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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 静かな死が灰被りの都を満たして
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聖マルコの祝祭パーティー② 逮捕されるイザール

 超絶の熱を発する白色の魔法球が触れるすべてを瞬時に蒸発させる。パーティー会場の天井を蒸発させた白き輝きが爆縮を予感させる不穏な動きを見せ、まるで蕾のように花びらを広げていく。


 輝きはまるで太陽のようだ。イザールは我が前で広がっていく美しい炎の白薔薇に、驚愕に目を見開く。


(ドラゴンブレス級戦技フェノメノン・ガーランド! いや、花は一輪だ、花冠と呼べぬこれはフェノメノン・ローゼスと呼ぶべきか)


 最悪の予感から偽りの殺害の王がとった行動はビフロストと呼ばれる神話の外套を脱ぎ、マタドールのように広げることであった。


 この呪具はかつて夜の魔王の影から奪い取った物。どうしようもない邪霊に堕ちた友を救うつもりで倒し、手に入れた戦利品を大切に育ててきた呪具だ。

 この呪具に持つちからは魔法力の貯蔵タンク。その特性としてあらゆる魔法を吸収し、時を経て自らのちからへと変換させるのだ。


 白き薔薇が九枚の花びらを広げ終えた。あとは散るのみ。散る瞬間に込められた魔法力のすべてが大暴走オーバーロードする。石や鉄を蒸発させる小さな太陽が無数に分裂して辺り一帯に広がるのだ。


 パーティ会場には大勢の貴族がいる。彼らには何も期待してはいけない。愚かにも己の頭上に死の花が咲きかけていることにさえ気づかぬ愚鈍な木偶だ。

 僅かに存在する気づいた者どもでさえあれは何事かと見上げるだけだ。


 フェノメノン・ローゼスは散る寸前こそが最も美しい。この恐るべき火を見上げる者はいつまでも見ていたいと願いながら燃え尽きるのだ。


 難しいのはタイミングだ。散る瞬間に、災禍の花びらが広がる前にすべてを回収してビフロストの中にしまい込む他にない。

 失敗すればクリスタルパレスが崩れ落ちる。大勢の命を呑み込んで、無残なハチの巣に変わり果てる。


(リリウスッ、この娘を何に造り替えるつもりだ! あれがどれほど怪しい存在なのかわからないはずがないだろう!?)


 イザールの眼が幻視するのは大輪の白薔薇の向こうに存在する真紅の女神の御姿であり、泣き喚くような表情にも関わらずゾッとする美しく見えた。まるで彼を焼く救済の炎であるかのように―――


 最高のタイミングでビフロストを投網のように投げ放って白き薔薇を絡めとる。

 次いで腰のホルスターに手を伸ばす。


(いかなる胡乱な神の企みに耳を貸した結果か。これは貸しだぞ、必ず取り立ててやるからな!)


 イザールの狙いはロザリアではない。彼女の背後にあり密かに存在を確立しつつある可能性の女神である。


 大口径リボルバーが轟音を奏でる。殺害の権能を込めた弾丸が女神の額を撃ち抜き、今にも生まれ落ちようとしていた大いなる災禍を撃ち砕いた。

 女神の姿がひび割れる。まるで姿見を割ったようにパキパキと音が聞こえそうなほど割れていく。


(失せろ、魔性!)


 二発目の銃撃が抵抗を貫いて完全な形で可能性を破壊した。


 その刹那に彼は不思議な物を見た。時が無数のフィルムとなって逆流し、時間が裏返って逆さまに時を刻むような光景を―――


 ノイズが走った。ダージェイル大陸に吹く砂嵐のようなノイズが視界を遮り、ノイズが去った後に視界に残ったのは停止する中天である。

 瞬きを忘れた星々の空。凪の湖面。見た事もないほど巨大で複雑な時計盤の上にくらげのように浮遊する陰鬱そうな乙女の姿。


 この光景はあまりにも現実味がなかった。ゆえに気の遠くなるほど長く生きてきた彼がいつかの日に見た情景ではないかとも考えた。

 これは白昼夢のようなものではないかと……


(いや、いま私の眼前に存在するリアルか?)


