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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 静かな死が灰被りの都を満たして
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其々のターニングポイント

◇◇◇フォン・グラスカールside◇◇◇



 帝国第一皇子にして皇太子フォン・グラスカールはクリスタルパレス内で軟禁されている。軟禁と言っても己の離宮で過ごすことを許され、それほどの不便を強いられているわけではない。

 だがやはり軟禁なのだ。期限付きで皇族としての権利を停止させられ、自由に出歩くこともままならない。


 本日は面会がきている。グラスカールを軟禁した張本人であるドルジア皇帝ガーランドだ。

 とんでもないことをしでかした諜報人の分際で以前と変わらぬ親しみの眼差しをするのだからブタ皇子的には趣味の悪いバースデーサプライズなのかと思わなくもない。


「不便はないか?」

「あると言えば出歩く許可をくれるか」

「いいや。無いと答えてくれれば余の心が安まるだけよ」


 面白かったので噴き出してしまう。あのガーランド・バートランドに! 鉄血の男にそんな繊細さが残っているわけがない。だからこそ面白かったのだ。


「お前にもそのようなフラジャイルなところがあったとはな。まあその程度には想っていてくれていると捉えるとしよう。じつにありがたいよ」


 くつくつ笑うグラスカールが乳兄弟を睨みつける。


「ならば何故このようなマネをしでかした」

「お前達二人がこそこそ進めていた『豊穣の大地』作戦だがな、一つだけ気に食わないところがある」

(お前達二人?)


 グラスカールが訝しむが些細な部分だと違和感を流す。


「どこだ?」

「落としどころだよ。南大陸の過半を制圧した悪しき侵略王グラスカールの首をもって講和の材料とする。この部分だ」


 ガーランドが怒っている。いや以前からずっと怒り続けていたのかもしれない。

 だがここは譲れない部分だ。大戦争をやらかすのだ、責任を取るには皇帝の首が必要になる。


 クリストファーではダメだ。皇帝のネームタグを貼り付けた年若い皇子を差し出して納得する者などいるわけがない。他の皇族でもダメだ。

 これはグラスカールとガーランドが二人で始めたことだ。ならば終わらせるのは二人のうち最も地位の高くそして無能な自分しかいないのだ。


「責任は二人で分かち合うと何度も話し合ったではないか。余は命を差し出し、お前は新しい帝国を護るためにその身を差し出すのだ」

「だとしてもお前のような優しい子が命を投げ出す必要はない。新しき帝国にはグラスカール、お前の知恵や寛容さも必要なのだ。終戦は無能な父の首で終わらせる」

「……?」


 グラスカールがその言葉の意味するところを推し量る。想像し、先ほどの違和感まで加味し、それらがミスリードを狙っての冗談である可能性も考えたが……


「死体は確かに父上のものだと確認いたしました。その姿はどうなさった? 何より本物のガーランドをどうなされた!」

「帝国の未来は余が切り開く。我が子よ、お前は新しき世に専念せよ」

「お答えを! 我が弟ガーランドをどうなされた! 父上!」


 返答はもたらされなかった。

 ゆうゆうと歩き去る父の背中を追いかけることもなかった。……父の御心を思えば答えは知れたもので、息子グラスカールをいたずらに傷つける気もなければ、息子ガーランドを殺して成り代わるわけもなかった。



◇◇◇皇帝ガーランドside◇◇◇



 三月九日。クリスタルパレスの王の間にて簡易的ながら新皇帝即位の儀が行われる。帝都にいる貴族を招いての即位式は厳かな雰囲気で行われる。……大勢の戸惑いの中で。

 何故グラスカール皇太子ではなくこの男が即位するのか?

 先帝の崩御の知らせからさしたる間もなく皇族でもない男がどうして名乗りをあげる?


