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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 静かな死が灰被りの都を満たして
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竜皇子クリストファー③ 究極生物ウェーバーさん

 ドケチの帝国騎士団長の執務室は意外なほどオシャレだ。窓辺には季節の花を活けた花瓶を置き、ジベール産の品のよい絨毯を敷き詰め、ソファはシャピロで有名なハウル・ドローゼンベルク工房の四人掛けを一対。

 ここでお茶を淹れられるように魔導コンロとウォーターサーバーも置いてある。


 この部屋の居心地のよさはきっとドケチの手によるものではない。ドケチを支える優秀で艶やかな副官の手によるものだ。


 オネエ系副官のウェーバーさんは主のいない執務室でのんびり紅茶を飲んでいて、俺らを見てウインク。


「閣下なら沿海州まで出張中よ」

「それはここに来るまでに聞いていましたが……」


 上司がいない時は堂々とサボる副官の鑑がそこにいた。山積みの書類はガン無視だ。

 この優雅なティータイムはシシリーを彷彿とさせられるぜ。仕事をする気ゼロのところがね。


「あぁこれ? 後でやるわよ、後で」

「大変疑わしいが俺には関係ないんでどうでもいいです」

「お小遣いを出すから手伝っていかない?」

「俺は高いぞ」


 財布から銅貨を二枚出そうとしたウェーバーさんが「むー」って言いながら銅貨をしまう。すまんがそのあざとい仕草は女の子じゃないと効果がないんだ。


「色々と聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「書類仕事を手伝ってくれるのならいいけど?」


 よし、勤労と引き換えに情報が手に入るぞ。


 帝国騎士団本部は帝国全土に散らばる駐屯地の親玉だ。駐屯地に予算を振り出すのも本部の仕事だ。三ヵ月ごとに駐屯地からやってくる会計収支を精査して変な使われ方をしていないか監査するのだ。

 騎士のお給料、これには騎士が雇用する兵隊の給料を手当として含む。出動手当もある。

 備品の購入費や損耗した備品の処分方法。駐屯地で雇用するコックや洗濯夫の給料などなど駐屯地という治安維持組織を正常に動かすために掛かった経費の全部が書かれている。


 俺が承認印を捺すのはそういう書類だ。一応団長室に来るまでに本部の経理が確認してあるんだが二重チェックの意味でもこっちでもやるんだ。


 つまりだ。この三十枚だか四十枚だかが一束になった200冊を超える羊皮紙の山を読み込んで汚職や不正経理がないかきっちり調べろってんだ。夕方までに終わっかなぁ~……


 この世界には数字がない。だからDwevlt-lo-dlucesというふうに数が記載されている。しかも全部手書きだ。中には字の汚い書類もある。


「こんなのと延々睨めっこなんて泣きたくなるね」

「私の苦労を理解してくれ嬉しいわ。さあどんどんやってね!」


 くそっ、多少の汚職には目をつぶっても他の奴にやらせたい気分だ。だから徴税官や代官はバブリーな暮らしをしているんだな。


 本部では算盤を使う。閣下が昔東方から持ち帰ったのを使っていたら便利だってことで本部に正式採用されたらしい。

 算盤をぱちぱち弾きながら計算が合っているかを確認する。……苦行だ。


「ウェーバーさん、ガレリアと手を組んだってマジ?」

「外から見るとそう見えるのでしょうけどちょっと違うのよね。あの怪しいイケメン教主を従えているのはクリストファー第二皇子殿下なの。私たち帝国騎士団はその歩調をこそクリス様と揃えていても完全な配下ってわけじゃないのよね」


 そこはまぁ重要な部分だろうな。

 将来的にガレリアを切り捨てても大義名分が立つ。皇子を惑わせていた不埒な輩を処分したで通せる。


「監視のつもりなのか護衛という名目でこっちに人員を寄こしてきたけど、別にそれだけならご親切にどうもって感じで済むのよね」


「ガレリアを利用するつもりなんですね」

「使えるのなら死体でも使う。うちのドケチがそういう人だって知ってるでしょ?」


「大人しく使われてくれる連中ではありませんよ」

「親切そうな顔をしていても裏ではつばを吐く連中なんて世の中には腐るほどいるわよ。ガレリアを恐れて遠ざける、オージュバルトを恐れて遠ざける、そんな臆病な人間に何を為せるというの?」


