表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 レミングの進軍
277/362

省略されなかった旅路③ いつもニコニコ大悪党

◇◇◇ロザリアside◇◇◇



 ヴァルキア市郊外にある諸侯軍の集結地に煮炊きの煙が立ち上る。たくさんの天幕と巡回する物々しい見張り。そしてご飯の良い香り。

 夕暮れの空の下に広がるたくさんのテントの群れがここ最近ロザリアの目に映るものだ。


 最初のうちは物珍しい光景に見えて情緒溢れる光景だと感じていたが、三週間も経てば殺風景ねえって感じてしまう。

 まったく人間なんて贅沢な生き物なのねと笑えてしまうのがロザリアという少女の持つ寛容さだ。皮肉屋とも言えるかもしれない。


 海上では今も帝国各地からの援軍を乗せてのピストン移動が行われている。

 計画よりもだいぶ遅れているのにまだ諸侯の集結が遅れているので、父であるバートランド公の率いる軍もここで足止めを食らっているわけだ。


 父と雇われ将軍のファウル様はまぁ軽く笑っていた。


『何事も机上の空論のとおりにはいかないよ。何しろほら、私達はこの通りの烏合の衆だ』

『公軍の務めは烏合の衆の取りまとめだが、兎にも角にも集まらないことには話にならない。どっしりと構えておきなさい、未来のバートランド公ならこいつのようにね』

『私が落ち着いているのはね、キミに丸投げしているからだよ』


 父もファウル様もガハハと笑っているので兵はみんな明るい顔をしている。帝国においては建国戦争以来の大戦争を前にしても兵が安堵できるのは、将帥がどっしり構えているからだ。末端の兵は将帥の顔で危険度を計るとはパインツ先生の教えだったか。


 とはいえどこもかしこもどっしり構えているわけではない。

 諸侯の中には頻繁に伝令を走らせている陣営もあるし、鼻息荒く先に出発してしまった軍もいる。


 諸侯でさえこれなのだ。これが初陣という諸侯の子弟ともなれば集結地にあっても訓練に精を出している。ロザリアも不安を訓練の激しさで紛らわせようとする気持ちはわからなくもないが、これの乗じて訓練を始める気にはなれなかった。

 どっしりと構えることの大切さを諭されたばかりで短慮に走るのはどうかと思ったのだ。


 だからロザリアはいつものように小高い丘の上にのぼってボケ~っと集結地を見下ろしている。これがどっしりなのかは不明だが、ずっと天幕の中にいるよりは気分がよい。


 だから彼女がこの噂を聞いたのはただの偶然。運命のダーナの賽の目ひとつだ。


「デュラハンの鉄馬車ぁ~~?」

(デュラハン?)


 何ともスットンキョウな声に振り返れば小高い丘の上に立つ歩哨たちが暇つぶしのように会話をしていた。


「何だよ知らねえのかよ、今すげえ噂になってんぜ」

「知らねえ。どんな噂だよ」

「へへっ、面白いぜ」

(面白いんだ)


 ロザリアが思い浮かべるデュラハンは恐ろしいアンデッドだ。冥府の王デスの御使いであり、夜を旅する旅人の前に現れて魂を持っていっちゃうやつだ。

 しかし鉄の馬車を駆るデュラハンはそんなチャチなやつではないらしい。


 あちこちに出没しては各地の軍を撃破する過激なデュラハンだ。ベヒモスの鳴き声のごとく「ぶおおお!」って叫びながらものすごい速さで疾走し、正面にあるものは何だってなぎ倒すらしい。


 とある国では市街地のメインストリートで戦闘を始めた挙句騎士団を壊滅させて高笑いをしていたそうだ。


(えっ、デュラハンって笑うの?)


 さらには美人で有名な王女を捕まえてエッチをしようとしたが雌デュラハンが怒り出して同士討ちもやらかしたらしい。


(メス・デュラハンなんているんだ……)

「マジかよ、雌デュラハンなんているのかよ!」

「マジだ。めっちゃ美人らしいぜ」

「マジかよ、デュラハンでもいいから一発やりてえな!」

(えっ、アンデッドと!?)


