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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 レミングの進軍
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アーザードの亡霊旅団②

 俺と剣王さんが睨み合うような微笑み合うようなシビアな視線のやり取りをしていると、横からマリアがシャツの裾を掴んできた。引っ張るな。引っ張るとシャツが出ちゃう。


「あたしを無視してシリアスな空気に移行するのほんとやめてもらっていい?」

「だって最近イヤなこと言われたし、俺ひそかに傷ついてるし」

「ごめんってぇ!」


 謝られた。謝られたのに根に持つのは器量が狭いゴミ男だけだ。真の男ならそれで無しにする。

 心の狭い男はモテない。男からも女からも嫌がられる。俺はモテる男でありたいから許すのである。


「ごめん! でもラグナから付き合う人は選べって言われてたから……」

「教育の一環として交友関係の正常化は理解できるよ」


 付き合う相手のレベルで自分の格や振る舞いも変わる。子供の内ならそういうふうに教育されるのは当然だし、子供ってのは無意識に周囲のレベルに合わせようとするからな。それは教えた方がいい。


 だがそれで省かれた方の気持ちはどうなんだ?ってなると傷つくんだよね。

 だって「お前みたいなレベルの低い男とは付き合えない」って言われているわけだし。いや、もう怒ってはないんだ。この話題はこれっきりにしよう。


「剣王さんよ、あんたとの話は今夜酒でも飲みながらでいいか?」

「我を蔑ろにすると?」

「元々はてめえの撒いたタネだろうが」


 怪物が嗤う。威勢のいい野郎は嫌いじゃないとでも言いたげだ。

 実際強くて威勢のいい奴以外は目にも掛けないお人なんだろうぜ。他は餌にしか見えないレベルで。


「てめえが何を企んであんな厄ネタをぶつけて来やがったかは知らねえが、ケツの拭き方くらい知ってるはずだろ?」

「邪推だとは言わぬよ。この地にあれらが潜んでいることを知り、アシェンとドルジアを誘導したのは確かなことよ。まさか足りぬとは考えもしなかったがね」

「よく言うぜ」


 仕掛けは見えた。共倒れを狙うのではなく両軍に亡霊旅団を倒してもらおうって話だったらしいな。こいつが嘘をついていなければな。……無理だろ。


 アトラクタ・エレメントは基本的に人類の敵だ。人なんて歌って踊れる食料としか考えていない。こいつらには人を騙す系の逸話は腐るほどある。

 こいつらの本体は額から生える魔水晶なんだ。魔水晶にとって人間に似た肉体は人を油断させるための疑似餌でしかない。

 アトラクタ・エレメントは美男美女が多い。その理由についてこれ以上言及する必要はないだろ?