 疑惑と怒りの眼差しを浴びても新帝に怯みはない。まるで絵物語にのみ存在する偉大なる皇帝であるかのようだ。いや、そのように振る舞っているのだ。


「我らが母なる大地は遠からず凍りつく。我らが取りうる選択は一つしかない」


 新帝が熱弁を振るう。それは皇帝としての抱負にしては荒々しい宣戦布告である。


「この地にしがみつき凍え死ぬを選ぶか? 否、我ら母なる大地を飛び立って新天地へと飛び立つのだ! 今こそ帝国総南下計画実行の時! 来たる春節が後、大攻勢を開始する!」


 すでに事情を知っていた者。表向きは知らぬまでも情報を得ていた者。何も知らなかった者。それぞれの反応はバラバラだが、その目は等しく新たな皇帝の思惑を見抜こうとしている。


 ガーランド・バートランドなら必ずや莫大な利益を約束して釣ろうとする。

 乗ってもいい波なのか、乗ると不味い波なのかを見極めなければならないのだ。


「なお新天地での利権は此度の大攻勢での軍功によって考慮する。単独にして都市を落とした者には都市の支配権を約束する!」

「おっ」

「これは中々……」

「だが単独だぞ。横やりを入れてくるのでは困る」

「我らを本隊の露払いに使うつもりであろうか……」


 懸念が解消されないせいで心に響いていない様子。

 ざわめきと困惑が波のように人心を渡り、新帝と諸侯の間に大きな温度差が生まれた。


「春だ。我ら帝国の存亡を懸けた戦いを始める! 我ら竜の末裔が飛翔する時が来たのだ。人界千年史に残る覇道を往くのだ! 諸君らの奮戦を期待する!」


 不和を抱えたまま戦いが始まろうとしている。


 きっと偽物は気づいていないのだろう。夢を見ようとするあまり現実が見えていないのだろう。

 この計画の成功自体が危ういと、すべてはガーランド・バートランドという阿修羅の軍才ありきの計画だと、彼は夢破れる寸前まで見ようとしないのだろう。



◇◇◇レリアside◇◇◇



 夜のガレージでちびちびと飲む一人酒。しんしんと雪の降る夜は心をざわめかせるから考え事には向かないと、レリアは自分にもそんなセンチメンタリズムが残っていたのだなと冷笑する。

 思い返すはレギンビーク市での夜の事。流星のように現れた男と戦い、敗れた夜の記憶。あの夜もこんなふうに雪が降っていた。


『へえ、悪くないな。正直ここまでやるとは思いませんでしたよ陛下』


 こちらはボロボロであちらは無傷。息の一つも切らせていない。ここまで手も足も出ないと笑うしかないが、笑う元気も残っていなかった。

 敗北を悟り始めた頃から粛々と決意を固めていた。ここが私のおわりなのだと……


『私の死神はお前か』

『父上でなく残念か? いや失礼、陛下がそのような女々しさを持ち合わせているわけがないか』


 嫌な言い方だ。私も一応女なんだぞ、なんてそれこそ女々しくて言い出せるものではないが……


『生憎余韻にひたらせてやる情緒にも欠けていてな。殺せ、ルーデットの誓いを遂げろ』

『誓いね。我らは誓いを必ず守る一族だ、だが原初の誓いとは何で、それはきちんと果たされたのかな?』

『何の話だ?』


『陛下のことは父上の領分だと考えていて、俺とカトリは始祖ルードの誓いを果たすべく動いているってのが一番分かり易い回答になるんだろうな』

『始祖ルードの誓い。イザールか』

『俺もカトリも大いなる終焉を止めるべく活動している。なあ陛下、御力を貸してはくれませんかね? 過去の小さな諍いを忘れてリリウスに助力してもらえませんかね?』


 過去の小さな諍い。帝位簒奪など過去の小さな諍いだ。ルーデット派狩りも十年続いた内戦もこの男にとっては小さな諍いなのだ。

 大罪人を自認するレリアでさえ恐怖するほどの正義面にどん引きだ。


(あぁまったくルーデットの本質とは! 奴らの唱える破邪顕正とは人間的なそれとはここまで異なるかよ! 今にして思えばアルトリウスはまったく人間的だったな!)


