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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 レミングの進軍
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イース vs 詐欺師のおじさん

 旧ヴァルキア太守府。つまりは丘の上の古城は現在クリストファーの所有物だ。今そこで諸侯の中でも大きな軍閥の代表だけが呼ばれ、イース侯爵家の人達と話し合いをしている。

 俺とナシェカは市内のパブでその結果を待っている。デブ? 娼館でお楽しみだよ。


「ラグナ・イースがいたな」

「いたね」


 説明しよう! ラグナ・イースとは追加エピソード『革命の青き薔薇』に登場する新キャラだ。

 イース侯爵家に迎えられたマリアを厳しくも支え、教え導く指導教官ラグナ・イース。甘いマスクと超絶の戦闘能力。日本刀を使って戦うタイプの剣士でマリアの側近なのだ。


「髭面のおっさんもいたろ。あれか?」

「うん、極北の剣聖ラムゼイ・アイアンハート。青の薔薇の銀虎卿だね」


 強そうな奴は見ればわかるというがそれはアホの意見だ。

 実際に戦わずにわかるのは強そうな外見をしているとか魔法力の多さだけだ。だがラムゼイ・アイアンハートは確かに強い。おそらくは太陽の王家の血統スキルホルダーだ。


 他の護衛も明らかにやばい。見た顔も何人かいた。イース海運の警備部の連中だろうな。数なら諸侯軍の方がはるかに多いが、英雄級の個の数はイース侯爵家単体で諸侯軍六万を凌駕している。

 表現としては嫌な形になるがイルドシャーンの英雄の兵団と似たレベルの存在感だ。


「ド田舎の国の一貴族に数えるのが不遜になるような場違いなイースのお出ましで、偉いはずの諸侯の方々も緊張しているんだろうな」

「そりゃあね。公式ではないけど太陽の王家の分家のようなものだし」


 世界一の超大国サン・イルスローゼの分家にして落ち目とはいえ世界一の大財閥だ。正直ドルジアの貴族なんか虫けらに見えてるだろ。


 イース侯爵家は世界各地に支部を持つ事情もあって対外戦争には出てこなかった。帝国からの要請に応じたことは一度もなく、また帝国もイース侯爵家を恐れて要請などしなかった。精々が戦勝祝いの席に参加して祝辞を述べるくらいのもんだ。

 それがまさかの参戦だ。その理由がクリストファー皇子との友諠によりときたもんだ。


 帝国のいかなる権力にも目もくれなかったイースを動かしたクリストファーの権威がますます高まるねこりゃ。


「しかしマリアのあの姿には噴き出しそうになった」

「わかる」


 無印の春のマリアでは天真爛漫な元気娘だったマリアだがエピソード・オブ・ブルーピリオド(原題)では闇落ちしたようなキービジュアルで登場する。

 おいおいおい、マリアちゃんに何があったんだよ!って言いたくなるようなマリア・オルタなビジュアルとクールで冷たい眼差し。相変わらず存在するオモシロおかしい三択の三番目。


 実際に見ると以前とのギャップで笑いを堪えるのに必死だったぜ。


 まとめるとだ。イースの参戦は多くの人からすれば予想外。しかし俺達からすれば想定の通り。追加エピソードだ。

 とはいえ何かするとバタフライ効果的に変化するからなあ。程々の目安止まりだな。


「これで春の大攻勢が本格的に始まる。俺達のやるべきことはわかっているな?」

「もちろん!」

「戦争特需で大儲けするぞ! LM商会の再始動だ!」


 戦争って儲かるんですよ。ええ、本当に儲かるんですよ。

 今日は生き延びた、だが明日はわからない。という兵隊の心は刹那的な享楽を求めて嗜好品や娯楽品の需要が超高いんですよ。それこそボッタクリ価格でも馬鹿売れするレベルで。


 俺はどっかの守銭奴ドラゴンやその師匠とちがって金を集める趣味はない。

 だが他人を出し抜き、欺いて誰よりも大きな勝利を得る快楽は存在する。こんな楽しそうな状況で指をくわえて見てるだけなんて無理だね。


 ガーランド閣下見ていてください! あなたの弟分の圧倒的な蹂躙を! クケケケ、見せてやるぜ、俺の全霊にして集大成をな!



