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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 静かな死が灰被りの都を満たして
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聖マルコの祝祭パーティー①

 ベルドールの案内で入った部屋は石に囲まれた陰湿で陰鬱な気分になる薄暗い部屋だ。この男はこんなところで過ごしているからキモいおっさんになっちまったのだろう。


 背もたれのない椅子に座り、ベルドールから茶を受け取る。


「宰相殿の工房かい?」

「ええ、左様にございます。本来なら客人を招くに不適格な部屋なのですが密談にはよろしいかと」

「なるほど、ドルジア皇族の目を盗める場所と」

「そうはっきりと仰いますと肯定し難くありますな」


 臣下としての分があるってか?

 中々ふざけたおっさんだな。気に入ったぜ。


「明らかにドルジア皇族っぽいホルマリン漬けの死体をコレクションしておきながら言うじゃねえか。気に入ったぜ」

「あぁ、あぁあなたも中々にイイ性格を為されているようですねえ」


 対面に座るベルドール。手癖なのか両手の指を絡めてイジイジしている。

 手癖を人前で堪えきれない者は自制心が足りず、欲望に正直。悪く言えば子供のようなもんだってファウスト兄貴がよく注意していたな。アルドやバトラは全然聞いてなかったけど。


「話の前に一つ占いをしてやろう」

「ほぅ、そういえばあなたは未来予知ホルダーだと聞いておりますよ」


 誰から聞いたのだろうか。それはどうでもいい。


「いやいやそんな大したものではない。言うなれば性格診断だ。血液型から性格を当てるような、ちょっとした余興だよ」

「余興とは素晴らしいですな。お伺いしましょう」


 帝国の怪人ベルドール。武の超人たるガーランド・バートランドに比肩される知の巨人であるこいつに会話の主導権を握らせるわけにはいかない。初手で心をへし折らせてもらう。

 奴の目に留まらぬ速度でその細首を掴み、砕くつもりでちからを込める。抵抗など許さない。


「お前は小物だ」

「……」


「お前の本性は邪悪そのものだ。美しいものを汚して喜びを得るクズだ。生きている価値もないどころか殺した方が喜ばれるタイプのゴミだ。帝国どころかこの世界の誰もがお前の生を望まない。もちろん俺もだ」


「……この行為には何か意味があるのですかねえ?」

「ないよ」


 ベルドールの顔面を殴る。殺さないように手加減して殴る。

 竜の肉体にさえダメージをあたえる拳で慎重に細心の注意を払って殺さないように何度も殴ってやる。これは俺の優しさだ。


「意味はないがお前の心が折れてくれると嬉しいな。なあ、折れたか?」

「折れました」


 ここでこう返答ができる内は頭が回っている証だ。本物の馬鹿や混乱している奴なら俺に殴る口実を与えてくれる。


「そうか、それはよかった」


 ベルドールの肉体を放り投げて壁に叩きつける。

 棚から落ちてきたホルマリン漬けのガラス瓶が割れて床を濡らしている。ベルドールの法衣も同じく。


 起き上がろうとするベルドールの胸板を踏みつけて教えてやる。


「ゴミが俺と同じ目線に立つんじゃねえ。俺と話がしたいのなら地べたから頼むわ」

「恐ろしい方だ。さすがは我が主の弟君……」


 ベルドールがその名を呟く。すると室内に光が満ち、光が蝶となり、光の蝶が一人の人間の姿となる。


 砂金のごとく輝く金髪とそれに欠片も負けぬ美貌はまるでアルマンディーネの恋人のよう。

 芸術的なまでに美しき極北の貴公子ファウスト・マクローエン。かつて俺が憧れ、本当は憧れていただけなのに幼き嫉妬心から殴りつけてきた我が兄だ。


 だが何故だろう。ファウスト兄貴は俺とベルドールを見るなり頭痛を堪えるふうに額を押さえているぞ?


