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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 レミングの進軍
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省略されなかった旅路② 災厄をもたらす鉄の戦車

 明日出発するよって言ったらまずプリス卿が……


「途中まで送ってやるよ」

「仕事しろ」


 美女ならともなくプリスのあんちゃんがついてくるのは罰ゲームだろ、イラネーという気持ちで断った。


 明日出発するよって伝えたら今度はアンヘルが……


「タジマールまで送ってやるよ」

「別にいいのに」

「よくない。つかそんくらいさせろよ兄弟!」


 タジマールではリリアが……


「現地まで護衛してあげようか?」

「みんなは俺らが新婚旅行中って覚えてる?」


 気の利かない連中だとは欠片も思ってないがね。どうしてみんなしてついて来ようとするのかと苦笑は出てくるけどね。


「でも嬉しいよ。みんなっ! また会おう!」


 タジマール城塞を出立したトレーラーは南の平野を驀進する。モラン公国国境ではざわつかれたが素知らぬ顔で通した。

 慌てて出てきた偉そうな軍人さんからナシェカがビビられてて、腰抜かしてたけどナシェカちゃん何やったの? 僕はね、キミの旦那さんだからすべてを知りたいよ? んんぅ?


「おい、何をやらかした?」

「ナシェカちゃん、しらない!」


 嘘をつくな嘘を。あんなに偉そうな将軍級軍人さんが顔を見た瞬間ケツから転んで「はひぃ~~! きっ、貴様はぁ~~!」なんて奇声を発してんだぞ。

 何を! やったの!


「別に、ただの威嚇射撃だったし……」

「威嚇射撃で? じゃあこいつらは俺の想像を越えるレベルの腰抜けなのかよ」


 これが煽りに聞こえたらしい。

 将軍さん(仮)がナシェカには絶対に視線を向けようとしないのに俺には強気に食ってかかってきた。


「威嚇だぁ~~? 我らがパラス砦五百の兵を焼き殺しておいて威嚇だとぉ~!」


「どうもうちの妻がすみませんねえ」

「謝って済むか! 貴様ぁ、あんまり舐めた態度でいるとこちらにも考えがあるぞ!」


 夜襲をかけてきた側にしてはやけに高いところから言ってくるもんだ。


 人はなぜ争うのだろう? 人はなぜ己の罪から目を逸らして人に石を投げられるのだろう?という哲学的な主題を心に対処を行い、騒がしかった国境の砦が秒で静かになった。……ええ、デスパレード・オーバーデスを使いましたとも。

 タラント市とタジマールにも被害が出ているのに一方的に被害者ぶる奴は嫌いなんだよね。会話にならないから。


 大陸交易路に沿ってモラン公国を南下する。公都の付近を通り過ぎた頃から追跡者が付いた。騎兵の三個小隊だ。

 かなり離れた位置取りを保ったまま追跡してくる。仕掛けてくる気配はなく、その目的は監視に留まるのだと思われる。

 好感の持てるやり方だ。俺に意味のない殺しをさせないでくれる奴とはトモダチになれる。


 トレーラーを止めて外で野営をやっている時に接近してきたのは、少し緊張したね。

 それでもモラン公国は無事に抜けられた。ここからはドゥラム軍国だ。


 小高い丘にある関所を抜けるとバードビューが広がり、低地に広がる入り江のある港町や稜線の光景がじつに綺麗だ。


「へえ、綺麗なもんだ」

「ほんとだねえ」


 なぜ君は初めて来た的な反応をするのかねナシェカくん。ドゥラムは初めての俺に説明してくれたまえよ。


「ドゥラム軍国は歴史で言えば浅いまだ建国120年くらいの国だね」

「へえ、有名な国なのにそうなんだー」


 それは教科書で知ってるけど驚いたふりをするのも男の甲斐性だ。

 ここで大して詳しくもないくせに小さな見栄を張って知ってる空気を出すようだと、女から「こいつ何なん?」ってヒンシュク買うから気をつけてな。わりとな、いるんだよ、やっちゃう奴。女の側も大抵はそういうの見抜けちゃうからこっそり幻滅されてるんだよな。


「軍国の名の通り軍事力にちからを入れる形での国家主導の海上貿易船団が有名だよね。海上での軍事的影響力はドゥラムの独壇場。まぁドゥラムだけじゃなくて沿海州加盟国全部がそうなんだけど、帝国の商船や哨戒艇を徹底的に叩いて内海から帝国を追い出したんだ。まさに不倶戴天の敵同士って感じ」


 ナシェカくん僕はね、観光地とか名産品とか美味しいものが知りたいのだよ。

 どうして軍事情報に偏るのだね。さては君も新婚旅行だって忘れてるね?