◇◇◇親父殿side◇◇◇



 イース侯爵家との会談は旧ヴァルキア太守府で行われると一方的に通達され、大勢でぞろぞろと向かってみれば……


「イース候ファラ様の名代マリア・イース閣下は五名までとお会いになられます」


 ときたもんだ。

 これに諸侯が憤慨した。


「では他は帰れと抜かすか!」

「我らを愚弄するつもりか!」

「マリアなどという聞いたこともない小娘が我らに対してこの態度、イースはそこまで増長したか!」


 このような有り様で正門を守護するサドラー・イースと揉めている。


 だがイースは怯まない。小蝿の羽音を不愉快に感じることはあっても、「では好きにせよ」と譲歩する人がいないようにサドラー・イースは君命を曲げない。


「増長だと? では貴様らの態度は何だというのだ。イースに向かって大声を張り上げ、あまつさえはファラ様の名代たるマリア様を罵倒する貴様らは何者だというのだ!」


 サドラーの剣幕に諸侯も怯む。だがそれも仕方ない。イース家のサドラー・バリス・イースといえば前当主レグルスの腹心。イース侯爵家の家中でも有数の英雄級剣士だ。

 何より極めて好戦的な剣士で、イースに楯突いた者が敗北の後に命乞いをしても構わず斬り殺した逸話で有名な男だ。人斬りサドラーとは誰が言い出した異名であったか。


 憤慨する諸侯よりも少し離れた後ろで事のなりゆきを観察していたバートランド公がため息をつく。


「やめよう、我らとてイース候と揉めに来たわけではないんだ」

「だが公よ! イースの横暴を一度許せば奴らはつけあがり次もその次もこのような態度でくるぞ。公はこんな関係の常態化を許せと言うか!」


「そんなこと一言だって言ってないだろ? だが仕方ないじゃないか、私達は話し合いにきて、マリアさんは五人までにしてとお願いしてきているんだ。若い子なんだから大勢のおじさんの相手なんて怖いのさ。ここはおじさんの度量を見せてあげるところじゃないかな」


 バートランド公の得意技である論点のすり替えが発動した。

 イースの一方的な要求をお願いと言い換え、その理由を怖いからと己らにいいように解釈してみせ、自分たちがその未熟さを許してやるのだとした。


 顔を見合わせる諸侯もそれが欺瞞であると気づいている。しかし話し合いが必要なのも事実であり、揉めて決裂する不味さも理解している。


「五人も必要ないよ。ここは私とファウルに任せてくれ、きっと良い話を持ち帰るよ。たぶんだけどね?」


 激高していたザクセン公が水をかけられたように冷静になる。イースの態度には腹が立つ。しかし今はのどから手が出るほど船が欲しいのを思い出したのだ。


「公がそこまで言ってくれるのなら任せてもよい。皆もよいな?」


 諸侯が頷き合う。帝国一の策謀家と剣士になら任せられると判断したのだ。

 中には内心イースと揉めずに済んでよかったと安堵している者もいる。


「ではサドラーくん、案内を頼むよ」

「相変わらずな人を食った方ですな」


 サドラーが呆れた調子で肩をすくめる。

 バートランド公の人と成りは以前も今もこの調子で、人を騙したり陥れたり調子を狂わせることに喜びを感じるド外道さんだ。


「ですが一つ警告を。この場を治めるためであったとはいえマリア様への愚弄、この耳が聞き逃すこと二度目はない」

「心に留めておくよ。さあ君は君の仕事をしたまえ。私も私の仕事をしなくちゃいけない」


 サドラーの案内で太守府を歩いていく。鼻歌まじりだ。余裕だ。

 ともすれば人の神経を逆撫でにするこの態度をバートランド公は天然でやっている。演技や演出ではなく天然で人を小馬鹿にしていて、余人は勝手に調子を狂わせる。


 ただ存在するだけで畏怖と畏敬を集める厄介な怪物、それがアルヴィン・バートランドという男だ。……という事実を知っているファウルは努めて無視を決め込んでいるサドラーの背中に黙って謝っておく。

 うちのアルヴィンがすまんってやつだ。


 通されたのは太守の間。大理石の敷かれた冷たい部屋には玉座が一つきり。客人への気遣いは存在せず、ただ王とそれ以外の者だけに分かれる場所。

 ここに王冠を戴かぬ女王がいる。足と腕を組んで玉座に浅く座り込むマリアと、その傍に立つラグナ・イースだ。


 さすがのファウルもこの扱いはどうかと思った。というかちょっと怒った。


(さすがに椅子も無しというのは問題がある。諫めてやるべきか……)


 マリアとは知らぬ仲ではない。まさかイースのお嬢さんだとは思わなかったが一緒にディナーを食べたこともある。

 だから大人として「如何なイースと言えどこれはひどい」と窘めるべきだと思ったが……


 バートランド公が臣下が膝を着くべき場所にどっしりとあぐらで座り込む。


「まずは話し合いの席を設けてくれたことに感謝を。改めて名乗らせてもらうよ、アルヴィン・バートランドだ」

(あぁそう、気にしないのか。いやだねえ、俺だけ恥ずかしい大人になるところだった)


