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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
帝都決戦編 静かな死が灰被りの都を満たして
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竜皇子クリストファー① 議会は踊る

 夜明けに背を向けるトレーラーが降雪をかぶった森林街道を往く。開いた窓からやってくる冷たくも清涼な空気は決戦を控える俺達の緊張感を保ってくれる。例えスピーカーからニチアサ全開の特撮ソングを垂れ流しているのだとしても緊張感がある。


 魔樹だらけの森の侵攻を阻むような帝都第六外壁が見えてきた。

 苔と蔦に覆われた遺跡のような第六外壁。関所のようにぽっかりと開いたアーチの真下には歩哨もいない。

 日中なら分隊程度の兵がいることもあるんだが朝早くだしな。


 木々に呑み込まれた遺跡のような第六外壁の向こうにも広がる森。整備された街道を進んで第五外壁を目指し、ほんの数分で到着。この間は徒歩なら三時間四時間はかかるんだろうがトレーラーだからな。


 第四外壁の向こうはまぁ人里と呼んでもいい。切り開いた痩せた畑のある農村が幾つかあって、帝国騎士団が出資する騎獣牧場もあるらしい。どこにあるか知らんが。

 朝も早くから畑の様子を見ている数人の村人がニチアサ音楽を垂れ流す怪しいトレーラーを凝視してきたが当然だろう。彼らは中世の人々やぞ。何事かと思うわ。


 中央文明圏ではもう時代の針は近世や産業革命期まで進んでいるのにこのド田舎は未だ中世のまま停止している。

 読み書きもできない無学な人々。それを問題視しない社会体制。田畑を耕して生きる民草は社会から取り残されていることも知らずに生まれ育った村で老いて死ぬ。……彼方に文明があるとも知らず。


 第三外壁が見えてきた。この向こうはもう街中になる。東京で言えば町田くらいの感覚だ。

 さっきまではどこだったんだよってなると奥多摩とかだ。


 だから第二外壁の向こうをこそ帝都と呼ぶのだ。ここまでの間にそうしてきたようにトレーラーを降りて北門詰めの兵隊に通行の意思を伝える。もちろん学生証を見せるのも忘れない。

 ただの学生証とはいうなかれ。帝国内では貴族の証明になる強い証なんだ。


「皇室立学院一回生リリウス・マクローエンだ。課外実習からの帰りなんだが通ってもいいか?」

「おう、若のダチ公じゃねえか」


 この人だれだっけ? この馬鹿が顔に出ている馬鹿そうな男の面構えには見覚えがあるような……

 この刹那、俺の脳裏に閃く一シーン!


『おーい、女を連れてきたぞー!』

『『帰っていただけぇぇぇえええ!』』


 こいつは馬鹿ウェルキンの従兄の馬鹿ナレインだ! いつだったかウェルキンに投資詐欺を紹介した馬鹿野郎だ。ルド兄貴のダチの!


「そういうあんたはうちの兄貴の隊の?」

「おう、ルドガー・マクローエン小隊の副隊長ナレインだ的なセリフの方がいいか? まったく俺を忘れてんじゃねーよ」


「あははは。まぁ覚えなくてもいい人かと思ってましてね」

「正直者なのはいいが言ってはいけないこともあるのだけは覚えておけよ。間の悪さは兄譲りか、ルドなら巡回に出てるぞ」

「元気ならそれでいいよ」


 とはいえガレリアの暗躍する帝都だ。まぁ何があっても不思議はない。今この瞬間の話ではなくもっと前に起きていても不思議はない。


「そのルド兄貴だが、何か変わったことはなかったか?」

「変わったことねえ。……そういえば弟が結婚するらしいな」


 マジかよ! その弟って誰!? 


「よくわかんねえがルドは不審がっていたんだが親父さんが準備に駆け回っているようでな。ルドにも祝辞を書くように言っていたらしい」

「ほー、ほほぅ……」


 あれその結婚する弟ってもしかして俺じゃね?

