一艘の小舟に立つ王
百余年前この地は血で血を洗う戦禍に包まれていた。シャピロの大災厄と呼ばれる遥か南の地で起きたモンスターパレードがきっかけで発生した民族大移動。それは食料を食いつくすイナゴの群れを駆除するがごとき陰惨な戦いの始まりであった。
流入する異民族を食い止めるために戦いが起こる。彼らを受け入れれば食料不足で国内が荒れるから関所で食い止める側も必死だ。難民受け入れなんて気軽にできねーんだよ。
そして生き延びるために余所の土地に流れてきた方も必死なので大きな争いになった。
「この陰惨な戦いで頭角を表したのが剣王クヌート。一介の剣士が争いを平定して王になったのである」
ギターでの弾き語りを終えると拍手が……
拍手が来なかった。エンターテイナーに対する配慮に欠けてね?
「最後の方が雑だったね。飽きたの?」
「肝心のクヌート王の人となりがわからなかったわね。知りたいのはそこなのよ」
やはりそこを突いてくるか……
「旦那、もしかして?」
「うん、覚えてない」
世界中の神話と英雄譚を網羅する俺であるがやっぱりそこはね。
ほら、ど忘れとかあるじゃん。仕方ないじゃん。
「すまねえ、昨日までは覚えていた気がするんだが……」
「忘れるタイミングがすごいわね」
「お嬢様、絶対もっと前から忘れていたよ」
「ですねー。むしろ最初から知らなかった説もありますねー」
うるせーナシェカ。最初から知らないなんてあるわけないだろ。
一艘の小舟の上に立つ剣の王がさっきから声を張り上げている。大げさな身振りをして千里先まで届きそうな大声をする姿は王ではなくまるで芸人だ。
「遠き地にある同胞よ、我が友ドルジアの末裔よ、剣王クヌートが相手をしてやろう。さあ我こそはと名乗りを挙げる勇者はおらぬか!」
あれだ、決闘したがっているわけだ。
時代錯誤も甚だしいとは言うまい。実際中央文明圏から外れたここいらはそういう世界観だ。名誉こそが男の勲章! 名誉なくして生きる意味などない! そういう世界だ。
もう何度めになるのか。それとも何十度目か。勇者を求める剣王さんがそろそろ飽きてきたようだ。
「むぅ、揃いも揃って腰抜けばかりか。つまらぬ連中だ」
そこは完全同意だわ。イース侯爵家は腰抜け揃いかよ。
とはいえアレが普通の人間に勝てる剣士ではないのも確か。うーん、とびきりの厄ネタだったのは覚えているんだがどういう人物だったか思い出せない。何しろアシェラから聞いた寝物語でな。俺ほぼ寝てたし。
甲板に出ているマリアに近づき、声をかける。
「おい、あんなことを言わせておいていいのか?」
「もう昔の私じゃないの。気軽に話しかけないでくれる?」
わぁ、反応が冷たーい。
だがマリアに余裕がない。理解しているってわけだ。あれは本気を出した俺やナシェカ級の怪物だ。人界にはたまにいるんだよ。ああいうやべーのがな。
マリアと側近が話し合っている。ラグナとかラムゼイだ。他は知らん。
「……あたしが行く」
「ここは俺に任せておけ。今のあなたでは敵わん」
「やってみなきゃわからない!」
そういう揉め方をしていたわけか。
別にあいつも一人だけと戦うとか言ってるわけじゃねーし、やりたきゃやらせればいいのにな。強い奴が行列でやってくるイベントなんてフェイなら大喜びだぜ。
「御身が名誉はすでに己一人のものではない。自重なされよ」
「あんたの言う賢明さなんてだいっきらい」
「しかし娘よ、あれは本気でやべーぞ。本当の意味で人ではない。おそらくは魔水晶か何かだ」
「あたしを信じてくれないの?」
「それを言われると困るな」
「任せて。それにあいつもあたしを知りたがっている」
マリアが甲板から大ジャンプ。小舟へと向けて飛び上がり、空中で華麗に剣を抜く!
抜刀一つとっても格好いいのがアイアンハート流剣術。マジで無駄な要素だけど格好いい!
