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最終章 『春のマリア』  作者: 松島 雄二郎
課外実習編
221/362

レギンビークの攻略祭②

 攻略祭の当日。祭りのために有志で何かやろうって連中が準備で忙しい最中にリジーの悲鳴がとどろく。


「ばか野郎!」


 いや悲鳴じゃなかった。非難だ。


「衣装の受け取りもできないのかよ。ウェルキンはともかくベルがそんなへまをこくなんて!」

「俺はともかくってなんだよ。受け取りに行ったらとっくに渡したって言われたんだから誰かが先に受け取りに来たんだなって思うだろ!」

「おまえしか受取証を持ってないのに誰が受け取るんだよ!」


 この不毛なやり取りに裁判長が判決を下す。


「ナシェカさいばんちょ、判決をどうぞ」

「ウェルキンは死刑として実際問題いま言い争ってる時間はないね。誰かに渡し間違えたか詐欺ったか知らん服飾工房は後でしばくとして最優先は舞台の時間までに衣装を揃えることでしょ」


 マリアがうめく。


「おお、なんと頼りになる」

「気軽に死刑にされたけどさすがはナシェカちゃんだぜ!」

「幸い海賊ハットはあるし冒険者っぽい衣装を五人分と海賊っぽい衣装を十人分か。手分けして調達だ!」

「「おー!」」


 もう時間はない。各自適当に服を集めてリメイクして扮装するしかない。


 D組総出で町中を走り回って古着屋や服飾工房を回って中古服や既製品を集めて回る。冒険者っぽい服なんてこの町には幾らでもある。海賊ってのは難しい。D組の其々が思い描く海賊像はバラバラで、だから裁縫屋に無理を言って海賊の服を仕立ててもらったのだ。


 そして戻ってきたらせっかく作った舞台装置が壊されていた。


 船の舳先を模した舞台装置は板切れになるまでバラバラにされ、玉座と真っ赤な絨毯はハンマーで打ち壊されたり引き裂かれていた。D組のみんなが悪意のある何者かの仕業だって気づいた瞬間だ。

 ここは練兵場でけっこうな人がいるはずなのに誰に聞いても知らないって笑っている。


「あーあ、これを直すのは時間がかかるぞ。ステージまで何時間だっけ?」

「一時間もねえよ」

「いい気味」


 この悪意がほんの数人のものならよかった。

 だが示し合わせたように大勢の悪意が押し寄せてくれば、いかにマリアといえど怯んでしまう。


「てめえらの仕業か?」

「ウェルキン、やめて」


 気色ばむウェルキンと止めると怒りの矛先がこちらにきた。

 こいつらを殴らせろと無言で睨みつけてくるウェルキンには首を振る。


「証拠がない。無理に吐かせるのもやめて、あたしらはいいけど他のクラスメンが困る」

「は? 証拠だと? この状況が見えてねえのか、こいつらがやったに決まってんだろ!」

「だな。ふざけやがって」

「やるぞ。ここまでされて黙ってる理由なんてねえよ!」


 乱闘が始まる。これがけっこうなおおごとになって一年も二年も入り乱れる大乱闘になった。

 心底に頭にきているのに止められなかったマリアが拳を握り締める。


「誰だか知らないけどつまらないマネするね」


 マリアは怒りながらも気持ち悪さを感じている。

 何者かの罠にはまってしまったような気持ち悪さだ。



◇◇◇◇◇◇



 収穫を終えたら収穫祭。神の降り立った日は降臨祭。年が明ければ新年祭。人間なんてものは誰に気兼ねなく騒げる理由を探す生き物ってことだろう。


 迷宮が攻略されたら記念に攻略祭が始まる。迷宮都市の常識だ。

 攻略祭はとにかく大きな祭りだ。領主からの振る舞い酒が町一杯に溢れ、攻略者は馬車に乗って町中を練り歩き、商会は挙って牛や豚を供出するので町中に飲食物が溢れかえる。日頃は手に職を持つ市民が露店商に変化して景品付きの射的を始めたり大道芸を披露する。


