表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 静かな死が灰被りの都を満たして
259/362

すべての因果を一撃で破壊する男 ~彼がキングメイカーになれなかった理由~

 天気を操って晴れの日ばかりにしていたら何か知らんが近所の人から崇められてたのでしばらく吹雪にしてやった。

 そしたら今度はお供え物を持ってきやがった。しなびた白菜や大根で晴れさせろっていう根性が気に食わなかったので処女を寄こせと言ったらナシェカから殴られた。


「さすがに処女はアカンか」

「当たり前でしょ。新婚のナシェカちゃんがいるのに何考えてんだよ」

「あ、そっち?」


 午前中は丸々ご機嫌取りに使ったぜ。


 チョロく転がせてしまう理由が怖いぜ。恐ろしく手強い女がチョロい時は逆に怖い。それは男を泳がせている時だ。俺という男の品格を見定めている時なのだ。

 もしここでこの男はナシェカちゃんがケツを叩かないとダメだね、なんて妄想に取り憑かれてしまったら恐ろしいことになる。夫への当たりがきつくなっちゃうんだよ。カカア天下という名の墓場的な家庭が誕生するんよ。

 ゆえに俺はこう主張する。何もない時こそ妻をリードせよ。こういう問題のない時にこそ「この男に任せていたら安心なんだ」という認識を植え付けるのだ。ルーデット家家訓「凪の日にこそ備えよ」である。


 一緒に昼飯を作りながら親睦を深めていたら、スープの味見をしてるナシェカがこんなことを言い出した。


「最近学院にココアが出没してるらしいんだ。捕まえるの手伝ってくれない?」

「寒いからなあ」

「は?」

「え?」


 どういう反応だ?


「学院でココアが流行してるんじゃなくて、ルナココアが出入りしてるっつってんの」

「あぁそっちか。え、捕まえるの? ナンデ?」

「ナシェカちゃんの見立てだとあいつもガイゼリックの同類だもん。いや、たぶん時の大神の使徒だね」


 ナシェカちゃんよ、カテゴリー的に俺もクロノスの使徒になるよ。


 詳しく聞くにどうやら確証はないらしい。言動が怪しいだけなので捕獲して情報を引き出したいらしい。


「じゃあ昼飯の後は学院だな。ついでに落ち込んでるらしいマリアを励ましてやってくれよ」

「そのマリアとつるんで色々やってるらしいよ」

「ふぅん、やることは俺と変わらないんだな。具体的には何をしてるんだ?」

「グランツ主席判事を更迭してハディン先生が帝国法院の主席判事に戻ったね」


 なるほど、コミュクエストか。

 あれやる意味があんのかイマイチ謎っていうか、俺の考えだとゲーム的すぎて実際には意味がないと考えていたから放置してたんだけどな。だって仲良くなったら能力値ボーナスとか絶対デマじゃん。散々苦労した俺が言うんだから間違いないね。


「それと旦那の叔父さんと酒場の給仕娘をくっつけてたよ」

「バーンズの言ってた変な娘っこたちってあいつらだったのかよ……」


 コミュとも関係ないこともやってるらしい。まぁ横道に逸れることもあるんだろうな。


 最近バーンズが結婚した。酒場一つを貸し切っての庶民的な式だったが俺が神父として誓いの儀式をやってやった。イルスローゼの貴族は太陽教会の聖職者でもあるからな。

 イルスローゼは太陽神ストラの末裔がやってる国だから王に仕える貴族には聖職者の側面がある。ちいさな村一つくらいなら村長を置かずに神父さんが切り盛りしてたりする。相談役に留まることもあるがその地を治める領主は神父を呼び出して話を聞いてから税金の額を決めたりもする。


 まぁ帝都で木工職人の夢破れたミリーさんが酒場で働いてたことも知ってたし、バーンズがそれとなく援助していたのも知っていた。

 だがくっつくとは欠片も思わんかった。だってあの二人マクローエンにいた頃は何にもなかったんだぜ?