 俺だよ。だってまだ結婚してない弟ってアルドしかいねえけどイリス神のところで治療中なんだぜ。アルテナ神殿本殿にいるアルドが帝都で結婚するはずがない。


「その情報はデマだ」

「やっぱりか。マクローエン卿の早合点じゃないかって話だったがやっぱりか。ところで渦中の弟って誰なんだ?」

「俺だよ」


 馬鹿と別れて帝都旧市街の主道聖オルディナを南進する。

 LM商会は旧市街南区だ。このままオルディナ街道を直進して一度新市街に入って貴族街の丘を迂回してまた旧市街に入るコースが最短距離になるが、気兼ねなく速度を出せる旧市街北区から直接南区を目指すほうが時間的には早いと思われる。


 レギンビークを出る前にもメールを入れたが、そろそろ商会に到着するってアシェラ神に電話しておくか。

 コール七回目。中々出ない。何かあったんじゃ?って思うような長いコールのあとでようやくつながった。


「無事か?」

『無事じゃないのはリリウス君の頭だよ! いま何時だと思ってんの!?』


 朝の八時ですけど。農民はもう働いてましたけど?


『まだ日も出ないのにしつこく電話をかける奴があるか!』

「もう日はのぼってますけど?」


 時差を感じる会話だ。


「アシェラちゃんよ、お前どこにいんの? フェニキア?」

『ガレリアの追撃に動いてるっつったろ。帝国での工作活動を担当する9055期と9067期、9068期の混成部隊をオーザムまで追い込んで追撃をかけてるっつの』


 オーザムってマクローエンの近所のオーザムかよ。Oh、そりゃあ夜も開けてねえわ。時差が二時間程度あるからな。


「つかその9055期とかって何?」

『ガレリアの部隊構成くらい知ってろよ』

「ご説明願いましょうかねえ」

『朝早くから長話させる気なのが腹立つ!』


 それでも教えてくれるアシェラちゃんに感謝だぜ。


 ガレリアの部隊編成は基本的にロット単位らしい。60体1ロット。プラントで生産された60人の娘たちは七年という教育期間を経て正式なガレリアの兵隊になる。0000期生という考え方だ。どっかのアイドルかよ。


 ガレリアの作戦行動は60人1組の同期グループで行う。もちろんしょぼい任務はほんの数人でこなすが、同行するのはやはり連携の完璧な同期の子とだ。

 いま帝国に入って活動しているのが9000番台の55、67,68の180人らしい。

 中でも熟練の55期生が下位のナンバーを統率して動いているのだとか。ここで俺の膝で寝ていたナシェカが発言する。


「はーい、9055隊の元隊長でーす」

「こんなところに帝国侵攻軍のボスがいやがった」

「元だってば。ねえアシェラ様、ナシェカちゃんの部隊は今は誰が?」

『ラライヤって子だね』

「ララか、けっこう手強いと思うよ。あの子の兵科って観測通信兵だから」


 手強いの方向性が戦士的ではない手強さだ。それも最悪の方向で。

 観測通信兵が何か知らないロザリアお嬢様がシートの裏から顔を出して……


「その観測ツウシン? どんな兵種なのかしら?」

「神官ですよー」


 またアバウトな例えだな。


「お空の向こうに広がる暗黒の海に女神様がいるんです。ララは女神様にお願いする子なんです。いま送った座標にいる全ての者を焼き尽くすカノン砲を降らせてくださいって!」


「……怖い子なのね」

「ロザリア様がいま想像している怖さの何倍も怖いんですよ。フォルノーク程度なら五分で更地にできるのがララの怖さです」


「ナシェカさんはそのララの隊長だったのよね?」

「兵科によって得意とする分野が違うんです。もちろん私が本気になればララ個人なら完封してやりますけどぉ……本当に恐ろしいのはララと私達の頭上にいる女神様なんで」


 空だ。空だけがいつだって問題だ。

 マナの大気層を突破したその先にあるのは完全な物理法則の世界。美しい宇宙の法則が支配する残酷で奇跡の存在しない世界。


 空を灼く者はそこにいるのだ。



◆◆◆◆◆◆



 暗黒の海は静かに微睡み彼方からの輝きを内包する。衛星軌道都市シェパンティアから発艦した重戦略爆撃機スカイクロウラーは第一宇宙速度を保ったまま青き母星の地表32000Kmから精密爆撃可能ラインである2000Kmを目指す。


