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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 静かな死が灰被りの都を満たして
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タジマールの鷹①

 帝国東南部の大平原を抜けた先はもう帝国領ではない。異なる王が治める異なる土地で、ここでは俺達は異邦人である。


 それとさっき大平原を抜けたって言った気がするけど抜けてねえわ。

 森や丘はあるけど基本原っぱだわ。それと寒いわ。気温計が六度を指してるわ。俺は今のどかで寒々しい光景を双眼鏡で見てる。


「誰だよ南部国境ラインが温かいとかデマこいた馬鹿野郎は」

「旦那、ひょっとして記憶喪失でいらっしゃる?」


 俺でーす。あったかい土地で春まで快適に過ごそうとか言い出したの俺でーす。


「ククク……世界は美しいな」

「殺害の王のフリで誤魔化そうとすんなし。いつまでもビビるナシェカちゃんだと思うんじゃねーよ」


 ふっ、やるようになったなナシェカ。以前よりも格段に手強くなってる。というかフリがバレてきたのか。


「ナシェカ、お前もまた美しい」

「……ばか、誤魔化されたくなるじゃん」


 おまえは日に日に可愛くなっていくな。


 トレーラーに乗り込んで旅を続ける。南部国境戦線まではもう少しかかりそうだ。



◇◇◇◇◇◇



 対ELS諸王国同盟のタジマール城塞を帝国領の最南端と呼ぶならタジマール城塞が背に置く交易都市タラントは帝国最南端の町だ。

 交易都市タラントからは東の大帝国『琉』にも行けるし諸王国同盟にも行ける。そういう立地だから商人の往来が増えて関所税もウハウハだ。……どうしてそんな重要拠点の司令官がプリス卿なんだろう?


「プリスの兄ちゃんは幾ら積んだんだろうなあ」

「旦那が不当に低く見積もってるだけでプリス卿って相当なやり手だからね?」

「信じられねえ……」


 まぁプリス卿は腕はいい。一人の剣士としては極上だ、たぶんラキウス兄貴とやっても勝敗が見えないレベルだ。

 こと剣術技能に限って言えばマルディークの皆伝クラスだって聞いたことがある。ばかだからめっちゃ吸収がいいらしい。何も含んでないスポンジかよ。


 あの短いダンジョンアタックの間に俺も幾つか技を盗まれたし、一人の剣士としては有能なんだろうなあ。


「剣士としての腕は買うが……」

「あれで抜け目がない曲者って評判だよ?」

「信じがたいねえ」


 それはともかく交易都市タラントは二つの交易路が重なる賑やかな町だ。

 到着したのは夕方で、市門を潜る間に日が暮れるような時間になった。トレーラーは町の外に置いてある。いやマジで並みの町に入れる大きさじゃねえんで。タイヤ一つとっても馬車なんて簡単に踏みつぶせる大きさのモンスタートレーラーなんで。


 まずは酒場で夕飯がてらの情報収集。こういう時に光るのが俺の観察眼だ。


「裏通りで繁盛している店は地元民も納得のうまい店だ」


 ついでに安い場合も多い。


「目抜き通りで繁盛している店は交易路を往く商人が多い。彼らも情報が欲しいから同じ業種の人間が集う店を利用する。ではナシェカくん問題です、今夜俺らはどっちに往けばいいでしょうか?」

「はい先生!」

「なんだね?」

「それは本当に問題なんでしょうか? ナシェカちゃんの知識に期待しているのではありませんか?」


 勘のいい奴だな。


「ナシェカくん、ここは先生も初めて来る町でねえ。正直一般論よりも実利を取りたいのだよ」

「最初から素直に聞けばいいのに」

「それでも、それでも俺は信じていたんだよ。俺の意図を察しながらも俺を立ててくれるキミの献身をね。……どうやら君には期待してはいけなかったらしい」


 来る、そのナシェカパンチをかわす―――

 来なかったぜ。スルーするがごとくスタスタと歩き出してんもんよ。


「どちらへ?」

「じもてぃーの集まる店だねえ」

「その心は?」

「それを本日の問題にします。生徒リリウスは就寝までの間に答えを出しなさい」


 やれやれ、これは墓穴を掘ったかねえ。

 ナシェカの案内で裏通りを歩いてく。街灯もない暗がりをあちこち歩いてようやく見えてきた闇に浮かぶランタンは酒場の軒先に吊るされたものだ。


「裏の盗賊ギルドって感じだな」

「あれはそうだね」


 やっぱり!


