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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
227/362

VS魔人カトリーエイル

 リリアとの決別のあとは何となく町に戻る気もしなかった。

 一人の時間が欲しいっていうのかな? 静かに考える時間が欲しくて荒野に座り込んで……


「あー、のどめっちゃ乾いた」


 お酒がほしいです。

 ステ子早く戻ってきて。ステルス収納に放り込んであるお酒を取り出させて。


 どこぞの娼館に転がり込むかなー? でも指名手配されてから町中の娼館から入館お断りされてんだよなー。

 座り込んだのにすぐに立ち上がるダサい救世主の姿がここにある。酒を買いに行くためだ。ダサすぎる。


 メッセージに新着。何かと思えばナシェカからだ。

 土下座スタンプだ。なぜ殲滅の天使テトラのスタンプで……え、テトラスタンプ売ってるの? どこで? アプリストア?


 ポンポンと新着がやってくる。


 今度は軍帽を斜め被りしたロリ軍人のスタンプが拝み倒すものだ。誰だよこの子。


『イザール様が来てる!』

『大部隊!』

『救援はよ!』


 ……?

 マジかよ! 地図情報も送られてきたけど遠いッ! だが俺なら全力で三分あればたどり着ける。迷わなければ!


『急行する! 旧交を温めになあ!』

『さむっ!』

『うるせえ!』


 小走りでメッセに返信。全力で走り出す直前だ、俺の足元が爆散した。


 爆散。まさしく爆散と呼ぶ他になかった。投擲された金属球が荒野を瓦解させて地割れが起こり、断崖が崩れていった。

 崩落に巻き込まれるほどのマヌケはやらかさないつもりだったが次々と投げ込まれる金属球の投擲に対処に追われて―――


 渓谷の底まで落とされてしまった。


 谷底から見上げる断崖の上。月を背にした女を見上げる俺の目つきは生優しいものではないはずだ。


「どういうつもりだよカトリ?」

「ご挨拶のつもりだけど」


 のんびり旧交を温めている場合じゃねえんだけどな。

 何だろうな。不安定な闇のかたまりだったりミニキャラだったりしないカトリと会うのは本当に久しぶりだけどよ、嬉しいとは欠片も感じねえぜ。


 投げキッスをしてくるのはいいけどよ、纏っている空気が不穏すぎるんだよ。


「どいてくれ」

「白馬の王子様はお姫様を迎えに行けないよ。足止めを命じられちゃったからね」


「イザールと手を組んだってのかよ。なんでだ?」

「おいしいご飯と贅沢な暮らしにほどほどの強敵が魅力的だったの」

「それはうちじゃあできない贅沢なのか?」


 カトリが首を振る。どっちの返事だよ。


「絶対に勝てない強敵は嫌だね。気づいているんでしょ、現状じゃあガレリアに勝ち目がないって?」

「勝つさ」

「勝てない」

「それでも勝つさ」


 カトリが首を振り続ける。どうして……

 お前は、お前だけは俺を信じてくれるって! そう信じられたから戦ってこれたのに……


「勝てない。あたしは知っている、全部見てきたからわかるの。何をどうしたところでイザールには勝てない。アシェラ様でも勝てない。ティトなんかじゃ逆立ちしたって勝てない。アルテナに何ができると思っているの? リリウス君はガレリアの本気を知らないんだよ」


「わかっているつもりだがね」

「本当に? じゃあどうして空を自由にさせているの?」


 カトリが指をパチンと鳴らす。

 すると遠くの空が真っ赤に燃え始めた。一直線に燃え上がった空から降ってきた無数の流星がゆっくりと落ちてきて―――


 地面が激震した。


「重戦略爆撃機スカイクロウラー……」

「どうして大切な人を増やしたの? どうしてアビーの故郷を蘇らせたの? ねえ答えて、どうして一発で何もかも破壊されるのを知っていてそんな残酷なマネができたの? これがガレリアの本気。地を這う虫けらに絶望を与えてきた本物の神罰」


