プロジェクトX ~仕掛け人達~④
ドルジア皇帝レギン・アルタークは病床に着いている。元々よくなかった健康状態がここ一年で特に悪化した。
不摂生が原因といえばそれまでだが、その程度の原因であっても病魔は皇帝の命へと手を掛けている。皇室付きのご典医も匙を投げる有り様だ。
今日は特別な医者がやってきた。医師免許を持っていると自称しているスーパードクターのイザール氏だ。
「ふ~む……うん、これなら問題ないね」
「治せるのですか!?」
「この程度なら簡単さ」
イザール氏が医療器具を取り出す。回転すると同時に耳障りな唸り声をあげるドリルだ。人間の頭くらいある大きなドリルがウィンウィンと唸る様にはご典医のアレクセイさんも慌てている。
「それはいったい!? あんた皇帝陛下に何をするつもりだ!」
人体に穴を開けるような代物ではない。触れた瞬間に頭なんか吹き飛びそうなドリルだ。
なにしろ回転数が違う。
「そもそもそれは本当に医療道具なのか!?」
「もちろんだよ。これはきちんとした医療…工具さ」
「いま工具って言わなかったか!?」
スーパーDrイザールが皇帝陛下の腹にドリルをぶち込む。
モルヒネ嗅いで眠らされていたはずの皇帝陛下が目を覚ます!
「ぎゃあああああ!」
「陛下ぁー!」
寝室は瞬く間に血の海になり、悲鳴は絶えることもなかった。
◆◆◆◆◆◆
緊急手術が終わった。血塗れの寝室でガタガタ震えているご典医のアレクセイさんはシンジラレナイ奇跡を見たせいで顔色が青い。これもう手術とか医療とかそういうレベルの技じゃないよねえ!って何度も叫んでたから仕方ない。
病床から起き上がった皇帝陛下が姿見を確認して何度もまばたきをしている。不摂生な生活を続けてきた老人の姿はもうない。ここにあるのは若々しい青年の姿だ。
「これが余であるか?」
「せっかくなのでアンチエイジングもしておきましたよ」
「アンチエイジングなんてレベルの話じゃないよな!!? あんた肉体を造り替えていたろ、どうやったんだ!?」
うるさいアレクセイさんを放置して皇帝が拳を握り締める。ちからを込めればどこまでちからが溢れ出す。そんな気分だ。
「ちからが漲る。アンチエイジングとはすごいのだな」
「いやいや普通は糸で皺を伸ばすとかそんな程度なんですけど! てゆーかあんた、これもう別人だろ!」
「美容整形もしておきましたので」
「勝手に皇帝陛下に整形したんかあんたはぁ!」
スーパードクター・イザールが術後の様子を確認するふうに尋ねる。
「最近イイ感じの氷柱竜を狩れたのでそれを素材にパワーアップもしておきましたよ。魔法力は今までの二百倍、筋力も五百倍です。どうですかな?」
「だからそれ医療じゃねえよなあ!?」
「悪くない」
「それは何より」
皇帝も満足なのでスーパードクターも満足している。
「この姿には察するものもあるがな。いにしえの蛇よ、大いなる災いの王よ、余にどんな役割を求めておる」
「恐れながら皇帝陛下に置かれましてはご自身の夢を叶えるがよろしいかと。今は亡き帝国の守護神の御姿を借りて大陸に覇を唱えるがよろしいかと存じます」
「……貴様、先によい感じの竜を狩ったと申したな?」
「はい、それが何か?」
皇帝がゆっくりと眼を閉じる。
皇帝の想いは皇帝だけのものであり、刹那に駆け抜けた想いが何であったなど誰にもわからぬこと。
ゆっくりと眼を開く。眼前にはいましがた息子の血肉を素材にしたと放言したクソ野郎がニコニコ笑顔でいるのだが、不思議と皇帝の心に怒りはなかった。
怒りも憎しみも小さき心なのだ。かつて夢見た皇帝の姿とは人を超えた超越者であったのだ。
「些事に拘泥する心など皇帝には要らぬ」
「左様で―――」
軽く返答しようとしたイザールの横っ面が弾かれる。
全霊のちからを込めたとはいえ、皇帝の拳で動かせたのはイザールの首だけだ。一応唇から血に似た液体が出ているが、このような悪魔でも血は赤いのだなと思う程度でしかない。
「貴様にはまだ使い道があるゆえ、しこりはこの一打に留め置いてやる。だが二度はないと心に刻んでおけ」
「ええ、心に刻んでおきましょう」
内心で悪魔めと吐き捨てるだけなら以前までと変わらない。何をしても上手くいかぬ無能な王のままと変わらない。
今はちからを得た。このちからを以てしても敵わぬ悪魔の掌中にあろうと、これは確かに若き日の己が夢見たちからなのだ。
(ガーランド、我が息子よ。お前の無念適うなら晴らしてやりたいが……)
だがちからが告げる。若返った肉体が慈愛の心を押し退けて叫んでいる。
(だが余は夢を見たい。この凍土に押し込められた我ら古き竜の末裔がどこまで往けるのかを試してみたいのだ)
発表は年明けを待って行われた。
皇帝レギン=アルタークの崩御。皇太子フォン・グラスカールの幽閉と、新皇帝ガーランド・ブレイド・ザ・ドルジアの即位である。
時代を動かすのは賢さや良識ではない、愚か者が振り上げた拳だけなのだ。