「名産品は?」

「魚介だねえ」


 んなの見ればわかるんだよ。


「あとはそうだなあ、真珠とか?」


 浅い! 観光方面の知識が浅いぞこいつ!


「ねえ、ナシェカちゃん綺麗な真珠のカフスが欲しいぃ~」

「いいぜ、せっかくだしお揃いのを買おう」


 君はピンクパールで俺はブラックパール。いや俺のだけ海賊船みたいになるな。


 関所から見える港町には降りない。交易路を真っすぐに南下して有名な大陸海峡を目指す。地図を見た感じ直線距離で20キロくらい先かな? 交易路を辿って移動するからもう少しあると思うけど。時速三キロや四キロしか出ない馬車なら半日ってところだ。


 まぁ道の悪い辺りはゆっくり走行にしたり、小川にかかったボロい石橋なんかを渡るわけにはいかないから担いで渡ったりと小さなアクシデントは山ほどあった。

 山ほどあったけど正午すぎには大陸海峡都市リントブルムに到着した。


 しかし妙だ。オゼ―ル海峡に掛かる巨大な橋だと聞いていたのにそんなものは見えない。風光明媚な海峡に臨む巨大な都市があるだけだ。


「大陸海峡って壊れちゃったの?」

「昔の人は言いましたぁ、聞くよりも見る方がよくわかるぅ~」


 へえ、ナシェカが期待値を上げるなんて珍しいな。こいつは期待できるやつだ。


 港町あるある其の一、標高が高い土地には金持ちが住んでいる。ここもそんな感じだ。遠くから見た感じだが、人工で造られたっぽい高台にはご立派なお屋敷が立ち並んでいる。

 まぁそんな高級住宅街には何もないどころか行っても兵隊から追い払われるだけなので、素直に庶民の町を楽しもう。


 リントブルム市の正門は凱旋門のような壮麗な装飾が施されている。このモンスタートレーラーでも並んでも少し目を惹くくらいで、兵隊が腰を抜かすようなこともない懐の深い町だ。いやあれはナシェカが原因だったな。


 大きな町だから交易商人も出入りも多く、荷物改めの衛兵の数も多いんで前に五十組はいたのに小一時間も待たされずに済んだ。

 俺の手続きをしてくれるのは気のよさそうなソバカス面の兄ちゃん兵士だ。

 最初に冒険者の証を見せておくと入市審査がスムーズになるので出しておく。


「へえ、面白い馬車だな。どうやって動いてるんだ?」

「機械の心臓で動いているんですよ。アルステルム製の最新車両ですよ」


 アルステルムってどこなんだ?って顔をされたが気持ちはわかる。

 フェニキアって答えてもフェニキアってどこなんだ?ってなるのが目に見えてるんよ。町の兵隊やってる若者が世界地理に詳しいのは現代の地球だけなんよ。


「なんだか面白そうな話だが仕事が詰まっててな。リントブルム市に入る目的はなんだい?」

「新婚旅行ですよ。噂の大陸海峡ってやつをいっぺん通ってみたくてね」

「おっ、ってことは初体験か。絶対に驚くこと間違いなしだぜ! よき旅を!」


 冒険者だと入市税を取られない! いやあ毎度悪用している身からすると申し訳ない気持ちはあるんだけどありがたいぜ。グランドマスターには足を向けて眠れないね。


 街中なのでトレーラーを低速で進ませる。

 レンガ造りの街並みもさることながら人の多さも大都会って感じだ。大通りの端に広がる露店市も回りたいね。


「停められそうな場所を探せー」

「まずは宝石店ね!」


 ナシェカ君よ、君にはロマンが足りないと僕は常々思うんだがね。

 宝石商のあとは露店市だよ。そこは譲らないからね。……いや先に昼飯だね。


 露店商のエリアを抜け…

 抜け…


「停車できそうな場所がないな」

「今日は混みすぎだね。なんだろ、何かあったかなー?」

「前来た時はここまでじゃなかったのか?」

「今より三割減かな」


 そりゃあだいぶ多いな。大きな戦争の噂を聞きつけて食料やら武具やらで大儲けしようって商人が移動しているのかもな。


 戦争はなー、戦争経済はバブル並みに儲かるからなー。なぜ俺は儲けようともせずに真面目に帝国の行く末を憂いているんだ?