『もし陛下にほんの僅かでも悔いる想いがあるのなら協力してください。たかだか数百万の命を悼むお暇があるのなら星を救いましょう。それだけが貴女の心が救われる道ですよ』

『知ったふうな口を利きやがる……』


 返事もせずに別れたがルキアーノは追ってこなかった。あの男にはきっと分かっていたのだ。レリアがその心の内に何を抱えているか、そして悶々と悩み続けた果てに出す答えすらも。


 居るわけがない。レリアの瞳は学院内のすべての動体をアクティブソナーのように捉えている。

 だが予感はあった。


「ルキア、お前の提案を受けるぞ」

「感謝しますよストレリア先帝陛下」


 本当に居やがったという驚きは自制する。この程度で驚いていてはこの先保つまいと感じたゆえだ。

 オーダーはこんな連中と足並み揃えて世界を救えだ。威勢を張らねば呑み込まれると驚きを隠して女帝の面構えで言ってやるのだ。


「感謝はするな。私の心の平穏がためにやるのだ」

「その調子ですよ。役に立たぬようでは生かしておく意味もない」

「ほざけ」


 人生には重大なターニングポイントがある。ここで決めたことが人生における傷となって長々と影響を及ぼすような、そんな決断だ。

 一度、二度、何度間違ってきたかもそれが正解だったかもわからない重要な決断だが……


(思えば、思えばだな。ルーデットの手を取るのは初めてか)


 また間違えるのだとしてもこの決断を悔やむまい。彼女が決めたのは誰の側に立ち、何を為すかではない。

 己が心に従って歩む道を後悔してはならないと、それだけを決めたのだ。



◇◇◇アストライアside◇◇◇



 青の薔薇は大きな転機を迫られている。ばら撒いた思想は歪んで本質を見失い組織の悪評になり、同志の面をして同志のように振る舞う悪党の増長を助長している。

 組織のすべてが悪なのではない。ゆえに長らく決断できずにいたが……


「帝国騎士団が計画する豊穣の大地プランについてはご存じでありましょう?」

「ええ、寒冷化する帝国領を放棄して温暖な南の土地を手に入れるつもりだと聞いているわ。文字通りの帝国総南下計画ね、少し性急な気もするし寒冷化と言ってもピンと来ない方々からは疑問視されているわ」

「寒冷化は起きていますよ。我ら極北の民のほとんどが気づかないくらい緩やかに」


 来客が、魔王ファウスト・マクローエンが薄笑みを浮かべながら断言する。


「今年は特によく冷える。寒冷化の速度が増しているのだと感じませんか?」

「体感ではそう感じるわね。でも気のせいかもしれないわ」

「その程度の魔導師か」


 冷笑されても怒るほどではない。アストライア・イースにとって魔王を自称する小僧の嘲笑なんぞ「あら、生意気なのねえ」って感じだ。


「私の見立てでは後数年、三年か四年ですね。この辺りも人の住めぬ土地に変わるでしょう」

「帝国騎士団の調査よりも随分と早いわね。具体的な根拠のあるお話なのなら是非拝見したいわ」

「問題は帝国皇帝ガーランドが豊穣の大地プランを実行するということです。私はすでに放棄される予定の帝国領の拝領を約束させました」


 話の筋は見えてきた。

 うまい話だ。それこそたった一つの懸念に目をつぶれば青の薔薇としては応じない理由がない。


「放棄される帝国領と残された民の共同統治をイース財団にお願いしたい。私と共に極北の覇者となっていただきたい」

「魅力的な提案ね。こんな提案をしてくれる貴方にはきっと寒冷化を止める手段もあるのでしょうね?」

「幾つもの手段がございます」


 帝国有数の凍土で知られるマクローエンを温泉で救った温泉王ファウストの手腕ならすでに報告は受けている。その手腕が信じてもいいものだということも。

 彼が本当に魔王と名乗るに相応しい魔導師であることも信用の一つに加えてもいい。手土産にもたらしてくれた龍脈変動の秘術があれば人類の生存領域が大きく増える。それは帝国に限った話ではない。