「何が言いたい?」

「いつだって何度だってこれがあたし達の終着点。何度繰り返してもあたし達はアリストリスに勝てなかった」

「お前ってそんなつまらないことを言う女だったか?」


 かちんときたらしいな。お前はそうだよ、他人を煽るくせに煽り耐性はねえもんな。

 すぐに怒るけど一発殴ってすっきりしたらハイおしまい。次の日にはなんで喧嘩したのかも忘れているようなばか女だ。……そういうところを好きになったんだけどな。


「未来を覆すために戦い始めた。なのにお前は未来を恐れてイモを引いた。カトリ、それはダセえよ」

「そう……そっか、ぶちのめされないとワカラナイんだね?」

「かかってこい。お前が信じられなくなった男がどれだけ強いか思い知らせてやる」


 ナシェカすまん、すぐには行けそうもない。

 ガンガンにやってくる着信音に気を払う余裕はない。眼前の女は間違いなく魔王級の特化戦力だ。俺が本気でやっても勝敗がわからないレベルのな。



◇◇◇◇◇◇



 カトリーエイル・ルーデットの戦場の花だ。投擲というトールマン最大の身体的特性攻撃を世界一というレベルで使いこなす無敵のシューターだ。

 だからこいつとやる時は必ず決めていることがある。近接戦闘一択ってな。


「カトリ、てめえと本気でやるのも久しぶりだな!」

「カトリって言うな」


 谷底と断崖の上という彼我の距離を一足で埋め、振るった斬撃は空振り。

 直後にやってきた大気を引き裂くサマーソルトキックを余裕でかわして追撃に移る―――当たるわけがねえか。


 互いに全速。全力攻撃でラッシュを仕掛けてもまず当たらない。それはフェイとやっている時も同じだがやはり異なる。

 堅実な攻守のフェイとは異なり攻撃が意識の外からやってくる。戦闘センスSSという馬鹿げた異能がオーケーを出した俺を殺し得る軌道から攻撃を飛ばしてくるんだ。厄介極まりない。


 バトルに長けるとバトルの流れを感じ取れるようになる。こうきてこうくるから、ここを狙うといった戦闘の潮流を読み、ぶちかませるようになって一流の戦士と言える。

 だがカトリは戦闘の潮流を寸断する。流れを完全に無視する必殺の連撃に抗うのは脳みそが溶けそうになる。


「イイねえ、最高だぜカトリ!」

「あたしはカトリじゃない」


 って言いながらアバーライン・フェニックスを放つな!

 ルーデット以外の誰がその鬼畜ライダーキックを使うというんだ! 腹が三分の一抉れ飛んだぞ!?


 アルテナの神器を使う暇を与えて!?


「あたしはカトリじゃない。あんなクソ女の代役なんかじゃない!」

「ちょまっ、膝蹴りぃ!?」


 アバーライン・フェニックスでスタンしているところに切り返して後頭部に膝蹴り!?

 死んじゃうぞ!? ……これは不味い、勝負にすらなっていない。


「くっ、リリウス神拳奥義!」


 カトリのロケットおっぱいの乳首をプッシュである。

 あらぬ嬌声を発したカトリの膝が崩れ落ちたので急いで回復だ。さっきから俺の視界が変なんだけど眼球どうなってんの? もしかして飛び出してる?


 ふぅー、回復完了。


 脚がガクガクなカトリに追撃を掛けたいところだが……


「どうしたよ、気持ち良すぎたか?」

「くっ、ぜんっぜん!」


 カトリちゃんよ、口の端からヨダレが出てるよ。相変わらず気持ちいいことに逆らえないイイ肉体してるね。


 この女はマジで最高の肉体をしているからな。溺れたら何日もベッドから抜け出せないレベルの。感度もよければテクも極上だ。今はほんとどうでもよすぎる。


「なあ、マジで再会の一発ヤラない?」

「怒るよ?」


 怒られるんじゃあ仕方ねえな。


 怒涛の攻防を繰り広げる。最悪なことに本当に一撃を入れるのが困難だ。何を言っているのかわからないと思うが近接格闘の距離にいるのに触れることさえ困難だ。

 つかマジで。つかマジで本当にイイ肉体してるなお前! そんなもんを目の前でバルンバルンさせられて男が正気を保っていられるわけがねえだろ!