「失礼ながら認識が甘いように思います。オージュバルトなどダース単位で揃えてもガレリアの足元にも及ばない。服毒による耐性強化の法のつもりが致死量を煽ろうとしているのです」


 ウェーバーさんが投げキッス。やめい。


「本心から案じて忠告をしてくれているのはわかるわ。私たちのような仕事をしているとそういう人は貴重だから嬉しいわ。でもね、危険を冒してでも獲りに往かねばならない時はあるの。閣下は毒だと理解して協調路線を選んだ。彼にとってもこれは大きな賭けなの」


「ですが」

「愚かだ、危険だ、間違っている、そんな言葉が届く段階ではないの。……ねえリリウス君、あなたには我が身を投げ売ってでも叶えたい願いはないの?」


「あります」

「なら理解できるはずよ。願いを前にした男は止まらない。我が身を砕いても願いへと手を伸ばす。今はわからなくてもいつかあなたにもわかる時が来るわ」


 これもまた人の本質なのだろう。

 願いを叶えるために生きるが本質であるならば、その道に立ちふさがる者が例えその身を案じるものであったとしても斬り倒して進むのだ。


 人は知っているのだ。闘争の箱庭に生きる生命には等しく刻まれているのだ。結局のところ武をもって押し通す他にないのだと。


「変な空気にしてしまいましたね。すみません」

「謝ることじゃないわ、だって正しいことを言っていたんだもの」


 正しいことって何だろうな。謝った人間に対する大人の気遣いってやつだろう。

 とりあえず聞きたいことは聞けた。もうここには用はない。


「じゃあ俺はここで」

「お待ちなさい。書類がまだ残ってる」


 思わず舌打ちが出たぜ。マジでこれ全部やらせる気かよ。


「情報提供の代わりに手伝う約束でしょ。聞いたさっさといなくなろうとしないの」

「わかってますよ。……もう一個だけ、クリストファーの周囲にいる連中のことを知りたいんですが」

「帝国貴族で言えばタカ派の方々ね。ザクセン公やボルヌーブ公のような大物も咥え込んでいるのだからやり手よね。まぁ彼にそれだけの魅力があるってことでしょう」


 ウェーバーさんが言うと男色的な意味に聞こえそうだが武力面の話だ。


「でもリリウス君が知りたいのはこちらでも素性を把握できていない怪しい方々の方でしょ?」

「ええ」

「まずはニーヴァちゃんね。ロザリア様と同じくらいの年の可愛い女の子なんだけどどんな経路を使っても正体がわからないの」


 そいつは知ってます。神々と魔王でさえも恐れるバルバネスさんの実母です。


「バルバネスさんっていうイイ男もいたんだけどいつの間にか消えていたのよね。当時はクリス様が半狂乱になって探し回っていたわ」

「たぶん女中と駆け落ちしてますよ」


 バルバネスさんはああ見えて愛の戦士だからな。愛のために世界を滅ぼしてもおかしくないくらい情熱的な男なんだよ。


「あらステキ。……やっぱりイイ男は売り切れるのも早いわねえ」


 俺はつっこまねえぞ!


「他には?」

「件のイザールもイイ男なのよね」

「ウェーバーさんの情報マジで薄いっすね……」


 この人は人間をイイ男とそうでない人でしか見分けてないの?


「あら、リリウス君もイイ男になったわよ」

「怖いこと言わんでくださいよ。はい、次」

「つれないわね。イース海運から寄こされた警備部のイイ男もいるわよ」


 あんたの記憶にはイイ男しか残らないのかってくらいイイ男が揃っているな。きっとマジで女性やブサメンは記憶に残ってないんだろ。


 結局書類の承認には夕方までかかった。一番仕事したのはロザリアお嬢様だと思うわ。おしゃべりしてる俺らとちがって黙々とやってたもん。

 仕事を終えてすっきりした気分のウェーバーさんがいそいそとコートに袖を通している。えんじ色の可愛いコートだ。毛皮の帽子も可愛いのが微妙に腹立つ。


「お出かけですか?」

「ニーヴァちゃんと喫茶店巡りする約束してるの♪」

「えええ!?」


 その爆弾情報には今年で一番驚いたと思うわ。

 ウェーバーさんの交友関係にすごい興味出てきたわ。



 男の心と女の心を併せ持つ究極生物オネエの人脈は太く広い。

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