 この秘術を用いれば魔物のちからを弱め、人類が結界を構築できる場所が増えるのだ。


「いいお話が聞けました。それでどうしてこのタイミングなのかを聞いても?」

「無論この次の話題にするつもりでしたよ。私も出兵を求められております、帝国総南下計画の成否は問題ではありませんがうまく往くに越したことはありません」

「ええ、いい時間稼ぎになるものね」


 陰謀の話を進めていく。すでにアストライアの心は決まっていて、この話がどうなるにせよこの男と握手を交わすつもりだが条件は良いに越したことはない。


 青の薔薇は魔王と手を組む。



◇◇◇アシェラside◇◇◇



 ガレリアの虜囚となったアシェラ神はエイジアの屈辱とも呼ぶべき日々にある。それは何もできない無力な日々であり、だが救世主を信じているので「別にボクが何かする必要ないよね」って感じなので、監禁先のパークライアットホテルのスイートでゴロゴロしているのである。

 そんなアシェラは最近ガレリアの娘達をいびって遊ぶという、スリルしかない遊びに嵌っている。


「こんな不味いメシが食えるかぁー!」


 昼飯の載ったトレイをひっくり返す。


「味が濃いんだよ。作り直してこい!」


 そんで怒鳴りつける。もはやルーティンだ。

 理不尽に叱られたキリングドールちゃん達がひそひそ言ってる。


「あの人マジなんなん……」

「親方の昔の女だって」

「別れた理由をマッハで把握した」

「おい、聞こえてるぞ!」


 キリングドールちゃん達がダッシュで逃げてった。

 でも部屋の外でこそこそしゃべってるのが聞こえてくる。いや、アシェラ神の眼にはキリングドールどもがこそこそ繋いでいるマイナーネットの会話が見えるのだ。


『さすが女神様、グルメだねえ』

『文句があるなら食わなきゃいいのに。どうせ食わなくても死なないのに』

『それ言ったら私達もじゃん』

『そーだね。どうする、七回目のリテイク出す?』

『食堂担当の子がキレちゃうよ。なんならすでにキレてた』

『キレてたね』

『アサルトライフルの整備してたもんね』


 アシェラ神の命が危ない。


『出前とる?』

『おー、その手があったね。ナイスゥ!』


 キリングドールちゃんたちがどっか行った。さすがに距離が離れると誰の会話なのか判断できなくなるので鑑定眼を閉じる。


 ガレリアの本拠地である首都エイジアはイザールの呪術工房だ。ここでイザールの許しもなく魔法という名の奇跡を起こせるのは神聖存在くらいのものだ。

 とはいえ相当にきつい制限を受けている。ここに閉じ込められて思い知ったのはイザールの強大さだ。

 こんなのと正面から戦うなんて正気の沙汰じゃないねって想いを新たにしたくらいだ。


「だからこそこんなものがいつまでも存在していちゃいけない。イザール、キミの作った過保護な鳥籠は彼が現れた以上もう不要なんだ」


 なんて格好いい感じなこと呟いた瞬間だ、求めていた鍵が到着した。

 出前箱を掲げて「へい、おまちー」なんて言ってる少女こそが鍵の一つ。真っ白な髪をショートボブにしたロリロリしい少女が注文した(注文してない)メニューを暗唱しているのである。


