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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 レミングの進軍
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アーザードの亡霊旅団①

 従軍商売っていう事業がある。だがこれを説明する前に軍隊の性質について説明せねばならない。


 敵地における軍隊は強盗の集団のようなもんだ。兵は殺すし民間人も殺す。町に入れば財産を略奪するし女は犯す、老人なんて串刺しにして的当ての的にする。戦争の熱病に浮かされた連中は平気でやる。何の疑問も思わずゲラゲラ笑いながらダーツの的にする。集団レイプなんて立ちんぼを買うような感覚で抵抗された方が面白いとか抜かす。……正気じゃいられないのさ。

 戦争なんて正気じゃできないし、正気のままじゃ辛いだけだ。これは戦争だから仕方ないって場の空気に流されるしか心を守るすべがないんだろうぜ。


 おっと脱線したな。

 何が言いたいかっていうと敵地における軍隊の性質が強盗である点だ。だがそんな軍隊でも略奪が禁止される存在があり、それが従軍商売だ。

 娼婦、吟遊詩人、画家、研ぎ師もいる。食料品を持ち込む商人もいる。こいつらは軍隊の移動に伴って移動し商売を続ける。俺が知らないだけで他にも面白い商売をやる奴がいるかもしれない。

 まぁ誰でも彼でも受け入れるわけではない。娼婦や詩人はともかく商人なんかは厳重な荷物改めがある。よほど信用のある商業組合の商人じゃなければまともな扱いをされない危険もある。

 だが儲かる。町での商売なんてもうバカらしくてやってらんねーってなるくらい儲かる。何故なら戦地の兵隊は頭の中がパーになってるからまともな金銭感覚してねーんだわ。


 戦地の兵隊は金持ちだ。町から略奪した金銀財宝をたんまり抱えていて、刹那的な娯楽を求めているからカモだ。

 商人は兵隊たちからボッタクリをやって余所に行けばウハウハなわけよ。


 戦場では未だ激戦が繰り広げられているが、少し離れた後方の帝国騎士団本陣は負傷兵と予備兵でバタバタしている。

 LM商会トレーラー支店はここで商売をしている。


 商品は多いぜ。ヴァルキア市を目指す途中で色々と仕入れてきたからな。娯楽用品やアダルトグッズ、マジックウェポンなどなど大量に積み込んでいる。


「さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 余所ではお目に掛かれない良品ばっかり仕入れているぜー!」

「安いよ安いよー!」


 え、本当に安いのかって? ハハハハ! ハハハハハハ!

 まぁ新入社員が言ってるだけなんで許してやってくれ。悪気しかないんだ。


 客入りは悪くない。本当に色々な品を広げているからな。アーザードの亡霊旅団は構成がアンデッドだから聖なる光の剣なんかおすすめだ。これはな、来歴がな、ちょっと言いにくいんだけどとある王宮の倉庫からガメてきた。


 戦地では基本的に現物取引だ。兵隊も重たい貨幣なんて持ち歩きたくないから懐に入れるのはゴールドやジュエリーなんでな。LM商会的にも都合のいい取引ができるってわけよ。金の価値や宝石の正しい価格帯なんて頭パーになってる兵隊にはわからねえからな。


「お客さん、そいつは対アンデッド用の剣だぜ。軍功が欲しいなら見逃す手はない!」

「マジかよ、これをくれ!」

「はいよ、お得意さんだしサービスするぜ」

「初めて来たけどぉー!?」


「細かいことは気にしなさんな。で、幾ら持ってるんだい?」

「限界まで絞り取る気だ……」


「細かいことは気にするな。また町から略奪してくればいいだろ? 俺は儲かる、あんたは光の魔法剣が手に入る。どっちもいい取引ができてホクホクじゃんか」

「うーん、たしかに」


 みなさん見ました? これが頭パーになってる兵隊のリアルです。

 リリウス印のアイスクリームもバカ売れしてるしな。アイスクリーム十個が小粒のルビーに化けるとかさ、マジで笑いがとまらねえよ。

 あー、やべえ。笑いがとまらねえよ。こんなに楽しい商売はそうそうねえな。


 ボッタクリやらかしてるのにお礼を言われる経験なんて中々ねえぜ。よし、夜はタンドリーチキン売るわ。

 カレーの刺激的な香りに群がる兵隊どもが押し寄せる姿がすでに目に浮かんでるぜ。


「うわぁぁぁん!」


 おや、どっかから少女の泣き声が聞こえてきたぞ。

 まだ遠い。だが段々と近づいてくる。


「うわぁぁぁん! リリウス、ナシェカー、聞いてよー、酷い目にあったんだよー!」


 泣きながら走ってきたマリアがアイスクリームの売り子やってるナシェカに抱きついていった。

 地面に倒れ込んだナシェカに乗っかって泣きじゃくるマリアと、よしよしされてるマリアの構図。まぁなんだ、この光景もだいぶ前から見えていたわ。


 アーザードの亡霊旅団はやべー。何がやべーかっていうとな、まだ勝った奴が存在しねえのがやべーんだよ。

 人類の敵38人の一角やぞ。



◆◆◆◆◆◆



 アーザードの亡霊旅団の首領はその名の通りアーザードだ。

 こいつが何者かっていうと約二百年前から存在するデス教団の大司祭アーザード。アンデッド化することによって人である時よりも遥かに濃密なデス神の寵愛を受けるに至ったデス神の眷属なんだよ。