 俺はこいつらが恐ろしくて仕方ない。同じ言葉をしゃべりながらも本質的には分かり合えない、真竜と同じ怪物だからだ。


「てめえは後だ。我がLM商会では常に支払い能力の高さで優先する」

「よかろう」

「へっ……?」


 呆然とするマリアの前にこんなものをお出しする。

 そう警戒しないでくれ。大丈夫だ、LM商会は常にお金を持ってる客の味方だ。


『傭兵雇用料金表』


 護衛:一つの戦闘における個人の安全を保証します。

 討伐:指定した対象一人を討伐します。

 制圧:手強い部隊一つを制圧します。


 完全勝利:ここだけ今回だけ貴女にだけこっそりオススメする最高のご提案。LM商会が誇る魔王と社長秘書がどんな邪悪な死の軍団が相手でも完全な勝利をプレゼント。


 *料金は応相談。


「むきゃあああ!」


 マリアが歓喜に叫ぶ。うむ、提案した俺も嬉しい反応だ。

 いやこれは悲鳴だわ。


「応相談って幾ら!?」

「そりゃあ相手が相手だ、それなりの金額にもなろうってもんだ」

「だから幾ら!?」


 素晴らしいな。俺によって磨き抜かれた少女が手強くなっているという胸の熱くなる展開だ。いやこれは俺への不信感マシマシっすわ。


「金貨六十万相当の金品でいいぞ」

「高い、高いよ!」

「適正価格だぞ。イルスローゼなら秒で出す」


 俺の親友の太陽王シュテルなら神代の宝剣をポンっと渡してこれで倒してこいくらいは言うぜ。

 やれやれ、ナリは取り繕えてもまだ王の心にはたどり着いていないようだ。王なら金銭感覚ぶっ壊れてなきゃ←風説の流布。


「もう少し何とかしてぇ~~~! ナシェカぁ~~~!」

「いやいや、でも本当に大変な相手だしこんなもんでしょー」

「無理だよぉ!」


 おっとラグナ・イースとラムゼイ・アイアンハートが走り寄ってくる。

 おたくの脱走王ならここにいるぜ。


「思い切りがよすぎる! 確かに勝てない時は逃げろと教えたがいきなり全力で逃げるやつがあるか!」

「だってぇ~~~! あ、ナシェカ、リリウス、この人あたしのお父ちゃんなの」

「だいたいのシルエットがリリウスすぎない?」

「おい、俺はもっとスリムだろ」


「あん? 学院の友達か?」


 筋肉ダルマなおっさんが俺らを見ている。敵意はない。まぁ人柄はいいらしいぜ。

 敵にすると怖いが味方のうちはいいおじさん。そんな感じだ。


 とりあえずこいつらにも話をしてみよう。


「傭兵契約を持ちかけているところだ。ラグナ・イース、俺達を雇わないか?」

「ふむ……」


 ラグナがマリアを見つめる。

 視線でやり取りをするような感じで、マリアが首を振り、ラグナが顔をしかめた。


「何が問題だ。カネでも吹っ掛けられたか?」

「60万テンペル!」


「法外だな。貴様らがどれほどの戦士であろうとそれが貴様らの信じる適正価値なのだとしても契約を持ち掛ける態度ではない。まずはちからを示せ、この値を付けてもよいのはその後だ」


 初回の契約金は安くしろ。その働き次第で次回以降を考慮する。とても常識的な話をする男だ。つまんねーの。

 ラムゼイまでもそんな感じだ。見た目にそぐわん男だ。


「おいおい、ラグナさんよ、幾ら何でも冗談だよ。冗談だってすぐにわかる金額じゃないか」

「随分とオマケしてやってるんだがな」

「本気のタカリかよ……」


 仕方ない。帝国騎士団に持ち掛けてみるか。

 マリアよ、その期待外れ男を見る目はやめるんだ。少女の涙はけっこうクルんだぞ。


 帝国騎士団本陣のでかい天幕にこの軍を率いる団長がいる。俺はこいつのことをガーランド閣下とは呼びたくないが、まぁ一般的な呼称はそうなるんだろうな。

 なぜか同行してくるイースご一行様と一緒に面会を申し出る。マリアがナシェカの背後霊みたいになってる。そんなに怖い目にあったのか。


「どうしたマリアー、そんなに怖い目にあったの?」

「うん…あの燃え続ける真っ黒アンデッド超怖かった」


 それ噂の旅団長アーザードさん本人では?

 大ボスと遭遇したんか。可哀想に。ちなみにアーザードはあざ名で意味はたしか丸焼きとかそんなだった気がする。何分古い言葉でねえ。俺もさっぱりっすわ。


「あれ本当に怖いよ。霧みたいに曖昧なくせに目を開けばたしかにいるんだもん」


 こ…この子は目を閉じて戦おうとしてたのか?

 わからん。マリアの五感はなんていうか俺達とは異なる謎の知覚だからわからん。色々と鋭いなんてレベルじゃない。高感度センサーを搭載したナシェカを一部凌駕する謎のパワーの持ち主だからな。


 面会の許可が下りた。

 大天幕が開き、かなり険しい顔をする帝国騎士団の団長と、その傍に控えるオネエ系の副官ウェーバーさんと向かい合う。


「一応大仰な挨拶から始めるべきですかね?」

「戦場であるゆえ虚礼は不要、さっさと用件を言え」


 偽物にしては出来がいい。実際こうして面と向かい合っていても粗探しが難しいほどだ。


 ロザリアお嬢様とデブは連れて来なくて正解だな。アイスクリームを売ってもらわないといけないし、何より兄の偽物なんかと会いたくもないだろ。


「傭兵の売り込みですよ。LM商会を雇いませんか、デスの大司祭アーザードを始末してご覧に入れます」

「可能か?」


「不可能なら売り込みに参りません」

「不可能であろうと売り込みに来る輩は多いが、お前をそれらと同じに見るわけではない。褒美を用意しておく、アーザードの首を持ってこい」


 口約束とはドケチらしくもない。こういう閣下を理解し切れていないところにウェーバーさんは何も思わないのだろうか?

