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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 静かな死が灰被りの都を満たして
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冬の帝都にて②

 十二月二十四日。地球でいうところのクリスマスイヴなんだがこっちでは聖マルコの祝祭となっている。この聖マルコというのは太陽の聖典に出てくる聖人なんだ。太陽神ストラの御子にして救世主アル・ディーンを市井の内から見いだして……


『貴方こそが真の救世主。この世をお救いになられる贖罪主である!』


 と足元に五体投地してアル・ディーンの最初の弟子になった人物であるとされている。

 たまにアシェラと虚飾と面白さに満ちた太陽の聖典を広げながらあーだこーだ言ったりするんだが、この聖マルコの正体にはビビったもんだ。


 こいつの正体は元ストチル同盟の二代目リーダー・アシュリーの忠実ではない配下にして真の救世主リリウス・マクローエンを崇める初代ルクレイン市長マルコ・マクローエンのことらしい。

 アシェラはルクレイン滅亡後は聖地リーンスタップに身を寄せていて、そこで小さな頃のストラにあれこれ教えてやったらしい。


 アシェラ曰く『案外あの頃教えてやったホラ話が元になっているのかもしれないねえ』とのことだ。


 現代の太陽の聖典はあちこちから発見された新事実の基づいた見るも無残なオモシロ伝記でしかないが、アシェラの持つ初版本はとても真面目な内容だ。

 神々の時代に何が起きたか、どうしてこんなひどい世界になってしまったか、お前達はどこから来て何者を憎むべきかを記してある。


 これは一度滅びてしまったこの世界で、落雷から拾った貰い火を大事にするしか火をおこす方法を知らない猿も同然の存在に成り下がってしまったトールマン達に与えたストラの慈悲だ。


 お前は何をしてたんだよと言いたいところだ。


『アシェラちゃんよ、お前が助けてやればよかったじゃん』

『当時のボクはダージェイル大陸に掛かりきりでね。今でこそ文明度はイルスローゼの方が上だけど当時の世界の中心はジベールとフェニキアだったんだぜ。……まぁ北部大陸の悲惨な現実を知ったとしてダージェイルから離れるつもりは起きなかったと思うけどね』


『ナンデ?』

『別れも告げずに行方をくらました馬鹿を探していたんだよ。……口が滑ったな』


 あの時アシェラは綺麗に微笑んだよ。

 口に出すつもりなんかなかったと言いながら、責めてるわけじゃないんだって言いながら、でも肩の荷を降ろせたみたいなすっきり顔で笑ったんだ。


『勘違いはしないでくれよ。別に恨んでるわけじゃないんだ。でもキミがいなくなった後は本当にひどかったんだぜ? 知る限りにおいて最強の存在に助けを求めたくなるくらいにね』

『すまない』

『だから責めてるわけじゃないってば』


 怒ってない。全然怒ってないって本当に怒ってない様子のアシェラは俺の手を握り締めていた。


『だから今度は約束をしよう。キミの隣で死なせてくれ。キミが死ぬときは必ずボクが隣にいるように…ね?』


 なぜ誰も彼もが俺が死ぬ前提で約束をしようとするんだろう。


『わかった』


 約束した。ラクスとユイちゃんにも同じことを言われたしティトとも同じ約束をしたけど素知らぬ顔で約束をした。俺の死に際が賑やかすぎる。

 この分だとまだまだ増えそうだ。生きる努力をしろと言いたいところだ。


 だいぶ横道それたが聖マルコの祝祭だ。他の国では社交シーズンは夏なんだが北極圏の大ドルジア帝国では冬が社交シーズンで、この大きな祝祭に合わせてクリスタルパレスでも皇族主催のパーティーが開かれるそうな。


 帝国第一皇子フォン・グラスカール。馬鹿でデブで有名な女好きのブタ皇子さまのパーティーに潜り込もうとしているのがナウ。


「え、俺だけ中に入れてくれないの?」


 ほんで皇宮の正門で入城お断りをされているのである。


 城務めの文官さんがガタガタ震えながら「無理です無理です、本当に無理ですごめんなさい」って言ってる。

 おい、この状況を見られたら俺が難癖つけてるみたいでしょ。外聞悪いでしょが。


 まぁ文句はドレス姿のロザリアお嬢様が代わりに言ってくれる。


「理由を述べよ」

「しょっ、招待状のない方のご入場はお断り申し上げております!」

「なによそれ。他の方々の侍従は入れているじゃない。どうしてわたくしの侍従だけ入れないのか説明なさい」

「今回から規則が変わったんです! ごめんなさい、本当にごめんなさい! ですが招待状を再度ご確認ください!」


 規則とな?