 艦橋には様々な情報が送られてくる。重複する報告、やや精度の低い情報、玉石混交のデータは爆撃機の頭脳である七基の霊子演算ユニットによって正しく解析され、世界という名の情報が更新されていく。


 艦橋に佇むは空を支配する女神アリストリス。余人は不要。オペレーターも砲撃手も必要としない。長きにわたって蓄積されてきた技能とその権能は地上攻撃に特化している。爆弾を落として命中させる。言ってしまえばそれだけに特化した女軍人だ。


 ターゲットは沿海州に所属する敵性国家ドゥラム軍国の造船工廠。投射するのは四発のクリミネイター弾頭。

 このクリミネイター弾頭は地下攻撃用爆弾だ。掘削機構を有する弾頭は命中と同時に外装をパージ、内部のドリルが地中へと潜っていき設定時間or任意のタイミングで爆発する。


 投射する。地上へと放たれた爆弾が軍国の有する三つの港町の造船工廠を焼き払った。

 残る一基はドゥラム軍国の王城に突き刺さり、着弾時の物理エネルギーで城務めの兵隊どもを圧殺していった。だが爆発はしない。させるつもりはない。この弾頭には別の使い道もあるのだ。


 パージされた外装。内部から飛び出していったガレリアの陸戦兵ユニット。まったく面白くもない光景だ。


「そら、陸戦ユニットのお届け完了だ。後はそちらの仕事だぞシェナ?」

「ええ、任せて」


 たった60体による敵国首都への強襲作戦は無謀を極めている。ただし剣聖マルディークの率いる陸戦部隊だ。数的な不利を特化戦力で覆すつもりだというのならこれは作戦ではなく自殺だ。


 だが作戦を提案した観測の女神シェナに手落ちをやらかすほどの愛嬌はない。

 完全で完璧な作戦を提案し、作戦に参加する兵一人一人とリアルタイムでつながって作戦が完璧に遂行されるまでサポートする。

 不可能さえも可能にする存在。それがガレリアに在籍するネームドの中でも最強と謳われる三女神だ。


 たった60体の人形に軍国が切り刻まれていく。王が斬殺されて将校が血の海に沈んで残された雑兵は混乱の中で上陸しようとする船団に気づく。


 竜の軍旗を掲げた船団が桟橋を破壊しながら港に衝突し、内部からわらわらと騎士を吐き出していった。

 艦首には雄々しき皇子が剣を掲げ―――


「蹂躙せよ! ドゥラムの歴史を我らが剣にして閉ざしてやれ!」


 いま一つの国家が瓦解する。

 竜皇子クリストファー直属の銀狼戦闘団によるドゥラム軍国強襲作戦は成功した。三つの都市と首都を壊滅させて残すは内陸の諸都市のみ。だがその命運さえもすでに決定されている。


 空には女神がいる。空を焼き、地を砕く最強の女神が……



◇◇◇◇◇◇



 LM商会には休業の札が掛かっていた。


『店長不在のため休業中』


 くっそ、社員どものやる気がない!

 ってお前だよフェイ店長! レテに電話しよう。


『フェイもいる?』


 第一声でわかるじゃん。めっちゃ怒ってるじゃん。


「替わる。ほら」

「いないって言ってくれ……」


 もう遅いんだぜ。


 フェイがすげえ怒られてる。どうやらすぐに戻るって言ってレギンビーク市に来たらしい。そのまんま迷宮アタックしてたらしい。すぐに戻るって言ってもう十日以上になるそうな。……何度も電話をかけたのにフェイは出なかったらしい。

 そりゃ怒るわ。ルキアもクソほど笑ってるぜ。


「揃いも揃って女の扱いがへただよな?」

「ほんとよ」

「と申している男ですが愛人の数が俺よりも遥かに多いです」


 同意したはずのお嬢様が目を剥いて驚いている!