 どうなんだろうね。肩をすくめて見せたウェーバーさんの仕草からはわかるようでわからない。


「額面を約束していただきたい」

「よかろう。見事アーザードめの首を持って来れば金貨五百枚を取らす!」

「……!」


 す…少ない……!

 恐ろしく少ない。なんだこの人まさかの交渉ド下手くそなのか! 貧乏な領民兵や冒険者ならともかくたった五百枚の金貨で人類の敵に挑む傭兵団がどこにいるんだよ!


 よし、賃上げ交渉だ。


「……(くいくい)」

「……?」


 ダメだ、俺のジェスチャーを理解していない。

 と思われた瞬間だ、団長がぽんと手を打ち、お察しになられた顔つきになる。


「よかろう。では騎士候位もくれてやる」


 そうじゃない!


 ダメだ、この人には人の上に立つ資格が無い。人を動かすのがド下手くそだ。この後も二度ほど賃上げ交渉を試みたが納得のいく金額にならなかった。金貨の百枚や二百枚の上乗せなんてケチな話はしてねーんだよ。


 偽物なのは仕方ないにしても俺この人のこと好きになれそうもないわ。閣下ならこないだ倒したとか言い出して最上位エレメントの核石をくれるところだ。はっきり言ってツッコミどころしかない。俺が戦う必要ありますかね!?って叫んでるところだ。


「やるかやらないかは持ち帰って検討させてもらいます」

「そうか。返答は早めに持て」


 お断りの常套句なんだよ! 察するちからもないのかこの人は!


 大天幕を出る。どうしてニヤニヤしているんだいマリア。ラグナもラムゼイもニヤニヤしてるんじゃないよ。

 人の交渉決裂を楽しむな。


「業突く張りの哀れな末路だな」

「最初からきちんとした額で我らイースに雇われていればよかったものを」

「リリウス、大人しく常識的な金額まで値下げしよ?」


 息の合った口撃コンビネーションはやめろ。マジで見捨てるぞ。


 イース組と睨み合ってると大天幕からウェーバーさんが出てきた。


「イースとの交渉再開を待った方がいいのかしら?」

「いやいや、他ならぬウェーバーさんの頼みとあれば優先させてもらいますよ」


「そうじゃなくて。イースの持ち出しでアレを倒してもらった方がうちが得よねーって話よ」

「へへっ、さすがウェーバーさん金勘定がうまい! でも手心ってやつがあってもいいんじゃないかなーって思うわけですよぉ」


「騎士団が雇うのであればイースは手を引く」

「共同で雇うのはどうかしら?」

「我らにこいつを雇う理由があるとでも?」

「あるからここに居る。なければ彼になど目もくれないはずでしょ?」

「ガーランド団長の器を計りに来たまでよ」


 睨み合う二人。そして飛んでいくウェーバーさんの投げキッスと居合い抜き。投げキッスって斬れるものなのか?


