冬の帝都にて①
久しぶりに会ったエリンちゃんとリジーから笑顔で迎え入れられた。
「ぎゃははははは! やっぱりじゃん!」
「あんなに深刻そうな顔で出て行ってすぐに戻ってきた!」
うるせえバカジョどもって言いたいのを懸命に堪える俺氏。その姿がよほど面白かったのか腹を抱えて笑ってらぁ……
まぁ変わらない姿に安心したよ。君らってマジな話モブだからいつ死んでもおかしくないんだけど。
「散々笑ってくれてありがとうよ。それで他の連中は? 変わりないか?」
「マリアが凹んでるぞー」
へこんだり調子に乗ったり忙しい子だな。
何かあったんだろうか?
「何かって知らないのかよ」
「知らないから聞いてるんだよ」
「デスきょの姉御も赤モッチョも喧嘩するなよー、結婚するんだろー?」
「「しねえよ!」」
くっそ、あの噂が学院にまで広がっている。
早く元凶を処さなきゃ!
「その噂は殺人教団の流した悪質なデマだ……」
「昨日リリウスのお父さんがやってきて仕立て屋まで連れていかれたんだけど……」
「どうして噂を訂正しない」
「無理だよ、あんなに嬉しそうな人にウソですなんて言えないよ……」
「おい、このままだと本当に式を挙げることになんぞ」
ある意味ガレリアよりも大きな問題だぞ。
「正直リリウスはタイプじゃないけど養ってくれるなら受け入れるのもありかなーって思い始めている」
「そんな気持ちで結婚しようとする女なんて俺も嫌だよ」
「だって婚活うまくいかないし……」
エリンちゃんはな。初期はな、初期はまだモテる気配があったんだよ。でもデス教徒だと発覚してからピタリと止まったんだよ。
だってデス教徒って墓荒らししたり死者を冒涜したりアンデッドを量産する連中なんだぜ? その杖が自分に向かないって信じられる男がこの世に何人いると思ってんだよ。
眠っている間に夫をアンデッドにするようなネクロマンサーと結婚する度胸のある男がいるもんか。俺だってデス教徒だけは絶対に嫌だね。
つかこの話はどうでもいい。いやどうでもよくないけどマリアの方が重要だ。
「それでマリアがどうしたって?」
「それが傑作なんだよ。アーサー様と交際して秒で破局したんだ」
「待って、本当に面白い! ポップコーン買ってくるからちょっと待ってて!」
「腰を据えてじっくり聞くだよこいつ……」
他人の不幸は蜜の味。他人の恥部より面白い話題はねえんだよ。
他人の恋愛相談に乗る理由は何だ? 本人の詳細な証言付きで人間ドラマを楽しめるからだよ!
ダッシュでスコーンとフルーツのキッシュを山盛り買ってきたぜ。学内のカフェはお菓子に限ればけっこううまいんだよ。
「で、何がどうしたって?」
「攻略祭でなー、アーサー様に告られたらしいんだよ」
「マジかよ、やるなあいつ」
奥手のくせにやるねえ。アーサー君の評価上昇したわ。まぁ秒で喧嘩別れしたらしいけど。
「でも直後に喧嘩して今も口を利いてないんだよ」
「そいつは面白いな。喧嘩の理由は?」
「アーサー様が欲しかったものをあげられなかったんだってさー」
奴は処女厨だったのだろうか? アーサー君だしそういう潔癖なところがありそうだ。
よし、本人の口から詳しく聞いてみよう。
「マリア…ではなくアーサー君の口を割らせてみるか」
「さすがのリリゲス」
「そのクソ度胸を認めてついてってやるよ」
ゲスい顔をする女子二人を率いて男子寮を目指す。正直すでに面白い予感がしている。
◇◇◇◇◇◇
マリアはへこんでいる。どっかに出かける気分にもならず放課後はずっと女子寮の部屋で過ごしている。最初の頃はリジーとエリンとルリアがあちこちに連れ回してくれたけど、ため息ばっかりついてる辛気臭いマリアに愛想が尽きたらしい。最近はほっといてくれてる。
だからマリアは今日も二段ベッドの下で膝を抱えている。
あの夜を思い出してはため息ばかりついている。
「どうしてできなかったんだろうなあ?」
元々異能なんてちからは制御が難しい。腕や足を動かすようにはいかない。自分だけが感じ取れる不可視の第三の腕を動かすような感覚だ。人によっては一生制御できないらしい。
あの夜、アーサーが望んだちからを渡してあげられなかった。
種族王が生涯においてたった一度のみ使える最強の騎士を作るちから、キングスナイトの異能が使えなかった。
他の名前ならあげられる気がしたのに、王の騎士だけが感じ取れなかった。……相談しようと思っていたコパ先生も学院にいなかったし。
レギンビークから戻ってきてから帝都を別の町のように感じる。