 魂が震える。存在しないはずの魂魄が叫んでいる。

 あぁ喜びが背筋を這い上ってくる。すべては錯覚のはずなのに幻肢痛のように戻ってきた戦士の本能が殺せと叫んでいる。


 あれが大敵だ。あれこそを大敵と呼ぶのだ。無様に生き恥を晒してきた己が、終にはおわり時を失ったまま空虚に生きてきた己に、この無意味な命を捧げても倒すべき大いなる敵を視認するに至ったのだ。


 紫紺の髪がゆるやかに流れていく。

 時の果てに佇む埃を被った紫紺の乙女が面倒くさそうにイザールを見返し、うんざりしたような表情で口を開く。


 その声は特大のノイズである。凪の湖面が荒れ狂い、耳元でへたくそなヴァイオリンががなり立てられたような特大のノイズであった。



「         」

「    」




「  」

「            」


「     」

「   」


「……消去デリート















◇◇◇◇◇◇



 今ちょっと揺れた。地震かな?


「地震か、さすがは魔王様だ」

「いや、何もやってないのだが……」


 どうやらこの地震は魔王様の御業ではないらしい。

 がっかりっすわ。


「魔王たる者意味もなく地震を起こして民を不安に陥れろよ」

「お前の中の魔王が野蛮すぎるのだ。魔王はそんなことをしない」


「おいおい聞いたかベルドール、これが魔王ジョークだよ」

「伝承に謳われる真なる魔王を前にして軽口を叩けますか……」


 ベルドールが怯えている。お前のようなキモいおっさんに怯えられた俺の心も考えてくれ。名誉棄損だよ。


 緊張から唇が渇いている。さすがに夜の魔王戦の想定はしていなかったからな、リップクリームを塗り忘れたぜ。

 心に火が点き、闘争心が焦熱を発している。怒りがある。

 例えどれだけ憎んでいようとファウスト兄貴は俺の兄貴だ。その肉体を他人が勝手に操るなんて許しがたいじゃないか。


 ファウスト兄貴の皮を被った魔王が典雅な唇を開く。


「まぁ冗談はここまでにしておこう」

「冗談ね」


 さすがは魔王様だ、冗談がうまいな。


「冗談ね。冗談か、最高だよ魔王様。―――俺の兄貴を好き勝手に操っておいて冗談だと!? ふざけやがって! ファウスト兄貴をイジメていいのは俺だけなんだよ!」


 憤怒のリリウスナックルが魔王様の顔面を襲う。

 やべえって思うくらいの全力を込めたが魔王様だし平気だろの精神。実際平気だった。魔導障壁で受け止められたからな。


「お前の気持ちはありがたいが……いや何もありがたくはないが熱い想いだけはわかったよ。その想いは今後は控えてくれ」

「ごちゃごちゃうるせえんだよ。来いよ夜の魔王! 魔王術なんて捨てて掛かってこい!」

「挑発しつつ自分の有利な間合いで戦おうとするな。それと私の話を聞け」


 魔王様が説教してきた。

 貴人の会話には四つの段階あり。まずは形式テーマ、ホストが形式を提示する。第二に読解、形式についての考えを互いに述べ合う。……まぁなんだ。まだテーマなんだから黙って聞けってお説教だよ。


「紛らわしいまねをしたのはこちらだが即応でバトルテンションまでいくのは貴公子としてどうなんだ?」

「昨年発売された書籍『紳士の在り方』によれば決して激高せず穏やかに毒を吐くってのが主流らしいな。だが貴族の本質は騎兵だ、戦う者なんだよ。ファウスト兄貴の持つ貴族像は田舎者が憧れる似非中央貴族でしかない」

「言い返せはしないな。実際に私は地方の似非貴族だ」


 魔王様が情けなく微笑む。魔王様がそんな顔をするはずがないんだがな。奥さんに叱られた時でさえムスっとしていて「我は悪くない」と言い張る男だ。

 なぜだろうな、魔王様のようでありながら魔王様ではなく、ファウスト兄貴ともまた異なる別人としゃべっている気分だ。


「悪ふざけが過ぎたな。私は完全な夜の魔王というわけではない。お前と同じようにな」


 本当に紛らわしいまねをしやがる。完全に乗っ取られたのかと焦ったぜ。

 今はまだファウスト兄貴が残っている。だがそれは時間の問題でしかない。


「そいつは時間の問題だろ?」

「残された時間は少ない。だがそれはお前には関係のない懸案事であり、私はこの時間を有意義に使いたいのだ」


 魔王ファウストがアルカイックスマイルを浮かべる。俺の知らない兄貴の微笑みだ。……という表現はあれか、キモいな。我ながら。


「夢にまで見た魔王のちからには時間制限が付いていた。ならば私は夢を見たまま倒れたい」

「兄貴はそれでいいのかよ」

「上等だと思わないか?」

「何が」

「夢も見れない人生よりも夢の中で果てる方が随分とよい人生だ」


 ここでシャンバラの商人から引用するか。

 有名な演劇だ。楽園のような都シャンバラに住む青年が七つの願いを叶えてくれるランプの精霊を相棒に成り上っていくお話で、主人公は最後にはランプの精霊に裏切られてランプの中に閉じ込められてしまう。


