オペレーション『ベティ・インターセプト』
一旦時は戻って夏休み明け。
LM商会の本店・支店の最上階には祈りの座がある。それは女神アシェラが構築した自らの領域であり、彼女を無敵の存在にする戦闘空間でもある。
LM商会の最重要拠点、いわゆるABC首長国連邦の盟主国である独立貿易都市アーバックスの祈りの座に神狩りの面々が勢ぞろいしている。
司会進行を買って出るのは本日の会議を呼び掛けたアシェラ神だ。
「まずは労いを。ボクの呼び掛けに応じて遠路はるばるお越しになられた皆々様に感謝を。古くは旅人には水とパンを与えよ、友ならば酒と寝床を与えよというが一晩ゆっくり休んでからというのはあまりにも時を無為にする。大した休みも与えてやれぬままこのような会議に―――」
「挨拶が長いぞー!」
「年寄りのお小言なんざ聞きたくねえぞ!」
無教養な連中が吠え立てる。ちなみに最初に声を発したのが誰あろう神狩りの統領であるリリウスである。続いたのはフェイだ。
アシェラ神は納得いかぬ、そんな様子で肩をすくめてみせた。
「気の短い奴らもいるしさっそく会議といこう。まぁ会議というか講義なんだけどね」
アシェラ神がとある人物の映った映像を投影する。
砂色の外套を纏い、口布をし、短機関銃を構えて荒廃した町中を仲間達と共に走る男の映像だ。イザール・アル=パカと名乗る男の映像だ。
「古い資料になるがこれが一番現在の姿に近いものなのでね、今回使用させてもらった」
「これはいつのものだ?」
「トワシャラハ紛争でのものだ。まぁ君達にトワシャラハがどこかなんて分かるわけがないんだけどね、ボクが生まれる前に存在し、現在はもう存在しない土地さ」
時はアルザインコピー事件の全盛期。当時のイザールは紛争地帯で政府と戦う現地ゲリラ兵の一人で、小さな派閥の指導者であったようだ。
構成員が総数でも百名にも満たぬ小さな派閥。そこには女子供も含まれていて、男というだけの理由で少年であっても銃を手にしなければならない過酷な土地での戦いだ。
イザールの背後には殲滅のテトラの姿もあった。彼と同じく砂色の外套でデザートカモフラージュしていて、機械知性にあるまじき崇敬の眼差しでイザールの背を見つめている。
「いい男だよね。まぁ性格が最低ってのは皆も知ってのとおりだ」
冗談を言えば苦笑が漏れた。ここにいるほぼ全員がイザールとの交戦経験があり、どれだけ嫌な奴なのかは思い知っている。
「もう勘づいているはずだ。今回は対イザール、対ガレリアについて語ろうと思う。まず初めに言っておきたいのは人の身でガレリアに勝つのはそう難しいことではないって話さ」
お集りの面々の頭上に疑問符が出ている。散々煮え湯を飲まされてきた連中なので当然である。だからルーデット公爵レイシスが真っ先に反論をする。
「それは我らフェスタが弱卒の集まりであったと謗るものかな?」
「ノン、フェスタは最大級に運が悪かった。気に障ったのなら訂正しよう」
「侮辱でなければよい。僕も英知の御言葉を遮る意図はない。続けてくれ」
「では話を続けよう。人の身でガレリアに勝利するのは難しくない。これがどういう意味かというとイザール個人の性根によるものだ」
アシェラが語るイザールの性根とはじつに人間的な賛否である。
イザールにはコロシアムで行われるような格闘技の興業を観戦して「ブラボー!」と拍手を送るようなところがある。
己が所有するガレリアの兵隊と戦って見事勝利を納めるような素晴らしい戦士たちが現れれば彼は惜しむことなく拍手を送り、大魔を打倒した戦士へと贈り物さえもするだろう。
「ほら、みんなも心当たりがあるだろ。貴殿の奮闘じつに御見事なり、今宵の勝利は譲ろうってアレさ」
「アレか」
「アレだな」
「アレ、ちょっと腹立つんですけど素直に賞賛だったんですね……」
リリウスとフェイが嫌そうな顔つきになり、ユイちゃんが脱力した感じの愛想笑いをする。心当たりがあるのだ。