 俺の心の中の閣下は「儲かる時に儲けろ。後から嘆いても儲からない!」って言ってくれてるのに! ガーランド閣下ってもし窮地を助けたとしても代わりに商機を見逃していたら「なぜ俺を助けた! セールに走れバカモンが!」っていうドケチの中のドケチだからな。


 うううぅぅぅなぜだ俺、俺は心からこの特需に乗っかって荒稼ぎする楽しいムーブをしたいというのに。


 結局いい感じの停車スペースが見つからず、露店市の切れ目というか軍神アレスを奉る神殿の辺りが空いていたので停車した。どう考えても神殿に対して不敬だから露店商が避けていた場所だと思うが、そこは神官に話をしてお布施を多めに支払って許してもらった。新婚旅行なんですというイイワケも効果があったと思われる。


 というわけで大陸海峡リントブルム第一発目の観光名所は軍神アレスの神殿だ。

 軍神アレスと言えば戦車を操る御姿である。牡牛はファルメナス、牝牛はドノメナス、轍には稲妻が残るという神速の戦車を駆る逸話が有名で、脅威を意味するメナスの語源であるとされている神様だ。

 ゆえに神殿には黄金の巨大アレス像があり、きちんと戦車に乗っているのだ。


「うーむ、これは見事」

「でしょー?」

「この神殿そうとう儲けてるな」

「そこー?」


 だって黄金像だぜ。儲けてないとこんなん造れないよ。


 よく見たら黄金像の台座にプレートがあってドゥラム軍国二代国王ドノメナスが寄贈したって書いてあった。ドゥラム軍国儲けてんな!


 やはり大陸海峡の利権はでかい。あの守銭奴が死に物狂いで獲りに行かなかった理由が不明にすぎる。何しろ閣下は旅団長時代はこっちの南方戦線にいたんだぞ。タジマールの元司令官だったはずだ。


「閣下なら最優先でここを獲りそうなのに変だな」

「ダスポリージャの出稼ぎ傭兵団が手強くてタジマール以南に関しては泣く泣く断念したんだよ」


 は?


「ダスポリージャってバルガの国だろ。あの程度の戦士に閣下が苦戦したってのかよ?」

「いや、マジでつよつよなのがいるわけぇ~。古代の装飾盛り盛りの二頭立ての牛戦車で戦場を高笑いしながら駆けるやべーのが」


 その説明が完全に軍神アレスで笑うわ。


「軍神アレスじゃん」

「ナシェカちゃんの予想でも間違いなくクロだね」

「え、マジで?」


 そら無理だわ。軍神には勝てんわ。あいつら戦場っていうフィールドに特化した権能持ちだもんよ。


 アレスか。たしかアシェラとは仲が最悪って聞いたな。

 何でもめっちゃ古いタイプの男らしく、「黙れぃ! 女子供が男の意見に口を挟むな!」とか言うタイプで、大昔に喧嘩してそれきりだそうな。アシェラもおおらかなタイプじゃないからねえ。


 つか軍神アレスって人の争いに干渉してくるタイプかよ。


 軍神の黄金像を見上げながらあれこれ言ってるとだ、四階吹き抜けという高さの神殿の入り口から団体さんがやってきた。


 うへえ、軍国のお偉いさんかな?

 三十人いる護衛の戦士どもの気配が全員英雄級だ。しかも全員肉体派。そんな連中を付き従えるのは細身ながらに必要な筋肉だけはぎっしり詰め込んだ肉体派のイケメンだ。

 額に月桂樹の冠を添える姿はいにしえの王って感じだ。う…なんか、この感じ……


 霊的な視覚に切り替える。やべえ、あの男から黄金の神気の柱が立って清浄なる波動が波のように神殿に広がっていく。


「ナシェカ?」

「うん、あいつ……」


 ここドゥラムですよ! あんたダスポリージャの軍神でしょ!? 軍神のくせに気軽にぶらついてるなあ! 自分の神殿だから遊びに来ちゃったのかな!?


