コミュクエスト 忠義の剣①
法学者の去った学院でココアとマリアが会議してる。ずばり次は誰にするってやつだ。
「あたし的にはマイルズ教官が気になるな」
「状態異常ボーナスの付くシャンテとラグスのコミュを勧めたいのですが……」
ゲーム脳な発言したココアが胸の谷間からスマホのような薄い機械を取り出して、シャッター音。
マリアはエストカント製の小型カメラを見たことある子なので「カメラかな?」って思った。
「記念撮影にしてはタイミングおかしくないですかあ?」
「これ? バトルパワー算出装置『みるみる君』よ」
ばとるぱわー算出装置!
驚きよりも面白そうな空気を察知するマリアはまぁ根っこからティーンエイジャーだ。
「え、ナニソレ面白そう! どんなのなんですか!」
「こういうの」
マリアの映ってる写真の端っこに表記が出てる。
Name: マリア・アイアンハート
Role: 剣士 Rank: 42
BP: 3400
「おー! これがあたしのバトルパワーなんだ。これって高いんですか?」
「けっこう高いわよ。このランク42だけどこのランク帯の魔物って災害級の下位なのよね」
マンティコアだと25らへん。グリフォンで28らへん。ワイバーンで30らへん。より強力なアサルトワイバーンだと50らへん。ガルダなら70越え。
乙女のパワーを魔物で例えるなよ、とは思ったが今はやめておいた。どうして空の魔物ばっかなのか気になるけど今はどうでもいい。だってオモシロそうだし。
「ココアさんは?」
「撮ってみましょう」
自撮りをパシャッとな。
Name: ルナココア・フィア・アルチザン
Role: 剣士 Rank: 82
BP: 12700
「……この人クッソ強いな。そこまで差があるのぉ?」
「本気でやるならこの程度の差は開いているということでしょうね。これね、こうやって以前にも撮ったものが保存されているからいつでも見れるの。それとこういうのもわかるわ」
ココアが薄い板の機械をポチポチ操作する。手慣れている。扱いに随分と慣れている感じだ。
Name: マリア・アイアンハート
Age: 16
Height: 163
Weight: 64
Talent Skill: 種族王A 剣術A 剣神の加護A 死への絶対耐性C(脈打たぬ泥愛) 知性B(至高の天秤)
Passive Skill: 光の導きC 研鑽E 脈打たぬ泥愛 至高の天秤
LV: 63+10
ATK: 2012
DEF: 1622
AGL: 1847
MATK: 2841
RST: 3301
とか。
OGM-RST(悪意ある攻撃への抵抗力)
高熱40 冷気30 電撃10 音波10……
「こうやって色々見れるの」
「へー」
耐性とかはあんま興味なさそうだ。
マリアは楽しい事に対して素直な分、どうでもいいことは聞き流す子なのだ。
「他には誰か撮りましたか? 履歴見てもいいですか?」
「それは後になさいな。話を戻しますわ、方針としてはマリアの耐性を高めたいの」
「耐性ですか?」
なんでだろって考えてから二秒で気づく。
「ハッ、それってそういう目に遭うってことですよねえ!?」
「ミリーの全耐性30アップの不発が響きそうで困るわ。あ、コミュならどうせ全部制覇するつもりだし次がマイルズでも構いませんわ」
「待って! それよりも誰と戦わされるのかに答えて!?」
絶対に答えを明かそうとしないココアが陽気な黒人俳優みたいに腹立たしい顔つきで「わたくし何にも知りませんわ」っつってる。
なぜかその姿が含み笑いをする赤モッチョに見えて仕方がないマリアであった。
未来を知るとみんな挙動不審になるんかって感じだ。
◇◇◇◇◇◇
資料をテーブルに広げる。帝国騎士団情報部のファイルだ。
ヨアキム・マイルズ、年齢は28歳。元フェスタ陸軍准尉。クライスラー選帝公家の家臣。従騎士の位にあった男。
もう十四年も前になる簒奪皇帝ストレリアの帝位簒奪によってクライスラー選帝公家の権威は失墜し、南海のモアン諸島の植民地で軍役にあった彼はクライスラー派狩りから逃げ延びて大陸に渡る。
神聖アージェス教区まで逃げ延びた彼は太守サマルカーンの私兵に転身するも末の姫との恋愛模様でまた逃走。
「特にここめっちゃ気になるよね」
「そこ気になるけど欠片も出てこないのよね」
「ひでー男だ」
ひでー男である。
その後マイルズは冒険者になる。フェスタ勢力圏からは離れつつも一定の距離を保ち続け、海洋商人などから本国の様子を調べてたようだ。
