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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 静かな死が灰被りの都を満たして
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タジマールの鷹④ 覇王剣の再来!

 面倒くせえと思いつつも夕方までぐっすり眠ってからまたもやタジマール城塞へと出かける。昨日あんな約束なんかするんじゃなかったなーって気持ちでいっぱいだった。


「ここに若い夫婦が生まれた! 病める時も健やかなる時も共に歩んでいくと決めた若者の勇気ある決断を讃え、祝ってやってほしい!」


 魔法照明を打ち上げた中庭に集まった騎士たちにぐるりと囲まれて、プリス卿が祝杯の音頭をとる。


 歓迎会って何だよって思っていたがまさか俺達の結婚を祝う会だったとはな。どうりでユキノちゃんも押しが強かったわけだ。こっそり準備してたんだけど昨日は俺らが昼頃に来ちゃったせいもあって準備が間に合わず、プリス卿が二日酔いの芝居を打って日時を変えさせたんだそうだ。


 そうならそうだって言ってくれよ、とは思ったが驚かせたかったんだそうな。

 プリス卿は光の馬鹿だからサプライズとかお祝い事とか大好きなんだよ。


「人生には色々あるだろうが二人ちからを合わせれば乗り越えていける。こいつらに乗り越えられない問題なんてあるわけがない。俺はそう確信している」


 感動的なスピーチだ。短いところが特にいい。なんてふざける気分にもなれないや。


「リリウス、ナシェカ、結婚おめでとう」

「「結婚!」」

「「おめでと~~~!」」


 コップが打ち鳴らされ、トランペットが鳴り始める。

 野戦での命令伝達は思念波が主流だが伝統的なトランペットも使うからな、貴族の必須教養としてガキの頃から習うからうまい奴が多いんだ。


 プリス卿の配下には知人も多い。随分と昔の話になるが『精霊獣なんていなかったよ事件』の際にマクローエン家に逗留していた人達もいる。

 替わる替わるやってくる人達から祝福されて乾杯を繰り返す。笑顔の溢れるイイ宴会だ。リリアも来てくれた。


「おめでとう」

「ありがとう」

「まさかリリウス君に先を越されるとは思わなかったよ。私も今後は婚活にちからを入れないとなー」


 リリアはいつも変わらずに接してくれる。

 ちょっと気まずいことがあっても、かなり深刻かつ険悪なことがあっても、俺と寝たあとでさえリリアにとっての平常運転で接してくれる。

 リリアにとっての平常運転は誰かにとっての知り合い以上友達以下。最初はそういう女性なんだろうなーって思ってた。


 でも色んな経験を経てから見るリリアの顔は精巧に作られた造り顔で、それこそキリングドールのように演出として表現するものにしか見えない。


「驚いたな。リリアにそんな気があるなんて知らなかったよ」

「えー、それってひどくない?」


 既視感のある不機嫌な態度さえも演技だ。鏡を見て練習してきたような誰がどう見ても少しだけ気分を害しましたっていう完璧な演技で、カノジョが複数持つパターンの一つだ。

 リリアのそれは諜報員教育を受けた人間特有のパターンに該当する。


「リリアのすべてが嘘だとは考えていないよ。今のが本心ならリリアにも希望があるんだね」

「希望ってなに?」


「生き残る意思。人生を諦めずにもがき苦しむ覚悟かな?」

「それなら安心して。誰よりも長生きするつもりだから」

「うん、安心したよ。握手をしよう」


 差し出した手を見下ろすリリアの眼にもう不信感はない。理解してくれて嬉しいよ。俺がリリアにさ、死の呪印を刻むなんてするわけないじゃないか。


「これは何の握手?」

「お互いの健闘を願う握手さ。これから色々あると思うけどお互い頑張って生き延びて、春を迎えて笑顔で再会しよう」

「優しいね」


 ここでニヤリと笑うところがリリアだよね。

 でもその後で、頬の緩んだ気の抜けた微笑は俺も見たことのないものだ。


「リリウスくんと出会えてよかった」

「俺もリリアと出会えて嬉しかった」


 これもリリアの演技かもしれないなんて疑念は捨てる。

 絆を信じよう。信じなきゃ誰も俺を信じられない。リリアと出会えてよかった。この気持ちだけは嘘にしたくないから。



◇◇◇◇◇◇



 宴は続くよどこまでも。夜明けまで呑みそうな勢いなんだがタジマール城塞の警備は大丈夫なんだろうか?