 故郷を出ると故郷の話をできる人には長年の友人レベルの親しみを感じるからな。燃え上がっちまったんだろ。変な男に引っかかるよりは安心だしな。俺も素直に祝福したよ。


「大きな見方をすれば味方なんだ。手荒なまねは無し。情報共有を提案をしよう」

「断られたら?」

「諦める。断るなりの理由があると思えばいいよ」

「お優しいことで」

「面白いことを言うねえ」


 俺が優しいときたか。この俺が。

 だが優しいのかもしれない。俺の愛は万人が振るい、また享受できる。殺すこと、殺されること、それらは等しく俺が許した愛だ。


 外はまぁ中々の悪天候だ。晴れにしてもいいんだが近所の人が調子に乗りそうだからやめとく。

 馬でLM商会から騎士学へ。厩舎の来客用の馬房もあるので悪天候でも安心だ。


「どうやって探す?」

「そこは旦那の神業サーチで」

「無茶言うなよ、貴族階級が何百人も住んでる学院内でサーチを放ったって誰が誰だかわからねえよ」


 それこそレリア先輩のような大魔導と一般貴族なら簡単に見分けもつくが、ぐんぐりと石の見分けなんて無理だね。


「旦那にも無理なことがあるんですねえ」

「むしろ無理なことが多い」


 俺バトル特化タイプのポケモンなんで。さつがいのおう♂なんで。


 とりあえず手分けして探すことに。見つけたら確保して互いに連絡ってな感じだ。魔力アカウントのパスを渡しておけば学院の広さならいつでも連絡を取り合える。


 ナシェカは女子寮から捜索するらしい。ついでに友達に声をかけるそうな。

 俺は倶楽部棟から。久しぶりだし考古工学部に顔を出しておこう。


 雪かきをする職員達の間を平然と通って倶楽部棟へ。ガレージがしまってた。さすがに寒いもんな。

 表に回って正面玄関から倶楽部棟に入るとマイルズ教官が絵画を見上げていた。サーキュラー階段の上には絵画がある。つか学院にはこの手の美術品が多い。


 学院のあちこちには美術品が飾られている。皇室やOB会から寄贈されたそれは素晴らしい品を見て目を養えってことらしい。それと寄贈主の名も記されるので名誉のためかもしれない。


 倶楽部棟のサーキュラー階段のところにも絵画が飾られている。

 玉座に在る偉大な女帝を描いた絵画だ。王錫を手に微笑を湛えながらこちらを覗き込んでくる美しい女帝がどこの誰なのかは誰も知らない。タイトルにはただ『Sの肖像』とだけある。


「美術鑑賞ですか?」

「どうだろうね」


 面倒な人だな。そこの正確さはどうでもいいだろ。


「綺麗な人ですよね」

「そうだね。俺もそこは否定しないよ」


 マイルズ教官がようやくこっちを向いた。なぜか剣呑な雰囲気をまとっているが理由は知らん。

 なんだろうねえ。奥さんが浮気でもしてんのかな?


「教官、あんた死相が出ているぜ」

「なんだ。占い師のまねごともするのかい」

「馬鹿を抜かせ。そいつはあんたが己の死を先読みしているから表れるんだろうが。誰とやる気かは知らんが勝てない喧嘩はやめとけよ」

「最近はそういうの流行ってるのかい?」


 そういうの?


「なんだ、マリア君とは別口か。上から目線でご親切な忠告をするのが生徒の間で流行ってるのかと思ったよ」

「ティーンエイジャーってのはそういう変な遊びにはまるお年頃だ。許してくれ」

「構わないさ。的外れってわけでもないし」


 やれやれ、これは気づいてるやつだな。

 元フェスタの騎士がこの絵を見上げているんだ。気づいたっておかしくはねえ。


「そういえば知ってました?」

「何がだい?」


 やや警戒している教官に面白い話をしてやった。

 やれやれマリアのお小遣いクエスト先が一個消えるのはどうかと思ったんだがな。まあ敬愛するレリア先輩のためだ、一肌脱ぐべ。



◇◇◇◇◇◇



 吹雪が止んだ。旧市街の太陽神と呼ばれ始めたあの男の仕業なのか、それともマジの良天候なのかは不明だが久しぶりの晴天なので女子寮も外出話で沸き立っている。

 久しぶりにブッチギリと遠駆けでもしようかな?って思っているとズタボロになったココアが現れた。


「どっ、どうしたんですか!?」

「ナシェカに捕まりそうになってましたの。あのド外道キリングドールめ……」


 ナシェカのバトルパワーは十万越えだ。マジな話本気になられるとリリウスでも負けかけるやべー女なのでココアじゃどうにもならないようだ。


 ココアを部屋に匿ってご所望の酒と食い物を運んでいき……


「それで第五フェイズは?」

「マイルズなら学院を去ったわよ」

「えっ、ナンデ!?」


 驚愕の事実だ。担任なのに知らされていない!

 あまりにも突然なのでココアもブスッとしてる。


「さあ。何でも忠義のためとか言って退職届を叩きつけていったらしいわ。……誰だか知らないけど余計なまねをしてくれた奴がいるわね、誰だか知らないけど! こんな大雪の中出かけることないじゃない! せめて春を待ちなさいよ!」


 ココアが怒りながらクリームシチューをがつがつ食べてる。悪くなってきた野菜を煮込んだシチューは絶品とは言い難いが腹は膨れるはずだ。

 機嫌がよくなった頃に切り出そうかと迷ったが、マリアの正義はいま言えといっている。


「ねえココアさん、あたし真実と向き合いたい」

「まあ答え合わせはしたいわよね。もういなくなった男のコミュだしいいわよ」


 そうじゃないと首を振る。


「ちがうの、青の薔薇の主に会いたい」


 生まれた意味を、背負った使命を知ってもなお揺るがない自信は今はない。

 それでも目を逸らさないと決めたからマリアは歩く。己の人生という名の険しき道を往くのだ。



◇◇◇◇◇◇



 真冬のドルジアでの騎行は自殺行為だ。だが往かねばならない理由があるなら往かねばならぬ。例えそれが真偽の不確かな情報であってもだ。


「ラクスレーベ様、どうかご無事で!」


 かつての主のご息女の行方を求めてヨアキム・マイルズは馬を駆る。リリウスの示した迷宮都市アーバックスを目指す。


 だが彼は知らない。放浪癖のあるラクスちゃんの行方がどこかなんてリリウスでさえ知らないという事実をだ。

 世界を股にかける雷足のピエロと彼が遭遇できるかはダーナの運命の糸次第であろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