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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 静かな死が灰被りの都を満たして
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竜皇子クリストファー②

 レギンビークでは今年は暖冬なのか温かいなって思っていた。だがよく考えてみれば地下に火を喰らう竜の祭壇があったので土地柄だったのだろう。探せば温泉だってあったにちがいない。


 荒野を離れると寒さが冷たさに変わっていった。バイエルでも感じたが久しぶりのドルジアの冬だから辛いというだけではないのかもしれない、そう思う程度には冷え込む十一月だ。


 雪をかぶった町をジープで駆け抜ける。箱馬車が行き交い、子連れの夫婦が雑踏を歩く何とも平和な街並みだ。


「殺人教団の狩場になっている…なんて思えない光景ね」

「何かの間違いであればよかったですね。俺も常々そう願っていますよ」


 お嬢様の唇が震える。口に出せば本当になってしまうと恐れて、だが勇気が再び口を開かせた。


「クリス様はどうして殺人教団なんかと手を組んでしまったの?」

「あいつには魂を売り渡しても叶えたい願いがあるんですよ。……いや、願いのない人間なんているわけがない」

「……」

「どうしました?」

「……わたくしにはそこまでして叶えたい願いがないわ」


 やべえ、こんなシリアスな会話してんのに噴き出しちゃった。


「なんで笑うのぉ?」

「いえね、それはとても幸せなことです。アシェラに感謝を!」

「馬鹿にされてる気がするぅ」

「それは気のせいです。お嬢様が幸福であること、それが俺の願いなのですから……」

「ばかね」


 お嬢様が俺の肩へと頭を倒してきた。

 うわーい、あったかーい。体温までバグってないこの方? どう考えても人体の発する熱量じゃないぞ。


「あなたがわたくしの幸せを願ってくれるなら、わたくしもあなたの幸せを願うわ」

「二人の幸せのためにもガレリアなんてさっさと追い出さねばなりませんね」

「ええ」


 レンガで舗装された貴族街の丘をのぼりバートランド邸に入る。

 一応鑑定眼を発動しておく。妙なものが潜んでいる感じはない。単体を解析する能力を広範囲にばら撒くのは負荷がきついが一応目につく限りはやっておく。


 客間で待たされる時間は温かい紅茶を二杯とクッキー十五枚を飲食する程度だった。


 客間に現れたバートランド公はいつもの年齢不相応の貴公子ぶりを見せていたが、やや心労を感じる顔つきをしている。

 それでもしゃっきりした立ち姿なのはさすがだ。タフな大人だぜ。


「率直にお尋ねします。身辺に何か変化はありますか?」

「レドアルトから聞いたんだね?」


 ドゥシス候の名を出したバートランド公が窓辺から庭を眺める。

 そこに何があるものか、何もないのか、俺にもわからないな。


「ある時から異変を感じ始めたんだ。誰も知らないはずの私個人の考えを何者かに抜き取られているようなことがね、何度もあったんだ」

「それは書類に残した考えでしたか?」

「本当に大事なことは紙にも残さないようにしているよ。だから不思議なのだよ、まるで私の頭の中から直接抜き取ったとしか思えないんだ」


 その不思議な技をガレリアならやってしまう。サキュバスキッスで夢に干渉してな。


「そのような不思議な技を使う連中がいます。そいつはクリストファーの協力者として帝国に入り込んでいる」

「何者かね?」

「殺人教団ガレリア。シスターズと呼ばれる美しい殺人人形を操る暗殺者集団です」

「あぁキミがカードゲームにしている連中か」


 バートランド公の胸ポケットからキリングドールのカードがきらり。

 レートが高いと評判のSRナシェカとSRエドレーンとSRルビスが揃ってるじゃねえか。


「彼らは何ができるのかね、詳しく聞きたいね」

「何でもできますよ」

「何でも?」

「コンクリートで遮蔽された密室内の会話を盗み聞きするレーザー装置を持っています。変身能力でどんな人間にも無機物にも化けられます。このフォルノークをものの五分で更地にできます。世界の陰の支配者なんです」