「こっちの方が近道っぽかったから通ったけど寄ってみる?」

「新婚旅行で盗賊ギルドに寄る気かよ……」


 盗賊ギルドはスルーしてまっとうな酒場に向かう。開け放った窓枠から燈色の明かりと笑い声が漏れ出てくるまっとうな酒場だ。断じて盗賊ギルドではない。


 これだよ、これ。こういう場所がイイ酒場なんだよ。って思って近寄っていくとナシェカの足が止まった。


「ミスったかも。他の店にしない?」

「なんで? 良さそうな店じゃん」


 構わず店に入ると聞こえていた喧騒がピタリと止まった。

 威勢の良さそうな冒険者どもが一斉にこっちをジロジロ見てくる。団体客の貸し切り……いや、うるさい若者に占拠されて地元のおじさんたちが小さくなってる感じだ。


 無遠慮な視線も気にせずずんどか店の奥へ。情報収集の定番であるカウンター席だ。


「おばちゃん、この店で一番うまいのを六人前ね」

「お酒もいいやつが欲しいなー。高くてもいいからおいしいの頂戴ね」

「あんたたち夫婦かい?」


 関係性が一瞬で露見した。酒場のおばちゃんの眼力すげえ。


「わるいことは言わないよ、今夜は一杯だけにして早くお帰り。性質のわるい連中がいるからねえ」


 じろじろ見てくる連中のことだな。


「忠告には感謝しますよ。ですがあの程度の連中など問題ではありません」

「あんたら強そうだから店で暴れられると困るんだよねえ」


 あ、そっちの心配? こらこらナシェカくん、笑うんじゃないよ。たしかに感謝して損したけどさ。


 とりあえず酒を貰う。メシも用意待ちだ。何なら後ろの席の冒険者どもの絡み待ちでもある。


「来るかな?」

「来るような気がするなあ」

「ナシェカちゃん可愛いし絶対来るって」

「反応に困る発言だが来る気がするわ」


 不本意ながら来る気がする。こういう酒場で飲んでると必ずと言っていいほど女性陣に絡みに来る奴らがいる。酒で鈍感になってるんだろうけど勘弁してほしいもんだ。


 酒が届いた。まぁカウンター内の樽のコックをひねってコップに注ぐだけだしな。

 料理も届いた。黒々としたシチューだ。ジャガイモと……チンゲン菜か? 上に蒸した葉っぱを添えているな。肉は何だかわからないけどたぶんヤギだろ。まずいし。


 しかし冒険者どもが来ない。外したな。


「まぁ俺らに喧嘩売ってくるほどの馬鹿じゃなかったってわけだ。こらこらナシェカくん、シャツのボタンを開けないの」

「……悔しい」


 何を悔しがってんだよ。

 最初は俺らを警戒してた冒険者どもだが大声でしゃべり始めた。こいつらはバスタードっつー大きなクランのリーダーと部下どもで今日も大物を倒したっていう手柄話だ。

 たまに視線を感じてるがそれだけで、声を掛けてくるようなことはなかった。


 この日は酒場のおばちゃんに教えてもらった手ごろな宿屋に泊った。悪い連中と関係がなく、値段はほどほどで、シーツが綺麗。いい宿の条件なんてそんなもんだ。

 いやぁ酷い宿だと夜中に提携している悪党が身ぐるみ剥ぎに来るからね。



◇◇◇◇◇◇



 タジマール城塞は丘の上に立つ大きな砦だ。サッカースタジアムのように円くて平べったくて横に長いっていう帝国では見ない建築物だ。俺もちょこっと歴史の教科書で見たくらいだが元々なんとかっていう国から奪い取った拠点で、いまは帝国の物になっているらしい。


 このタジマール城塞には帝国騎士団の連隊が詰めている。連隊ってくらいだし軍部規定要綱通りに考えるなら3000の兵力が詰めているはずで、その司令官がただの佐官にすぎないプリス卿だってんだから驚きだ。


 階級は大佐だけど実際の扱いは中将とか大将だよねあの人。

 ナシェカ曰くここはマジの重要拠点だから階級だけは高い無能には任せられないんだってさ。


「もしかしてプリス卿って出来る男なのか?」

「騎士団一の天才剣士をここまで悪く言うのリリウスくらいだよ。なんか恨みでもあんの?」


 サウナで笑いものにされた恨みを差し引いても……


 城塞へはトレーラーで乗り入れた。突然来たにも関わらず話はなぜか通っていてあれよあれよとプリス卿の執務室に通された。警備がガバなのか情報伝達がしっかりしてるのか。たぶん前者だ。ガバだ。

 執務室にいたのはユキノちゃんだ。騎士とは思えないほど小柄な女の子なので違和感しかない。


「プリスは今サウナ。すぐに来るように言っておいたから」

「じゃあ待たせてもらいます」


 45分後。プリス卿はまだ来ない。

 55分後。様子を見に行ったユキノちゃんが赤ら顔のプリス卿を引きずって戻ってきた。


「食堂で飲んでた。マジさいあく」

「プリス卿マジさあ」

「おう、来客ってのはお前らか。わりぃわりぃ、そうとわかってりゃあすぐに来たんだがよ」


 この砦は伝達さえもガバなのかよ。


「ちゃんと言った!」

「え、そうだっけ?」


 ガバいのはプリス卿の頭だったか。


 全然悪びれた様子もなく手刀を立ててごめんごめん言ってるプリス卿は反省しろ。しても忘れるのか。馬鹿だし。


「それで何の用だ?」

「新婚旅行のついでに挨拶に来ただけだ」


「……誰が新婚だって?」

「俺とナシェカが。大晦日に式を挙げたんだ」

「へえ、そいつはめでたいな」


 起き上がったプリス卿の全身からオーラが水蒸気爆発のように膨れ上がる。生命力を爆発的に高めて血中アルコールを吹き飛ばしたってか。またくだらねえ一発芸を持ってやがるな。