 ロザリアも驚愕の兵隊の性事情である。いや冗談なのにロザリアが本気で信じてしまっただけだ。


 与太話が続く。デュラハン同士の痴話喧嘩で王城ががれきの山と化し、逃げるように去っていった鉄の馬車のデュラハンどもは北に行ったり西に行ったり南に行ったり、さながら不安定な台風のようなデタラメな進路を取りながらこっちに近づいているらしい。


(何だかヘンテコなお話ねえ。まあ噂ですもの、みなさま暇なんでしょ)


 って納得した時だ。

 遠くから変な音が聞こえてきた。巨獣の唸り声みたいな音がどんどん近づいてくる。何かと思って丘から顔を出せば、見慣れたリリウスのトレーラーが草原を驀進してくる。


 もちろん兵隊どもはとっくの昔に大声をあげて逃げていった。彼らの理性を信じるなら怪しい車両の接近を報告しにいったのだろう。


 トレーラーの助手席から顔を出した男が身を乗り出して……


「お嬢様ー!」


 なんて言いながら手を振るものだから、ロザリアも嬉しくなって駆け寄っていった。

 ナシェカはどうしてロザリアに向けてアクセルを踏むのか……



◇◇◇◇◇◇



 俺の目の前でナシェカが正座している。いや、俺が正座をさせている。不貞腐れているらしいナシェカ君の態度は最悪だ。


「ナシェカ君、君はどうして正座されられているのか理解しているのかね?」

「はーい、わかりませーん!」

「よろしい。反省してないね」

「何のことだかわかりませーん!」


 ちなみにナシェカの罪状は公爵令嬢殺害未遂だ。俺が慌てて止めなかったら普通に轢いていた。

 そして当のロザリアお嬢様は涼しい顔して紅茶を嗜んでおられる。謎の心持ちだ。どんな心境なのか理解に苦しむ。


「お嬢様も怒った方がいいですよ。こいつは完全に殺る気でした」

「えー、冗談だってばー。だいたい本気で殺る気ならあとでこっそり殺るもん」

「反省しろぉ!」

「いいのよ」


 え、いいんすか?

 全然よくないですよ。ナシェカの実力なら本当に殺されちゃいますよ。超強化したロザリアお嬢様でも技量面で八段落ちくらいしてるからあっさりと負けると思う。


 しかしマジでよさそうだ。澄ました顔して紅茶を飲んでいる。


「いいのよ。わたくしナシェカさんの気持ちもわかるもの」

「ご自分を殺そうとした女の気持ちを?」

「ううん、嫌がらせをしたくなる気持ち。結婚するほど好きな殿方が他の女の方を向いたら、お相手を憎らしいと思うのは当然ではなくて?」


 この瞬間俺を貫く特大の衝撃は落雷のショックに似ている。

 この人マジで乙ゲーの悪役令嬢なんだなっていうショックだ。恋敵にチンピラをけしかけてレイプさせる人なんだなって強く確信したわ。はーい、そのチンピラは俺でーす。


 お嬢様が不貞腐れているナシェカを見下ろす。穏やかな微笑みだ。


「だから先に謝っておくわね。ごめんなさいナシェカさん、今はこういう情勢ですからリリウスと協力したいの、そんな事情で今後も接する機会が多くなると思うけど心配はなさらないで。あなたの大切な旦那様を取ったりしないわ」


 公爵令嬢らしい気品に溢れた態度だ。

 だからか、そういう理由なのかはわからないが気圧されたみたいにナシェカがおずおずと呟く。


「……いいのですか?」

「何がでして?」


「ロザリア様が私の気持ちをわかると仰いますように私もロザリア様のお気持ちを察する程度はできます。よろしいのですか?」

「いいのよ。だってわたくしはもう諦めたもの」


 なんの話をしているのか。ばかな俺でもさすがにわかる。

 俺が口を挟むべきではない話だ。この御方には触れぬと決めた俺にはな。


「この子が結婚するという時にわたくしは何もしなかったわ。ファウル様の勘違いなのはわかっていたし、どうせ呆れられるのが嫌で言い出せないだけなのでしょうとタカをくくって見ていたわ。……本当はね、勇気がなかったの」


