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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 静かな死が灰被りの都を満たして
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年越し祭の事件

 寝ぼけ眼で確認した懐中時計。ちょうど深夜零時を跨いで十二月三十一日になった頃だ。こんなご時世だってのに大晦日にワクワクするのは面白いな。

 マクローエンにはなかったが帝都では大晦日に年越し祭をやるんだ。年明けまで騒いで新年を迎えたら年明け祭になる。まぁ酒を飲む口実だな。


 俺の目覚めに気づいたらしい。裸体のナシェカが身を寄せてきた。


「学院での年越し祭りに誘われているんだがお前も来るか?」

「パス」

「リジーやエリンからも連れてくるように頼まれているんだがな……」

「ナシェカちゃん忙しいの。夜には社長の相手もあるしね」

「よろしい、社長の相手ならしなくてもいいぞ」


 的確に俺の玉を握りつぶそうとするのはよすのだ。


「そーゆーこと言うんだ。これは怒りのバルス・シュトラーケンを決めなきゃなりませんなあ」

「なにその必殺技、カッコヨ」


 いったいどんな技なんだバルス・シュトラーケン。名前だけは格好いいぞ。


「それもいいけど罪業の星座を輝かせてくれよ、ダークネス・サザンクロスだっけ?」

「旦那ぁ、どうしてナシェカちゃんの黒歴史を知っているんですかい? 若気の至りで開発したはいいけど使う度にもだえ苦しむの確定してんスけど?」


 お前の中二必殺技は日本中のプレイヤーが知ってるぞ。

 哀れな話だ。時の大神に慈悲はないのか。ちなみに俺には超必殺技なんて贅沢なものはなかったんだぜ。


「お前の可愛い姿を見たいんだ。なあ見せてくれよ」

「いいよ」


 いいんだ。本当はそこまで興味ないんだけど今更見たくねえなんて言えねえなあ。


 年越し祭当日にやるようなイベントでもないが、この辺りにナシェカが必殺技を使う必要のある手強いモンスターいたっけなあ?



◇◇◇◇◇◇



 朝一番に冒険者ギルドに出かけた。


「ひぃっ、救世主さま!?」


 何だか眠そうなトトリちゃんが引け腰で対応してくれる。眠気も一瞬で吹き飛んだらしいから笑うわ。


「神々さえもナックルでぶち倒すと伝承に謳われるザルヴァートルさまでも苦戦しそうな手強い魔物ですか? ……そんなの居たら帝都周辺はとっくに無人地帯ですよ」


 だよね。


「秘匿迷宮とか知らない?」

「知っていたらとっくに接収してますよ。まぁドルジアの貴族は閉鎖的なので一つや二つは隠しているのかもしれませんが」

「トトリちゃんって役に立つことあるの?」

「……役立たずですみませんね」


 怒らせてしまったぜ。

 改造制服から出ている肩を撫でて慰めていると……


「その子、男の娘だけど?」

「トラップだと!?」

「勝手に勘違いしてトラップ呼ばわりですか。別にいいですけど、もう慣れっこですけど」


 どう見ても美少女にしか見えない男が可愛らしく拗ねている。俺にはやはり何度見てもトトリちゃんがトトリ君には見えない。世界の可能性には驚きを禁じ得ない。


「次元迷宮にでも行くか、鍵ある?」

「アーサー君に預けてるよ」

「じゃあ取りにいくついでに迷宮潜りに誘うか。マリアも気が塞いでいるようだしな、仲を取り持ってやろう」

「世話焼きだねえ」


 男子寮まで行って次元迷宮の鍵の一時返却と迷宮潜りを提案したらアーサー君は快諾してくれた。人付き合いを軽視しているふうに見えてけっこう付き合いがいいんだよな。それとウェルキンも付いてきた。

 連れてけ連れてけってジタバタ暴れるもんだから仕方なくな。オモチャ売り場の子供みがあって面白かったよ。


 だから当然マリアも誘えるものだと考えていたのだが……


「あたしはいいや」

「どうしたベルゼルガー」

「迷宮中毒のマリアが? 調子悪いの?」

「そういうわけじゃないよ」


 終始うつむいたままのマリアからは元気を感じない。元気が取り柄だったのに元気がない。大変だ。これは深刻なやつだ。

 こっそり聞いてみよう。


「まだアーサー君と喧嘩しているの?」

「ううん、そんなんじゃないよ」


 俺の情報屋であるリジーとエリンからは和解したって聞いた。以前よりはぎくしゃくしていてマリアの方から避けている感じだけど、移動教室なんかで会えば話すし、よくわからんとは聞いている。


