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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
いかさまカジノ激闘編
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ワイスマンは試行する

 明かりの落ちたワイスマン・カジノを見上げ、建物全体に電磁波解析を投射する。エントランスのような浅い部分は魔法が簡単に通ったが防音扉の向こうにあるカジノ部分までは解析が届かなかった。エントランスでもスタッフルームのような深い場所も同様だ。


 舌打ちが出ちまうぜ。


「っち、けっこう金の掛かった結界術式だ。まともな方法じゃ守りを抜けらんねえ」

「大金の動く賭場なら防御にも大金をかけるってことだねー。打つ手なし? 帰る?」


 ナシェカが下から覗き込んできた。そのあざとい仕草は正直キライじゃない。あれ、もしかして俺のハートとっくに射抜かれてる?

 それならそれでやる気を出さねえとな。カッコイーとこ見せてやんよ。 


「俺を誰だと思ってやがる。世紀の大泥棒リリウスさんだぞ」

「そこまでの泥棒とは思わんかったなー」


 ナシェカの腰を抱いてステルスコート起動。なぜ風呂上がりの女子はこんなに魅力的なのかについて論文を書きたくなってきた。ムラってる場合じゃねーっての。


 カジノに潜入する。とりあえずカウンター奥のスタッフルームから調べていく。

 …………

 ……


「ここはトイレか」

「こっちは化粧室だね」

「こっちは……」


 扉を開けた瞬間に漏れ聞こえてきた嬌声を聞き、そっ閉じ。


「ここはオフィスラブか」

「盛り上がってたね……」


 閉店後の職場でオフィスラブとかロマンありすぎだろ。許す。


 調べた感じ景品置き場は一階フロアには存在しない。となるとスタッフフロアに一基だけ存在するエレベーターの行き先が怪しいわけだ。

 でもなーんか嫌な予感がするんだよな……


 異能の領域まで鍛え上げた危機察知能力と脅威メナスを察すると震えるピアスが教えてくれる。ここから先はやばいってな。


「冗談抜きで聞いておくがこの先は危険だ。ナシェカ、客観的に見て俺の半分程度はやれるか?」

「舐めすぎでしょ。ナシェカちゃんはけっこう強いんだぞ」

「おーけい、じゃあ自己責任の範疇で無理しろ」


 エレベーターに乗り込む。……こんな簡単な設備でも一般化はされていないのに普通に存在しているから困惑する。

 ワイスマン子爵、いったい何者だ?



◇◇◇◇◇◇



 ワイスマン・カジノ。明かりの落ちた地下レストランフロアに怒声が響き渡る。


「どうして遅れた! 銀狼めを仕留める好機をどうしてみすみす逃した! お前さえッ、お前さえ間に合っていればあんな若造など―――」


 ワイスマン子爵はあれやこれやと怒鳴りまくる。中には聞くに堪えないスラングまで交じり、言語化できているかさえ怪しい罵倒まである。

 それらすべてを聞き流し、学生服の少年は素知らぬ顔でワインを傾けている。まさにこれだ。この態度が気に食わないのだ。


「拾ってやった恩を忘れたか!?」


「……父上、何事にも分というものがございます」

「覚えているのならそれらしい態度を取れ! 誰がお前をスラムから引き上げてやったと思っている!」


 激高する父。冷静で憐れみさえも宿した眼差しをする息子の会話は成立していない。


「人其れを為さんと思わばまず己に課せと言います。忠告を申し上げるならカジノ経営は父上の器量を大幅に超えているのではないかと。小人である己を認め分際を弁えるがよろしいかと」

「どこの雌犬の腹から生まれてきたかも知らぬガキが私に説教を垂れるか!」


 ガシャン!

 投げつけられたワイングラスが少年の頭に命中して割れた。ワインが血のように彼の頬へと零れ落ちていく。

 まったく度し難いなとガイゼリック・ワイスマンは酷薄な笑みを零した。


「母への侮辱は控えていただきたい。これは警告です」

「警告だと!? お前が私に警告だと!? お前が着ている物も今呑んでいるワインさえも私のカネで手に入れたごく潰しの分際でそこまで増長したか!」


「ええ、あなたのちっぽけな資産を俺が運用した結果ではありませんか」

「スラムで凍えていた野良犬めが! 誰がお前に知恵とカネを与えたと思っている。私の援助がなければお前などとうに野垂れ死んでいたわ! お前は唯々諾々と私の命令を聞いておればよいのだ、お前の未来予知の異能を正しく使えるのは私だけなのだからな!」