「やあベティ、ちょいとボクとお話をしようか?」

「? やっぱり激辛777倍タンタンメンは間違いだったん?」


 ばら撒き続けた未来の欠片が収束を求めて巡り合う。

 時の大神さえもまだ見ぬ未来を目指すために。



◇◇◇リリウスside◇◇◇



 トレーラーの旅は快適だ。


「新婚旅行ぅ~新婚旅行ぅ~」


 ハンドルを握るナシェカの気分もいいし、いい旅になる予感がしている。

 え、ワイスマンカジノの景品はどうしたんだって? 記憶にねえなあ……


 帝都脱出の理由? 寒かったからだよ。プリスの兄ちゃんのいる南方戦線は温かいらしいし越冬にはちょうどいいかなってね。


「楽しみだな」

「最高にね~」


 荷台に大量の神器を積んだモンスタートレーラーが時速120キロで平原を驀進する。目指すは帝国南部国境ライン。

 春の大攻勢までの間は温暖な土地でゆっくり新婚気分を楽しむのさ。



◇◇◇ロザリアside◇◇◇



 三月の帝都は悪天候が続いた。今年は特に厳しい冬だったせいか、最近は家を出ることもなかったから今日のような晴れの日は貴重だ。

 ロザリアはトレーニングウェアに着替えて外に出た。軽くランニングでもしようかなって気分だ。


 丁寧に除雪のされた庭を通って正門から出ていく。雪被りの貴族街の丘を右回りで走ってると途中から熊みたいにでけえおっさんが並走してきた。


 でかいくせに軽やかな足取りだ。リリウスに一回り肉をつけさせたような見事な肉体なのにフットワークも軽い。相当な実力者なのは見ているだけでわかった。


「……バーンズさんでしたかしら?」

「名前を憶えていただけたとは光栄ですな。ジョギングですかい?」

「そうね」


 そちらもジョギング?なんてアホな返しはしなかった。

 くせ者揃いのマクローエン家の元兵長と偶然ジョギングの時間とコースが被るなんて信じられないし、何よりここは冒険者が気軽に立ち入ることのできない貴族街だ。待ち伏せと考えるのが自然だ。


「それでご用件は? あるから待っておられたのでしょう?」

「リリウスぼっちゃんからの書状をお持ちいたしました」

「それはご丁寧なことで」


 貴族が貴族と会う時は先ぶれを出すか事前に手紙なんかで予定を尋ねる。常識だ。常識なのにリリウスがそれをやると違和感を感じるから不思議だ。

 まだるっこしいマネしないでさっさと会いに来なさいよって感じるのは、きっとあいつの日頃の行いのせいなのだろう。


「では俺もこれにて」

「返事を待ってはいただけません?」

「返答は不要とのことです」


 はて返答不要とは?

 少し考えてわかったのはこれは訪問前のアポとりではないらしいってだけだ。


「俺も巻き添えはごめんですので帝都から去ります」

「巻き添え?」

「ではおさらば」


 バーンズが手すりを乗り越えてひらりと崖を飛び降りていった。

 手すりから眼下を覗き込めば軽快なフットワークで走り去っていく背中が見えた。まったく呆れたことにあの一族には帝都貴族連盟が誇る結界など意味を為さないらしい。


「巻き添えねえ。……あれ? わたくしもいま巻き込まれたの?」


 なによあいつふざけんじゃないわよって感じだ。


 余所余所しく秘密にしたり、遠慮なく巻き込んだり、勢いで勝手に結婚したり、こっちの気も知らずに勝手気ままに感情を掻き乱してくる。

 こちらが笑顔の上で青筋立ててるとも知らずに!


「まったく、今度は何をやらかしたのかしら?」


 手紙を読んでみると新婚旅行に行くとか書いてあった。そりゃ春の大攻勢までやることはないけどこのタイミングで新婚旅行なんて正気とは思えない。

 しかし逆に考えればここを逃せば新婚旅行に行く時間もない。英断なのかといつものトンデモ案なのか判断しかねるところだ。


『ガイゼリックに居場所を聞かれたら知らないって言っておいてください。それと怒らないで話し合いで解決しようと伝えてください』

「???」


 なんでガイゼリックなの?って感じだ。

 だがすぐに事情がわかった。貴族街の丘からも見える帝都のシンボル的なワイスマンカジノがガレキの山と化していたからだ。


「あー、夜逃げかあ。本当に仕方ない子ね」


 いいわけのように最後に『肩のちからを抜いてください、気が張りつめている時こそ視野が狭くなるもんです』って書いてあった。いいセリフを残そうとしている感じが面白かったので久しぶりに笑えた。


「視野ね。ねえリリウス、あなたにはこの絶望がどんなふうに見えているのかしら?」


 これは一方的な想いだってわかっている。

 手元に置こうとして逃げられた。欲しいと想いを伝えても約束だけ残してはぐらかされた。ようやく帰ってきたと思ったらあっちへ行ったりこっちへ行ったりと気まぐれに振り回されて、今度はまたどっかに行った。


 まったく仕方ないわねなんて言い飽きるほど言ってきたけど、やはり今回も仕方ないかな?なんて言っちゃってる。


 仕方ない。仕方ないのだ。だって彼女が愛したのは風なのだから。

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