「気が乗らないの。ごめん」


 謝ることじゃねえだろ、とは思いつつも別れる。

 マリアってあんな子だっけ?っていう違和感しかない。曇ってるよ、盛大に曇ってるよ。誰だよ曇らせたやつ。アーサーお前だよ。


「アーサー君いったい何をしたんだ?」

「強姦でしょ?」

「君達はどうしてそう短絡的に……。わからない、最近はずっとあんな調子なんだ」


 ずっと曇ってるのに何もできていないわけだ。凄まじく無能だなアーサー君。

 ここでウェルキンが口を挟む。


「俺にはマリアの気持ちがわかるよ。心が折れちまったんだろうぜ」

「どうして?」

「お前にはわからねえよ。本当に欲しいモノに手が届かない奴の気持ちなんて何でもできるお前にわかるわけがねえ」


 お前に俺の何がわかるんだよ、とは言い返したりしないさ。大人だからな。

 ドルジアの春なんてものにかこつけてこのクソみたいな国に戻ってきた俺の気持ちか……



◇◇◇◇◇◇



 久しぶりの次元迷宮はステージ1からやり直し。別に不思議な事態でも何でもない。ウェルキンを加えたおかげで進行度がリセットされたってだけだ。

 連携なんてもう試すつもりはない。個人技だけで突き進む。ステージ間の移動は走る。大ボスだけを選んで倒し続けて瞬く間にステージ60までやってきた。……まぁ二時間は掛かってるがな。


「砕けろ、ジャイアントバスター!」


 意外なことにここでもウェルキンが戦えている。武器もいいのを使っているし、実力的な不足はまるで感じない。

 華麗に一撃でとはいかないが地味にいいのを当てて大物を倒している。


「ほっほっほ、よいかウェルキン、真の次元迷宮はここからじゃ」

「おう、望むところだ!」


 誰こいつ?

 普段なら「俺格好いい。ナシェカちゃん今の見てくれた!?」とか馬鹿を言い出しそうなもんだがストイックだぞ。


「その調子だぞウェルキン、ストイックな戦士はモテるぞ」

「マジか! ナシェカちゃん、俺の姿に惚れ直してくれた!?」


 っぱウェルキンはウェルキンだったわ。

 お前がモテない理由はそこなんよ。


 途中でプレーンズウォーカーにも襲われたが一蹴した。出てくるってわかってりゃ警戒するし、正直いまの俺には物足りない相手だ。権能を込めた蹴りの一発で砕いてやった。


「ナシェカくん、今のはダークネス・サザンクロスの出番だったのでは?」

「マジでやらせるつもり? ギャラリーも増えたし勘弁してほしいんだけど?」

「なんだそれ?」

「ナシェカが若気の至りで開発した超必殺技。使うと恥ずかしさで悶絶するらしいぜ」

「それは是非見たいな」


「アーサー様の化けの皮が剥がれてきてるんだけど?」

「アーサーくん元々こういう奴だよ」

「ガイゼリックの友達って時点で性格に問題抱えてる証明だよな」


 ステージ100から大物の亜竜が出てきた。

 というかティラノだ。ザウルスだ。恐竜だよ恐竜! そろそろダークネス・サザンクロスの出番かな?


「罪業の正座よ瞬け、ダークネス・サザンクロス!」


 ナシェカが掲げるウェスタ・ラーヴァ・ハスタエルラが闇の輝きを帯びて煌めく。なんそれ!?


 オーラでもマナでもない謎のちからが暗黒の刀身と化して二丁の銃剣が特大のツヴァイハンダーになり、ナシェカが加速する。


 ばかな、すれちがうような一瞬の間に百連撃くらい噛ましやがったぞ。くらいってのは俺の目でも追えなかったせいだ。……ゲームだと即死効果だったけどさ、百連撃ならそりゃどんな怪物だって殺せるだろうぜ。ダメージゴリ押しで。


 ナシェカが華麗に着地。振り返ってから偉そうに胸を張る。


「はっはー、これがナシェカちゃんの必殺技だー! どうだ見たかー!」

「開き直りやがった」

「いやこれはすごい、文句なしですごい技だ」

「すげえよナシェカちゃん!」


 辱めるつもりが普通に凄い技を見せてもらっただけになったわ。とりあえず拍手しといたわ。


「じゃあ次はリリウスだな」

「えっ?」

「ナシェカちゃんにはやらせておいて逃げるつもりか? それはダセえぞ」


 くっ、やるしかない。技の地味さには定評のある俺だが何かあったかな?