 司令官がプリス卿だし信用できねえなーって思ってたらプリス卿がやってきた。でけえ酒樽を担いでやがる。


「え、そのハンマーと炉の火の焼き印はまさか?」

「イース海運に無理を言って近隣の町から運ばせたドワーフ王国製の火酒だ。なんと六十年ものだぜ?」

「……?」


 火酒って寝かせる系の酒だったっけ?

 火酒は言ってしまえば蒸留酒だ。レモンやミントのような心地よい風味のするウォッカだ。あとこれは俺の勝手な推測なんだが何らかの麻薬成分も入ってる。おそらくはネコにマタタビ的なドワーフがまっしぐらになるヤバい葉っぱで作られている。

 あいつらって酒に脳を焼かれてるけどたぶんそれのせいだよね。


 ワインとかなら寝かせるとうまくなるらしいが……


「うまいの?」

「呑めばわかる」


 よし、男は度胸だ。呑んで真実に到ろう。

 色は透明だ。澄んでいる。香りもよい。何だろうか、余所で飲んだ火酒とはちがって爽やかさの中にどこか深い奥行きのようなものが感じられる。これがプラシーボ効果……!


「何十年物って聞くとうまそうな気がするよな?」

「いや、うまいぞ。これマジでうまい!」


 最後にプリス卿の毒見もよし。いざ男気!


「おおっ、なんか旨い気がする!」

「だよな! これ旨いよな!?」


 なんて語彙力の低い俺達なのだろう。どこがうまいか、なぜうまいのか、どういううまさなのか、それらを聴いている人達に伝えられないダメさ加減だ。

 でも仕方ない。だって俺の舌そんなに性能よくないから!


「ナシェカ、頼む」

「ほいほい」


 ナシェカがショットグラスを傾ける。その旨そうな横顔いいね、CMくるよ!


「ど…どうだ?」

「いいお酒だと思うよ。樽はエルダートレントだよね、香りとマナが移っていて魔法力の回復効果や健全な精神を保つ効果もあるんじゃないかな?」


 回復アイテムみたいになってんだな。


「でもアルコールや麻痺毒の成分が分解されていてお酒の風味のするジュースになってるね」

「え?」

「まとめるとこれは精神の系統の治療薬かなあ。美味しい薬湯だね」


 俺もプリス卿も、六十年物の火酒が気になっていた方々も唖然としている。

 しかし少し考えたら……


「別にいいか」

「うん、うまいからいいよな」


 飲み物がうまくて困ることはねえ。これはこれでよし!


 楽しい宴会が深夜を回り、部屋に戻って眠る奴がちらほら出始めた頃だ。一度は場を離れたプリス卿が温かいスープカップを二杯持って戻ってきた。


「助かる。今夜は冷えるよな」

「だな。酔い覚ましのつもりだったが暖も取ってくれ」


 また気遣ってくれたもんだ。そんならナシェカの分も用意しろよ。と思いつつも俺の膝で毛布かぶって寝てるやつを起こすほどのことでもないな。


「今にして思えばあの時の帝都守護竜の起動は実験だったんだろうな」


 突然放り込まれた話題にしてはあれな話題だ。

 そういやプリスの兄ちゃんもあの時あの場にいたか。唇青くしてガタガタ震えてたわな。


「春の大攻勢を指揮する者が誰かは知らない。だがこれは閣下の望んだ戦争だ」

「ああ」


 俺にはプリス卿がどこまで掴んでいるのかはわからない。

 聞いたらすんなり答えてくれそうだが、全部知ってるという前提でしゃべってみる。


「成功すると思う?」

「わからん。戦争の行方など始める前にわかるわけがない。だが閣下なら何が何でも勝った。あの人にはそういう凄みがあったよ」

「そうだね」


 あの人にはカリスマがある。接する者に「こいつはすげえ」って理解させる迫力があって、近くにいればより凄みってやつを思い知る。そんな人だ。

 完成された将帥。豊穣の大地プランの完遂にはガーランド閣下が必須なはずなのに、主役不在の大戦争が始まろうとしている。


「プリス卿、タジマール城塞はどうするんだ?」

「閣下の名と姿を騙る者が何者であっても俺達の使命は変わらない。本国侵攻に動く南側諸国を抑える防壁のまま在り続ける」


 信念だろうか、それとも亡き閣下への忠誠心だろうか?

