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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 静かな死が灰被りの都を満たして
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タジマールの鷹④ 夜明けまで

◆◆◆???side◆◆◆



 さっきまで飲んでた馬鹿二人が酒瓶を抱いて寝こけている。まぁ気のいい馬鹿どもだよ。俺達の結婚を祝ってくれたしバルガも光の馬鹿に認定してやる。

 ちなみに光の馬鹿は褒め言葉だ。やや押しつけがましい傾向こそあるが基本的に善良で、彼らなりの正義感に溢れていて他人を騙すことに心を痛める心の清い馬鹿どもだ。

 同僚としては考えものだが友達としてはステキな奴らさ。上司なら最悪だ……


 何かと俺に構いたがる光の馬鹿どもを酔い潰し、城塞の屋根にあがって葉巻を吸う。エルフが作っている葉巻は素晴らしい香りがする。森に住む種族が町へと移り住み、森を懐かしんで作った品だというがこいつは美味い。

 目を閉じれば遠くベルサークの情景が思い浮かぶ。……まぁこいつを作ったのはレスバ族だ。ベルサークに行ったことはねえだろうな。


 馥郁たる深い森の香りを楽しんでいるとナシェカがやってきた。黒髪の乙女の名に相応しい娘っこが、何だか決意のようなものを感じる眼差しをしている。


「ナイショの話があるって感じだな。まあ吸いなよ」

「ねえ、あなたはどっち?」


 どっちね? 俺は俺だよ、なんて答えは不誠実なんだろうな。

 どう答えたら納得させられる。証明なんてできないのに。


「見分けられなかった。どんな計測器を使っても質問による記憶判定を実行してもリリウスと殺害の王の区別がつけられなかった。……情けないよね」

「情けないものか、同一存在の見分けなんてどだい無理なんだ」

「でもアシェラ様にはできるよね」


 可能だ。慰めるつもりなら嘘もありだがそこを偽っても仕方ない。


「情けない。こんな有り様でどの口で愛とか言えるんだよ……」


 お前の中の愛ってラーの鏡か何かなの?とは指摘すまい。

 こいつにとって愛はオデとの絆だからな。


「あなたがどっちでもいい。教えて、タイムリミットがあるんだよね」


 ナシェカが胸に飛び込んできた。最近の君は素直だね。すごく可愛いよ、ヤンデレスイッチが潜んでて怖いけど。


「みんなあなたが長生きはできない前提で話をしてる。デミゴッドのあなたに寿命なんてないはずなのに!」

「その話か」


「教えて、何が問題なの?」

「殺害の王の同化現象だ。夜の呪具によって上書きされていた同化現象の再発が問題になっている。十二の試練は元々この現象を抑えるための物だった」

「そんな大切な物どうして外したの!」

「ガレリアが相手じゃちからを抑える余裕もない。何より殺害の王が拒否するんだ」


 殺害の王はイザールを殺したがっている。いざという時に抑圧されて殺す好機を逃すのを嫌がっている。

 イザールが傍にいるってだけで意識が吹き飛びかけるんだ。よほどお怒りなのは間違いない。


 最高神の矜持として知性こそ存在するが殺害の王は殺しを司る神だ。俺を通して人の世を知り、人の喜びを体験できることを喜んでいても恐ろしい神様であることに変わりはない。