「リリウス、お前なあ……」

「え、なんでそんな呆れた口調で?」

「お前ももう成人したはずだろ。こんな調子でうまくやれているのか?」


 お…親父殿のようなことを言い出したじゃんよ。


「今では煽り交渉のリリウスと呼ばれているよ。豊国からも仕官の話が来ていてな、開戦の使者にぴったりだってよ」

「お前は知らないのだろうが開戦の使者の死亡率は―――」

「知ってるよ!」


 なんとその死亡率八割越え。ラストさんはむしろその場で逆上した俺が王宮を占拠するシーンまで考えて欲しいと言い出したのだ。まぁ神を殺せる男を堂々と敵の王様の前まで放り込めるのだ。戦費節約に丁度いいよね。なんなら余った戦費を丸々あげてもいいってわりと本気の目つきで口説かれたし。


「つまりいつもの冗談か。安堵したよ」

「いや冗談ではないんだけど」

「わかったわかった」


 ぜってえ分かってないじゃん。

 まぁ魔王うんぬんは置いてもファウスト兄貴はこういう人だよ。俺の話なんか最初から聞く気のない、犬の遠吠えくらいにしか考えていない人だ。


「つかベルドールの主って兄貴なのかよ」

「報酬を提示して協力させているだけだ。そうだな?」

「ええ、ええ、強き者に従えることが我が喜びにございますれば」


 会話がすれちがってんじゃん。認識もちげーじゃん。これは配下だわ。


 まぁ会話の相手が変わるってだけか。


「ベルドールが俺を呼び出した。兄貴の指示でいいんだよな?」

「首肯する。お前もまどろっこしい言い回しは嫌いだろうし、前置きは省くぞ。私と手を組まないか?」


 そいつは……

 一度は俺の手を振り払っておきながらそいつはいったいどういう風の吹きまわしだろう?


 ファウスト兄貴が握手を求めるふうに手を差し出してくる。


「今のままではイザールの総取りだ。現行戦力では勝ち目がない者同士が協力し合う、よくあることだろ?」

「そいつは願ってもない申し出だが……」


 反射的に握手をしてしまいそうになり、はたと留まる。

 かつて羨望し憧れ続けた我が兄の手を前に疑念がよぎる。すなわちファウスト兄貴はこんな合理的な提案のできる男だっただろうか?という疑念だ。

 極北の貴公子は型にはまった貴公子だ。貴族の見本であるかのような振る舞いは合理性の塊に見えて、そのじつ古い貴族像でしかない。

 名誉のために死ぬを由とする。誇りのために生きるを肯定する。一見慈悲深く思える兄貴の政策は民を安んじるためではなく、どこまでも気高き貴族であろうとするが由縁だ。


 簡単に一言で言ってしまうとだ。

 ちょっと困ってるくらいでマクローエン男爵家の恥である庶子と手を組むか? 組むわけないだろ。ファウスト兄貴なら死の間際だって俺の手を振り払う。だから……


「お前だれだよ?」

「キリングドールの疑いを?」


 ちげーよ。そんなわけがないだろ。

 加護を与える意味とは何だ。なぜ神狩りが子孫へと血統スキルを残すのか、その意味はなんだ。我が胸に宿る風の血脈がざわめく理由は一つしかないだろ。


 お前は間違いなくファウスト・マクローエンだ。キリングドールに我らが血統を宿せるわけがない。だから……


「頼むから俺の勘違いだって言ってくれないか、魔王様?」

「久しいな我が友リリウスよ」


 夜の魔王レザードが淫靡ささえも感じるほどセクシーに微笑んだ。……ファウスト兄貴の姿を借りたままで。



◇◇◇◇◇◇



 第一皇子主催の聖マルコの祝祭記念パーティーは淑やかに開催される。ホールにはフォルノーク・フィルハーモニーの穏やかな曲が流れ、パーティーの花とされるダンスこそ控えているがあちこちから談笑が聞こえてくる。


 ここに集うのは帝国において真の上流と呼ばれる者だけだ。木っ端貴族や位こそ高くとも下品な者は呼ばれない。

 ここに集うのは次期帝国皇帝であるフォン・グラスカールが付き合う価値があると認めた者どもだけで、ゆえに結束は強い。このような場所に呼ばれた者どもだからこそこの場の価値を理解している。


 ここには日頃大切に屋敷に置いている娘を連れてきてもよい。ここでならば大切な跡取りの妻を探しても懸念はない。次期皇帝陛下の下で共に繁栄を紡ぐパートナーを探してもよい。