 バートランド公の権威を守るための注意のつもりが本人がどうでもいいと考えているのなら、それは本当にどうでもいいことだ。少なくともファウルが無理して固守してやる道理はない。


 アルヴィンがぺらぺらしゃべってる。軽薄な詐欺師も同然のしゃべりっぷりだ。


「僕のことは覚えていてくれたかい?」

「ええ、以前はカジノで会いましたね」


「嬉しいよありがとう。でも不思議だね、あの時キミはアイアンハートと名乗っていたけど?」

「それは今からする合議に関係ないでしょう?」

「そうだね、じゃあ肝心の話をしよう!」


 バートランド公とはこういう男である。


「集結地に集まっている五万二千の兵をヴァルキア大運河の先にあるマウアー湖東岸まで持っていきたいんだけど僕らにはいま船がなくてね。イースの艦隊に同乗させてほしいんだ」

「六万四千ではなく?」

「やあ耳が早いね。到着から三時間と経たずに情報収集は済んでいる、いや、協力者がいるのか」

「このくらいは三時間もあればわかります」

「かもしれないね。だがほんの三時間前の軍議の内容は知らなかったわけだ」


 呼吸するように煽る。これがバートランド公アルヴィンだ。


「運んでほしいのは五万二千だ。残りはヴァルキアの防備に回す」

「わかりました。他に欲しい援助はありますか?」

「え、いいのかい?」


 バートランド公がすごく嬉しそうだ。彼は本当にこういう男なのだ。


「いやあ、厚かましいかと思って遠慮していたんだけどそっちから言い出してくれるとは思わなかった。本当に助かるよ」

「内容次第だ」


 ここで副官のラグナ・イースが口を挟んできた。

 マリアではバートランド公の相手は荷が勝ちすぎていると踏んでの差し出口だ。ここでバートランド公が初めて、この場に入ってから初めてラグナに気づいたような顔でまじまじと顔を見始める。


「おや、君は誰だい? 僕とマリアくんの会話に交ざってもいい人なのかな?」

「名乗る暇も与えなかったくせによくも抜かす。お前は相変わらず悪童のままか、それも極めて性質の悪い」


「……どこかで会ったことが? 僕は一度顔を見た相手を絶対に忘れられない体質なんだけど君と会ったことはないね」


「ラグナ・イース。マリア様の副官だ」

「いや、やはり知らない。君の名前はイース27家のどの家系図にも存在しない」

「私は庶子だ。紳士名鑑には記載がない」

「ふぅーん、まぁそういうことにしておこう」


 ラグナへの興味を秒で失った公がマリアに微笑みかける。……表情のひきつってるマリアはすでに公に苦手意識ができてきている。


「援助するかしないかは内容次第ってことだね?」

「ええ、無理を聞いてあげる理由はないので」

「では一つ一つ挙げていくから援助してもいいか考えてほしい。イースの艦隊に同乗させてもらうという話だったけど、プラスで軍艦を二隻貸してほしい」


 公がもっともらしい理由を並べ立てる。

 まず負傷兵をヴァルキアに送り返すために使いたい。またヴァルキアから補充兵を動員するのにも使いたい。


「返礼としてイースの戦い前線に略奪した糧秣をこの船を使って届けよう。もちろんこの返礼はただ一度きりなんて話ではない。要望がある限り応えよう」


 条件を呑ませるためにメリットも用意する。それもこのメリットは条件を呑まねば差し出せないものだ。


 返答に悩むマリアにラグナが口添えをする。


「返礼も込みでお受けになってよろしい。オーグ級軍艦二隻を与え、ただしこちらが要求した量と速やかな運搬を確約させるのが条件だ」

「わかりました。軍艦を二隻都合します。ただしこちらの要求と速やかな運搬を確約してください」

「量に関しては可能な限り尽力するとこの段階では言わざるを得ないが運搬に関しては確約できるよ」

「ではそのように」


「次はね、イースの超長距離通信網の使える部隊を一つ貸してほしい。これはマリアくんとの連絡用だ。理由は言わなくてもわかるね?」

「はい、先の援助にも絡む内容ですので」


「ありがとう。それと一日一度は連絡を取り合ってこちらとそちらの状況を報告し合うという合意もしたいね。もちろんマリアくんの気を煩わせるつもりはない。代理の者にでも気軽に報告させてほしい」

「わかりました」

(本当に下っ端を使って来たら言い包めてあれこれ聞き出そうって腹積もりか。まったくよくよく小知恵の回る……)


 バートランド公がぺらぺらしゃべる。独壇場だ。オンステージだ。

 聞いた限りではうまい話に聞こえるような時ほどラグナが注意を促し、言いなりになりそうだったマリアを正気に引き戻すシーンも何度かあった。


 まぁなんだ、マリアではバートランド公との交渉は荷が勝ちすぎているのだ。

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