「……その肉体はどうした? まさかガレリアに降った理由はそれか?」

「悪いの? あたしはこれを取り戻したかったの」

「悪くはねえけどよ……」


 自分はカトリじゃないと言いながらカトリの肉体を取り戻したりとお前が何を考えているのかサッパリわからないだけだ。


「戻ってこいよ」

 顔面にエルボーぶちかましながら言うセリフじゃねえと思うけどな。


「ヤダ」

 金的ぶちかましながら言うセリフとしては妥当だなぁ。


「お前がいなくて寂しいよ」

「でもカトリっていうじゃん」

 殊勝な顔つきで変形蹴りはやめてくれよ。なんだよその蹴り技、芸術的かよ。


「リリウスくんずっとあたしのことカトリっていうじゃん。あの馬鹿女が何だっていうの、リリウスくんとずっと一緒にいたのはあたしなのに!」

「そのセリフはグーパン連打をやめてからにしろぉおおおお!」

「そっちが止めたら止めるよ!」

「おおし、じゃあやめるぞ、いっせーのせーでやめるぞ! はい、やめろ!」


 一瞬の静寂の後、同時にクロスカウンター!?

 ばかな、俺の秘術やめろとは言ったが俺は殴るのやめないをどうやって見破った……


「騙しやがったな!」

「そっちこそ!」

「俺はご主人さま、お前は所有物、えらいのは俺!」

「下剋上ぅー!」

「下剋上バリヤーぁあああああ!」


 強すぎる! くそー、見破られているとかそんなんじゃない。単純にアドリブぢからが俺とタメだ。

 くそっ、ベッドなら即落ちさせられるんだな!


 そして時は流れた。

 半壊したレギンビーク南市街でマウントポジションを取られているが俺は負けてねえ。心が負けてなきゃ負けてないってルキアも言ってた気がする。いえね、別にね、途中でマジで死ぬと思ってフェイ君を探しにきたんだけど見つからなくて…とかではなくてね。そんな格好悪い理由じゃ全然ないんだぜ。


「どうしてわかってくれないの?」


 泣くなよカトリ、何が何だかわからねえけど泣くな。

 正直お前みたいな女は泣き顔がレアなんで泣かせてやりたくなるが泣くな。俺の性癖的に可哀想な女の方がぐぅ抜けるとかじゃないが泣くな。


「このままじゃ負けるの。どうしようもないほど心も折られてみんな死んじゃうのに……」

「それでもお前はカトリだ」


 泣くなよ、泣いたら負けだって言ったのはお前だろ。

 俺にできるのはお前の涙を物理的に頬から拭ってやるくらいだけどさ、泣くな。


「そんな話してない」

「それでもお前はカトリだ。威勢もよければ気風もいい、俺の憧れた最高の女だ」


 だから許せないことがある。


「どうして姑息な小細工を弄した。どうしてゲルトルートを殺した。お前らしくねえ」

「あの子は元々ガレリアの子だけど?」


 どうりで田舎町の娼婦にして学があると思ったよ!

 テクもすげえと思ってたけどラザイエフドールズなら納得だよ。サキュバスだもんな!


「なあ、戻ってこいよ。お前がいないと俺ダメなんだよ」


 頬を撫でる手は振り払われた。

 立ち上がったカトリの眼差しは嫌になるほど強くて……俺のもとには戻ってこないのだとわかった。


「本当は戦うつもりなんてなかった。今回のあたしは宣戦布告の使者なの」

「ガレリアが動き出すってわけだ」

「そうだね。イザールからの伝言。決着は帝都でやろう、我らの本気をお見せしようだって」

「本気ね。そりゃ怖いな。……俺じゃあどうにもならねえから先に降伏しろって言いにきたのか?」


 悲しげに目元を伏せたカトリが背を向けて歩き出した。

 見送る俺にはもう立ち上がるちからもねえ。


「失ってからしかわからないのなら失えばいいよ。故郷と家族と大切なお姫様を失ってもリリウスくんには半分だもん。……半分ならまだ立ち上がれるから」


「次は勝つよ。じつは俺には秘められたちからがあるんだ」

「本当だよ。どうして指輪を外さなかったの? 甘いよ、ばかだよ……」


 どんな理由があったって例えお前が本気で裏切ったんだとしても俺がお前を相手に殺害の王のちからを向けるわけがない。

 お前をもう二度と失いたくないなんて簡単なことさえわからないとはね。


 泣けるぜ。

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