「私にも夢がある。私は王になりたい」

「ちっぽけな夢だな」

「夢は膨らませていくものだ。王となった私が次にどんな夢に焦がれるか、私はそれを知りたい」


 そして最後にはランプに閉じ込められるってか。


「際限がないな」

「それでもラザルスは幸福だ」


 夢に生き、夢の中で果てた主人公は最後の最後以外は幸福だっただろうぜ。

 マシなんだろうな。この苦界で生きる主人公になれない連中よりは楽しいとは思うぜ。例え非業の死が確定しているのだとしてもな。


「返答は如何に?」

「共闘なら願ってもないよ。裏切るなよ」

「私の道に立ち塞がらない限りはな」


 何とも油断のならない返答に思えても兄貴の口から出てきた言葉と考えれば随分と友好的だ。器の小ささには定評のあった兄貴も魔王さまに汚染されたおかげでケツの穴が広がったってところか。

 あぁもちろん汚い意味ではない。



◇◇◇◇◇◇



「びえーん! こわいよ~~~~~!」


 パーティー会場で、眼前で、少女がガン泣きしている。

 貴族としても名誉とか誇りとかを投げ捨てた本気のガン泣きだ。それはもう見事なまでのガン泣きだ。


 天井をぶち抜いての先制攻撃をくれた子とは思えない泣きっぷりなので、さすがのイザールも呆然としている。


(ハッ……私は…何を?)


 彼はいまちょっと混乱している。なんで自分がここにいるのかも怪しい様子で、自身の行動ログを参照している有り様だ。


「ドルジア人は私の度肝を抜くのが本当にうまいな……」

「なんでえ? なんで来てくれないの? 来るって言ったじゃないリリウスの馬鹿ぁ~~~~~~!」


 イザールにも弱点がある。それはきちんと会話の成立しない子供と子供っぽい大人だ。そいつらはチンパンジーなので話をするに適さない。

 なぜなら殺害の王はベビーシッターではないからだ。エレメンタリースクールの教師でもないし、もちろん保育士でもない。


「お嬢さん、初手からガン泣きというのは淑女としてどうかと思うのだが……」

「怖いよ~~~! なんでぇ、なんでわたくしが殺害の王なんてトンチキな神様の相手をしなきゃいけないの~~~! リリウスぅぅぅうう~~~」


 そして今もなおひそひそと陰口がやってくる。


「なぁにあの方、野蛮ねえ」

「天井をぶち抜いて現れるとか目立ちたがりにも程がある。まったくどこの田舎者だ」

「あんなに小さな女の子を泣かせて恥ずかしくないのか」

(……先制攻撃をされた上に田舎者呼ばわりとは)


「おい、あれ殺人教団のドンだぜ?」

「本気かよ。ソースは?」

「これ、俺あいつのカード持ってんだ」

「マジじゃん。え、モデルとかじゃなくて本物か?」

(顔バレまでしているしね。まったく彼の手際には恐れ入るよ、仕事がやりにくくて仕方がない……)


 そしてガン泣きする少女の傍にいるぽっちゃりボーイが呆れ顔をしているのだ。


「あのぅ、いい大人が子供を泣かすのはいかがなものかと思うんですが」

「私とて本意ではないのだ。そうだ、別室にいこう、別室でゆっくり誤解を解こうじゃないか」

「でも怪しいおじさんについていくなってパパから」

「私は怪しいおじさんじゃない!」


 衛兵までやってきた。


「幾らクリストファー皇子殿下のご友人とあってもパーティーで騒ぎは困ります!」

「さあこちら! まったくいい年をこいた大人が子供を泣かせるなんて、あんたどうしようもないな!」

「ちがっ、私は何もしていない!」

「ロリコンはいつもそう言い張るんだ! さあ来い!」

「くそっ、放せ! 私を誰だと思っている!?」

「あんたが何者だろうがこの現場を見れば一目瞭然だろう!? 頭のイカレた小児性愛者め、法の裁きを受けろ!」


 イザールは連行されて、この国に一時の平和が戻ってきたのである。

 少女の涙は最強だ。

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