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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
223/362

小さな恋の終わり

 結論を言えば話題は全部リリウスに持っていかれた。

 謎の超技術で放映されたアンリミテッドハートが全てを持っていき、その後に舞台に立った何者も誰の記憶にも残らなかった。


 人生初のフルダイブ映画を体験した人々は口々に感想を交わし合う。誰もステージを見ていない。ステージにあがる誰もが約束された滑りを体験しているのだ。


 演劇の打ち上げにやってきた酒場の軒先に広がるビアホールでマリアが怒っている。


「あいつに任せたのが間違いだった!」


「にゃははは! 普段は遊んでるからあんな感じだけど本気を出すと誰も勝てないからねえ。敵も味方もひどい目に遭わせてしまうのは魔王の呪いなのかなぁ?」

「そんな大きな話じゃないと思うなー」


 マリアがへんにゃりとテーブルに顎を載せる。

 舞台の最中にずっと元凶が「お前ならできる」的な手振りをしていた。あれは本気で煽っていた。完全に煽っていた。ずっと含み笑いをしていたから間違いない。

 完全に遊ばれている。あいつはあたしで遊んでいる。その確信がある。


「文句言われるって察したのか打ち上げにもこないし。堂々と顔を出せばいいのに」

「エリン助けてー、マリアが絡み酒なんですけどー?」

「ほっとけ」


 ほっとけ!? 言うに事欠いてほっとけ!?

 そんなエリンはカードで遊んでいる。賭けポーカーでベル君たち男子四人とギリギリの勝負をしているところだ。お祭り資金の調達のつもりがかなり負けが込んでいるらしい。


「エリン冷たいよー、構ってー!」

「今それどころじゃない」


 抱き着いてみたら顔を掴んで押し返されてしまった。マジでお財布がピンチらしい。

 この扱いにはマリアも憤慨する。


「エリン冷たい! ひどい!」

 って言い残してどっかに歩き出した。


「どこに行くわけ?」

「リリウスを探してくる!」


 ナシェカを置いてずんどか歩いていく。

 あの様子じゃそこいらの道端で眠っちゃいそうだけど、言ったって止まらないだろうなとナシェカがため息をついた。



◇◇◇◇◇◇



 夜のレギンビーク市は昼間とは様子が異なり別の町に見えた。強かに酔っぱらったマリアには自分が今どこを歩いているかもわからないし、でも足を止める気分でもないからずんどこ進んでいってしまう。


 霧が濃くなっていく。闇色の霧が彷徨うように歩いていき、ふと彼の言葉が脳裏を掠める。


 ―――この空気を覚えておけ

 ――――どんな場所、どんな瞬間でもこの空気はレッドアラームだ


 ―――これは強い悪魔の出る前兆だ


 ぷりぷり怒りながら歩いていたマリアの足が止まる。畏れに全身が総毛立つ。何か恐ろしいモノがやってくる。


「あ……」


 声を出すつもりなどなかったのにのどが震えた。


 闇のコートを纏った男とすれちがう。その眼差しはマリアを捉えず、一種族の王など気にする必要もないとばかりに歩いていった。

 彼の背後に付き従う50や60という数の美しい少女たち少年たちもマリアを見ない。路傍の小石を避けるように無感情に無表情でマリアの左右を通り過ぎていく。


 恐怖という感情の海に溺れるマリアは彼らがいなくなることを願った。勇敢な彼女だ、誰かに問われればそんな怯えは認めなかっただろう。

 だが、だがその姿に見覚えがあることだけは認めていた。


「殺害の王イザール……」

「どこかで会ったかな?」


 その名を口にした瞬間、貴族的な容姿の男がこちらへと振り返っていた。……のどが乾く。恐ろしさで震えが止まらない。しゃがみ込んで泣き出してしまいそうだ。


「怯える兎の姿は可愛いものだ。だが狼を怒らせてはいけないよ、苛立ちを覚えれば目の前の愛らしい兎を喰い殺してしまうかもしれない」

「……あなたのカードを持っています」


 いつわりの殺害の王が楽しげに嗤う。

 あぁそういう線もあったかとくつくつ嗤う姿に、マリアは泣き出してしまいたかった。……何故?


 何故リリウスはこんなにも恐ろしいものと戦っているのだろう?

 どうすればそんな勇気が湧いてくるのだろう?

