主人公不在のたーにんぐぽいんと① ナシェカちゃん悪くないもん
この世には一個だけどうにもならないものがあるとココアは考えている。敵や味方なんてのは風見鶏のようにクルクル回転するのに信念だけはどうにもならない。それは生き方だからだ。人生だから変えられない。
信仰もまた同じだ。愛した神からけっして離れぬように信仰もまた人生であり覆せない生き方なのだ。
そういった意味で最も性質が悪いのは聖職者。殺害の王の寵愛を受けるキリングドール・ナシェカの存在だ。最高の暗殺技能と最高の戦闘能力と最高の後ろ盾を持ち、ドケチの工作員教育を受けた完全な存在だ。
バトルパワー十万越えの存在したらアカンやつが帝都を徘徊するランダムエンカウントエネミーと化しているのだ。しかも一度見つかったら死ぬまで追いかけてくるタイプの。……まぁなんだ、とっ捕まったわけだ。
「ナシェカちゃんもね、別に無理な要求をしているわけじゃないの。ただココアちゃんの持ってる情報を全部公開してほしいだけなの。タダで」
「どの口が……」
全部差し出せというのだ。しかも対価をふっかけてもいけないのだ。これはもう取引ではなく恐喝とかそんなのだ。
「こっちの持ってる情報も明かしてあげる。だからさあ、吐けよ」
「仕方ないわね。ほら、これを持っていきなさい」
ココアが谷間から変な機械を出した。左右の十字キーとスティックとボタンが付いていて、真ん中にディスプレイがある機械だ。ナシェカの目には博物館行きの古いゲーム機にしか見えない。
「ナニコレ?」
「リリウスに渡せばわかるわ」
「ふーん。ま、いいでしょ。他には?」
図々しい女だ。ドケチの騎士団長の隠し腕とまで呼ばれた女だから当然であるが憎たらしいまでの図々しさだ。
隠し腕の役割は奇襲なのでダーティプレイはお手の物。なんなら帝国で一番出遭ったらいけない怪物まである。
「その前に教えてくれない、あなたはどちらの信奉者なの?」
「ガーランド団長には恩があり、旦那様には愛があるって? ナシェカちゃんは愛の剣士だから愛のために戦うよ」
ふざけた女だ。わかっているはずなのに答えをはぐらかす。きっとイザールの教育が彼女の人格を大きく歪めているのだ。
「真面目に答えて。殺害の王アルザインと殺害の王と始まりの救世主のどちらに愛を捧ぐのかを教えなさい」
「へえ! わかってんだ!」
ナシェカが笑みを深くする。
きっと誰も気づいていない。気づいていてもアシェラ神くらいのものだと考えていた真実にココアも至っているのだと知り、真面目に話をできる相手だと再認識したのだ。
真実の眼であの男を見定めた時に問題になるのがこの三つの役割と二つの心。
アルザインとは何かを知り、神とは何かを知った後で当然のように抱く疑問の根底はここにある。
「私が彼に求めているのは始まりの救世主という役割。私はこの狂った箱庭に愛を説き広める救世主さまの剣となり、その行いを阻むすべてを斬り捨てる」
(最低の答え。それは、それだから貴女には真実を話せない。……本当に最低、彼の傍にいる最高戦力こそが潜在的な敵だなんて)
敵と味方なんて関係は風見鶏も同然にクルクル変わる。利益や情や欲望でクルクル回る立ち位置なんて問題にしていない。
問題なのは確固たる信念を持つ者。けっして曲がらぬ剣こそが敵なのであり、ココアにとってはまったく不幸なことにナシェカこそが敵であるのだ。
「さあ早く教えてよ。ナシェカちゃんあんまり気が長い方じゃないから苦しめちゃうよ?」
「本当に最低……」
敵だと認定されたら詰む。だから適当な情報を与えて時間を稼ぐしかない。
邪魔をされたら終わる。ナシェカに敵う戦力なんて帝都には存在しない。あぁ結論はとてもシンプルだ。
ルナココアにとっての最大の敵は殺害の王の寵姫ナシェカ・アルザインなのだ。
「わかった、話すわ。でも邪魔はしないでよ」
「それは話の内容次第だってば」
ココアの喉元へと殺害の王の神器を突きつけてナシェカが嗤う。
完全かつ完璧な合理性と冷酷さ。それを迷いもなく実行できる超絶の能力。ナシェカの本当によくない部分はここだ。愛の剣士のくせに『愛』が足りないのだ。
ナシェカの独占欲:激高
独占欲が高い。恐ろしく高い。愛するからには愛されたい。愛を一身に浴びたいという願望がおぞましく高い。
なんなら他のヒロインすべてを殺害してもナシェカちゃんが一人いれば問題ないよとか考えていそうだ。現時点においてリリウスサイドの最強戦力である。……不安だ。
独占欲の強さは裏返せば忠誠心の高さでもある。絶対に裏切らないどころかリリウスが死んだら後追い自殺をしそうなレベルで怖い。