 友情はやがて血を結び、長き繁栄へとつながる。


 このような場にしか顔を出さない花もあれば、人々は物珍しさから群がるものだ。バートランド公が掌中の珠のごとく愛する赤薔薇姫のように。

 ワイン一杯の間に談笑をし、別れては別の方とお話をする。夜会に参加してそろそろ四半刻が経つが目当ての人物だけがまだ現れない。


「クリス様がお越しになられないのであれば拍子抜けもいいところよね」

「名簿に名前があった以上来られるはずだよ。クリス様だってお兄君の面子を潰そうとは思わないはずだしね」


 緊張しているのかバイアットが食事を控えている。珍しいこともあるものだ。

 だが緊張からワインしかのどを通らないのはロザリアも同じだ。覚醒したロザリアの超感覚がビリビリと震えている。


(ここにいる。確かに存在している。火を喰らう竜なんか比べ物にならない、リリウスよりも遥かに巨大な死の気配がいる)


 ロザリアは天性の才能として魔力を視る視座を得た。

 まるでいにしえのエルフのように正しい世界の形を視る目を持つ彼女にとって人の価値とは魔力の大小に他ならず、その意味でいえば兄ガーランドは理想的な男性であった。

 彼女の目に映る兄は背から無数の氷柱を突き出した恐ろしくも美しい装甲竜であったからだ。


 幼き彼女はいつかこの美しい竜と結ばれるのだと信じていて、「いや兄妹では結婚はできんぞ」って言われてショックで寝込んだこともあった。ガーンって感じだ。たしか四歳の時だったはずだが言われた瞬間に涙が出たのを今も覚えている。それほどにショックだった。


 そんなおませさんだったロザリアも成長して……成長して?

 まぁ齢七つを迎えた年に美しい渦に出遭った。暗黒の星雲の中心たるカルマの少年リリウスだ。この四方世界のすべてからやってくる邪なる想念を吸引しながらもケロっとしている不思議な少年だ。


 あれはまぁとんでもない光景だった。準備に大忙しのパーティー会場にいるだけなのに使用人全員の姿が見えなくなるレベルの恐ろしいカルマ流だった。

 そんな会場で一人だけ闇色に輝く少年がいれば神様に出遭ったと勘違いをしても仕方ない。

 実際にしゃべってみたら小物感は半端なかったけど。


 そんなやべえ少年はあの気難しい兄から一目で気に入られた。特に不思議なことでもなく当然の出来事だった。

 そんな少年が旅に出て、帰ってきたらカルマ量が爆増していた。特に不思議なこととは思わなかったが幾ら何でもこれやばくない? 大丈夫? 大丈夫じゃないでしょ? って感じだったけど本人はいたって普通にしてた。

 ただまぁ頭の方が大丈夫じゃなかった。倫理観がもう人間のものじゃなくて吸血鬼とかデーモンに近かったけど元々そんなだったような気もしたので無理やり納得した。


 そして今リリウスと同質のちからがクリスタルパレスにあるのを感じる。

 可視化された怨霊の絶叫が聞こえている。パーティーの参加者を貫いて怨霊がいずこかへと集まっている。誰もこの恐ろしいカルマ渦に気づいていない。これはロザリアにしか見えぬ光景なのだ。

 美しいが恐ろしい。吐き気をもよおすほどに。


 今にして思えばリリウスの元へと集まってくるカルマは救済を求めていた。だがこれはちがう。これは恐ろしい怪物の口へと吸い込まれていく怨霊が発した悲鳴なのだとわかった。

 死者に安息を許さぬモノ。それこそが―――


(これが殺害の王イザールか。まったくここまでの相手に勝ち目なんてあるの? あの子ったら冗談じゃないわよ)


 不意にカルマ流が乱れた。一つの方向に流れていたカルマが散逸し、大地を揺るがすような強烈なプレッシャーがロザリアへと向いた。

 全身が痺れる。空を落ちてきたような衝撃が全身を貫き、遥かな高みにある黄金の双眸がこちらを見下ろしているのがわかる。


 ―――おや、やあこれは面白い

 

 のどから悲鳴が漏れそうになった。耳元へと声が聞こえてきた。清廉なまでに高貴で、聞いた瞬間に心が甘く蕩けそうになる悪魔の声が……


 ―――視えているのだね? ストラの血かな、面白い

 ――――キミと語らいたい。そこで待っていてくれるね?


 カルマ渦の中心が降ってくる。まるで王城など存在しないかのように一直線にこちらへ目がけて落ちてくる。


(無理! お願いリリウス、助けて!)


 半泣きのロザリアは全力で、現在持ちえる最大の魔法を殺害の王めがけてぶっ放した。

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