 聞いてみたら鼻で笑われた。


「ここに赴任してもう三年だ。メシもうまいし酒もいい、何より女の子の可愛いここが気に入っていてな。もう故郷のようなもんだ」


 これは現地妻がいるな。


「そんな場所を守りたいってのは戦う理由になるだろ?」

「プリス卿は立派だよ」


 語り合っていると朝日が昇ってきた。

 タジマール城塞の一日が始まる。しかし……


「さむっ! あ、俺寝てた?」

「やべー、風邪引いたかも……」

「頭いてえ、水をくれ」

「ほれ」

「酒じゃねーか! まぁいいか」

「あー、俺って夜警番だったような……?」

「つか今誰か歩哨立ってんの? あれ、マジで無人じゃね?」


 宴会の後遺症によってタジマール城塞が機能不全を起こしている。

 見直した傍からこれか、さすがだぜプリス隊……



◇◇◇◇◇◇



 城塞の個室を借りて昼まで眠った。食堂でごはんを貰おうと思ってナシェカと歩いていると伝令の一般兵が走ってきた。つか城塞の空気がバタついてる。


 何かあったのかな?なんてのんきに思いながら食堂でメシを食っていると伝令がやってきた。

 装備から見て従騎士。正式な騎士ではなく、騎士から雇用される平民兵の中でも上の階級の少年だ。俺達の名を呼び、踵を鳴らして敬礼する。見事な敬礼だ。


「プリス司令官がお呼びです、大至急お越し願いたいとのこと!」

「メシ食ってからでいい?」

「大至急とのことです!」


 どうやらダメらしいですね。

 タダメシにありつこうとした手前断るわけにはいかねえな。


 呼び出された場は城塞の司令官室だ。事務官の仕事をするスペースがあり、司令官が仕事をするスペースがあり、客人と対談するスペースもある立派な部屋だ。


 室外には貴族の私兵らしき連中もいたから予想はできた。

 司令官室のソファでプリス卿と差し向いに話しているイケメンがおそらくはこのタジマール城塞を含むワイトス子爵領の領主エドワードなのだろう。判断した理由はアンヘルが背後に突っ立ってるからだ。


 外面を整えて実際より三割知的に見えるプリス卿が入室してきたばかりの俺らに目を配る。


「来たな。子爵、彼らがあのトレーラーの所有者です」


 え、トレーラーが話題なん?