「まぁ変に顔を覚えられるから次回戦う時は前回の戦いを参考に叩き潰すつもりの戦力でくるんだけどね。それも乗り越えられたら次はさらに多めの戦力で来るいたちごっこさ」
第一回は様子見。二回目は小手合わせ。三回目はわりとマジで殺しにきて、四回目も乗り越えたなら最高だ。そんな戦士ならイザールだって欲しくなるのでスカウトを始める。
アシェラ神の話ではレグルス・イースやマルディークのようにガレリアの軍門に降る戦士はけっこういるようだ。そこいらの王に仕えるよりも遥かに素晴らしい報酬が用意されている。
「永遠の命。終わりなき強者との闘争の日々。悦楽の技を極めた美女に美男。ガレリアの用意する報酬を断る理由がどこに存在するのかね。わるいがボクもそこは何とも言えないよ。万人に聞けば万の声が揃って乗っかる悪魔の誘いだ」
「麗しきサラン・ディーネのお褒めの言葉ではどうかな?」
「面白い冗談をありがとうルキアーノ君。キミがそこまでボクを慕ってくれているなんて知らなかったよ」
笑いが起きて、さざ波のように消えていった。
アシェラがこの場に集う者どもの顔を順に見つめていく。微笑を湛えた可憐な少女神の眼差しを浴びて、背筋に運命のような電流が走った者も多いようだ。照れとも気恥ずかしさとも知れない表情を浮かべている。
「ここにいるのは世界の王が提示する報酬を蹴って敵に回った愚かで最高の戦士たちだ。英知のアシェラは心から敬意を表する。リリウス君よ、ここは口笛を吹くところじゃないよ」
「わりぃ、続けてくれ」
「人の身においてガレリアを撃退する。ガレリアの一つの作戦行動を潰す。これを小さな勝利とする。もちろん大きな勝利とはガレリアの根絶を意味する。ボクらが目指すのはこの大きな勝利であるが、こちらは困難と不可能の間にあって限りなく不可能寄りの難度だ。これがどのくらい難しいかというとこの地上に存在するすべての生命が一致団結して襲いかかったところでガレリアの根絶はできなかった」
「なんかもうすでにやって負けた話のように聞こえるな」
「やったよ。とっくの昔にやらかして完全敗北したからダーナ神族が撤退してこの有り様なんだ」
すでに総力戦をやらかして敗北した後のようだ。
まぁナルシスなどはすでに予想を立てていたようで、別に驚いた顔もしていない。しているのはアシェラが妙に協力的な部分への疑いだ。
だがそんな彼であっても己個人の小さな反発など忘れ、女神の英知に触れる機会は好ましいようだ。
誰かが茶々を入れて話が逸れるのを嫌がるように先に発言する。
「神々の歴史については大いに興味があるがそれはまた別の機会としよう。大きな勝利の条件を確認したい」
「ガレリアのメインサーバーであるエシュロンの破壊だね。ガレリアの不死性を担保するエシュロンの破壊なくしてボクらに勝利はない」
「確かな話なのだな?」
「ボクが長年ガレリアと友好的に振る舞ってきた成果だ。断言する、エシュロンの破壊が大きな勝利の達成条件だ」
「では二つ目の確認になる。エシュロンに予備はないのか?」
「ないよ」
ナルシスの表情の変化は劇的で、アシェラの裏切りをさえ考慮するような疑惑の表情となった。
「私もエシュロンなる器物について正確に知り得ているわけではないが、古代魔法文明を改めて学んできた限りにおいてはバックアップは確実に存在する。英知の女神よ、正確な場所も掴めぬエシュロンのバックアップが存在しないとなぜ言い切れる?」
「イザールをよく知っているから言い切れる」
「軽い言葉だ、説得する気がないのかと疑ってしまうな。そうまで言い切るのであれば根拠を示してもらいたい」
「簡単だ。イザールは負けたがっている」
語る言葉は重く、だが真実の重みを孕んでいる。
あの男は死にたがっている。ヒーローになりたかったのに未熟なミスから史上最大というレベルの罪人に落ちてしまった少年時代。
その罪を清算するつもりで古き神々の侵略から種族を守るために立ち上がり、どうにか落としどころを見つけて大戦を終結させたはいいが種族は滅亡寸前。現代では純粋ハーフフットと呼べる個体は僅か数体に留まる有り様。