 何だっていい、捻り出すんだ!


「こっ」


 ダメだ、出てこない。


「これが俺の最高の技だ、奥義ギルティブレイク!」


 苦肉の策でグレネード弾を連発してやったわ。

 悩みに悩んだ結果他人様の技を丸パクリしたったわ。


「どこが最高の技なん?」

「倒せてもいないのだが?」

「リリウス、それはダセえよ」


 俺以外にもダメージがいくから批判はよすのだ。あとはスフィアデサイドとアイシクルディザスターくらいしかないんだが……


 やばいな、このままだとツマラネー男というレッテルが貼られてしまう。


「じゃ…じゃあ次はアーサー君で」

「血統呪・射出!」


 最高に格好いい必殺技を使ったアーサー君が俺の打ち漏らしを華麗に倒し、次のステージではウェルキンの番になった。


 考えておかねば、また俺の出番が回ってくるまでに華麗なる技を考えつかねばならぬ。


「奥義ブラッディカリス!」

「あれ最初の一発目で倒せてるよね?」

「信じられるかナシェカちゃん、あの怒涛の連撃が全部無意味なんだぜ?」

「キミが強いのはわかったがその辺りのさじ加減はできなかったのか?」


 こいつら厳しいよ!


「神技、エーテルストライク!」

「あれ、意外によくね?」

「それマクローエン卿の技じゃん」

「パクリかよ、リリウスそれはダセえよ」

「底の浅さが露呈したな。もう彼に期待するのはやめてやろう。もう何の引き出しもない男なんだ」


 くっ、もう完全に俺で遊ぶモードに入ってやがる。

 終われねえ。こんなんじゃ終われねえよ!


 ステージ127。俺は真髄を掴んだ。


「我が現身よ来たれ、その罪を裁く!」


 分霊を召喚して大ナタの振り下ろしで殺す技を手に入れたぜ。え、それ前から使ってたやんって!?

 気のせいだよ。


「名前がなかったね」

「名前を叫ばない必殺技ってなんかすっきりしねえよな?」

「吟遊詩人もがっかりするだろうな。英雄たるものやはり民草に知られる代名詞的な必殺技がないと」


 うおおおおおお!

 やったろうじゃんか!


「我が現身よ来たれ、汝が罪を裁く時がきたのだ! カルマ=クル・アシャー!」

「その技は見飽きたなあ」

「本当に引き出しのない男だな」

「あれが日頃エンターテイメントを語っていた男の姿とはな」


 クソがあああああああ!

 見せてやる、これが俺の本気だ。殺害の王アルザインの真のちからだ!


 もう完全にエルダードラゴンでしかない大物を相手に決めるぜ。


「絶望の中で滅せよ、闇に還る時が来たのだ! カルマ=クル・エンド!」


 殺害の王の現身十体で滅多斬りにした挙句、本体の黒く巨大な腕で叩き潰してやったぜ。

 掴んだ。これだ、これが俺の必殺技だ!