「タラントで過ごすつもりなら家を用意してやるが、どうする?」

「頼むわ。つっても変な家なら遠慮するけどな」

「そいつは問題ない。一等地の広いお屋敷だ」


 へえ、プリス卿にしてはいい家をお持ちだこと。


「部下と集まってパーティーをするしか用途のない屋敷だが常雇いの使用人もいる。不便はないと思うぜ」


「ありがたい。じゃあ遠慮せず借りるよ」

「やるよ。っつっても旅行を終えたら不要になんのか」

「まあな。だから少しの間貸してくれるだけでいい…」


 いや、自分で言ってて違和感がひどい。

 なんでパーティーやるしか用途のない屋敷を持ってんだ? なんで使用人までいるんだ?


「…なんでそんな屋敷が余ってんの?」

「警戒すんなって。ただ昔俺が斬った元司令官殿の持ち家ってだけだ」


 事故物件!


「じゃあ案内してやる。先に城塞も見せておくか」

「城塞は別にどうでもいいんだが」

「そういうなって。人生なにが役に立つかわからねえぞ」


 それはそうだと思うけどプリス卿の口から出てくると違和感しかねえな。こういうのって経験豊かなおっさんのセリフじゃん。


 とりあえず案内してもらう。兵器庫とか練兵場とか秘密の脱出路とか……最後のは気軽に案内していいの? ダメでしょ?


 そして脱出路を出た俺らは遠くに城塞を丘の中腹に立つ。けっこういい運動になったぜ。プリス卿も戦闘の汗を拭ってるぜ。


「いやー、まさか脱出路にアンデッドが湧いてるとはな」


 出たんだよ。途中で出たんだよ、明らかに帝国騎士団の上級騎士っぽい軍装のアンデッドが出てプリス卿めがけて襲いかかってきたんだよ。俺らなんか目もくれずにな。


「おう、言うことはそれだけか?」

「……年に何人かは行方不明になっているんだ」

「上級騎士が行方不明になって調べもしねえってか?」


 上級騎士は自衛隊でいうところの少将とか中将とか大将だ。軍のトップ層だ。そんなおえらいさんが普段誰も立ち寄らないような脱出路でアンデッド化するわけねーだろ。


「そーいえば、前の司令官殿にちょっぴり似ていた気がするな」

「おう、ようやく自分の罪と向き合えたな」

「いやいや、まだ誤魔化せる可能性に懸けてるよプリス卿……」


 プリス卿が「まいったなあ」って後頭部をボリボリ掻いてる。俺が言えたこっちゃないがあんたも罪が深そうだな。


「いやあいつマジで使えねえカスだったしよ。ガーランド団長からも早めに消せって言われてたし俺わるくないよな?」

「閣下からじゃ仕方ないか」

「仕方ないね」


 俺もナシェカもそういう裏の任務をやったことがあるから無罪を求刑する。じゃないと俺らもちょっと立場がな。悪くてな。


 細心の軍事事情なんかわからない癖に長く軍人やってる頭の固い老害とか閣下の一番嫌いな騎士だし仕方ない。戦術的勝利ではなく根性で勝利を目指すタイプの軍人大嫌いだからあの人。

 好きな言葉は最小の労力で最大の戦果だし。


「じゃあ次はタラント市だ。今晩は酒でも……気を遣って二人にしてやった方がいいか?」

「あんちゃん、今のはすごく大人っぽかったぜ」

「おっと、じゃあ二人っきりにしてやらねえとな。宴会は明日だ、空けとけよ」


 トレーラーはタジマール城塞で預かってもらうことにした。大きすぎて置き場に困るんだよなあ。


 借りた軍馬でタラント市に戻り、この日は借りた屋敷で就寝。翌日は昼間までまったりと眠り続け、起床は遠い鐘の音でだ。

 遠雷のように鳴り続ける遠い鐘の音色はどこからじゃろ?って気分でベッドに座り込んでるとナシェカがのんびりと入室してきた。


「なんぞ?」

「同盟軍がタジマールに仕掛けてきたらしいよ。見物に行く?」

「見物て……」


 え、そんな感じなん?


 そして俺は知るのだ。英雄とは何か、中世の戦争観とは何かをこののんびりした田舎町で知るのである的なto be continue



トレーラーの警備

 軍用品なので警備も万全だ。常に複数体のミニ・ナシェカ(サイズはまったくミニではない)が警備に張り付き、近寄ってくる不審者を撃退するぞ。

 ミニ・ナシェカ・プログラムは自分自身から感情を切り離した戦闘遂行のみに特化したプログラムだ。遊びや慈悲がない冷酷な殺人プログラムなので普段のナシェカよりも絶望的に恐ろしいが、演算宝珠や素体の質は低くそこまで強力なわけではない。

 なおそれでもプリス卿以下では話にならない怪物なので、不思議のダンジョン・シリーズに出てくるクソつよ店主のようなものだと考えた方がいいだろう。

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