 七つの港に妻を持ちなんて船乗りの文句にあるけれど海の男の中の男キャプテン・ルーデットですよ。三日も滞在すれば女の一人や二人は当たり前なんだよ。


「ルキアーノ様は真面目なお人柄だと信じていたのにぃ……」

「やはりお嬢様の男を見る目はゴミだな」

「目が肥えるってのは騙されて学ぶって意味だよな。最初から見る目がある周囲に思われているのならそれは運が良かっただけだ」


 頭のいいチャラ男が名言を言った。俺もそうだと思うけど何もかも結果論でしかないって言われると釈然としないよね。


 LM商会に腰を落ち着けてって気分にはなれない。

 だが茶を飲む時間くらいは作る。


「ガレリアが仕掛けてこなかったな」

「我らが本気をお見せしようだったか? でかいことを放言するやつに限ってショボいってのはよくある話だが敵はあのイザールだ。我らが祖国を地獄に変えた男を侮ってやるつもりはない」


 ルキアも気合いが入っている。

 ルーデットとは因縁のある相手だから当然だ。


「だが酔狂な男なのも確かだ。獲物を弄んで殺す性質があるゆえイザールの本気が直接的な手段とは限らない」

「暗躍か、イザールの得意そうな活動だ」

「だろうな。同じく暗躍のお得意な幸運の女神様もお忙しいようだしな、俺達でやるしかない」


 とはいえ仲間ともコンタクトを取っている。ナルシスやファトラ君に頼んで援軍を用意してもらっているところだ。


「まずはガレリアの出方を窺う。班を三つに分けて帝都の情報収集と保護をしてやれ」

「保護ですの?」

「ここはお嬢さんの故郷だろう? 大切な人を逃がしてやれ。デブ君もだ」

「僕にはデブ君ではなくバイアットっていう名前があるんですけど……」


 デブよ、LM商会におけるお前の名前はもうデブなんだよ。


「そうだったのか? まぁいい、では行動開始だ!」

「えええぇぇ……」


 デブ早く慣れろ。ルーデットは人の心を持たぬ狂戦士の一族だから個人の想いなんざ屁とも思わねえんだ。

 三班に分かれて行動をする。


 第一班は俺とお嬢様。

 第二班はフェイとデブ。

 第三班はルキアとナシェカ。


「ではお嬢様、まずはバートランド公爵と接触しましょう」

「ええ。ドゥシス候のことを思えば心配だもの」



◇◇◇◇◇◇



 大ドルジア帝国貴族院の開催は定期的に行われるが本日は緊急招集と言ってよい。先日ドゥラム軍国を壊滅させたクリストファー皇子の続報が海を越えて次々とやってくるせいで、タカ派の議員が勢いづいているのだ。

 特にザクセン公だ。タカ派の長で知られる公は盟友ガーランドの愛弟子で知られる若い皇子の大戦果にハッスルしていて、議会でも檄文を飛ばしまくっている。


「怨敵沿海州壊滅のため奮戦する皇子殿下を孤立させてはならない。我らも軍を発してクリストファー皇子の御旗の下に集う時なのだ!」

「そうだ! お若い皇子一人に戦わせてここに座すのみの我らに何の意味がある。往くのだ、海の向こうへ!」

「牛十頭。小麦の袋百。僅かな支援でもよい。我らの想いを殿下にお届けするのだ!」


 貴族院総会ではこんな意見ばかりが宙を舞う。

 穏健派の長であるバートランド公は頭痛と胃痛との戦いに追われている。


(まいったな。議会を通さず単独での戦争行動なんて未熟な若い皇子らしい行動でも戦果だけは凄まじい。……議会に掛ければ私に潰されると判断しての行動なのだろうね)


 タカ派の議員の中にはバートランド公の手の者がいる。彼らを通じて意見調整をしようと試みたが旗色がどうにも悪い。

 議会をコントロールできない。だからタカ派の暴言を許している。


(戦争になる。それもかなり大きなものに。……ガーランド、これもお前の差し金かな?)


 議会に珍しく出席している息子に疑惑の目を向け、まぁ十中十は当然のようにこの男の企みなのだろうと嘆息をつく。

 戦争そのものは別に構わない。ただどこまでやるかが問題であり、その計画を公が知らされていないというのが問題なのだ。


(どうしてこのタイミングで動く? 帝国総南下計画『豊穣の大地デフィル・アルマータ』の決行はまだ随分と先のはずだったろう? 欠けていた要素が揃った、そういうことかい?)