「彼が悪の首領のように振る舞うのはヒーローに敗れたのなら悔いはないと考えているからさ。世界を救う救世主になれなかった男の哀れな末路だと笑ってやるといい」
アシェラ神が何とも言えない苦しそうな表情でルキアーノを見やる。
その瞳に宿る感情を読み解けたのはルキアーノだけだ。
「ルードの願いを叶えてやってくれ」
「始祖ルード・ルーデットの悲願は我らが一族の誓約だ。他者から改めて願われるまでもない」
「うん、君達はそうあってくれ。けっして誓いを破らぬ一族ルーデットのちからは彼の約束を叶えるために在るのだとボクは信じている」
「根拠とするには弱いな」
ナルシスがぼやく。
「だが暫定的な大きな勝利の条件としておくのに異存はない。証明する手立てがない以上は仕方のないことだ」
「じゃあ話を続けよう。じつは大きな勝利に至る道筋はすでにリリウス君がつけてくれている」
「いつの間に……」
ナルシスが絶句する。
「さすがだな」
「すごいすごい」
「すごいですぅ」
「おう、リリウスさんに任せろよ」
「でも決行までに時間がかかるんでね。その間はガレリアを放置せざるを得ないんだ」
「具体的にはどの程度の時間だ? 数か月はかかるのか?」
「数年という単位だね」
「褒めた傍からこれか……」
「こいつ故郷を救う気があんのか?」
「リリウス、わたし喜んでがっかりしました」
「え、みんなの反応ひどくね?」
時間がかかるってのが長くても数か月。もしかしたら二週間や一月くらいだと考えていたみんなからブーイングが飛んでいる。
みんなの不満を抑えるみたいにアシェラが手を叩く。悪ふざけはここまでだって感じだ。
「じゃあそろそろ具体的な作戦内容に移ろう。この作戦ってのはドルジア帝国で活動するガレリアへの対処だが、波及してガレリアという組織全体への対処方針にもなるだろうね」
アシェラがみんなの様子を窺う。
きちんと聞いているようで大変よろしいってニヤリと笑う。
「今回目指すのは先に示した小さな勝利だ。ドルジア帝国で活動するガレリアの一つの部隊を挫いて小さな勝利を得る。勝利条件はリリウス・マクローエンによるイザールの撃破だろうね。それで手を引くと思う」
ナルシスが何度もしてきた、だが一応やっておかねばならない形式的な質問をする。
「一応根拠を聞いておこうか」
「イザールにとって銀狼くんは価値のある駒ではない。言うなればリリウスくんと遊ぶための大義名分でしかないからね、驚くほどあっさり退くと思うよ。だってね、イザールには依頼主のサポートに全力を費やす理由がないんだ」
「……ないだろうな」
「ないね」
「あのぅ、それはどういう意味ですぅ?」
ユイちゃんが普通に聞いてきた。最初からそうしてくれればいいのにって思っているアシェラだが突っ込んだりはしない。また脱線するに決まっているからだ。
「銀狼クンに用意できる報酬がどんなものであってもイザールは欲しがらないからさ。というかだ、依頼を成し遂げて成功報酬として受け取る必要がないんだ。だって彼の配下の可愛い子ちゃん部隊ならどこからでも盗み出せるんだから」
まぁ皆は納得の顔をしている。
あの悪辣な悪魔は約束を守らない。誰もが知っていることだし、フェスタ勢は我が身で思い知っている。
「彼にとって依頼主の存在はゲーム盤の提供者でしかない。提供された状況、用意された目標、少ない手勢と制限された兵装でいかにしてそれを達成できるかを思考し実行することでイザールの目的は満たされる」
「イザールの目的とは?」
ここが確信であると察してナルシスが質問する。
アシェラ神がマジで嫌そうな顔で答える。別にナルシスが嫌なわけではない、いやじつはけっこう気に入っている。嫌なのはイザールの方だ。
「暇つぶしさ。ゲーム的快楽と言ってもよいね。悪竜クンは詰めチェスで遊んだりしない? ボクもけっこう好きでね、以前はアシェルから送ってもらっていた王都ジャーナルの端にある詰めチェスを解くのが日課だったよ。だからこういうことなんだ。
