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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
225/362

ガレリアの王と雑兵と

 超速で疾走するナシェカ。夜景が線となって後ろへと流れていく。遠ざかっていく町明かり。ハードルのように飛び越えた大外壁。延々と広がる荒野へと飛び出す。


 だが追跡者からは逃れられない。

 どれだけ走ろうとも追跡者はナシェカの頭上を舞う。最も恐れていた追跡者が……


「未帰還者扱いで登録抹消をしたはずのキミにこんな僻地で会えるとはね、ほんとうに驚いたよ」


 ナシェカが最も恐れていたことは古巣に捕まること。

 背後から彼女を抱き締める教祖イザールの手に落ちること。


「ナシェカ、再び会えて嬉しいよ我が子よ」

「私は会いたくなかった」

「つれないね」


 本当に悲しそうに眉をひそめるこの男のことは元から嫌いではなかった。

 ナシェカにとって彼は尊敬すべき先生であり父であり、誰よりもタフな指揮官だった。思慕のような想いもあった。……子供だったのだ。


 無垢なる子供が父を慕っていたのだ。そして自由の翼を得て愛する人を見つけた。過去なのだ。……だがいま過去に捕まってしまった。


「イザール様、私はリリウスと居ます。お怒りになられますか?」

「どうして?」


 この男にはナシェカの想いが心底から理解できないようだ。


「契約者を見つけたんだね。それがリリウス・マクローエンなんだね。素晴らしいよナシェカ、キミは本当に優秀だ!」


 この男にとってガレリアの娘達は手駒にすぎない。契約者の情報を流し、不要になった契約者の心臓を貫く刃にすぎないのだ。


「イザール様ッ、私は彼と生きたいのです!」

「ああ素晴らしいな、元より君達はそのような存在だ。愛を囁く闇人形はそうしてガレリアの繁栄を助くるのだ」

「どうしてわかってくださらないのですか!」


 人間形を崩してイザールの腕からするりと抜け、殺人ナイフを彼の頬へと走らせる。

 ナシェカの斬撃は確かにこの男の頬を一文字に切り裂いた。だから何事もなかったかのように傷は瞬時に塞がった。


 ラザイエフドールズに物理ダメージは意味がない。切断されても瞬時に結合する。

 だがイザールは驚きに眉をひそめた。斬られても意味はないが攻撃されたという事実が彼の心に触れたのだ。


「倫理コードを破ったか。面白いな、それがこの数年の間に勝ち得たパーソナリティというわけだ」

「お望みならケツを掘って差し上げますよ」

「それは倫理コードの範囲内だね」


 ラザイエフドールズはラザイエフドールズだからご主人さまのお尻を蹂躙しても問題ないのである。


 イザールの瞳が明滅する。膨大な処理に追われるCPUのような明滅の後でくしゃりと顔を歪めた。


「人格モデルの所有権を余所に移したか。いったいどうやって?」

「答える必要はないはずです」

「そうだね、答えない方がいいだろうね。だがこの状況をどうにかできるのかな? 捕獲されて解析されればキミの手品の種は割れる。キミがどれだけ隠したがってもね」


「……イザール様、抵抗をお許し願えますか?」

「キミにはその権利がある」


 勝算は無い。勝率など欠片もないのだ。

 敵はイザールの率いるプラトゥーン規模。多少の性能強化をしてあるとはいえAランク素体の対人用兵装では、対ザルヴァートル装備を用意した小隊には抗えない。


 簡単な話だ。イザールに付き従う60体の娘達はその一人がナシェカと同等の性能を有しているのだ。最低でもだ。

 もし戦略兵装『機竜兵』が混ざっていたなら、それはトレーラーに積んであるAAAランク素体をも凌駕する決戦兵器なのだ。


「ここが私の終わり…か。ごめんリリウス、偉そうなこと言ったけどここでおしまいみたい」

「終わりなどではないよ。キミはこれからも彼と共にある。愛する彼と一緒に居られるんだよ、リード付きの首輪を嵌められたままになるがね!」


 勝算はない。

 だが負けられないと心が燃え上がる。破れればガレリアの傀儡人形に戻される。彼の情報を横流しする最悪の間諜になってしまう。自己保存のコードなんかよりもそれが最も耐えがたい。


 約束をした。彼と共に戦うと、彼の凱歌を見届けると!


「舐めるな! 舐めるなよ、私は救世主さまの剣になったんだ。オデ=トゥーラ様の使命を引き継いだんだ!」

「面白い冗談だね」


 絶望的などクソ喰らえだ。死ぬ寸前までベートと叫んで中指を立ててやるだけだ。

 その時だ、戦いを決意したナシェカとイザールの頭上で英雄の星がキラリと光った。

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