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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
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賠償金を稼ぎ出せ① 周知される最大罪業

「泣けるぜ……」


 カトリとの決闘の後にドゥシス候よりレギンビーク市の治安維持を委任された迷宮騎士団から多額の賠償金の支払い命令を突きつけられた。

 正式な金額は未だ計算中というかまだ被害額の全容が掴めていないが近日中に請求書を持っていく。この支払いに応じない場合はうちの親父殿に請求するって息巻いてやがった。


 そう来られると払わないわけにはいかねえわな。親父殿に変な借りを作りたくないし。何より親父殿に払えるわけがない。この賠償金を支払うのはきっとバートランド公だ。そしてバートランド公は嬉々として金を支払い、俺に無理難題を言いつけるに決まっている。

 一番嫌なのはドケチの騎士団長に請求書が回ることだ。全力でこき使われるのが目に見えてる。借金+利息分の仕事を言いつけられるに決まっている。

 帝国最大のお腹真っ黒一族バートランドに借金を作るってのはそういうことだ。親父殿のようにバートランド家の政敵を葬る殺し屋になりさがる。


 迷宮都市の南市街はガレキの山と化している。あちこちが崩落していて下層のスラム街との見通しがよくなっている有り様だ。だいぶ気を遣ったつもりなんだがこの惨状だ。……期待していたんだ。


 町中でなら争う手を緩めてくれるって。他人様に迷惑をかけてまで俺と戦ったりしないだろうって。カトリーエイル・ルーデットがそんな醜いマネをするはずがないって。……あいつが自分はカトリじゃないって言う言葉も聞かずにな。


 まぁいい、帝都ガレリア決戦編の前に賠償金完済編だ。

 多額の賠償金の費用を捻出しなきゃレギンビークを出れねえわけだ。


「というわけで、第一回神狩り金策会議を始めまーす!」


 攻略祭二日目で盛り上がる表通りから外れた路地裏のスペース、通称『ヤンキーのたまり場』で会議である。


「意見よろー」

「お前と姉御のやらかしだ。自分のケツは自分で拭け」

「専務にさんせい」


「社長命令だ、社員どもは身を粉にして社長を負債から守りなさーい」

「「ブーブーブー」」


 おやおや君達には社長を敬う気持ちが足りないね。年末のボーナスを楽しみにしておきたまえ。

 LM商会のボーナス査定は社長への忠誠心がものを言う! 反抗的な社員は減俸だー。


「筆頭株主権限で社長の交代を要請しまーす」

「我が社は株式会社ではないので不可能です。つか冗談はやめて建設的な話し合いをしようぜ、このままだとレギンビークで越冬するはめになんぞ」


 そろそろ十一月がやってくる。レギンビーク市にも雪化粧が目立ってきた。そろそろ本格的な冬がやってきて街道が雪に閉ざされる。

 フェイ…は商売じゃ頼りにならねえからナシェカに名案を出してもらおう。


「金策ねえ。その前にグラッツェンの討伐報酬は幾ら残ってんの?」


 解答は簡単にできる。俺は親指と人差し指と合わせて〇を作る。

 答えは0ボナだ。


「兵隊からカツアゲしてたおかねは?」

「これだけ」


 財布を逆さにして降ると十枚の銀貨が落ちてきた。マジでこれだけだ。


「いつか破産しそうだよねって冗談で言ったのがマジになったんか。社長、新しい就職先を探しに行ってもいいですか?」

「ナシェカ君、本件はとても重要な案件なので冗談は聞きたくないのだよ。……てめえに体を売らせて荒稼ぎすんぞ」

「んんっう! クズすぎる……」


 ナシェカ君、キミはどうして性的な興奮を覚えているのだね?

 俺はキミの性癖がとても心配だよ。


「おい、そこの暗がりで体を売って酒代を稼いでこいよ」

「なんでそんなマネしなきゃいけないのよ」

「お前しか頼れる女がいないんだよ。なあ頼むよ、俺にはお前しかいないんだよ。愛してるよナシェカ」


 ナシェカの顎を撫でながら説得すると、とろんとした目つきで俺を見上げてきた。このダメな男を私が支えてあげなきゃとか考えてそう。

 怖いよ。お前の性癖が怖いよ。複雑な性癖を抱え込みやがって。


「帰ってきたら慰めてやるからさ。頼むよ」

「うううぅぅぅ……仕方ないなあ」

「さて、冗談はここまでにして手持ちのアイテムを換金するか」

「妥当なところだな」


 フェイも納得の意見を提案してナシェカの貞操は守られたのだった。頼むから俺の知らないところでおっさんに体を売ってたなんてハプニングはやめてくれよ。

 じと目で見上げてくるのはやめろください。


「乙女の気持ちを弄んだー」

「うるせえダメ男貢ぎ体質」

「僕もお前を本気で怖いと感じたぞ。ここまでの恐怖は記憶にない」


 よし、ナシェカが本当に体を売り始める前に手持ちのアイテムを売ろう。

 死の商人と呼ばれるLM商会の本気を見せてやろう。



◇◇◇◇◇◇



 昨夜は大変だった。

 ガレリアの頭目に町中でばったり遭遇したと思えば流星のカーテンが降ってきて遠くの荒野が爆発するという恐ろしい出来事が起きて、リリウスがものすごく強い女と激闘を繰り広げていた。