「タイムリミットは二十代後半だそうだ」

「嘘」

「嘘じゃない。ただそいつは十二の試練を一度も外さなかったらが前提でな、今はどのくらい残っているのか俺にもわからん」


 絶句するな。俺も反応に困る。


「アシェラが説得してどうにかエシュロンの破壊が先だってのはご理解いただけた。だがそこは神様なんでな、決着のシーンをこちらで用意する以上は譲ってくれなかった」


 泣くな。本当に反応に困るから泣かないでくれ……


「どうしてそんな淡々としてんの! 怖くないの!? ……わたしは怖かったよ。消えるのが怖くてメンテナンスパックが必死に探してそれでも見つからなくて」


 泣くなよ。お前に泣かれると俺も苦しいんだ。

 だってさ、お前は俺の代わりに泣いてくれている気がするから……


「俺だって怖いよ。時々何もかも放り出したくなる。……今夜だけは泣き言を言ってもいいか?」

「うん」


 弱音なんて吐くつもりはなかった。「じゃあ止めよう」なんて言われたらいざという時に命を仕損じる気がしたからだ。

 強く在ろうとしてきた。揺るがぬ救世主で在り続けてきた。弱い人間じぶんのままでいたら押し潰されると感じたから救世主として振る舞ってきた。


 涙も弱さも泣き言も今宵のナシェカの中に置いていく。

 散々にすすり泣いて見苦しい姿を見せても朝日を浴びれば夢のように消えよう。


「これが俺の本当の姿だ。朝になったら忘れてくれ」

「忘れない、忘れないよ」


 朝日がのぼるまでは弱い己を許そう。

 だが朝日がのぼれば封印しよう。夜明けまで、夜明けまでは……



◇◇◇プリスside◇◇◇



 屋根の上からすすり泣きが聞こえてくる。軍帽をアイマスクみたいに被って寝転がるプリスは眠ったふりして彼らの静かな時間を守ってやった。


「一人で抱え込みやがって。あのばか、どうして俺を頼ろうとしねえ……」

「最近の若者はごちゃごちゃと大変であるなあ」


 別に会話のつもりはなかったが足元で寝転がってるバルガが口を挟んできた。こういう時は寝たふりしとけよと思いながらも応じるのはプリスにも動揺があるからだ。


「誰だって色々抱え込む、生きてりゃな。あいつの場合は俺達より深刻なだけさ」

「かもしれんな。……見込みのある奴だ、プリス、お前がちからになってやれ」

「あいつはあれで賢い。俺なんか頼ったところで何にもならないってわかってやがるのさ」


 リリウスは明らかに枷が外れている。火を喰らう竜との戦いでもバルガとの戦いでも見れば一発でわかる。人の枷を外した超越者の領域にある。

 これでバルガはプリスと互角の猛者だ。体調の良し悪しで勝敗が傾くような大戦士にも関わらずリリウスに一蹴された。どう考えても異常なちからだ。何かがおかしいとは考えていたが……


「どいつもこいつも死に急ぎやがる。ばかだ、みんなバカばかりだ……」


 キャスパー・プリスの涙の理由は誰と誰を想ってのものか。

 大義と使命に命を懸けようとする者どもを嘲笑うでもなく、ただ置いていかれる悲しみだけを抱いた。



◇◇◇モラン公国side◇◇◇



 ―――最悪の予想が的中した。


 エドワード・ワイトス子爵からの返答書では彼らはただの旅客であり貴国の妄想するがごとき大事には到らぬとあった。

 だが子爵邸に潜ませた間者からの火急の報告によれば事実は異なる。あの車両には帝国技術工房製の最新兵器が満載されており、確実に春の大攻勢のために用意された物資であると断言された。


 タラント市内のイゴール商会はモラン公国の諜報部の活動拠点である。地下室で情報の真偽を話し合う諜報員たちは、事態がすでに自分たちの手を離れたと確信した。

 ゆえに公都からやってきた武官に判断を仰いだ。


 アロルド・モラン。モラン大公家の武を牛耳るスターネル・モランの兄にして双璧と謳われる男だ。


「現時刻をもってタラント市内での任務完了を言い渡す。商会運営に必要な最低限の人員を残して本国に帰還せよ」


 妥当な判断だ。エドワード・ワイトスが欺瞞情報をもたらした時点でもはや一刻の猶予も残されていない。

 彼の父の代から続いていた公国との友好的な関係を破棄すると決断したからには、いつ兵隊が差し向けられてもおかしくない。


「貴様らはこの手紙を複製し、何としてもスターネルに届けよ。何人犠牲にしてもかまわん。確実に遂行せよ」

「「承知!」」


 諜報員どもの態度をよしと頷くアロルドが公都から連れてきた直属の部下へと視線をやる。闇に紛れる黒紫の装束に音の出にくい革の装備で身を包んだ精鋭部隊だ。 


「貴様らには命を懸けてもらう他にない。今宵のうちにタジマール・タラント市両方への夜襲をかける。タジマールに負荷をかけている間にワイトス領主暗殺を成功させる。同時にタジマールの鷹も狙う」


 戦争が始まる。ならば事前に拠点を陥落させ、出鼻を挫くのは戦法として正しい。

 タジマール城塞という兵力の集積拠点を落とせば帝国軍は結集ポイントをバララシカ大草原まで退かざるを得ない。

 公国の戦術的勝機はタジマールの早期陥落にある。この動きを悟らせぬためにワイトス子爵を一秒でも早く始末し、プリス司令も可能なら消す。両名を消せれば最高の形で公都から来る本隊がタジマール陥落に動ける。


「この作戦は両方が本命であり陽動である。目的は先に言い渡した通りだが我らの為すべきは帝国軍の混乱にある。タラント市大鐘楼の破壊と放火を合図に領主邸襲撃の報告をこちらの密使がタジマールに届け、救援の進発と同時に作戦開始とする!」


 手勢は百足らず。だが完全な奇襲であり、タラント市にはすでに侵入を果たしているため難度は高くない。タジマールへの侵入経路も存在する。そもそもあの砦は百年前は公国の物だったのだ。


「タラント市内における優先目標は順に領主邸ならびに穀物倉庫、エドワード・ワイトス子爵である」


「タジマール城塞における優先順位は食糧庫、武器庫、プリス司令の順である」


「作戦開始時刻は定刻深夜四時とする。それまで各自英気を養うように!」


 戦争の前に始まるのは諜報戦。ストラの陽の下での堂々たる戦いではなく、冷たいイリスの月光の下で行われる暗闘である。

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