 プリス卿が簡単に説明してくれる。どうも俺らが街道を通った際に魔物除けの術を施してある石塔を二つなぎ倒してしまったらしい。そんで苦情に来ているのだそうな。


「ナシェカ?」

「待って、確認してる。……画像解析完了、やってないよ」


 トレーラーの車載カメラに干渉して動画で確認するのをこの短時間で終わらせるとはさすがだ。こういう能力に関しては俺では絶対に勝てないね。


「石塔が崩れていたのだとしても俺達のせいではないと主張します」

「主張ね」


 イケメン領主が立ち上がる。イケメンの方向性が優雅な方で、アーサー君とかファウスト兄貴方面の人だ。弟はマッチョでがっしり系なのにな。


「勘違いはしないでほしいのだが私も石塔の修繕費を出せなんて小さな話をしにきたわけではない。だがやってしまったからには報告くらいはしてほしかった」

「だからやってませんよ、ってのは水掛け論になるだけでしょうね」

「そうだね、誰にも証明できない」


 原っぱに敷いた街道のどこかの結界が壊れていたとして状況証拠でしかない。

 彼はこちらを犯人だと考えていて、俺らはちがうと主張しているだけだ。


「帝国騎士団の活動には敬意を払う。これが軍事行動であるのなら私もこの主張を取り下げるつもりだ」


 ここでプリス卿が口を挟む。


「つまりはだ、彼らは軍のやらかしだと素直に認めるのなら領主として謝罪を受け入れるって釘を刺しにきたんだ」

「私にも立場があるのは理解してほしい。ワイトスの領民や兵にとって私は支配者なのだ。支配者が余所からきた兵隊にペコペコしていたら統治に緩みが出る。私は帝国騎士団に比肩する存在だと思われなくてはならないのだ」

「領主さんも大変ってわけだ。で、相談だがうちのやらかしってことにして譲歩していいか? お前達は今のとこ軍とは離れているが正直にそう主張するよりは簡単になる」


 ようはお貴族様の面子を立ててやれってわけだ。

 イケメン子爵も毅然としているが尊大って態度ではない。帝国騎士団と揉めたくないってのが本音なのだろう。


「君達の事情は理解している。新婚旅行だそうだね。どうしてまたあんな巨大な乗り物で旅行をしているのかは理解に苦しむが、こちらとしてもめでたい旅行の邪魔をするつもりはないんだ。問題にするつもりはない。提案を呑んで煩わしさはここに置いていきたまえ」


 まぁどうでもいいことだし。


「俺も穏当な決着を望みます。お二人の判断に従います」

「感謝する。ではプリス司令、そのように」

「はい、わざわざご足労いただきご苦労であります」


 大人二人が和解の握手を交わす。俺としてはプリス卿がちゃんと司令官をやってるのが驚きだわ。

 で、ここでイケメン子爵が何かを思い出したふうに視線を俺に向ける。


「一応車両の中身を確認してもいいかな?」

「構いませんよ」


 声の抑揚、表情への気の遣い方、隠しようのない視線の動き。ひょっとしたらこれが本題だったのかもしれない。

 まぁ直感的に感じ取っただけでどういう理由でトレーラーの中身を知りたいのかはわからねえけどな。



◇◇◇アンヘルside◇◇◇



 広い練兵場の隅っこに置かれた鋼鉄の車両は無学なアンヘルから見ても上等な代物だ。歪みのない側面だがこれほど巨大な鉄板にも関わらず鋲打ちが見えない。


(隙間もねえがまさか一枚の板ってことはねえよな?)


 アンヘルは冒険者として鍛冶屋にも出入りしている。鉄打ちに興味があって工房に出入りしていたこともあるからわかる。これは町の鍛冶工場で製造できる精度とサイズではない。

 となると帝都にあるという帝国技術工房の製品。帝国騎士団と懇意である帝国技術工房の兵器だと考えるのが自然だ。


(ただの新婚夫婦ってのも怪しくなってきたな。なるほど、あの間者の言い分もまんざら杞憂ってわけでもなかったか)


 最新の軍事技術の粋を集めて作られたような壁面には美しい風妖精シルフが描かれている。


(技術力の高さを隠すためか? まさか制作者の趣味ってことはねえだろうが……職人は案外スケベが多いからわかんねえな)


 車輪もまた不思議な質感だ。車輪といえば木製、どこぞの商会が実験作として金属車輪を作っていたが何か問題が起きたのだろう。結局は流行らなかった。

 人間ほども大きな車輪を押してみる。弾力がある。魔物のような手応えだ。


(魔物? 中に魔物を入れて動かしているのか?)