 夜が大口を開いて落ちてきて町の一部を消し去り、眩い極光が夜を打ち砕いて天を破壊する光景だ。あのプライドの高い迷宮騎士団が手出しを控えるような激闘で、マリアたちも呆然と見ていることしかできなかった。

 ストンピングで地割れが起きて大地が隆起して、連鎖爆発する極大魔法が空を覆っても喰らい合う二体の魔人は止まらなかった。住む世界が違うとハッキリわからされる光景だった。……フェイ店長から第三夫人との痴話げんかだと聞かされた時は逆の意味で引いた。


 痴話げんかであのレベルなのかよって感じだ。


 それとガレリアの頭目はナシェカが撤退させたらしい。素直にすごいねって思った。絶対に敵わない英雄の戦果を聞いて素直にすごいなって思った。

 張り合おうなんてもう欠片も思わなかった。自分は勇者や英雄の器なんかじゃなくて、彼らに憧れていただけの夢見る少女なのだ。リリウスやナシェカの活躍を仰ぎ見て、すごいなあって言うだけの脇役なんだって気づいたからだ。


 あの戦いの後でD組に嫌がらせをしていた連中が謝りにきた。色々と言っていたけど恐ろしくなったんだと思う。

 あの恐ろしい男とマリアが仲良しなので恐ろしくなった。あのちからが自分に向けられると思うと恐ろしくて恐ろしくて早く謝ってこの不安から解き放たれたかったんだと思った。だからマリアは許してあげた。


「うん、わかるよ」

 って言ってあげた。だってマリアも同じ気持ちだったから……

 仲良しのあいつを怖いと思ってしまったから。


 一夜明けて、どうにも目覚めのわるく二度寝してしまった昼頃に遅めの洗顔を済ませ、攻略祭の町をぶらつこうと厩舎を歩きぬけて練兵場に出ると……


「おーい、見るだけ見ていってくれ。後悔はさせねえぜ!」


 トレーラーのガルウイングを広げてリリウスとナシェカが露店を開いていた。

 バニーガール姿のナシェカが『激安、格安、叩き売り!』の看板を振って呼び込みをしているけど誰も寄り付かない。そりゃああのバトルやってた奴には近づかないだろ。怖くてって思った。


 本当は気が向かなかった。向かおうとすると足が止まってしまった。

 でもそんなんじゃいけないと思って近寄ってみる。


「何してんの?」

「賠償金で困ってんだ」


 あー、そりゃそうだ。

 衆人環視の中で町をぶっ壊してたんだ。そりゃ請求も来る。当然だ。


「頼む、助けると思って買っていってくれ! 品質は保証する!」

「別にいいけど」


 売り物を見てみると兵装が多い。ミニガンにライフルや手投げ弾、数は少ないがアクセサリーもある。

 値付けはけっこうなお値段だ。最低でも金貨で何百枚という学生の手に届くような値段ではない。


「けっこうするね」

「命を落とすかここで金を落とすか、簡単な話じゃないか」


「……そりゃあたしは弱いもんね」

「冗談だって冗談。いい武器は値段が張るもんだ、特に今回並べているのはかねで買えない極上の品さ。見逃す手はないって!」


 マリアの反応がわるいと思ってか「秘密の品だぞ」って言って自分の耳に付けていたピアスを外す。

 星と月のデザインの七つ穴のピアスだ。


「神器『七つ星明かり穿つ月』だ。こいつは強いぜ、なんと事前にチャージしておくだけで好きな時にいつでも失われた大魔法『貫く星明り』を発射できるんだ。これがどのくらい強いか興味があるだろ?」