 これがどんなもんかっていうと教団内での位置づけはデスの巫女アリステラの次の次に来るくらいの超大物。生者の大敵にして死の導き手としては間違いなく世界有数のアンデッドだ。……もっと危険そうなデスの大主官は名前だけは知られているんだけど目撃例がここ千年ほど無いらしい。怖いわ。完全に伝説の存在と化しているのが怖いわ。

 異名としては死の上級王とか呼ばれているらしい。ガチすぎて怖いわ。もう扱いが伝説竜パルム・メジェドとかセルトゥーラ王とかイザールと同レベルなんよ。

 だがこれはアーザードの亡霊旅団の危険度が上記のこいつらに劣るという意味ではない。


 数々の戦場を渡り歩き、名だたる英雄を配下に加えてきた常勝腐敗の軍団だ。常に勝利し常に腐ってる軍団だ。

 臭い、汚い、腐ってるだ。絶対にやりたくない。


 こんな説明をしてやったが泣きじゃくるマリアは聞いているやらいないやら。ここ数日の威勢のよさをどこにやったのやら。


「あうー、無理だよー、あんなん勝てるわけないよー……」

「当たり前だろ。多額の懸賞金が掛かってるにも関わらず二百年間しぶとく生き延びてる人類の敵38人の一体やぞ。人類の敵指定ってのは西方五大国が認めた人界における最大級の脅威なんだよ」


 まぁ個体としての脅威度ではなく軍団として登録されているから他の人類の敵と比べればまだ倒しやすいのかもしれないがな。これだって皮算用だ。デスの大司祭が弱いわけがねー。


 アリステラは生まれてまだ十年とかそんな程度のロリだったから勝てた。まだ昼夜の儀式を受けていない半覚醒状態スティル・アンデッドだったから勝てただけだ。

 あれは二百年かそれ以上の時を経た本物のデスの眷属だ。超絶の魔法力と豊富な戦闘経験、何よりデスの御業に深く触れているという簡単に想像できる情報だけで強いのがわかる。


 イース侯爵家はたしかに強大だ。だがあれは人理を超えた神々の領域の怪物なんだよ。


「そ…そんなのと戦わされたのぉ……?」

「つか誰も止めなかったのか?」

「だってラグナはあたしなら倒せるから行けって」


 ひでえ。


「クヌートさんもあたしなら勝てるって」


 無茶ぶりがすぎる。


 つかその剣王さんなんだけどさっきからずっとトレーラーの上に陣取って手を叩いて笑ってたんだよね。マリアの苦戦する姿を見て笑ってたのかよ。っぱルーデット級のモンスターだわこいつ。

 剣王さんが降りてきた。定期的にアイスクリーム食ってんだよこの人。


 なんつーか見た目がクリストファーやバルバネスに似ている人だ。ロングの銀髪で顔には竜の刺青。顔立ちはすこぶる色男なのに犬歯を剥いた好戦的な笑みを浮かべる男だ。そっくりではないけど親戚と言われれば納得するような容姿だ。


「いや、見事だ。惜しかった。次回のトライに期待している!」

「絶対ヤダ!」

「君とてドルジアの末であろう。あの男は手強い敵ほど燃える闘争心の塊であったぞ」


 あん?

 こいつ何言ってんだ?


「クヌートさんよ、あんた始祖皇帝と知り合いなんか?」

「店主よ、お前のとこの食い物はうまい。次は腹に溜まるものが欲しいのだがな」


 会話をする姿勢を見せろ!


 パッと縮地法で移動した剣王さんがナシェカの肩を抱いて他の食い物をねだりだした。フリーダムすぎる。

 こういうフリーダムな奴を動かすコツはこいつが欲しい物で釣るしかない。俺はルーデットで学んだよ。


「質問に答えたらうまいメシを出してやる」

「我は齢七百年を数える魔水晶よ。これで答えにはならぬか?」

「ならねえ」

「ユルヴァの末にしては察しの悪い。あの魔女の頭の冴えは我が生においてもそう見ぬ傑物であったぞ」


 マクローエンのご先祖さまを知ってるってか。

 ほぼ確定か? はっきり答えりゃいいのに人を誑かそうとするのは魔水晶の性か。


「アルルカンを知ってるかい?」

「あれは善き友である。金を持たずに飲み歩いてもいつの間にか奴が払ってくれているのだ。もっとも対価として幾度となくこの身を砕かれはしたがな」

「あの父性の塊を怒らせるとはあんた相当なワルだな?」

「……」


 剣王さまの微笑みが深くなる。どういう反応だろうねえ。

 まさかとは思うがアルルカンがまだ生きてるのを知らなかったとか?


「店主よ、お前とは語り合う価値がありそうだ」

「俺も幾つか聞きたいことがある。六英雄のクーガーさんよ」


 アルルカンやドルジアと共に魔王レウ・ラクスラーヴァを倒した六英雄に剣士は二人。ドルジアを除けば唯一人だ。


「偽名かい、魔水晶が名を偽るとはらしくねえ」

「神にも等しい上級森人を相手に真実の名を明かすなど自殺行為だ。名を呪われては敵わぬのでな」


 ダーナの織りなす運命は複雑に絡み合い、毛織物のように誰も知らぬ敷き布を編み上げる。

 これはマリアの運命ではない。これは俺の歩むべき運命だ。




LM商会のトレーラー店舗

 水陸両用車なので水中でもスイスイ移動できるぞ。普段は格納している水中移動用のスクリューと高圧式ゴムボートがどんな荒波をも乗り越える。

 別売りの空中移動用拡張パッケージを使用すれば空をも支配できるけど値段とランニングコストが高額なので購入を断念した経緯がある。社長曰く「あれは完全に俺に買わそうとしていた」とのこと。


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