「マリア・イース。参る!」
「これはまた威勢のいい! クヌート・アステリオン・フォマルハウトである。いざ尋常に勝負!」
マリアと剣王の剣が衝突し、衝撃波が水面を破砕する。
イース侯爵家の装備品もあるんだろうが基礎的な能力も随分と高い。水上という特殊なフィールドで戦いが成立しているのも両者の技量の高さによるものだ。
斬り結び、離れ、虚を突いて懐に潜り込む。まるでトキムネくんの闘法だな。何故か攻撃だと認識できなくて吸い込まれるように一撃貰っちまう技術だ。マリアめ、いつの間にか習得しているとはな……
あれは殺意も闘志も害意もない自然な心から放つ斬撃だ。だから攻撃だと認識できない。コップを掲げるような気持ちで人を斬るというサイコな技術だ。あの馬鹿野郎はアルザインの領域に踏み込んでるんだよ。意識してやってないから不安定だけどね。
炎のような闘志で攻め立てる剣王と自然体で攻め立てるマリア。主導権を握るために互いに回避と攻勢を繰り広げるシビアな戦いだ。
「強いな。少し目を離しただけでここまで強くなるのか」
「圧倒的な強者が遥かな高みから見下したセリフがこちらです」
「ナシェカよ、それは邪推だ。俺そこまで性格わるくねーから」
「でも絶対に負ける気がしない相手に言ってるわけだし?」
それは事実だが……
それを言い出したら俺だれも褒められないぜ。他人を褒めてイイ人ポイントを稼ぎたい。地位と金と女を手に入れた男が最後に求めるのはやっぱり名声よ。あ、やっぱ今の発言なしで。イイ人ポイントが下がる。
五分かそこいらかな。マリアと戦っていた剣王クヌートが小舟に降り立って剣を納める。
「お見事。善き剣を使う剣士よ、再び名を聞いておこう」
「マリア・イースだって言ったじゃん」
「あの時は覚えるつもりがなかった。許せ」
剣王が大声を張り上げる。
「マリア・イースの武勇に敬意を表する。イースの軍勢よ! これより先は我れが船頭を仕る。さあ共に戦場へ!」
剣王が櫂でこぎ始め、イースの大艦隊の案内をやろうとする。
面白い奴が三割。怪しい奴が二割。やべー奴が十割って比率で何か企んでそう。ジャンプで旗艦に戻ってきたマリアが養父のラムゼイさんに尋ねる。
「あれ、どう思う?」
「俺に聞かれても困るぞ」
すべての人を代弁するようにラムゼイ・アイアンハートがこう答えた。俺もとっても同意見。
あいつからはルーデットと同じく、人の心のわからない怪物の香りがする。
奴らは基本的に人の話を聞かないし自分のやりたいように人を動かすし、言うことを聞かないと殴ってくる怪物だからな。存在がほぼモンスターなんだよ。
◆◆◆◆◆◆
河の流れに身を任せてどんぶらこっこと河をくだる。まるでカルガモ親子の行進だ。艦隊の先を往く剣王の存在意義が不明だ。
河をまっすぐくだるだけなのに案内なんか要らねえんだよ!
旗艦レグザノーツに乗船する誰もが思っているだろう疑問を思いながらの船旅がちょうどお昼を過ぎた頃だ。
旗艦に異常を伝達する警鐘が鳴り響いた。
食堂からトレイを持ったまま甲板に出る。昼飯はスープパスタだ。しかし風味はうどんに近い。見た目と味が矛盾を引き起こしているがうまいのでよし。
警鐘を鳴らせるメインマストの見張り台へと上がる。水兵に迷惑そうな顔をされたが気にしない。
いい眺めだ。長かった大河の終わりとアバラシア海との合流地点が見える。そこには港町があって帝国旗を掲げる艦隊の姿が見えた。
剣王が何か言いだした。
「あれなるがアバラシア海の入り口、港湾都市ワイゲルトだ。さあ参られよ、戦場はこの先である」
陥落した痕跡がありありと残る港湾都市に上陸する。
俯いた人々の歩く町を抜け、だだっ広い平野をしばらく行った先が戦場であった。帝国軍とどっかの軍隊と、もっと別のおぞましい軍隊が三つ巴になって戦うひどい戦場であった。
こりゃひどい。帰った方がいいレベルだ。つか俺が指揮官ならあの姿を見ただけで撤退する。剣王クヌートめ、無事に帝国艦隊と合流できた時は親切な人かよって勘違いをしかけたがやはり狂人であったか。
つか艦隊と合流した時にイースの首脳陣がこの惨状を聞いていないはずがない。
俺も急いでマリアのところに行き、忠告する。
「撤退しろ。あれは無理だ」
「気軽にしゃべりかけてこないでくれる?」
「うっ」
反応が冷たい。何か怒らせたか?
心当たりはありすぎるくらいにはある。
「勘違いしないで。あたしはもうあなたのオモチャだったマリアじゃないの。あたしはマリア・イース。ファラお姉様の名代にしてイース全軍を率いる将軍よ!」
マリアが剣を掲げて叫ぶ。
「帝国騎士団本隊の救援に向かう。野郎ども、イースの旗に続けぇ!」
マリアが勇ましく出陣していった。そして残された俺はポエムを唄う。
あぁ無知とは何と罪深いのだろう。あぁ蛮勇はどうしていつも悲劇を生み出すのであろう。
仲間を助けたいという心が罪なのか。敵わぬ敵を前に立ち向かう勇気が罪なのか?
悲しみを想い、せめて生き延びた俺らだけでも学ぼう。
「アーザードの亡霊旅団を見たら全力で逃げろってイースの人達が知らないわけないと思ったんだがな……」
うん百年も人界の戦場をさすらうアーザードの亡霊旅団の危険度はね。計り知れないレベルでやべーんだ。