 夢中になって押していると……


「アンヘル、無作法をしてはならないよ」


 兄に窘められてしまい、変に夢中になってしまった己に恥じ入るはめになった。


「申し訳ない。これなる者は好奇心が旺盛なもので珍しいものには目が無いのだ」

「構いませんよ。旦那とは知らない仲ではない」

「そうなのか?」


 そういえば兄に報告はしていなかった。

 だが名前も知らない男であったし、隣の屋敷の前で見かけたというだけでトレーラーの持ち主と関連付けるのは無理があった。……とイイワケしたところで呆れられるだけか。


「酒場で偶然知り合ったのですが、まさかこれの所有者だとは思い至らず。報告の遅れましたこと謝罪いたします」

「よい。だがこの時期の旅人というだけで可能性くらいは考えてほしかったな」


 無茶を言うなよ、なんて言えるわけもない。


 いかにも冒険者な見た目のこの少年が隣の美少女に声をかける。すると車両の後部が自動的に開いていった。

 さすがの兄も驚いている。


「これは……どういう仕組みなんだい?」

「単純な機構ですよ。内部に歯車がありまして、こちらで命令をすると歯車が動いて開閉を行うのです」


「思ったよりも簡単なのだね。しかし技術力は高さには目を見張るが必要性がね、普通の扉にするわけにはいかなかったのかな?」

「魔導的な鍵を持たない人には開けられない技術です。それでも不要だと思いますか?」

「愚問だったね。案内を続けてくれ」


「では内部をお見せしますが中には私的な空間ですので少数でお願いします」

「なら私とアンヘル、お前も来い」

「わかりました」


 トレーラーの内部は筒状の極めて単純な造りだ。左右に埋め込まれる形で無数の鉄器が並び、どんな用途なのか天井から吊り下がる巨大な大砲のようなものまである。いや実際に大砲なのかもしれない。

 鉄の棺桶もいくつかある。ラザイエフドールズ用の調整槽だなんてアンヘルにわかるはずもなかった。


 だが鉄の棺桶の内部に浮かぶナシェカと同じ姿をした人形数体の異様さには、何らかのキナ臭さを感じている。

 子爵もだ。棺桶の中で眠るナシェカと起きているナシェカを見比べている。


「あぁこれですか、こいつの姉妹です」

(嘘だろー!)