「どうだ、見たか!?」

「ガチドラゴンを一撃とか旦那ほんとに人間?」

「さすがに無理だと思っていたがやりやがった。俺そろそろ怖くなってきたんだけど?」

「もう必殺技がどうとかいう話じゃないよな」


「お前達は本当に何をやっても難癖をつけられるよな!? 名人なのか!?」


 三人との距離が遠い。

 こらこら、マジで退くんじゃない。


「これ人間の必殺技大会なんで。人外の方はちょっと困るっていうか」

「うるせえキリングドール!」

「差別発言とはな……」

「ナシェカちゃん泣かないでくれよ。リリウス! 人種差別で女の子をイジメるとか最低にも程があんぞ!」

「こ…こいつら……」


 嘘泣きをしているナシェカが舌を出している。

 俺はもう疲れたよ。


「お前ら…俺で遊ぶのはそんなに楽しいか?」

「そろそろ飽きてきたね」

「怒り方がワンパターンだもんね」

「リリウス、お前引き出しが少ないんだよ。そんなんでナシェカちゃんを楽しませられると思ってんのか?」


 全ての流れ、全ての空気はナシェカが握っている。さすがは合コン女王と呼ばれた女だ。

 とりあえず休憩を申請したら通った。


 テントを設営するのも慣れたもんだ。特にアーサー君はキャンパーの素質がある。迷宮キャンプするなんて言ってないのにキャンプ道具と簡易コンロを用意してきてるもんよ。


「感想なんだがウェルキンってここまで使える奴だったっけ?」

「俺も日々鍛えてるんだよ」

「らしいな。うちのクランの入団条件は十分満たしてると思うぜ、卒業後はLM商会に来るか?」

「ナシェカちゃんもいるの?」

「いるよー」

「そっかー……」


 ウェルキンが悩んでる。ほんの数秒だけ、俺から受け取ったコーヒーに口をつけるまでの短い間だけだ。


「わりぃ。親父とお袋のこともあるし余所で就職ってのはこの場では決められねえ」

「じゃあ持ち帰って検討しといてくれ」

「おう」


「それとどうしても欲しい人材ってわけじゃないからプレッシャーに感じなくていいぞ。来たければ来いってだけだからな」

「そこはどうしても欲しいって言っとけよ。スカウトする気あんのかよ」

「だって変な使命感を出させてご両親を困らせるのは嫌じゃん。ご家族も納得の上で円満に雇用したいじゃん」

「まともなことをいうなよ調子が狂う」


 ウェルキンがそっぽを向いて、そのまま深く悩み込み始めた。

 アーサー君がわりと真剣な眼差しで見てくる。眼鏡の向こうにある眼差しはやや狂気的だ。


「どうした?」

「何でもない」


 何でもないやつの視線じゃなかったがな。

 アーサー君は変に頭がいい分自己完結しがちというか、他人に相談するのは恥ずかしいって勘違いをしているからな。


 育ちが悪くて他人に心を許せないのかもしれない。許した誰かに裏切られてきたせいのなのかもしれない。人間不信が発芽する理由の多くは幼少期のトラウマなんだ。


「まったく。俺とお前はよく似ているよ」

「リリウス、見栄張るなよ」

「シャチョー、月とすっぽんって言葉知ってる?」

「顔面の話はしてねえ!」


 休憩はじゅうぶんにとった仮眠もして、ゆっくりと過ごした。

 仮眠後のウェルキンに新年おめでとうって言われた時はみんなして笑ったよ。そういやここに連れてくるのは初めてだったな。


 起床後はステージ150まで進めた。まだ余裕はあったがドロップ品がどうしても欲しい物だったんでな、キリもいいってんで今回はここまでにした。



◇◇◇◇◇◇



 随分と長居したつもりだが次元迷宮を出ればやっぱり大晦日の午前中だった。現地解散したがまぁみんな帝都に戻るからな、結局一緒に戻ることになったわ。

 だから別れは旧市街でだ。学院は新市街だから彼らはまだ歩かなきゃならない。こんな積雪では辻馬車もやってない。大変だ。


「少し歩かないか?」

「いいけど」


 ナシェカを連れて旧市街を歩く。年越し祭なんて言っても知人を招いて家の中で騒ぐだけだ。これだけの雪に閉ざされた帝都を出歩くやつなんてもういない。

 新市街は魔法で雪を溶かしているからな、あっちは夕方頃から盛大にやるんだろうな。


 寂しくも白い旧市街を歩いていき、ティト教会までやってきた。


「やる」

「さっきのドロップ品?」


 ドロップ品は指輪だった。鑑定で視たところそこそこ有用そうな指輪だったんで拾ってきたってわけだ。

 だがエストカント市で揃えた装備と比べれば見劣りもする。ナシェカには今更な装備品でしかない。売れば金貨2000枚程度にはなるっていうだけの魔法の指輪だ。


「もしかして約束してた期待していいボーナス代わり?」

「ドケチの騎士団長じゃねえんだよ、俺を侮るんじゃねえ」


 ボーナスはボーナスでしっかりくれてやる。

 そういう話じゃない。察しろ。


「めでたい新年にお前に何もなしってわけにはいかないだろ」

「どういう理由でくれるのか気になるんだけど?」


 察しろ。ってのは男の側の甘えか。

 期待した目つきで俺を見上げるナシェカくんよ、たぶんお前の期待通りの品だ。


「日頃の感謝を込めて……ってわけではない」

「そうだと嬉しいな」


「まぁ…なんだ、難しい言い回しをするとだ」

「そこは簡潔に」


 じゃあ抱き締めよう。この想いを伝える方法はそれしかない。

 柔らかくて熱を放つナシェカの身を抱き締め、腕を回して返してくれるから勇気が湧く。


「これまでありがとう。これからもよろしく。……お前が好きだ、ずっと一緒にいてくれ」

「随分と待たされたよ」

「ウェルキンじゃねえんだよ。そんなに軽々しく告白なんてできるか」

「そうだね、毎日なんて聞き飽きちゃうもん」


 笑い合う。あいつを出汁にするなんてひどいもんだな。俺もこいつも。


「でもたまに聞きたい」

「努力するよ」


 キスはわかりやすい愛の証だ。誰だって好きでもないやつと唇を重ねるなんて嫌だろ?

