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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 レミングの進軍
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おもいで

 諸侯とイースの話し合いが終わるのを安酒場で呑みながら待つ。待つ時間はいやに長く感じられるというが、商売のアイデアをナシェカと話し合っているのでむしろ短く感じた。


 日が暮れる頃になってようやく親父殿とバートランド公が戻ってきた。太守府に向かう前にこの酒場待ち合わせと伝えておいたおかげだ。

 パブに入ってしばらくしてから降り始めた小雨の町にやや濡れたようで、肩の雨水を払い落としている。


「やあ参ったね。強くなってきた」

「ご店主、温かいビアをくれ。四人分だ」


 体が冷えた時はビールを温める。不味いと思うだろ? これが意外と悪くないというか一度試してもらいたいね。もちろん炭酸のないエールでやってほしい。酒とご飯を一緒に食べるという人は案外嵌ると思う。


 店主のおっさんが小鍋でビールを温め始める。ヴァルキアの下町の安酒場には魔導コンロがある。元々はかなり栄えた独立都市だったからそのなごりだ。もっと古い時代には近くにダンジョンがあったのかもしれない。


 親父殿たちが俺達のテーブルに着く。三人掛けなので椅子は一つ近くから引き寄せておいた。


「親父殿、話し合いはどうなった?」

「概ねうまくいった。政務修行中のマリア嬢とアルヴィンではな、はっきり言ってイジメを見ているようで気分が悪かった」


 交渉においては経験の差は大きい。若さが戦士の強さを支えるようにな。

 だが冷めて固くなった肉まんじゅうを食べるバートランド公は首を振る。


「ファウルにはそう見えたか……」

「そう見えたが。実際こちらの要求を必要分は通せたじゃないか」

「それはイース側の思惑とかち合っただけさ」


 公が険しい顔をする。非難や叱責に似た雰囲気だが公ほどの男がやるんだ、俺から情報を引き出そうとしてのパフォーマンスだろ。


「教えてくれリリウスくん、彼女は精神操作系の異能持ちだね?」

「似たような異能も付属しているというだけの、俺ら通常の個体とは異なる超存在ですよ」

「はっきり言ってほしいね」


 あれ、これマジで怒ってない?


「怒らないでくださいよ。情報が欲しければ金を積んでください」

「幾らだね?」

「じゃあここの支払いは公持ちということで」


「なんだい、きちんと話してくれるつもりだったんじゃないか」


 ガーランド閣下の教え其の一、情報をタダでやるな。善意のつもりであろうと情報の信用がなくなる。

 これを伝えると公が何とも言えない苦みの表情になった。


「イジワルに聞こえましたか? あなたの息子の教えですよ」

「そうか」


 ようやく運ばれてきたホットビールと幾つかの温かいおつまみ。サービスかな? 間違いなく料金は取られると思うが気の利いたマスターだ。やっぱり下町の酒場はこういう目端の利くところがいいよね。

 余計だったかな?っていうお茶目なウインクをしてきたマスターには親指を立てて笑顔を返しておく。いい店だ、暇があればまた来たいね。


 無言になった公がちびちびとホットビールを飲みながら……

 ぽつりと口を開く。


「それはね、むかし私がガーランドに教えてやったんだ。随分と昔だ、あの子がまだ三つや四つの頃に一緒の場にいる気まずさを誤魔化すように適当にしゃべってやった教えの一つだ。まさか覚えていたとはね……」

「そうでしたか」


 それが回りまわって俺へと届いた。

 きっとナシェカやルーリーズ、プリス卿のような閣下を慕う人達の下へも。親子が血と血で繋がりまた我が子へと血を繋ぐように、知もまた同じように人から人へと受け渡されていく。


 このように伝えてから、俺からも一つくらいは苦言を吐いておくか。


「公、あなたが顧みなかった方は俺やナシェカにとって尊敬する恩師でした。公がどのような態度を取るにせよ、俺達に親身に接してくれるのだとしてもそれだけは覚えておいてください」

「あれは愛されていたのだな」

「愛する? ご冗談を」

「だねー、巨大な目の上のたんこぶだよねー」


 あのドケチのタフガイを愛せる人間がいるわけがない。強く賢くドケチで料理も掃除も何でもできるスーパーマンだ。閣下には誰もついていけない。自分勝手に一人気ままにやりたいことを楽しそうにやってるスーパー自己中マンだ。

 こっちがやりたいことをやろうとするにはあの人をどうにかしないといけない。俺達の頭上で高笑いをしながら俺達の頭を巨大すぎる腕でがっしり押さえつけてる悪の首領だ。


 公がぽつぽつと閣下との思い出を語りだす。俺達は内心で「だれ?」って思いながら聞いている。

 あの男にも可愛い子供の頃があったとはな。驚きしかないぜ。



◆◆◆ガーランドside◆◆◆



 冷気の霧が漂う海域。凍りついた海はすべての命が息絶えたかのように静かだ。

 波濤の形のまま凍りついた波。霧の浜辺。凍りついた海を割って浜辺へとあがる男がいる。その脇には気を失った女性を抱え、歩む足つきは疲労で重たく巨獣の足音のようだ。


「……撒いたか」


 男の口から冷気が漏れ出す。その身は冬の化身である。いかなる冷気も高熱もその身を脅かすことはないが、抱える女性はそうはいかない。


 神竜化の肉体を囮にして海底に潜んでガレリアをやり過ごすにしてもラストのことを考えればいつまでも潜むわけにはいかず、静かにゆっくりと陸地を目指して歩いてきたのだがどうやら無事に逃れられたようだ。


 夜の浜辺からは森が見える。洞窟か何かに潜み、火を焚き、彼女を温めて仮死状態から蘇生する。手順を考える内にその明晰な頭脳は低い成功率を暴き出したが今はどうでもいいことだ。

 必ず蘇生させるのだから成功率など関係ない。

 失敗は念頭にない。成功だけを欲するなら必ず成功させるのだ。


(この植生は随分と南方のものだな。生き延びるには都合のいい環境だ)


 ドケチは何事も前向きに考える。ドケチだからだ。


 森に踏み入り、大きな魔物の足跡を辿って洞窟を目指す。でかくて強い魔物には洞窟を占領するちからがある。

 今は生き延びるために行動する。その先のことはまだ考えずともよい。


 これは昨年秋頃の出来事だ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まぁ…死んでる訳無いとは思いつつも気にはなるよね… 生きてるどころかラスト姉さんも守り抜いてる辺り杞憂だったわ… [一言] 最近怒涛の更新お疲れ様です。 そういえば感想送ってなかったなと思…
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