吹雪の夜、分かたれた道
皇族と縁者だけの内輪のパーティーとは聞き、ファウスト兄貴の案内で顔を出した会場はクリスタルパレス内では氷原の宮と呼ばれる何だか寒そうな名前の宮だ。ここは皇女スクリエルラの宮であるらしい。
皇族と縁者だけの内輪のパーティーとは聞いていたがまさか顔見知りがけっこういるとはな。特に親父殿。
「おう、ラタトナ以来か。随分と会ってなかったように思えるが元気か?」
「主に親父殿が原因で元気じゃないよ」
誤解を解かねばならない。このままだとエリンちゃんを第九夫人として迎える事態になる。きっちりと誤解を解かねばならない。それはわかっている。
「なあ、話があるんだが」
「うむ!」
だから親父殿よ、期待に満ちたキラキラな眼差しを向けるのはよそうぜ。
絶対に親父殿の期待通りの話じゃないから。いや話題はそうなんだけど方向性が違うから。これ絶対エリンちゃんと結婚するって俺が言い出すと思い込んでるじゃん。
「その…な?」
「うむ!」
うぅぅぅぅ……こんなに嬉しそうな親父殿は初めて見るぜ。いやファルコと会った時もこんな感じだったか。
それでも言わなければならない。
「親父殿は勘違いをしていると思うんだ。じつはな……」
「そういえば、お前結婚するんだってな」
ファウスト兄貴からのフレンドリーファイヤが炸裂する!
「おめでとう。私からもこのような物を用意させてもらった」
どういう気遣い!? ファウスト兄貴からは異空間から取り出した至高の青玉で作られた荘厳なティアラを貰ってしまった。やべえ、これ歴史に残る文化遺産的なアイテムだこれ……
「あー、リリウス」
「な…なんだよ」
「俺からは式場を押さえさせてもらったよ。父からのささやかな贈り物だと思ってくれ」
グランナハト大劇場はささやかではないっす。
「色々とキナ臭い情勢ではあるが、だからこそ人としての営みを大切にしなくてはならない。帝国が揺れようが戦が始まろうが俺達は愛し合うことをやめてはならない。マクローエンの歴史を絶やしてはならないのだ。おめでとう、お前は自慢の息子だ」
ちょ、みなさん感動の拍手はやめてください。
皇族のパーティーで結婚宣言したみたいな空気になってますやん。強制力の発生するやつですやん。今更言い出せないやつですやん。
破天荒皇女が花束持ってきやがった。
「おめでとう」
「あんたは絶対わかっててやってるだろ!」
含み笑いをするスクリエルラはガチでわかってる側だろ!
あ、馬鹿皇子のアデルアードがハグしに来やがった。
「久しいな! 年明けからは私も学院に通うことになった。同じ学年だ、よろしく頼む」
「いや俺休学中なんで」
「そうなのか!?」
こいつはこいつで何も知らねえでやんの。さすがは馬鹿皇子だ。
続いてシャルロッテ様がやってきた。リゾートからこっち姿を見ないと思っていたが……
「災難ね?」
「それがわかっているなら……」
「いやよ、ご自分の口から否定なさいな」
スクリエルラの情報源はこいつか。その情報を面白い方に活かすんじゃない。
ちょっと話をしてみる。
「二学期から姿を見かけませんでしたが今は何をしているんですか?」
「ロザリアから聞いてなかったの?」
すまない、シャルロッテ様には興味がなくて本当にすまない。
忘れていたって言ったら怒られそうだから愛想笑いをしておくぜ。
「ファウスト様のお手伝いをしているの。父はマクローエン辺境伯家と縁を繋ぎたいみたいだし、都合がよかったから」
「え、そっちはそっちで結婚すんの?」
「今は婚約よ。でもきっとそうなると思うわ。わたくしに求められているものがバイエル辺境伯家との友諠の証にすぎないのだとしてもそれはいいの。仕方のないことなの」
マクローエン家に結婚ラッシュが巻き起こっているな。