 お嬢様宛てに届いた招待状を確認する。普段なら何名様までの御同行を許可します的な文言があるところにそれがない。普段あるものが無い。


「あー、ここですね」

「なによこれ。こんなの気づくわけがないじゃない」

「しかし他の皆様は規則を守られておりますので……」


 確かに他の方々は問題なく通れている。小さな不備だが仕掛けられたかもしれないな。

 例えばお嬢様の招待状にだけ同行する者の申請をするようにという文言が抜けていたり、侍従用の無記名の招待状を送らなかったり、そんな小さな仕掛けだ。


 まぁ俺が指摘するまでもなくお嬢様もお気づきになられたようだ。


「舐めたマネをする……」

「もしゃもしゃ」


 デブはポップコーンもしゃってて何も言わないがコクコクと頷いているのでわかってるんだろ。


「引き返しましょう。罠かもしれません」

「小細工を弄されたまま無様に退けと?」

「退くべき時は退くべきなのです」

「ウェーバーさんも言っていたわね。危険を恐れて逃げ帰る者に何が為せるというの? クリス様のご意思を確認する機会は今宵をおいて他にない。往かねばならないのです」


 勇ましい発言は自衛の出来る人だけにしてほしいのだが……

 いや、事ガレリアに関しては俺やフェイでも自衛ができるとは言い切れない。


「可能な限り近場に潜んでおります。非常時だと思えば何も気にせず大きな爆発をお願いします、すぐに駆けつけますので」

「ええ」

「デブ、お嬢様の護衛は任せたぞ」

「もしゃもしゃ。うん、任せて~」


 三馬鹿の中で一番戦闘能力の低い奴がこう言った。甚だ疑わしい自信だが今は任せる他にない。


「略式ながらお前に加護を与える。我は生命と繁殖を司る不死鳥ティト=プロメテアの第一の信徒なり、この者に最大の加護を与えん」


 デブにSクラスの加護を与える。ティト神の加護は性欲の増大としての表面が大きいが生命力も増加させる。死に至るほどの毒に冒されてもその死を覆すだけの強靭な生命力だ。

 そうだな、例えばヒドラ緋毒を喰らっても何日も耐え抜けるとかな。


「さらなる加護を。我が名は殺害の王アルザイン、この者に王の加護を与えん」


 デブにAクラスの加護を与える。オーラの増幅に恵まれた肉体強化のタレントスキルを持ち、ティトの加護で生命力を増加させたデブなら耐えられるとは考えていたが本当に耐えられるとはな。


 デブが自らの肉体に起きた変化に戸惑っている。おそらくこれでこいつのパラメータは平均600近くまで上昇したはずだ。各種耐性も得て、特に火に関しては無効化に近いはずだ。


「もしゃ。……なに今の?」

「よく耐えられたな、見直したぜデブ」

「何を褒められてるのか全然わかんないんだけど、勝手に変なことをしないでほしいなあ」

「失敗したらお前の魂はこの場で粉々に砕け散っていたが成功してよかった」


 デブがポップコーン入りの紙袋をぶん投げてきた。

 新しい怒り方だ!


「そんなことを僕にしでかしたの!?」

「うん、したよ。だってお前の命なんてお嬢様と比べればセット売りみたいなもんじゃん」

「ひどいよリリウス君!」


 ひどくねえよ、俺とお前の間にある共通認識だろうが。

 と言いたいところだがこいつの中では自分の命が一番なんだろうぜ。だから未来で俺とお嬢様を売るんだ。


「ねえリリウス、わたくしにもお願いできる?」

「お嬢様には勝手に施してますよ」

「えっ……」


 もちろん安全に配慮してアシェラ神監修の強化をお嬢様がご就寝中に施してある。今のお嬢様の加護の数はちょっと笑えることになっている。アルテナの加護やらゼニゲバの加護やらマジで限界ギリギリまで積んだからな。

 魂のスキルスロットがはち切れるギリギリまで積んである。そんなお嬢様も火を喰らう竜を倒したおかげで存在力が上昇しているはず、つまりまた積める。


 神狩りは神を殺して位階を高める。神殺しの闘争の果てに待つのは剣神アレクシスのごとく神に到達するほど武名である。

 俗世にあれば王になれるほどの戦士がどうして神に膝を屈するか。戦士の館ヴァルハラに至った英霊エインヘリヤルの目指すところとは神の御位に他ならぬ。これこそが神狩りの得る最大の名誉。

 お嬢様には才能がある。いずれは神の御位にたどり着くだろう。


「わたくしに何をしたの!? え、なんで勝手にするの!? ちょっ―――何をしたか吐けー!」


「ふははは! それを知る時は今ではないのだよ、では明智クン、サラダバー!」

「逃げるなー!」


 最近気づいたんだ。全てはお嬢様のために、すべてはお嬢様のためにやったことならアレこれもしかして俺悪くないんじゃね?って気づいたんだ。

 安心してください、お嬢様の強化計画だけは順調です!



◇◇◇◇◇◇



 ステルスコートなしでクリスタルパレスに潜入するのは厳しい。というわけではない。クリスタルパレスの厄介なところは見た目と中身が一致しない部分であり、正しい経路を知る者でなければ見えている場所にたどり着くことさえできないという空間罠だ。

 異空間化している皇宮だ。気配を同化させてお嬢様たちの後ろをこっそりついていくって手段が警戒されていて取れない以上、ちょっと場当たり的な手段になってしまう。


「どうしたもんかなー」

「あぁ…あぁこれはこれはいつぞやの。どうかなさいましたか?」


 悩んでいる俺に親切なおじさんが声を掛けてきた

 俺は思わず「げっ」と呻いた後でこの人がお偉いさんなのを思い出して姿勢を正す。


「なぁに、人生に迷っているだけですよ」

「それはお困りでしょうねえ。ここは人生の先達として若者の悩みに寄り添って差し上げたいと考えたのですが、いかがでしょうか?」


 なに言ってんだこのおっさん?


「何を企んでやがる?」

「いえね、本当によい話ができると思うのですよ」


 毒蛇のような目つきをした帝国宰相ルスカ・ベルドールがそう言った。どんな善人の目から見ても良からぬことを企んでいそうな邪悪な魔導師がそう言った。マジな話をすると何も考えてないアホな幼女でも引っ掛からないと思うんだが……


「面白い話なんだろうな?」

「ええ、ええ、それだけは確約いたしますよ」


 宮廷の出来事に詳しい宮廷貴族の総大将さまから情報をぶん盗れる好機だ。逃す手はないね。

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