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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
224/362

小さな恋の終わり(裏)

 殺せなかった。

 殺さなきゃいけないのに、殺さないと誰かの死になって返ってくる因果なのにリリアを殺せなかった。


 膝を着き、己へと問いかける言葉は『何故』のみ。

 甘い。あまりにも甘い。失策だ。どう考えてもよくない。見たくもない真実を断定へと引き上げる代わりに青の薔薇における俺への警戒度を上げただけだ。


「ひどいな、吾ながらあまりにひどい結果だ。こんなんでこの先もうまくやれるのかよ……」


 正解はわかっている。今すぐ追いかけてリリアを殺すべきだ。

 リリアを生かしておく理由なんてない。生かしておくのは不味い。情報を持ち帰られるのは不味い。リリアは俺の一番の弱点を知っているんだ。


「殺さなきゃいけないのに……」


 わかっているのにどうしてか脚が動かない。


「ちくしょう! ちくしょおおおおお!」


 慟哭する俺はあとで気づいたよ。殺さなくても誘拐すればよかったって気づいたよ。

 やっぱり人間に必要なのは冷静さなのだなあと思い知る出来事だったよ。



◇◇◇◇◇◇



 ―――殺すって散々脅された。


 でも殺されなかった。殺されないという自信あっての判断だが本当に殺されなかったのでは拍子抜けだ。緊張して損した。


 最悪なのは話も聞かずに誘拐されること。しかし彼はそんな手段は思いつきもしないようだ。


 彼の生い立ちは調べてある。女性に対しては手が温いのは幼少期の感情発達によるもので、その明確な弱点とも呼べるものを自覚できていないのだ。

 もしリリアが完全な味方であったなら即座に指摘している。かつてカトリーエイル・ルーデットがアシェルを用いて荒療治を施そうとしたように、治してあげたかもしれない。


 だが現状彼は明確な脅威なので隙として利用させてもらっている。


 リリア・エレンガルドは己が弱者であると理解している。だから勝利に手段は選ばない。どんなに汚いまねでも実行する覚悟がある。


 攻略祭の熱も消えようとしているレギンビーク市からは渓谷沿いに離れていく。こっちの方角が合流地点だからだ。

 ごつごつした岩の大小が転がる荒野にプリス隊が潜んでいた。隠匿の秘術を解いた隊へと歩み寄っていき、報告を行う。まぁ報告もくそも会話は筒抜けだったのだが。


「お聞きの通りリリウス・マクローエンに青の薔薇の疑いなし! むしろ完全に敵対してますねー」

 って報告したらプリス隊の愉快な仲間達が訝しげな目つきを向けてくる。プリス卿すら疑いの眼差しをしている。


 リリウスの疑いは晴れた。それはいい。だが代わりに新たな容疑者が生まれたのだ。


 プリス卿はおいおいマジかよって気分だ。だが嘆いてはいられない。隊長としての使命感から問わねばならない。


「リリアよ、あの御方ってのは誰だ?」

「さあ、誰なんでしょう?」

「なんだと?」


「だって私リリウスくんの話に適当に合わせただけですもん。どうせならあの御方が誰なのか名前を割らせてみてもよかったんですけどね、会話が流れがそうならなかったから止めました。気づかれたら困りますし」


 愉快な仲間達も顎がはずれそうなくらい驚いている。


「こ…この女……」

「最悪だ、男の純情を弄んできやがった」

「あれ全部芝居かよ!」

「お前には人の心がないのか!」

「可哀想がすぎる。こんな女を想っている小僧が哀れだ……」


 散々な文句を言われているがどこ吹く風だ。おおげさに肩をすくめるリリアは完全にわるいおんなだ。全会一致だ。


「さすがはお前諜報部のほうがよくね?って団長閣下から直々に言われた女だ。見事に騙されたよ。……ところでイースの女総帥殺害がどうのこうのってのは?」


「やだなあ、そんなことしませんよ。ファラは私に大切な財布なんですよ、死人の財布にはおかねが補充されないですもん」


 ひどいおんなだ。


「会ったこともない女総帥さんに友達は選んだほうがいいって忠告したくなってきたぜ。おーらい、お前はお前の仕事をした。そういうことだな」

「ハッ!」


 リリアが敬礼をする。べろを出しているので敬礼とは呼べないかもしれないがプリス隊はフレンドリーな職場だ。なにしろ仕事中に酒を飲んでいても怒られない。むしろ隊長が真っ先に飲んでいる。たまに娼館から通報がある。おたくの隊長さんが酒代も持たずに飲んだくれた上に帰ってくれないって。


「リリウス・マクローエンに青の薔薇との関与はなし。銀虎卿レイザーエッジ殺害の容疑者の線はかなり薄いものだと思われます!」

「いい知らせを持ち帰れるな。いや上の方々からすれば我らの怠慢を疑う知らせになるんだろうが」


「上ですか、そういえばこの命令はガーランド団長から出ていると聞きましたが」

「上は上だ。幹部連に顔を出せる連中の不特定多数だ。リリウスは団内で恨みを買いすぎている、誰が強弁したか特定する必要がないほど大勢の恨みをな」


「それは本当にリリウスくんだけへの恨みですか?」

「察しがいいな。団の中にはファウル様に女を寝取られた御方だってわんさかいるんだろうぜ。親父が憎けりゃ息子まで憎いのさ」


 プリス卿がこれ以上の追及を避けるように手のひらを掲げる。


「ガーランド団長だって一応調査をしたというポーズが必要だったんだ。だからこれ以上はやめろ」

「了解です。痛い腹のうちを探るのはやめておきます」

「こいつめ。帝都の腹黒どもには関わるな、控えめに言って今の帝都は魔の都だ。俺でも助けてやれんぞ」


 リリアは感じた。この男は思ったよりも察しがいいのかもしれない。それとも優秀な副官の仕事かもしれない。


 フレンドリーながらに英雄級戦力の結集するプリス隊は言うなればトロール。頭の足りない馬鹿力の化身だ。だから青の薔薇も彼らの動向を注視していた。こうして潜入をしてまで彼らのプロフィールを調べつくした。

 だが唯一人ユキノ・バートランドだけは何もわからない。随分と昔にガーランド団長が東方から連れ帰った養子という書類上の経歴の他は何もつかめていない。

 プリス卿の口からも本人の口からも誰の口からもユキノの経歴だけがつかめない。


 同じ隊で暮らせども頑なに心を許さない少女の存在だけがリリアののどに刺さった小骨になっている。


 切り札を隠し持つ者は一人ではない

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