さあ勇敢なる兵士イザール、今回のミッションは竜皇子クリストファーのサポートだ、最終的にドルジアって国をぶっ潰せばクリアだぞ。リザルト報酬もあるぞ。千人殺せばボーナスポイントだ。少し手強い騎士階級ならポイントアップ。ネームドならビッグチャンスだ。特に手強いリリウス・マクローエンを倒したら称号だってあげちゃうぞ! 彼はね、目的なんてなくて万事がこんな感じなんだ」
これがイザールの目的だ。これを聞いてしまえばどんな人間でも一発で理解する。あいつが真正のクソ野郎で生かしておく価値どころか何の遠慮もなくぶち殺すのが正解な、害しか存在しないケダモノなのだ。
「我らがフェスタを踏みにじった理由などなかった?」
「ないね。無いんだよ、だから性質が悪いんだよイザールは。じゃあ話を戻そう。イザールはリリウス君と遊びたがっている。彼は勘違いをしているんだ。アルザインによって人生を狂わされた自分と同じくリリウス君もまたアルザインの被害者であり、だからこそ興味があるし友として迎えられると考えている」
「イザールの打つ策は正確に言えばイザールの思考のみによるものではない。大まかな方針を決定するのは彼だけど作戦行動における立案は現場の部隊にも権利がある。生まれつき最高の技能を有した子供のアサシンどもが勝手気ままに作戦を遂行するために動き回るんだ。一人だけでも厄介なマスターアサシン級が一つの方針に向けて色々と動き出す。これに対処しようってのは不可能だ。対処なんて生温い考え方じゃ勝てない。ガレリアと同じ舞台に立って情報戦なんてもっての外なんだ」
「じゃあどうするか、罠に嵌ってしまえばいいんだよ。どれほど悪辣な罠が波状攻撃のごとく張り巡らされているのだとしても最初の一つに引っかかってしまえばいい。ガレリアの動きは読めなくてもイザールの思惑なら読めるからね」
「イザールはリリウスくんと遊びたがっている。リリウスくんの手足である仲間たちをもいでいって最後に残ったリリウスくんへとこう囁くつもりだ。仲間達の命が惜しければ降伏しろ、ってのはセンスがないか? まぁ凝り性な彼だ、きっと面白いセリフを考えてくれると思うけど中身は先のセリフと変わりはしないよ」
「もちろん心配はしなくてもいい。友として迎え入れる男の仲間を殺したりはしないよ。きっと丁重に扱ってくれる。例外があるとすればボクくらいのものさ。せっかく捕獲したボクを小さな勝利への褒美に返却するとは思えないね」
「まぁ丁度いいんだ。ボクもエイジアでやりたいことがあるしこの機会に用事を片付けておくよ。だから無理に助けようとしなくてもいい」
「では今回の作戦名を発表しよう。トロイの木馬でGOだ。作戦名の意味が理解できないという人は作戦後にこっそり聞きに来てもいいよ」
「じゃあ最後の確認だ。イザールの狙いはキミとの直接対決だ、問題ないね?」
「あるわけがない」
彼は時にこうなる。何事にも動じず、泰然と構える。
そういう時は決まってアシェラは悲しそうな顔になる。その意味がわかるものなど誰もいないというのに、いや誰も気づいていないからこそ唯一気づく彼女だけが悲しんでいる。
「俺と奴の戦いの舞台を整えてくれたことに感謝する」
まるで眼前の彼が彼ではないという知り、泣き出しそうな顔になるのだ。
アシェラが本当に悲しそうに、辛そうに、言いたくもないのに、その名を告げる。
「心配はしていないよ。キミなら簡単だろ、殺害の王アルザイン」
「簡単さ」
リリウス・マクローエンの姿をした王がそう答えた。
とびきりニヒルで悪童めいたその顔を見つめる少女神の気持ちを踏みにじるふうに。
◆◆◆◆◆◆
大昔の哲学者がこう言ったそうな。
『我思うゆえに我あり』
哲学者の言うことは宗教家の言うことと同じで難解だ。そして意味がない。