 絶対に嘘だと思った。姉妹とかそんなレベルじゃない。双子でもありえないくらい同一人物だ。


「おかしい、これは絶対におかしいぞ」

「待て。今は案内を続けてもらおう」


 赤毛のモヒカン野郎が棚を開く。車内の壁に埋め込まれた取ってを引いてせり出す棚の中には不思議な形状のナイフが五本並んでいる。


「これが私物?」

「ええ、冒険者夫婦ですんで」


 他の棚も見せてもらう。全部兵器だ。用途のよくわからない物も多かったが聞いたらあっさりと「武器です」って白状した。隠すつもりはないらしい。


 案内が続く。すでにアンヘルは「ここはやべえ」という気持ちでいっぱいだ。兄も同じらしく表情が引きつっている。

 ここは最新の兵器を積み込んだ武器庫だ。どう見たってそうとしか考えられない。新婚旅行なんて嘘っぱちだ。


 兄が天井から吊り下がる巨大砲を指す。


「これはいったいどれほどの威力があるのだろう。よければ見せてもらえないか?」

「お目が高いと言いたいところですがそいつは威力が高すぎます。地形が変わりますよ」

「そこまでなのか……?」

「そこまでの兵器です。一発撃つのに掛かる費用も高くて試射は難しいです」


 その時だ。外から小太鼓の音が聞こえてきて、次に城塞の警鐘がカランカランと鳴り渡る。

 敵襲だ。


 一緒に内検をしているプリス卿が叫ぶ。


「どこだ!」

「ダスポリージャ王国! 覇王剣のバルガです!」

「またか。雪辱戦にしたって早いなちくしょう!」


 プリス隊が騒いでる。

 そんな中で兄が言葉を重ねる。


「費用なら負担する。見せてもらえまいか?」

「英雄級ごときに使う武器じゃねえんですがねぇ。ナシェカ、重力子放射線射出ライフルはどう?」

「充分にオーバースペックだと思うけど費用負担ならまあ」

「幾らだい?」

「金貨二百枚ですねー」


 さすがの兄も腰が引ける。

 一発でその金額はどう考えてもおかしい。ボッタクリだ、足元を見ているにちがいない。こいつらは騎士団の威光を笠にきてワイトス子爵家を欺こうとしている。

 アンヘルの仕事はこういう時に舐めた相手を恫喝するものだ。


「おい、吹っ掛けるのも大概にしろよ!」

「えー、じゃあこっちだけ一方的に損害を出せっての?」

「だがおかしいだろ。一発200フォルカはおかしいだろ!」

「待て、アンヘル」

「しかし!」

「費用はこちらで持つ。見せてくれ」


 この後すぐの出来事だ。丘の上に陣取るダスポリージャ王国の小隊を一発の砲弾が壊滅させた。

 威嚇射撃のように放たれた砲弾は丘に着弾するなり丘そのものを暗黒の渦で圧壊させ、王国一の剣士と名高いバルガが泣き喚きながら部下を連れて逃走していったがナシェカという少女が空を飛んで捕獲してきた。

 なんかすっごくしょんぼりしているのだけがものすごく強い印象として残った。


 そして馬車での帰り道。兄がぼそっと呟いた。


「杞憂のはずだったのだがな……」


 それはつまり春の大攻勢の侵攻ルートはタジマール城塞から始まり、このワイトスが戦火に包まれるという意味に他ならない。

 兄はその可能性は低いと考えていたが、今回のことでその考えがひっくり返った。そういうことだ。


 アンヘルは考える。非才の身で故郷を守る方法を考え始めた。

 

 

◇◇◇◇◇◇



 真の英雄の在り方がどうのこうの言ってた奴が再来してあっさりとナシェカに捕まった。実力差的には当然の結果なんだが俺は悲しい気持ちになった。

 俺の生温かい視線に気づいたバルガさんがむすっとした顔でこっち見るぅ~。


「なんだ小僧?」

「教えてくれ、真の英雄の在り方を……」

「生き延びることよ。潔きことよ。そして最後には必ず我を認めた王や民のために死ぬことよ」


 煽ったつもりがカッコイー返しをされてしまった。

 実力はともかく真の英雄であることは間違いないらしい。


「なるほど。ところで現状ご自身の身の上に思うところはありますか?」

「情けない限りだが戦場でのことを後からどうのこうの言っても始まらん。虜囚の身を受け入れて今を生きるだけよ」


 なんだかカッコイーなこの人。ストイックだし。

 そんなバルガさんは縄で縛られることもなく食堂にいる。俺もいる。食い逃した昼食だ。ついでにプリス卿もいる。


「縄とか牢とかそういう虜囚三点セットはいいの?」

「いいよいいよ。こいつ馬鹿だけど馬鹿正直だから捕まった以上小細工はしねえって」

「うむ。ところで三点セットの最後はなんだ?」

「そこを気にするかぁ~?」

「気にならんか?」

「むぅ、そういわれると俺も気になってきた。リリウス、最後の一個はなんだ?」


 何も考えずに三点セットって言って二つしか思いつかなかっただけですけど……

 やばい、期待値をあげてしまったのか。これは生半可なアイテムでは納得してもらえない空気になっている。

 ナシェカと相談タイムだ。


「足かせは普通すぎるか?」

「逆にド定番だから納得しかないけどねえ。でも『だろうな』で終わるよね、何の驚きもないよね」

「煽るんじゃねーよ。じゃあ魔封じの首輪とか?」

「定番だね。まぁ民間では絶対に扱えないレベルの品だけどここ軍だし」

「うーん、爆発する首輪とか?」

「残虐すぎて引かれると思う」


 だな。一緒にメシ食ってる奴に「なんでこいつに縄とか牢とか外そうとすると遠隔で爆発する首輪を付けてないんだ?」とかいう奴はサイコパスだろ。そんな奴とメシ食いたくないわ。


 じゃあそうだなー……

 そして絞り出した最終回答がこちら。


「縄と牢とそして臭い飯」

「メシくらいいいのを食わせてやれよ」

「そうだぞ。虜囚をいじめるのは条約で禁止されている」


 中世の虜囚って案外いい扱いされてるんだな。

 でも指揮官クラスだし扱いがいいのは現代でも一緒か。基地の中を普通にうろうろするのはさすがにおかしいと思うけど。


 この後バルガさんがプリス卿と一緒に呑み始め、俺らもご一緒させられた。

 仲いいなこいつら。

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