シャルロッテ様は昔からファウスト兄貴を好きだったらしい。俺は他家との交友に連れてってもらえなかったから知らんかったけどな。
まぁなんだ、彼女は昔からファウストを知っていた人間ってことだ。
「近くにいればわかると思うんだが、あれはあんたが好きだったファウスト兄貴じゃない。それでもいいのか?」
「いいのよ」
随分とあっさり言うもんだ。
「人って変わっていくものよ。私もロザリアもバイアットも変わっていくし、それは誰だって同じ」
「赤の他人に乗っ取られるのはちがうだろ」
「じゃああんたならどうにかできるの?」
シャルロッテ様が微笑む。ごめんなさいって、困らせるつもりはないのって笑うんだ。俺には理解のできない気持ちを抱えながら。
「身の内に巣食う魔と戦うファウスト様をお支えしたい。その時が来たのならわたくしの手でお救いしたい。奇跡を信じるのはいけないこと?」
「あんたは強いな」
「そうよ、知らなかった?」
本当に強い女だ。まったく女ってやつは本当にすげえよ。
無知のゆえの強さなんだろうがとっくに諦めた俺にシャルロッテ様を笑う資格はない。何もしないと決めたやつが懸命に戦うやつを笑うなんて滑稽じゃないか。
祝祭の夜が更けていく。煌びやかに着飾ったまま踊り果てるように、灯を吹き消すようにその明かりを落とすまで。
その夜、俺は再び皇帝の禁書庫に足を踏み入れた。
◇◇◇◇◇◇
皇帝廟の隠しエリアである禁書庫の床は帝国が積み重ねてきた歴史と同じだけ埃が積み重なっている。
積雪のように足跡の残る書庫を、足跡を追うように進むと明かりが見えてきた。
二階。古い書物を並べた書棚に腰かける男へとかける言葉に刹那だけ惑った。
「閣下もここをご存じだったのですね」
「俺だとて皇族の端くれだ」
閣下が読み途中の書物をぱたんと閉じた。
いったいどんな本を読んでいたのかとタイトルを盗み見たらびっくり! 名探偵クラリス!
「閣下もラノベとか読むんすね……」
「けっこう面白いぞ」
面白いんだ! 鉄の男の感性をしても面白い名探偵クラリスはすげえな! ベストセラーなのも頷けるぜ。
こりゃあアーサー君とも話が合うな。
「して何用だ?」
鋭い目つきが飛んできた。咎める目つきだ。
「ここは皇帝の書庫。俺の立場上侵入者は排除せねばならんのだがな」
「皇室の番犬らしいセリフですが今更でしょう?」
「今更とは?」
久しぶりだから噛み合わないのか、それとも俺の口から言わねば納得してやらないというスタンスなのか。まったく大人ってのは面倒で意固地だ。
「リリウス・マクローエンはどこにでも現れる。誰にも阻めやしませんよ」
「確かに。お前はそういう男だ」
「お許し願えますかね?」
「阻めやしないのだろう? なら好きにさせるしかないではないか」
はい、許可とれたっと。
書架から一冊抜き出してぱらぱらと流し読む。ただ読書なんて気分にはなれずに、どうにも閣下が気になってしまう。
「ガレリアをうまく操っているおつもりですか?」
「使えるものは使うさ」
「そう言って誰もが敗れてきた相手ですよ」
「その誰もの中には俺がいなかった」
だよな、この自信とたしかな実力。ガーランド・バートランドらしい答えだ。あの銀狼シェーファでさえ操るつもりの男がイザール相手にイモ引くわけがねえ。
一人前の男がそうと決めたんだ。例えどんなに勝率が低くても諫めるのは男じゃねえ。
「お約束は必ず守ります。どうかご健闘を」
「約束?」
「お忘れですか? もしもの時はロザリアお嬢様を頼むと。手足をもいででも国外に連れ出せというあれですよ」
「そうだったな。うむ、その時は頼む」
「心得ております。お父上は?」
「公とてお立場があろう。本人が望まぬ限りはお前に責は負わせぬよ」
読書なんて気分ではない。
これを最後に書庫を立ち去る。吹雪の夜のことだった。