哲学は理想を追求し、神学者もまた理想を放言する嘘つきどもだ。まったく悲しむべきなんだろうが俗世は理想とは程遠いから、こいつらの言うことはこいつらの頭の中にだけある理想郷にのみ適応される妄言なんだろうぜ。
だが最近は俺も哲学に興味があるお年頃のようだ。意味もなく黒いコートを着てみたり、愛馬に格好いい名前を付けたり、まぁそんな年頃ってのは誰にでも訪れるもんだ。
俺もまた俺である。俺はリリウス・マクローエンだ。例えその名がどれだけしっくりこなくても俺
は俺なのだ。
俺はマクローエン男爵家とかいう木っ端貴族の五男だ。このマクローエンってのが本当にド田舎で笑っちまうくらいしょうもない田舎だが人柄はいい。どいつもこいつも真剣に生きているしリアクションも面白いし最高だね。
だが最近あれっと思う時がある。自分の言動が一致しねえんだ。
さらっと流せるようなことに怒っちまう時がある。どうでもいい出来事なのに拘ってしまう。何だろうねえ、転生した子供の体に引きずられているのかねえ。
ま、そんな程度の些細なことが何遍もあったのさ。
ここが程度の低い乙ゲーの世界だとわかった時はショックもあったがそれはそれでどうでもいい。楽しく生きられりゃ世界が何だってどうでもいいもんだ。
俺が松島ふとしなのかリリウス・マクローエンなのかはどうでもいい。
大事なのはどれだけ楽しめるかだ。ケツとおっぱいの魅力的な恋人がいて、メシがうまけりゃ人生好調だ。まっカノジョの方は募集中なんだが。
ミリーさんなあ、ミリーさんが恋人になってくれりゃあ文句はねえんだが無理か。あんないい女が十やそこいらのガキに夢中になってくれるわけがない。
誰だって一度や二度は年上のお姉さんに憧れるもんだ。初恋が実らないって話はそこから来ているんだと哲学的に思うわけだよ。あー、じつは俺はソクラテスだったのかもしれない。
ちなみにソクラテスって何やったヒトだっけ? 君主論?
哲学したところ俺は考えてみたがやっぱり俺なのさ。でもばりばりのシティボーイな俺も中世のド田舎にすっかり染まってしまい、そこに住んでるアホでエッチなガキの一人ってわけだ。最近じゃあマクローエンの悪魔なんて呼ばれているんだぜ。
基本的には俺ちゃんとっても善良でいい子なんだけど、そんな俺を怒らせるような奴には慈悲は要らねえ。
義理のロリ公をさらった悪党どもをこらしめたり、姉ちゃんに怒られるのが嫌でこっそり邪魔者を始末したり、そういう俺もいるってだけの話だ。基本はお利口さんなわけよ。
そんな俺も年を取り、恋をして、失恋して、旅に出た。
ダチもできた。フェイっていう面白い奴だ。からかうと本気で怒り出すのが面白いんだよな。たまに真剣な顔をして忠告してくるのも面白い。お前俺のこと嫌いなんじゃないのかよって具合にな。
めっちゃ真面目な奴だから嫌いな俺であっても犬死にされると嫌なんだろ。
でも俺はこいつのそういうところが好きだよ。やっぱ善人どうし波長が合うんだろうな。……いや、それはねえか。
マジの顔して「化け物め」って何度も言われてるしな。
旅は続くよどこまでもってな具合でたどり着いたイルスローゼではイイ感じのイイ女にも出会えた。出遭えたか? やべえ方の出遭うだな。怪物発見みたいな方面だ。
カトリは最高の恋人だよ。まぁ色々ふりきれてるチンパンジーみたいな女だが俺は好きだよ。俺くらいの男になると普通の女なんてもう飽き飽きよ。
って思っていたら今度は普通のイイ女の子に惚れちまった。バトラ兄貴のクランの子でユイちゃんっていうんだが全然スレてなくてな、こう何も描かれていない真っ白なキャンバスに俺だけの色を描きたくなるんだよな。
まぁすんげえ嫉妬深くてファラを思い出すのが玉に傷なんだがな。
イルスローゼではたくさんの出会いと再会があったよ。俺好みのロリババアとか飲んべえ友達のアーガイル君とかおっそろしいラストさんとかな。
正月にはまた旅に出たよ。なんで旅に出たんだったか理由はもう覚えていないんだが何だったか? コッパゲ先生に騙されたんだっけ? 覚えてねえ。
つかこれ何の話だっけ?