「……その点は感謝しておりますよ。大勝負に遅れたことは謝罪しますが先にお伝えしたとおり学生寮を抜け出すのは存外骨なのですよ」

「馬鹿な。私が来いと言ったらお前は何も考えずに駆けつければいいのだ。わかったな!?」

「ええ、次回からはそのように致しましょう」


 この苦痛な時間もそろそろおしまいが見えてきた。そうほくそ笑むガイゼリックの眉間に小さな痛みが走る。

 カジノの結界構築の際に根幹術者としてのアカウントを掌握したガイゼリックにしか分からない一滴の為した波紋のような気づきだ。


(侵入者か。かなりの術者だ、おおよそ尋常な手合いではない…か)


 通常のアラームは発動していない。おそらくは高度潜伏魔法によるスルーブロッキング効果のためだ。

 また電撃などの撃退用スクリプトにも発動の形跡がない。かなり高い事象干渉力を設定したつもりだが発動さえしなかったということは侵入者の魔法抵抗力が高すぎたのだろう。


 辛うじて機能したのは個室型昇降機のボタンに細工した認証システムのみ。倫理観の足りない従業員の可能性も否定できないが、閉店後の店内に放ったシャドウ・デーモンが排除に動かない時点でかなり低い可能性となる。


 総合的に考えれば侵入者は相当なレベルの魔導師だ。騎士団が飼っているルーリーズのような潜入特化の精鋭かもしれない。……どうしたものか。


 どうしたものか。眼前の不愉快な養父の顔を眺めながらガイゼリックが呟く。


「父上、俺はどうすればよいのでしょう?」

「お前のすかすかな頭で判断せず私の命令に従え、簡単だ、それくらいのこともわからないお前には何も判断させられん!」

(会話さえも成立しない。小人もここまでくれば救いが無い。……だが父とは常このような者なのだろう)


 酒に酔い暴れる父の怒鳴り声と幼い我が身を庇う母の泣き声が残響みたいに小さくガイゼリックの心に鳴っている。

 もはや記憶というには朧げな父の顔。母の御姿。溢れ出しそうになる想いを、箱の蓋を閉じるように抑え込む。


 予言者ガイゼリック試行シミュレートする。未来を視る眼を用いて、仮初の未来を試行する。


(試行1、昇降機内のステーク起動―――対象ABの抗魔力の範囲内がため不発)


 未来を願えば答えが視える。侵入者どもはゆうゆうと昇降機縦穴から出ていった。


 再び試行する。


(試行2、開閉と同時にマシンキャノンによる圧殺―――外套による防御と短刀での迎撃が行われ機材損壊。失敗。対象Aの外套の防御機能を脅威的と評価)


(試行3、開閉と同時にシャドウ・デーモン四体による背後からの強襲―――対象ABによって迎撃される。接近距離2m地点での反応は視認外であり何らかの異能による働きと判断可能)


(試行4、試行3に煙幕を追加―――対象ABによって迎撃される。試行3と変化は見られない)


(試行5、試行2に煙幕を追加―――機材損壊。機材損壊までの時間に0.2秒の遅延あり)


 予言者がこれか?と無数に伸びる未来を束ねる。


(試行2.3.4をリンクする)


 予言者は試行する。彼の眼に乱舞する仮初の未来が侵入者の死を映し出すまで。

 予言者は試行する。仮初の未来が収束して侵入者の死を確定させるまで。


 予言者は薄く笑う。何者も未来から逃れられはしないと。



◇◇◇◇◇◇



 エレベーターに乗り込む。降下階を示す表記は1F、B1~B5。コック式レバーをガコガコと動かして……

 B3以降の階まではいけないようだ。レバーが途中から動かなくなった。コック式レバーの下部にある鍵穴が怪しい。キーを持つ者以外はそこへはいけない仕組みか?


