「何が起きている。ウェーバー、ウェーバー!」
「まずは落ち着かれませんと。ガーランド・バートランドならどんな時も泰然となさいませ」
「むっ……そうだな。だがあれはいったい何事か?」
「リリウスくんがアーザードを倒しているところでしょう」
光の柱による超質量攻撃が止み、今度は天まで届きそうな特大の光の刃が大地を薙ぎ払った。……もっとも最後の攻撃に関しては英雄級戦士の目であっても目視が適うものではなかったが。
だが何かが起きたのだけは誰もが理解していた。衝撃波とアンデッドの悲鳴だけはきちんと聞こえてきたからだ。
「何が……」
「リリウスくんがアーザードを討ち取ったようです」
暗雲が晴れていく。
「何が……」
「リリウスくんは天候を操れますので」
「左様か……」
なんかもう驚くだけのマシーンと化してしまった団長閣下にウェーバーが言っておく。
「彼はその実力だけで太陽の伯爵位を得た世界でも屈指の大戦士です。たかだか数百枚の金貨で動かせる男ではないという事実だけは理解してもらわねばなりません。彼を雇い入れるなら万の桁からが最低ラインです」
「なぜあのような者が在野にいる。ガーランドはどうして奴を取り込まなかった?」
「あれが人の下につくような人物だと思われますか? 閣下でさえも取り込めなかった大人物であるとご理解を」
言葉では理解できない。だが我が目で見たものだけは理解せざるを得ない。
汚泥の闇から解放された無数の魂を吸収する姿はもはや人の姿ではない。神と呼ばれる者の所業だ。
「あれを我が軍に引き入れろ」
「ご命令とあらば。しかし交渉には相応の対価が必要になるかと」
「貴官の権限において成し遂げろ。あれをイースにくれてやるわけにはいかぬ」
だが見ても理解できない。小人とはそのような人をいうのであろう。
夢見る小人の目にはあの最強のはじまりの救世主さえも従えた己の覇道しか見えていないに違いない。