「それは厳しいね。じゃあどうして彼らはこんな回りくどいまねをするんだい?」

「サディストなんですよ。水場に突き落とした猿の額を枝で小突いて弄び、高笑いしているつもりなんですよ」

「それは面白い情報だ。勝てずとも歯ぎしりの一つくらいはさせてやれそうだ」


 絶望を教えられてこの顔ができるとはさすがだ。タフな大人すぎるぜ。


「私は見てのとおりの男でね、この細腕ではそんな恐ろしい連中には敵わないだろう。だが悪戯の腕前だけは自信があるつもりだ」


「戦うおつもりなのですね」

「そう勇敢な発言をしてくれるなよ。いつも通りにやるだけさ。さあ有益な話をしようじゃないか。私の知りうる限りの帝都の現状を教えてあげよう。その代わりにガレリアのことを教えてくれたまえ」


 あぁまったく貴族ってやつは。大人ってやつは本当にタフだ。

 敵に回すと本当に厄介だけど味方になるとこうも頼もしいかよ。



◇◇◇◇◇◇



 帝都は静かなものだ。表向きはとても静かでガレリアの影も形もない。なのにキナ臭さだけは、奴らが確かにここにいるのだと残り香だけがにおうのだ。


 帝国騎士団は帝国総南下計画『豊穣の大地デフィル・アルマータ』の決行に動いているようだ。

 計画を前倒しする理由は一つしかない。現時点で決行しても問題ないと判断した、つまり必要な物がすべて揃ったからだ。


 必要なものとは何だ?

 竜皇子クリストファーという輝く御旗。イース財団に加えてバイエルやオージュバルトという強大な軍閥の後援。あとは何だ? ガレリアの協力か?


 三年後に決行するはずだった計画がガレリアの出現で前倒しになった。それなら納得もいく。


「ガーランド閣下ならガレリアの有用性に目をつける。可能性としては考えられたな」

「何かの間違いではないのよね?」

「まぁ考えられる選択ではありましたよ。閣下らしい手です」


 使えるものは何でも使う。使い終えた道具は後を濁さず始末する。あの人はそういう男ですよ。

 どこに出しても恥ずかしくない最恐のドケチだ。


「一見してイザールは親切そうに見えますし、閣下は自分だけは騙されないって自信に溢れていますし、実際かなりうまいことやりそうな気はしますよ」


 バートランド公の持つ情報は中々面白いというかかなり笑えるというか、いやまったく嫌になるぜ。

 いま沿海州を攻めているクリストファーの偽物が何者かなんてのはどうでもいい。

 この冬の帝都で行われるであろう帝国貴族の意見調整も問題ではない。


 焦点はやはりガレリアの動きであり、閣下はガレリアを庇護する側にあるという一点だ。互いに互いを利用し合うつもりで結んだ契約なら利用価値がある内は切り捨てはしないはずだ。

 イザールの腹の内が何であろうと利用価値がある内は飼うおつもりだ。


 だがロザリアお嬢様はそう考えておられないようで、まだ何かの間違いではないかと考えておられるようだ。……肉親への情なんだろうな。


「おにーさまはガレリアの恐ろしさを知らないのよ。話せばわかってくださるわ」

「さてどうでしょうね。お忘れですか、閣下は中央文明圏を追われたネクロマンサーを飼う程度には己の手を汚す覚悟のある御方ですよ」

「そう…だけど……」

「まあ話だけはしてみましょう」

「ええ、そうしましょう」


 ただ無駄な気はしている。俺には俺の道がある。閣下には閣下の道がある。そして俺達は我が道を阻む者を倒してきてここまで来た。


 俺の願いと閣下の願いは同じではない。あの御方はどうしようもないほどドルジア貴族で、俺は救世主なのだから……

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