冒険者ランクのほんの二年の間にA級に到達。優秀なのは間違いない。
諸国漫遊の旅の最中のガーランド団長と殴り合いの果てに友諠を結び……
「殴り合ったんだ」
「殴り合って友情が芽生えたのかしら?」
マリアがもやもやとこの光景を思い浮かべる。殴り合った末に夕日の下で誓いの握手をする光景がどうしても想像できない。できるのは倒れ伏すマイルズ教官の背中を踏みつけながら「俺の軍門に降れ」って言ってるドケチの姿だ。それ以外考えられない。
荷物持ちとして諸国漫遊の旅の同行者となる。
「やっぱり!」
「頑丈な荷物持ちが欲しかったんでしょうねえ」
その後はあちこち回って帝国に入り、正騎士ガーランドの従者として帝国騎士団に入隊。四年で退団。最終階級は准尉だがこれは帝国貴族ではない団員の最高位階である。
エランティース子爵家の四女フィアナと結婚。学院の戦技教官として招聘される。なおエランティース子爵は学院の事務派閥に属していた人物である。
「まとめると昔は苦労したけど今は幸せになってる男ね」
「ざっくり言うとそんな感じですね。忠義のコミュニティってことはやっぱり過去に縛られているのかな?」
「そうね、彼は未だに過去に心囚われているのよ」
「だいたいみんな過去に苦しんでますねえ」
マリアはまだ十六歳の乙女なので漠然とした思いで大人って大変だなあって思った。そんだけだ。人生の苦みなんてまだほんの少ししか知らない。
そんなマリアがハッと気づいた。
「もしかしてクライスラーのお姫様のことが忘れられないとか? だとしたらとってもロマンチックですねえ」
「それって忠義じゃなくてチューじゃない?」
「ココアさんにはそういうの無いんですか?」
「縁談なら幾つかはありましたが……」
「そういうのじゃなくて! 護衛騎士との秘めた恋的な! ステキな感じのが欲しいの!」
「……そういえばランスロット兄様には強姦されかけたことが」
「秘められた不祥事じゃん!」
アルチザン家の闇は深そうだ。
「えええぇぇ……ココアさん大丈夫だったの?」
「ええ。そういえば兄様の最後はどうなったのでしたか」
「死んでるのその人!?」
アルチザン家の闇はマジで深そうだ。
「そういえばあれ以来不思議と男性の泣き叫ぶ顔を見るとこう不思議な気持ちになるというか。背筋がゾクゾクするのよね」
「それってトラウマになってるんじゃ?」
「そうかもしれませんわね」
変な性癖に目覚めたとは思いつきもしない二人であった。
ココアのひどい過去が飛び出したところで本題に戻りたいマリア。本能的にこの話題はまずいと察知したのである。
「じゃあマイルズ教官のコミュについて教えてください」
「じゃあフェイズ1からね。教官室に行って出身を聞くとどこだか教えてくれるわ。フェイズ2はフェスタについて調べたマリアが……、うん、ここはまとめられるわね」
「そういえばフェスタってどこの国なんですか?」
「そうねえ。地図があれば簡単なんですけど……」
いま地図がないので棒きれで地面に地図を描く。ココアは算術こそ怪しいものの元騎士だったので軍事的な知識はある。
「ここがわたくしの故郷のベイグラント大陸。ここから南下していくと獣の聖域、ずっと南にいくとダージェイル大陸があって、ここの北岸伝いに東に往けばフェスタのあるイージス大陸があるわね」
「大きな国なんですか?」
「そりゃあもう。西方五大国の第三位。イルスローゼ、ジベールに次ぐ世界で三番目に強い大国よ」
「へえ~、うちは何番目なんですか?」
「知らないけど百位くらいじゃない?」
「へえ~~~」
少しだけ賢くなったマリアである。
学院で学ぶ世界地理はウェルゲートまでやんないのである。
◇◇◇◇◇◇
学院の教官室は校舎から離れた倉庫にある。普段は使わない物や何の役に立つかも不明だけど学院OBが寄贈してくれたヘンテコなアイテムを山ほど詰め込んだ倉庫の管理人という面もある。
そんな教官室の扉をスライドさせるとマイルズ教官が歓喜する。
「天の助けか!」
「へ?」
「ちょうど人手が欲しかったんだ。さあ手伝っていきたまえ、さあ労働の汗を流そうじゃないか! そこに隠れているシスター君も是非!」
マイルズ教官関連のクエストは多い。ゲーム内では常に存在し、放課後を消費してちょっぴり体力とお小遣いが増える。
その理由はこの広大な倉庫にあるのかもしれない。積雪で一部が崩落している!