「あんまり」

「そういうなって。なんと火を喰らう竜程度のザコならその場に縫い付けて長時間行動を阻害できるんだ。特定の部位の再生を阻害することもできる。すごいだろ?」

「そっか……」


 口を滑らせただけかもしれない。もう済んだ話だと考えているのかもしれない。あの時一生懸命戦っていたみんなのことなんて……

 彼にとってはほんの数日で忘れてしまえる程度の人々だったのかもしれない。


「それはすごいね」

「だろ? 本当は誰かに売ったら不味い品なんだがマリアなら特別だ。ごまっ、五千テンペルでどうだい?」

「ごめんね、今あんまりおかねがないんだ」

「マジかよ……」

「シャチョー、もしかし商売がドヘタクソなんじゃ」


「お手本を見せてくれよ新入社員」

「もうだめねこの商会」

「売春させんぞコラ。そこのトイレで一発10ボナな」

「ふっ、くっ……! クズ男すぎる……」

「怖いから興奮するなぁ! やるなよ、本当にやるなよ! これはフリじゃないからな、嫌だぞ、男子トイレで虚ろな目をしたお前と遭遇するなんて本当に嫌だからな!」


「束縛系クズ男とか……」

「お前の性癖は闇が深すぎて怖いんだよ! お願いだから昔のキレイなナシェカに戻って!?」


 リリウスとナシェカの言い争いが遠い世界の出来事に聞こえる。ほんの少し前まで自分もここにいたなんて信じられない。


 二人が遠くて、遠くて……涙が出てしまいそうだ。


 隠れ剣豪なんて呼ばれて調子に乗って。騎士団長閣下からも才能があるなんて褒められて調子に乗って。でも現実を知った。


 視線を感じて振り返ると昨夜謝りにきた人達がこっちを見ていた。

 リリウスにも謝らないといけない。でも怖くて勇気が出ない。そういう気持ちが手に取るようにわかったので橋渡しをしてあげようと思った。


「ねえ、ちょっといい?」


 軽く謝ってもらおう。リリウスはそこまで料簡の狭いやつじゃないし、きちんと謝れば許してくれる。まぁ彼の許しが必要なことではないんだけど、彼らはここで謝らないと不安で怖くて心を病んでしまうかもしれないから。


「この人達ね、演劇のことで色々やっちゃったんだけど反省しているの。許してくれる?」


 ナシェカはややイラっときたらしい。

 リリウスはなんで俺に?って顔してる。そりゃそうだよねって感じだ。


「俺はD組のみんながいいのなら別にいいけど。つか当事者じゃないし許すも何もないだろ。ナシェカは?」

「ナシェカちゃんもどうでもいいかなーって。悪いことしたと思ってんでしょ。じゃあそれでいいよ。……結局私らの舞台誰も見なかっただろうし、アバーラインに夢中でね」

「俺がわるいみたいに言うじゃんよ」

「悪い」

「ごめんよ……」


 リリウスが謝ったので流れでみんなが謝り出した。あんなことをしてごめん。ひどいことをしてごめんなさい。そんな感じだ。


 そんな空気の中で見知らぬ男子四人組が進み出てきた。でも途中で思い出した、いつだったかマリアを襲いに来た二年の先輩がただ。


「この流れなら言える。俺達のことも許してほしい!」

「あんたはいつかのクソほどノリのいい尾行男子Aと愉快な仲間達」

「どういう認識だよ! いや、そこはどうでもいい」


 どうでもいいようだ。

 そして思いっきり頭を下げ始めた。


「いつかのことは謝る! だから俺達に掛けた呪いを解いてくれ!」

「呪いってなんのことだ?」


 リリウスは何の話かわからないようだ。もちろんマリアにも何のことだかサッパリわからな……

 あ、思い出した。


「リリウス、あの去勢メイスのことだよ」

「え、あれマジで使ったの!?」


 使えって渡しておいて使ったのを驚くのはひどいと思う。

 これで殴るとあそこが腐り落ちると言って渡されたメイスを二度目の襲撃時に使用した。あそこを押さえながら逃げ出した先輩がたがその後マリアの下に顔を出すことはなかったのだが、流れから察するに本当に腐り落ちたのかもしれない。


「あたしももう怒ってないし解いてあげてほしい」


 って口添えをすると先輩がたが嬉しそうに顔をあげた。

 これはマジで腐り落ちている。なんて残酷なメイスをホイホイ渡してくれたのだろうこの男は。


「あー、あれマジで使っちゃったのか……」

「リリウスなら治せるでしょ。日頃俺は繁殖神の祭司長だから性に関しては思うがままだって言ってるんだし」


「世の魔法の多くは再現性がある。効果を発揮すれば効果を戻せるってのも重要なんだよ。だが呪いの多くはそういった再現性を加味されていない。相手を貶めるために発動するものが呪いだからだ。もちろん人の放った呪いごときなら俺がその気になれば解呪できるんだが……」


「えっと?」

「去勢メイスは本物の祟りなんだよ。本物の神罰、神の怒りだ。ティト神はこのクロスワールドにおける第一位の繁殖神でな。そんな神の怒りは……まぁ、そのな」

「はっきり言ってよ」

「治せない。スペシャルポーションでもアルテナ神殿でも無理だ。俺にも無理だ、すまない」


 これがリリウス・マクローエンと敵対すること、その真の恐ろしさを皆が思い知った瞬間であった。

 この後リリウスは「先輩がたなら女装も似合うと思いますよ!」って最低に残酷な励まし方をしていた。

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