 お嬢様が何でもないことを話すみたいな仕草で首を振り、ナシェカに向けて穏やかに微笑む。

 その表情には諦めた人だけができる達観があった。


「あなたを尊敬します」

「ロザリア様はずるいです。そんなふうな態度をされたら何も言えません」

「ええ、わたくし本当はずるい子なの。普段は隠しているのよ? ねえナシェカさん、わたくしとお友達になってくださいます?」

「はい、今のロザリア様となら仲良くできそうです」


 二人が美しい友情のハグをする。

 一つ思ったのは、今この状況を針のむしろっていうんだろうな、っていうどうでもいい感想だ。


 はぁー、お空きれい。



◇◇◇◇◇◇



 バートランド公の天幕は見事なもので地面には絨毯が敷き詰められ、簡易寝台とは思えないほど寝心地の良さそうなベッドまである。

 一個の天幕の中でありながらパーテーションで仕切られた贅沢なそこで夕餉をごちそうになってるのがナウ。


 いつもニコニコの悪い大人が初手からこう切り出してきた。


「君の活躍は耳に入っていたよ」

「はいぃ?」


 活躍っていつのだ?


「諸王国同盟やワーブル王国のあちこちで大暴れだったそうだね。鉄の馬車を駆るデュラハンの名で広まっていたからすぐに君の仕業だとわかったよ」

「そ…そんな噂になってましたか」


 この集結地に合流するまでがけっこう大変だった。大陸交易路から外れた途端にモンスタートレーラーじゃ通れない小さな道やボロい道が各所にあって引き返したり横道を試して失敗したり。

 ヴァルキアを目指していたはずなのに見当違いの方向に行ったりと大変な旅だった。


「これもプリス君のご差配かな?」

「へ?」

「あぁうん、どうやら深読みをしたらしい。忘れてくれたまえ」


 と言いつつも楽しそうに笑っているのがバートランド公だ。


 いつもニコニコ大悪党ってのが俺の中の公のイメージだよ。何しろ怖すぎて公と揉めた貴族が自宅でひっそりと首を吊るレベルだ。遺書はだいたい謝罪らしいぜ。


「深読みですか、公にもそんな時があるんですね」

「はははは! リリウス君に関しては外しっぱなしだよ!」


 褒められてるのかな?

 親父殿チェックは……よし褒められた。しかしロザリアチェックは褒めてない。どっち?


「リリウスくんはそれでいいんだよ。一番厄介な駒は動きのわからない駒さ。君のトリックプレイは一級品だ、今後も常識的な行動を忘れて大暴れしてほしい」

「余所の息子だと思って好き勝手言うもんじゃない。ったく、もう少し常識を弁えてくれねば俺の胃に穴が空くぞ」

「おっけー、すぐに開けてやる!」

「開けたいわけではない! このバカモンが!」


 親父殿に怒鳴られたがまぁ親子の冗句の範囲内だ。俺がふざけてるだけってわかってる顔だしね。


 公が指でテーブルをタンッと叩く。今から重要な話をするからよく聞きたまえよっていう昔からの仕草だ。


「リリウス君の戦力は貴重だが縛り付けては強みが削がれる。君は放し飼いの方がたくさんの戦果を挙げる猛獣だからね」

「お父様、言い方」

「すまない。でもとても分かり易い表現だと思うんだ。リリウス君には盤上ではなく盤外にいてほしい。きっとね、そこからでしか見えない景色があるよ?」


 挑発的でありながら俺を尊重してみせて、さらに言えば教育的だ。

 まったく普通の大人とはレベチで頭のイカレた御方だぜ。俺をいいように操ろうって奴なら何人もいたが俺に好き勝手にやらせようって奴はアシェラ神くらいのものだと思っていたぜ。


「俺は好きに動いてよろしいので?」

「よろしい。だって君は操ってはいけない駒だからね」


 公がニッコリしながらそう言った。

 まったく愉快なことだ。だから好きですよ公。あんたは俺の価値を知っている男だからな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