冗談だよ、怒るなよフェイ。俺が何者かって話だって言いたいんだろう?
俺は俺さ。お前と一緒に旅してきたどうしようもない悪童のリリウス・マクローエンさ。別に不思議に思うことはねえさ。
俺は何かの拍子に突然怪物になっちまったわけじゃない。リリウス・マクローエンは元から殺害の王アルザインそのものなんだよ。
黙っていたのは謝るよ。ごめん。でも言いたくなかったんだ。
お前の友達は本物の化け物だったなんて言いたくなかったんだ。お前ならきっとそんな小さなことは気にしないって言ってくれたはずなのに、言い出せずにここまで来ちまった。
ごめん、それとお前の財布から銀貨四枚パクって有名な地酒を呑んだこともあるんだ。本当にごめん。
◇◇◇◇◇◇
「あれだけ真面目な顔をしておいて驚くほど情報量が少ない……」
「銀貨四枚しか入ってない財布から銀貨四枚抜いておいて気づかれていなかったと本気で思ってんのかこいつ? お前が高イビキを掻いている間にこっそり町を出た僕の行動を何だと思っていたんだ?」
殺害の王がけろっと反論する。
「お前の基本行動じゃん」
「基本行動って! お前にタカられるのが嫌で逃げていたんだよ!」
「あの頃は金がなくてさあ。ごめんごめん、でもどっかの攻城戦できちんと稼いでこっそり返したじゃん」
「そんな記憶はない!」
「おかしいな。お前が傭兵連中に振る舞い酒をした時に足りない分を出してやったんだが……」
「僕が振る舞い酒などするわけがない」
「フェイ君それ記憶が飛んでるんじゃない?」
アシェラからつっこみがあった。しばし考え込むフェイだがやはり記憶にないようだ。首を振っている。
「……いや、見ず知らずの傭兵に酒をおごる理由がない」
「お前酔うと気と態度が大きくなるから」
「フェイ君って酒を飲むと一気にダメ男になるよな」
「本当か?」
「本当だよ。翌日にはロートシルトの王を捕まえた一番戦功の褒美金を一晩で使い切った猛者だって傭兵連中から尊敬されてたじゃん。まぁお前はぐーすか寝てたから覚えてねえと思うけど」
殺害の王が語る。
「ぜってえ地下水路があって王族はそこから逃げるぜって言い出したのは俺だったよな。この思いつきが実際に当たって一番驚いていたのはじつは俺なんだぜ。町での略奪も楽しかったが路銀の補充ができたのは助かったな。軍の人にかけあって馬を貰えたのもよかった」
「だが…だがお前は殺害の王なんだろ!」
「そうだよ、俺は殺害の王アルザインだ。だがある日突然変なゴーストに憑依されたわけでもなく、昔から殺害の王アルザインだったんだけどそれをある日突然思い出したってだけだ。……あれ、これってさっき言ったよな?」
「言ってた。言ってたがまるでわからん! どういうことなんだよ!」
これは理解していない。理解できている奴の方が少ないと察してアシェラが「みんなー、ボクに注目してー」なんて言ってる。
「まぁなんだ、フェイ君が苛立ってる理由はわかるよ。僕のリリウスを返せってやつだ。でもってリリウス君はいやいや俺がリリウスなんだよって説明しようとしているんだけどまぁ彼はそれほど口がうまくない。事態のややこしさもあって難しい話になっちゃってるだけなんだ」
説明を引き継ごうとしたアシェラへと殺害の王が首を振る。
「アシェラ、俺に説明させてくれ」
「こじれそうだよ?」
「それでもこれは俺がやらないといけない。それがダチへの誠意ってもんだ。なあフェイ、あの大平原でお前と出会い、ずっと旅してきたのは俺だ。それだけは信じてくれ」
「まだ納得はいかない。信じるのも難しいが……」
フェイが座り直す。
えらそうに腕を組んでむすっとしたままだが……
「話は聞いてやる。続けろ」
「惑星生物論によると魂は惑星の血液のようなものだ。生を終えた魂は母なる星に戻り、大いなる川を巡る旅に出る。普通はそこで生ある時の記憶もなんもかんも洗い落とされちまうんだが俺の場合は洗い落とせないんだ」
「ヨゴレが強すぎたのか?」