 俺だってそうだし、ナシェカだってそのはずだ。


 こんな気持ち偽ったって仕方ないよな。好きだ、今は全力でこの気持ちを伝えよう。



◇◇◇◇◇◇



 聞いてない。聞いてないぞ親父殿……!


 あ、ありのまま起こったことを話すぜ。マクローエン家でも年越し祭をやるって急遽親父殿からグランナハト・アルカーディア大劇場に呼び出されたと思ったらそのまま白のタキシードに着替えさせられて目の前にはウエディングドレス着たエリンちゃんがいたんだ。


 何を言ってるのかわからないと思う。俺も何をされたのかわからなかった。

 頭がどうにかなりそうだった。サプライズなんてチャチなもんじゃ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。


 これが…父の愛。なんて余計なことを……


「あわわわ……親父殿の行動力が……」

「どうすんの? ねえどうすんの? これ結婚しちゃうけど!?」


 あれよあれよと事が運んでいき、今はちょうどエリンちゃんがエリンパパと腕を組んでバージンロードを歩いてくるところだ。

 見てくれよエリンちゃんの目を。あれが花嫁の目か? 屠殺場に向かうブタの目じゃん。エリンちゃんは俺が嫌なんだろうけどあんな花嫁俺だって嫌だよ。


 てゆーか関係各所が騒ぎすぎだろ! あのクソ親父帝都の知り合い全員に声を掛けやがったな! 二千人はいるじゃん!


 クリストファーとイザールは帰れ! どの面さげて顔を出せた!


「あいつ本当に結婚すると思うか?」

「したら面白いね。だからする方に100テンペル賭けるよ」


 トトカルチョを始めるな。帰れ。


 そして花嫁がやってきた。不貞腐れ花嫁と呼ぶべきだろう。俺は大慌て新郎だ。


「エリンちゃん」

「リリウス……」


 あ、初めてこの子と権能がつながった。

 本当に結婚すんの?っていう戸惑いだけが対話のちからからやってくる。


 エリンパパがお前誰だよと言いたくなるくらい穏やかな顔をしている。


「リリウス君、娘を頼むよ」

「は…はひぃ」


 もう諦めてもいいよね。もうゴールしてもいいよね。いまさら女の一人や二人増えたくらいじゃ俺の財布は痛まないし。中堅国家の国家予算くらいの年収があるし。

 そうだよ、お妾さんだと思って毎月生活費を渡して済ませればいいんだよ。


 太陽教会の神父さんが祝詞を唱える。太陽神ストラを称える聖句から始まるおきまりのアレだ。


「新郎リリウス・マクローエンは病める時も健やかなる時もちょっとイイ女に声を掛けられて今夜はイケそうな時も妻エリンドールを愛すると誓いますか?」

「誓い……」


 大ホールの防音扉が蹴り砕かれた。

 乱入者とかいう名称の天の助けか!?


「さあ天を仰ぎ見ろ! 空は晴れているか、雲ってはいまいか。曇天すなわち太陽神ストラの祝福なき婚礼の証!」


 蹴り破ったお見脚。ウエディングドレスとは正反対の真っ黒いドレスの裾が舞い上がる。……パンツは白か。


「天が、大地が、ナシェカちゃんがこの婚礼に異議を唱えている。その男は私の物だー!」

「曲者め、警備ー、警備の人ー!」


 わらわらやってきた警備の騎士がナシェカに躍りかかる。


 ドス!(腹パン)

 ドス!(腹パン)

 ドス!(腹パン)

 ドス!(腹パン)


 なにゆえ全員腹パンで仕留めていくのかは不明だがナシェカの進軍は止まらない。ぼっちでヴァージンロードを優雅に華麗に腹パンをぶちかましながら歩いている。

 まったく、それ本来男がやるやつだろ。


「エリンちゃんごめん、俺行かなきゃ!」

「行け行け、わたしもナシェカに恨まれたくない」


 その後、なんでか騎士団相手に大立ち回りをする俺とナシェカがその場で結婚宣言を行い、会場は割れんばかりの拍手に包まれたのだった。お前らぜったい俺が困ってるの見て笑ってただろ!


 ここで撮った記念写真は俺とナシェカの寝室に飾ってある。

 大切な宝物だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ああ、ナシェカちゃんもここまでか……南無(-人-)
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