 議席に着き、大人しく議会の流れを見守っている息子の腹の内がわからない。


 元々あれの考えていることはわからなかった。あれは我が子ではない別のモノだからだ。十を幾つか越えた頃に父から下げ渡された女の腹から出てきた竜を理解しようと考えたことはない。

 歩み寄る機会もあったはずだ。小さなプライドを捨てて家族になることもできたはずだ。……だが何もかも今更だ。


 今バートランド公にできることはちょっとした小細工のみだ。


「あー、私も一言いいかい?」

「どうぞ」

「では一つ。もう冬の姿が見えている。比較的温暖な沿海州とはいえもう冬の訪れが聞こえてきた頃合いだろう」


 何を当たり前のことを、という戸惑いがざわめきになる。

 当然の話だ。バートランド公にはもうこの流れを変える気はない。だが公とは逆に、ここで勝っておきたいと考えている男の手札を一枚開かせるのが目的だ。


「帝国騎士団長閣下にお尋ねする。クリストファー皇子殿下の進軍だがどこで止まると考える?」

「沿海州七国は何としても獲らねばならぬ。が、その先は無理をすまい。その後については雪解けを待つであろうな」

(その後、その後ときたか。やはりプランを決行するつもりか……)


 今年中、あるいは年を跨いでも沿海州連盟に所属する七国を獲る。いやすでに残りは五つになるのか。


 そして春を待っての本格的な進軍を始める。言ってしまえば今回のドゥラム軍国侵攻はプレゼンテーションなのだ。

 帝国全土から有力な貴族が集まる冬の帝都という社交場に放り込んだ魅力的な広告。これは思う様に吟味され、盛り上がり、春を迎える頃には帝国はその意思を一つにした大攻勢に出るのであろう。


 そのような思惑でもなければ冬を目前に控えた今動く理由がない。

 冬の間に大勢の親派を作り上げ、帝国の全霊を以てして大戦争に繰り出すのだ。


「公は反対なされるか?」

「いいや、専門家の意見を聞きたかっただけだよ。ありがとう団長閣下、参考になったよ」


 公の政治手腕は卓越している。ゆえにこうもあっさりと引かれては敵対者は深読みをしかねない。

 恐ろしい人物とはその影でさえも悪魔のように恐ろしく見えるのだ。


 ガーランドのこちらを推し量るような眼差しを浴びながら、公はゆうゆうと勝者の顔を保つのだ。……内心は天を仰いでFUCKと叫びたい気分であってもだ。



◇◇◇◇◇◇



 貴族院総会の後は議場三階のカフェで交流だ。あれやこれやと益体も無い意見を交わすだけのしょうもない交流だがこういうところに顔を出すか出さないかは重要な意味を持つ。議会への影響力という意味だ。

 戦争は大変だ。経済的な負担の意味でも大変だし色々と大変だ。その影響力は貴族名鑑に名を連ねるすべての貴族家にいきわたる。いわゆる戦費負担だ。


 大ドルジア帝国の禄を食む者として当然の義務であり~、から始まる書類と金額または食料品の量を考えると頭が痛いという貴族も多いのである。


 そんなみなさんの代表者であるバートランド公もみんなと同じで大変だ。軍を出さねばならないし糧秣も用意せねばならない。若い領民が戦死すれば経済も落ち込む。大変だ。


 サロンでのどうでもいい会話を終えてようやく議場を出たのが夕方で、今日は他にも予定があったけど考える時間が欲しくてサボタージュ。

 その翌朝だ。愛娘と護衛の少年がやってきて面会したいと言ってきた。


(手詰まりかと思った次のターンにはジョーカーを引くか。運命のダーナはよほど事態を掻き乱してほしいようだ)


 彼はまぁそう大した男ではない。貴族的な意味でいえば彼は未だ何者でもないただの学生だ。影響力なんてクリストファーやガーランドと比べれば無いに等しい。というか比べるまでもなく皆無だ。

 だが個人としては最強に近い。かつて帝国最強と謳われたファウル・マクローエンを一蹴するほどの大戦士だ。


(まずは話を聞いてみよう。時には若者の手札になるのもいいだろう。なあガーランドよ、お前にはこのように考えるゆとりはあるのかい? 何もかも自分で背負いこむようじゃ貴族として半人前って教えてやったじゃないか……)


 だが今も昔もあれの考えがわからない。

 自覚はある。公は息子と向き合うことから逃げ続けてきたのだ。

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