◇◇◇◇◇◇
「いやあ、部屋の修繕までやってもらえるとは助かった。最近の修道女さんは木工もできるんだね。本当に助かったよ」
マイルズ教官の指示のままに手伝っていたら午後の三時からすっかり夜更けだ。
途中で焼きトウモロコシの差し入れがなかったら本気で帰っていたところだ。
「マリア君、今学期の成績は期待してくれ」
「それって不正なんじゃ?」
「学院への貢献も評価の対象だよ。イイコトをした子にはイイコトが起きてもいいんだ。不正だなんだと固く考えずに善行をなした己を労ってやりなさい」
今は教官室でお茶とお菓子をいただいているところだ。彼ふうに言えば頑張った子へのご褒美だ。
まぁLM印のクッキー缶なのは気になるが、そこは一旦スルーするマリアであった。
「今年は随分と雪が降る。油断して雪おろしをサボっていたらこの有り様だ」
ここでココアの目がキラリ。好機だ。
「もしや生国は雪とは無縁の?」
「ええ、まったく降らないってわけではないけどここまで降るなんてのはドルジアに来てから初めて知ったよ。雪の重みで屋根が抜けるなんて故郷の友人に話したところで嘘だと思われるね」
「あら奇遇ね。わたくしも豊国生まれだからこちらの雪害には戸惑っていたの」
「へえ、ってことは南部の出か。たしか聖教の宣教師さんだったか、こんな僻地に飛ばされるとは災難だったね」
「そうとは思いませんわ。こちらの殿方は頑健でとっても好みですもの」
マリアがものすごい目つきでココアを睨む。
さっき逞しい男をいたぶると興奮するって聞いたばかりだ。
「おや…それはそれは。五年前にお会いしたかった」
「生徒の前でそんなことを言っていいんですの?」
「ダメだろうね。マリア君、お小遣いを渡すからちょっと外へ……」
「マイルズ教官って妻帯者でしたよね?」
教官がこほんと咳払いする。誤魔化そうとしている雰囲気を感じだ。
「冗談はここまでにして、そろそろ本題に入ろう」
「本題ですか?」
「何かあるからここに来たんだろ? それにさっきから何かを切り出そうとしていたふうに感じたから、少しばかり聞きにくい質問があるのだと思ったが間違いだった?」
鋭い男だ。というにはマリアは機会を窺っていたし、ココアもポーカーフェイスに長けているわけではない。
本来ならマリアが言うべきシーンだ。だがココアが言う。異なる、確信に満ちたセリフを。
「未来を選びませんの?」
「それはキミと俺とのステキな未来って話かな」
「戯言を。誰も救われませんよ、彼女も、あなたでさえ」
「救いなど求めちゃいないよ。俺が欲しいのは、生き恥を晒した意味を証明したいだけなんだ」
マイルズ教官がいつになく冷たい顔つきをしている。
ココアにはそれが死ぬ覚悟を決めた男の顔に見えた。
「邪魔だけはしないでくれ。俺の願いは本当にそれだけなんだ……」
これはヨアキム・マイルズとのコミュニケーションクエスト『忠義の剣』の開始を告げるセリフであった。
いや、誰かが引き金を引いたから始まったわけではない。
終わりに向けて粛々と始まっていた彼という名の物語のほんの一時に、マリアとココアは居合わせたにすぎないのだ。