「じゃあ足りない分は情報提供で埋め合わせる。これでどう?」

「んー……」


 金貨五百と情報かあ。いまは金儲け熱が熱いんだけどなあ。

 しょーじき情報なんて後でいくらでも調べられるっていうか……これも渡世の仁義か。ウェーバーさんという騎士団の重要人物に恩を売っておこう。


「わかりました。じゃあお聞きしましょう」

「そうこなくっちゃ!」


 儲かると思ったら儲からない。世の中ってのは世知辛いもんだ。



◆◆◆◆◆◆



 トレーラー支店に戻り、紅茶を飲みながらお聞きした感じでは今この大ボロス平野では三つの陣営が衝突しているんだそうな。


 ①ご存じ我が国の帝国騎士団の本隊。

 ②アシェンダリア侯国の軍隊。

 ③アーザードの亡霊旅団。


 で、何がどうしてそうなったかっていうと事は一週間前まで遡るんだそうな。


「わたしたち帝国騎士団は剣王さまと同盟を結んだの」

「同盟の内容はどんなんですかね?」

「不可侵条約ね。剣王さまは私達に足りない近隣国家とのパイプと内部情報をくださり、私達は剣王さまの指定する友好的国家を侵略しない」


 魔水晶にしてはまともな条約だな。てっきり生贄を毎月百人送れとかそんなんだと思ったわ。

 じゃっかん魔水晶族への偏見も入ってる自覚はある。でも冒険者やってると怖い噂ばかり聞くからねえ。


「剣王国の友好国であるモーグ鉄国、トルキア大森林、ポルカ獣王国、コーンウォリス伯爵領との不可侵条約の締結に伴い、これら国家から糧秣や武具の買い付けも可能になったわ。もちろんこのアストラ北部で流通する旧グランバニアの通貨が必要になるけどね」


「いい同盟を結べましたね」

「ええ本当に。剣王さまってイイ男よね~~」


 ウェーバーさん、俺はあんたがあの魔水晶に喰われないか心配だよ。喰っちまう方はもっと心配だよ。


 ウェーバーさんならそんなダイナミックなやらかしをやってもおかしくない空気がある。閣下の腹心やぞ。絶対まともな人じゃねーって。

 あの実力至上主義のドケチが人格を無視して腹心に取り込んだ挙句長年連れ回しているオネエやぞ。絶対やべーんだって。訓練してるところはおろか戦ってる姿だって一度も見たことないけど!


「顔の広い剣王さまが水先案内人まで務めてくれるというのだからすごくイイお話だったのよね~~~蓋を開けるまでは」


 ウェーバーさんががっくりと肩を落とす。まぁアレだもんな。気持ちは超わかる。

 アーザードの亡霊旅団はやべーって。百年くらい前にイルスローゼの太陽の超人が中央文明圏から追い払ったとは聞いているが……


「いったいどんな条件でこんなことに?」

「このちょうど北にあるポルカ獣王国なんだけど最近アシェンダリア侯国と揉めてたの。剣王さまからはその助力を請われた、というよりもアシェンダリア侯国を攻め落としてほしいって頼まれたわけ」


 この両国は昔から大変仲が悪かったらしい。


 パワーこそパワーな獣人が統治する獣王国はまぁ余所の土地とかどうでもいいその日暮らしな国で、その内情は幾つかの部族の上に最強の獣王さまが君臨するパワフリャな国なんだそうな。ほのぼのしてそう。


 そしてアシェンダリア侯国はトールマン至上主義国家で、獣王国のあるトルキア大森林らへんに遠征軍を放っては獣人を捕まえる奴隷狩りを日課にしているやべー国だ。


 いつもいつでも劣勢な獣王国が剣王さまに相談しにきたのが今回の話の幕開けで、ここで戦っているところにあの亡霊旅団が乱入してきてこの有り様らしい。……先に剣王さまが自白した内容との食い違いが。俺の中の相棒が名推理しちまったよ。


「おやおや、これは皆さん剣王さまに嵌められましたねえ」

「嵌めてはおらぬ。ただすべてを明かさずに置いただけのことよ」

「うるせえ魔水晶! 人を騙すのがてめえらの種族的な快楽なのは承知なんだよ!」


 トレーラーの上でアイス食ってる剣王さまを黙らせる。


 こいつらは人に化けて人を騙して魂を喰う生き物だ。そんな邪悪な生き物の言動なんて信じられるか!

 剣王さまの狙いは別に帝国軍と侯国軍の共倒れとかではない。両軍と亡霊旅団をぶつけて発生する悲鳴を聞いて喜んでいるだけなのだ。これだから魔水晶族は……


「……かほどに嫌うか。貴様とて我が同族であろうに」

「風評被害はよせ」

「やっぱり人外なんだ……」


 マリアよ、怪しいおじさんの話を鵜呑みにするのはやめろ。格好いい同学年男子と怪しいおじさんなら俺を信じるべきだろ。


 仕方ない。ここは儲けよりも信頼を勝ち取る感じで亡霊旅団退治といきますか。



 リリウスの根本的な性格が魔水晶族と酷似しているどうでもいい事実

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