「これだね、鍵的なものが必要っぽいね」

「さすがのご慧眼で」

「うわー、馬鹿にしたでしょー!」


 ナシェカがワンツーを放ってきた。ぽすぽすと軽いパンチで胸筋を叩かれると好きになりそうだから困る。禁欲生活の弊害だ。


 エレベーターがゆっくりと地下を目指し始める。表記のわりに中々着かない。一階一階を高度的にかなり余裕を持たせて作ってあるようだ。


「いやいや協力的なのは嬉しいよ。じゃあ二人の共同作業でカジノを攻略しよう」

「その言い方やらしー」

「俺の発言すべてに否定を入れるのやめてくんない。たぶんB3までは降りる価値のないフロアだ。B4以降に行こうと思えばどうすればいいと思う?」

「ここを破るとか?」


 ナシェカがブーツのかかとでエレベーターの床をガンガン蹴った。同意見だ。そこに着目できるのなら泥棒の資質がある。パンピーなら階段を探すとか言い出すんだ。


 ステルスコートの物質透過機能を用いてエレベーター個室の底からダイブ。真っ暗な縦穴を落ちていく。


 B4らしき扉はスルー。おたからは一番地下にある気がする。

 縦穴の底に着地する。眼前にある扉が地下五階への入り口だ。頭上から煙が吹き付けてきた。三か所から同時に噴射された着色ガスは毒煙だ。ここで人体に優しい煙を使う理由が無いので間違いない。


 慌てず急いで開閉扉を手動で開く―――

 悪意を感じる。背後か? 縦穴の壁を透過して黒い影みたいなデーモンが襲ってきた。二体三体―――数はどうでもいい。毒煙の中でデーモン投入かよ!


 呼吸を止め、噛みつきに来るデーモンを拳で打ち払っていく。ナシェカも対応できている。ミスリルのナイフを用いて迎撃しているがこの程度のデーモンなら問題なさそうだ。肌が痛む。酸性ガスか? 視界が涙で滲む。なおもデーモンが襲ってくる。時間差で数体ずつやってくるデーモンの処理を―――


 ガォォォォォ―――!


「くっ」


 背後から銃弾が雨がやってきた。機関銃がごとき連射は秒間数十発でまともに背中で食らってしまった。……痛い程度だ。ステルスコートの防弾性能を抜けるほどではない。

 だが悪いことは重なるものだ。壁抜けしてくるデーモンどもが一気に十数体に増えて一斉に強襲してきた。


「ナシェカ!」

「デーモンは私が!」


 振り返ると同時に殺人ナイフを投擲して煙幕の向こうの迎撃装置を破壊する。続いて振り返る時間を作ってくれたナシェカと協力してデーモンを掃討する。……地下五階フロアに這い上がって気流操作で毒煙を……魔法が発動しない。


 惜しいが神気を用いた確定発動魔法で毒煙を縦穴の上へと押し上げる。


「初手毒煙からの飽和攻撃とか殺意高すぎだろ」

「まぁ泥棒に優しくする理由はないしね」

「そりゃそうだ。助かった」

「うむ、恩に着たまへ!」


 調子のいい子だ。苦笑しか出てこねえぜ。


 壊したマシンキャノンから殺人ナイフを引き抜く。ガトリングガンのような形状をした鉄の塊だ。どう見ても先史文明期の代物だが、遺跡からの出土品ではなく現代で作られた劣化コピーだ。

 そう判断した理由は俺がまだ生きているからだ。パカの軍用マシンキャノンをまともにくらってこの程度のダメージで済むはずがない。拾った弾丸を解析しようにもやはり魔法発動が鈍い……


 立地の関係で帝都の地下や屋内では魔法の成功率が極端に下がるが、ここまで深く潜ると発動はナシェカを口説き落すのと同レベルの難しさになる。不可能ではない。恋も魔法もしっかり準備した者が勝つのは当然で、この場合しっかり準備したやつってのはこの建物を工房化した魔導師だ。


 まぁなんだ、思ったより手強そうってだけだが帰りたくなってきた。


「ナシェカちゃんよ」

「なんだい大泥棒くんよ」

「今夜は諦めて熱い夜を過ごさない?」

「大口叩いといてトラップ一発でヒヨってんじゃねーよ」


 カッコイー男になるのって難しいな。

 途中で思ったんだ。マリア様には俺の手持ちの武器をあげればよくねって。

 今まさに思ってるんだ。こんな苦労するくらいならカジノでお小遣いあげるよりも帝都の武器屋で聖銀剣でも買ってあげたほうが楽だったなって。


「……泥棒って労力に見合わないよね」

「世紀の大泥棒とか言っておいて―!」


 おかねがあるならおかねで解決した方がいい。だっておかねは生活を豊かにするためのものなのだからって今思い知ったわ。なんで大富豪になってまで盗みやってんだよ俺バカじゃねえの。


 もうすでに帰りたい気持ちでいっぱいな俺らがずんどこ奥へと進んでいく。

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