ココアに会いに行ったらココアはいなくなっていたし。他の知り合いも何人か消えている。……たまに怖い視線を感じた。
誰もいないはずなのに誰かに見られている気がしたのも数度ではない。
今の帝都は以前とは別の町だ。恐ろしい何かが町中に潜んでいる。だからマリアは部屋に引きこもってひっそりと日々を過ごしているのだ。
アーサー君なんて引きこもった理由のほんの二割くらいだ。
「どうして戦えるの……?」
あの夜に出遭ってしまった怪物に勝てるわけがないと感じてしまった。
無数の怨霊を背負いながらピクニック気分の面で歩いている死の王と出遭い、身の丈を思い知らされた。……わかってしまったのだ。
あの男はいまこの町にいる。リリウスたちを罠に嵌めるために、殺すためにここにいる。
だって町中に潜む視線はあの夜の香りがしたから……
「怖いよナシェカ……」
勇気が遠い。
勇気さえあれば未来を掴めるのに……
◇◇◇◇◇◇
深刻な顔つきをして「俺は最後の戦いにいく、もう会うことはないかもな」って言ってた奴が帰ってきた。
「あっ、アーサー君フラレたんだって!? だっ、ダセぇえええええ!」
「キミという男は……」
彼の武運を祈ってあげたアーサーにこの仕打ちである。怒るというよりも呆れた。
呆れだ。怒りではない。だが唾を飛ばして笑いまくる三人にはいつか何らかの形で報復措置をすると固く決めたアーサーであった。
◇◇◇◇◇◇
「まさかお前にユニコーン属性があったとはね。経験則だが可愛い女の子のほとんどはローティーンの間に非処女になってるぞ」
「何の話だ!」
「そう邪険にするなって。その狭い価値観を広げにきてやっただけだ。本当にイイ女ってのは酸いも甘いも経験してきた女をいうんだって……」
アーサー君がイイ話をしてやろうとした俺のほっぺをひねる。いや捻れない。リリウス頬筋は強いからな。
「待ってくれ、何か勘違いをしていないか?」
「処女厨はいつも嘘をつく。恥ずかしいと思う気持ちがあるなら改めればいいのに」
「だから何の話だ?」
マジで話がわからないようだ。
「マリアと喧嘩したって聞いたぞ」
すべてを理解したアーサー君の反応は顔に手を当てて天を仰ぎ、麗人の口からは絶対に出てはいけないような汚い言葉をぼそっと吐いた。
「アーサー君いまマザーファッカーって……」
「大した話じゃない。いや君達が僕のことをどう思っているかは一生忘れないつもりだが……」
「ひえっ」
リジーちゃんがビビってる。怒られるのが嫌ならからかわなきゃいいのに。
「喧嘩の理由が違う。僕がマリアに頼んだのはキングスナイトの異能だ」
「王の伴侶か。クラスチェンジの権利をくれなかったのか? なんで?」
って答えは一つしかないか。
他に好きな男がいて、そいつにあげたいんだろ。
「……それを僕に言わせるつもりか?」
「……すまん」
まぁ喧嘩もするわな。アーサー君はけっこう度量が狭いしな。
「一つだけ、誤解があるのかもしれねえぞ。異能ってのが簡単に使えるものじゃないって魔眼持ちのアーサー君なら知ってるだろ。あげたくても使えなかった可能性もある」
アーサー君がぷいっと顔を逸らした。その可能性にマジで気づいてなかったらしい。この余裕のなさが十六歳の少年らしさなんだろうな。
「男がみっともなく喚き散らすんじゃねえ。男なら許し、支えてやれ」
「九人も妻を持つ男は言うこともちがうな」
まだ八人だ。正確に言えば妻はまだ一人だけだ。
後はクロードに挨拶でもして帰ろう。まったくまた笑われそうで嫌になるね。
◇◇◇◇◇◇
ガレリアは相変わらず姿を見せない。
昼も夜もなく帝都を探索しているがキリングドールのキの字も見当たらない。……俺の強化知覚を出し抜いてるのか?
だとしたら厄介だ。俺も手札を開く必要が出てくる。
「エイジア侵入まで取っておくつもりだったんだがなぁ」
ガレリアは殺害の王の秘術を完全に継承できていない。エシュロンに収納されたアルザインの人格モデルがいつの時点のものかは定かじゃねえが、究極にたどり着く以前のデータであるのは間違いない。イザールなんかはアレンジのしすぎで原型を留めてねーし。
まぁ秘術と言っても技の類だ。解析されれば対抗策を捻り出されるかもしれん。
簡単な話だ、必殺技を惜しんで帝都を見捨てるか、いつもの出たとこ勝負か。少年漫画の主人公みたいにいつだって全力でがむしゃらにやるのも嫌いじゃない。
だが馬鹿なガキのままで勝てるほどイザールは甘くはない…か。
アシェラよ、これはもしかしたら第二プランってやつに移行しているのかもしれないぜ。
アーサーはマリアの想い人をリリウスだと誤解している←