 だって、だってこんな怪物に敵うわけがないのに……


「彼にも困ったものだ。過去幾度か似顔絵のような形でこの姿を暴露されたことはあったがね、カードゲームのイラストにされたのは初めてだ」


 楽しそうに笑っている。この分なら殺されないかもしれない。いや、理由もなく殺されてしまうのかもしれない。


 わからない。恐ろしい。早くこの身の処遇を決めてほしい。早くどこかに行ってほしい。

 怖くて怖くて仕方ない。この男の手にかかれば死よりも恐ろしい運命が待つとわかってしまうから―――


 マリアはとうとう立っていることさえできなくなった。震える我が身を掻き抱き、王の前で自然とそうするように膝を折り、偉大なる王を見上げていた。


「あたしを殺すのですか?」

「そう刺激してくれるなよ可愛い小兎ポルカ。彼のお気に入りの猿一匹くらいは見逃してやるつもりさ」


 心底からよかったと思った。矜持もなく負けず嫌いも起こらずによかったと思った。

 この男が誰と戦いにきたのか理解しているのに、戦いにならずによかったと安堵したのだ。


 その事実がマリアの心を折った。


 ナシェカならこんな無様は晒さない。フェイ店長なら嬉々として拳を掲げる。リリウスならきっと笑いながら突撃する。……彼女たちにはなれない。


 自分はちがうのだ。ハッキリと思い知った。自分は彼女たちのようにはなれないと。

 そして理解した。あの戦士達でさえもこの男には勝てない。雄々しく戦い果ててゆくだけだ。


 ふと幻視したのはまだ記憶にないはずの光景。ラタトナで見たような広葉樹の森の遺跡でこの男に背を貫かれるリリウスの姿で、マリアは熱を放つ愛おしさから問いを発する。


「リリウスを殺すのですか?」

「猿との会話は退屈だ。私と彼は本質的に同じ存在なんだ。私は彼と仲良くしたい、私達は分かり合えるんだよ」


 マリアの勇気はここで途切れた。

 興味を失い、去っていく殺害の王の背を振り返ることさえできずに、その足音が遠ざかり、いなくなることだけを願ってしまった。


 この日マリアは真の意味での至高の存在と出遭ってしまった。

 この出会いはただただ不幸であり、一人の少女の心を折るに充分な不幸であった。



◇◇◇◇◇◇



 攻略祭の夜は思ったよりも静かで、町から離れて渓谷の断崖の上を散歩する俺とリリアは他愛もない話に興じている。

 火を喰らう竜『一眼泥平』との戦いの愚痴とかその後始末の話だとか俺が聞き役に回る場面が多いね。社会人は色々と大変だ。だから愚痴に付き合うくらいは屁でもないのさ。


「学院関連の仕事は楽だって聞いてたのに詐欺だね。プリス卿に騙されたー」

「馬鹿の言うことを信じちゃいけないって学べたね」

「ほんとね、いや前から知ってたけど!」


 リリアはいいトモダチだ。俺のダメな部分も知り尽くしているから見栄を張らずに気兼ねなく過ごせる。

 いいトモダチは貴重だ。できれば失いたくない。


「LM商会に来ないか? リリアなら高給を約束するよ」

「愛人枠は嫌だな」

「そんなんじゃないさ。大切な友達だから…リリアだから誘っているんだ。青の薔薇から手を引いてくれ、しがらみを全部捨てて俺の仲間になってくれ」


 冗談めかしていたリリアの眼差しが揺れる。

 これが演技じゃなくて虚を突けたのだとしたら俺も腕を上げたもんだ。リリアはいつだって俺よりも大人だったからわからなかった。たぶんファラも気づけていなかった。


「知っていたんだ?」

「知りたくもなかったよ」


 ドレイクが言ったんだ。ファラ・イースが生きているはずがないって。

 アシェラが言ったんだ。春のマリア本編開始時にイース財団の総帥はマティアス・イースだって。実姉ファラの死を契機に財団総帥位を得たって。学院在学中に命を落とすって。


 リリアが青の薔薇の広域監視員イエットリーだって。


「リリアの任務がファラの殺害だったなんて信じたくもなかった」

「そっか。ねえリリウス君、青の薔薇についてはどこまで?」


「どういう返答だよ。青の薔薇の支持母体はイース海運だ。イエットリーは青の薔薇の庭園の主人の部隊だ。青の薔薇の活動が本義から外れるのを阻止する憲兵の役割を持つとかぺらぺらくっちゃべれってか? 頼むよ、あの御方と手を切ってくれ。じゃないと俺は……」

「じゃないと私を殺さないといけない?」


 そんなに簡単に事実を突きつけるなよ……


「リリアが大切なんだ。失いたくないんだ」

「私もリリウスくんのことを大切に思っているよ。でもあの御方は裏切れない」


 命が惜しくないのか、なんてありきたりなセリフを言わせないでくれ。

 リリアにはわかるはずだろ。リリアなんて俺の前じゃ紙人形も同然だ。少しちからを込めて腕を振り回しただけで殺せるし、何をどうやっても逃げられない。


 わかっているはずなのに……


「どうして……?」

「一つ忠告ね。リリウスくんは私なんて気にするべきじゃない。本当に大切な人だけを気にしてあげて。……その子もね、ずっと待っているんだよ」

「遺言にしては気が利いているな。リリアとの最後の思い出が汚れずに済んだ」


 リリアの首を手をかける。ほんの僅かなちからを込めるだけでいい。

 この美しい友情を終わらせよう。リリア、愛していたよ。きっと貴女が想ってくれていたよりも何倍も。

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― 新着の感想 ―
[一言] こいつに関わった女はほんと死ぬな、というべきか、そういう女にばっかり関わっているというべきか、どっちなんだろうか
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