 俺らが空気のように端っこで小さくなっていると……


「おおっ、何たる見事な戦士か! お前、おいそこのお前!」

「声掛けられたぁ……」

「軍神アレスは強い戦士をコレクションするのが趣味っていうから」


 やーな、神様。逃げるか。


 よいしょっとナシェカを担いでゲット・レディー・セット。


「すんません! ほんとすんません、俺もう神様は間に合ってますんで!」

「なにいー!? まさかストラではあるまいな!?」


 軍神アレスが追いかけてくるがこっちも必死よ。

 神様って意見を押し付けてくるだけのワガママな奴が多いからな。捕まったら連行されるわ。


「すんません、俺アシェラ教徒なんで!」

「なにぃー!? アシェラはいかん、アシェラだけはならん! あの性悪女神に誑かされて過去幾多の戦士が非業の死を遂げたか。戦士よ、騙されてはならんぞー!」


「ほんとすんません!」

「なぜだ戦士よ、お前を輝かせられるのは余を置いて他にいまいぞ! なぜ逃げるぅぅうう!」


 軍神アレスとの不幸な出会いはそっと幕を閉じた。

 すまない神様、あんたが女神様なら話は違ったんだが俺そっちの趣味はねえから!


 フルスロットルでGOGOGO! ファッキンGOファッキンGO! 大通りをひたすら直進する。


「轢くなよ! 善良なパンピーさんだ!」

「当然!」


 ひゅうっ、ドラテクうめえ!


 大通りの先にあったのは鏡張りのアーケード街のようなでかい建造物だ。ナシェカの運転するトレーラーが迷わず巨大建造物に突入する。内部は果樹園だ。


 と思ったのは入り口付近だけですぐに暗い下り坂になった。

 トレーラーが緩やかな下り坂をおりていく。道路に埋め込まれた赤色灯のラインを頼りにおりていく。


 やがて周囲が明るくなった。

 天井が青い。煌めく青の光が下りてくるガラス張りの海中トンネルになってやがる。


「海中トンネルかよ、すげー」

「この辺りは昔は琉国の支配地域だったらしいからね。すごいでしょ! 海が上にあるの!」

「すごいな!」


 しかし琉国か。てっきり干ばつした大地とひょろひょろの草だけが生えている不毛地帯で、痩せた人々が草の根一つで殺し合いをしている超野蛮な三国志的な土地だと思っていたんだが……


 なお正直な感想を伝えるとフェイから怒られるよって言われた。俺もそう思うわ。


「へー、そういや勝手に行った気になってて行ってなかったな」

「じゃあ行こうよ」

「そうだな」


 行けたらいいな。帝国での因縁を全部終わらせて、ガレリアも撃退して……

 そんな先のことまだ考えられないけど行けたらいいな。



◆◆◆◆◆◆



 大陸海峡とかいう水中トンネルなんだが通行料が必要だったらしく出口は待ち構えていた兵隊さんを跳ね飛ばしてから始まるカーチェイスになったぜ。

 観光したい気持ちはあった。しかし縁がなかったねリントブルム市。


「お揃いの真珠のカフスぅ~」

「そういうな。機会があったら別の場所で買ってやるから」


 リントブルム市南側市街地を出ると兵隊は追ってこなかった。町の外に出てくるほど暇じゃねえんだろ。

 まぁドゥラム軍国の近隣都市にはこの目立つ車両で指名手配されてしまうんだろう。それは仕方ない。


「新婚旅行のつもりがとんだ珍道中になったもんだ」


 すべては軍神アレスとかいう神様のせいだ。


 なおドゥラム軍国を抜けるまでの間に都合五度、五度も軍に仕掛けられた。通行料の踏み倒しにしては随分と過激な対応だ。

 捕まえた兵隊から聞き出したところ帝国の最新兵器を積んだ鉄の馬車が軍国内の反政府運動に兵器を届けようとしている的な話になってたのは笑った。


 同じ沿海州に属する国は避けた方がいいと相談で決め、進路を南西に外してELS諸王国同盟の方角へと向かう。


「争わない道を、平和な道を探したいから!」

「旦那、かっこいー!」


 まぁ平和が一番っしょ!

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