「神の座に殺害の王が存在するせいだ。俺の魂の来歴であるアルザイン・ダルニクスンと殺害の王は別物なんだよ」
フェイがわかってなさそうな顔で首をひねる。ユイちゃんもわかってない顔でお菓子をパクつき、レテにいたっては刺繍をしていて話を聞いてない。
といういつもの問題児のみならず参加者の八割がわかってない。
「神の御位に押し上げられたなんて表現をするから勘違いの素になりやすいんだが、そもそも神は信仰心という名の集団認識が作り上げた精霊なんだ。かつてこの世に存在したアルザインとは別の新たに誕生した精霊こそが殺害の王なんだよ」
やはりわかってなさそうだ。
「そこはもう別物だって無理にでも納得しろよ、話を進めるぞ。で、問題なのは殺害の王っていう精霊が負の信仰心から生まれた存在ってことだ。死への恐怖から生まれた殺害の王の精神干渉が俺へと流れ込んでいるのが問題だし、たまに意識を持っていかれるのも問題だ」
「今はお前なんだな?」
「いまは俺だ。意識を持っていかれやすいのは眠っている時だな。別にそう悪さをするような存在じゃねえ。興味本位であちこち歩き回ったり、絡んできたチンピラに祝福をくれてやったりする程度には慎ましい御方だ。……お前らも何度かは接触しているはずだ」
「どういう意味だ?」
「王はお茶目な方でな、普段は俺のフリをしてくれるんだよ。危ないと思ったらこっそり邪魔者を始末してくれたり、俺の仲間には格別に優しく振る舞ってくれる。俺も薄ら記憶があったりなかったりだが夢でも見てる感じだ」
みんなが驚き、戸惑い、どよめきが漏れる。
知らず最高神格と接していたこと。リリウスのフリをしていたこと。それに今まで気づけなかったこと。
そして本人が思ったより楽観視しているのに驚いた。
だからフェイがこのように問う。
「問題ないんだな?」
「今のところは問題ありだ、ってのは王への非礼になるか。だが将来的に問題はなくなる。王は御身の消滅をご所望だ」
「なるほど、見えてきた。つまり殺害の王の名を広めるガレリアの解体を望んでいるんだな?」
「おう、この件に関しては全力で協力してくれるってよ。最高の後ろ盾だ、タイマン最強の殺害の王の全力協力だぜ」
希望が見えてきた。微かだった勝率がどどん!と大きくなって現実味を帯びてきた。そんな予感に震える中でユイちゃんが言い出す。
「あのぅ」
控えめな挙手だ。
「なんだい?」
「お話はわかりましたけどぉ、じゃあなんでアシェラ様はさっきあんなに苦しそうな顔をなさっていたんですか?」
「演技」
「え…演技ですか?」
「イザールは殺害の王の情報を持っていないからね。だから虚飾ないまぜにして情報を小出しにしながら興味を惹いてリリウス君に釘付けにしようと思うんだ」
「さっきガレリアと情報戦をしてはいけないって仰っていたような気が?」
「ふふん、英知のアシェラを舐めるなよ。組織としての総合力で負けていてもボク個人の頭脳がガレリアに劣るわけではないよ」
アシェラが勢いよく立ち上がる。ここが出番だと察した馬鹿どもが一斉に花びらを撒く。こういう時になぜか花びらを用意しているのも率先して賑やかしに徹するのもリリウスとフェイだ。フェイはもうリリウスが何も言わなくても用意だけはしておくのだ。
「じゃあおバカさんたちのために作戦をまとめちゃうぞ!」
「アシェラー、カッコイー」
「イカしてるー、サイコー!」
「愛してますぅー」
「何もかも上手くいってると信じ込んでるイザールが一番調子こいてる時にリリウス君の前に出てくるからそれを倒しちゃえよ大作戦だ! 無力化したと思ってたリリウス君がじつは殺害の王でイザールは泣きっ面だよ!」
会議場が歓声に湧く。こいつらは訓練された神狩りなので宴会を盛り上げる技は習得済みだ。
「ドルジア帝国内で進行中の作戦『インターセプト』も同時にやるよ。ガレリアの拠点からベティを強奪するよ!」
というわけで、現在も作戦は順調に進行中なのである。