 俺はどうにも遊ぶ気分になれなかったし、どうでもいいんだが学院の方では色々やるようだ。クロードが張り切っていた。


 攻略祭の朝、祭りの冷やかしに出かけた俺とフェイはいつものように兵隊さん達と遊んでいる。

 レギンビーク市の壁には俺の手配書が張られているんだよね。賞金額は400テンペル。迷宮騎士団が独断で出せるギリギリの金額なのだろう。


 けっこうな金額なんで冒険者もけっこうやってきたんだが俺らの顔を見ると同時に帰っていった。ぜってぇ勝てないのがわかったんだろ。

 だが兵隊さんは昼夜を問わずにやってくる。まぁ四の五の言わずに遊んでやってるよ。新技の実験にちょうどいいしな。


 死屍累々と転がる兵隊さんの群れと及び腰の兵隊さんの群れが祭りのメインストリートを埋めている。最初から怪我してる奴らはここ数日の内どこかで遊んでやった奴だろうな。骨折した腕を吊ってる奴は大人しく寝とけと言いたい。


「くっ、強い……」

「怖気づくな、奴らとて人間だ、人間なら倒せるはずだ」

「隊長ぉ、そう思うなら前に出てくださいよ」

「なんで隊長なのに前に出るんだ! 絶対にイヤだ!」


 内ゲバが起きそうな空気なのが最高に面白い。一般兵が連日連夜に渡って救世主とのバトルを強いられてきたのだ。恐怖がしみ込んでいるんだろ。

 手招きしてみる。


「来いよ」

「……」


 下がっていく兵隊さん達と辛うじて踏み止まる隊長さんである。実力差を理解していても退けないのは大人の矜持だな。見たとこ四十かそこいらのおっさんだ、来年にようやく十六になるってガキ相手に退きたくないわけだ。


「来ないの? 俺から行くよ?」

「くそっ、覚えてろ!」


 兵隊どもが蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。もはや恒例行事である。干渉結界を使って魔法力を無効化したはずの俺らに蹴散らされるとか意味がわからねえだろ。レベル40前後のエリート兵なんて俺達の前に立つ資格さえないんだよなあ。

 でも逃がさない。隊長さんだけは捕獲する。


「はっ、離せー!」

「いいけど。先に慰謝料を置いていけ」

「くそったれ、冥府に落ちろ!」

「わかったわかった。で、かねは?」

「無い」


 この後隊長さん並びに兵隊さんを率いて市内の大手商会をおとない、金80テンペルの借金をさせた。身代金と考えれば妥当だろ。たぶん。

 釈放した隊長さんとは笑顔で別れるのも戦場の掟なのだ。


「では諸君また会おう、救世主はいついかなる時だれの挑戦も受ける!」

「その言葉を覚えていろ」

「覚えておくよ」 


 彼がどのようにしてこの借金を返済するのかは不明だ。軍事物資の横流し、戸籍の売却、養子縁組による騎士候家という名誉の売却。まぁ色々な手立てがある。木っ端騎士は貧乏だと言ったこともあると思うが汚職を働けばみんなが思い描く貴族的でバブリーな生活を送れるんだよ。


 ちなみにこの金は市民さまに還元している。

 迷宮攻略者にして大天使ナシェカちゃん基金と称して市民に配らせている。みんなが祭りを楽しんでくれるのが俺の幸せだ。いやこんな重たい荷物要らないってのが本音だ。

 お尋ね者状態で大金抱え込んでもどこかで回収されるのがオチだ。だったら市民様にパァっと使い込んでもらおうじゃないか。


「俺のおかげで今年一番の大盛り上がり。いやあイイコトをすると心地よいもんだ」

「これに関しては僕もぐだぐだ言おうとは思わん」

「兵隊が可哀想か?」

「言わんと言ったはずだ。ガレリアの先兵に同情していてはキリが無い」

「そうかい。手がおかしいとは思わないんだな」


 フェイが鋭い視線を飛ばしてきた。


「普段とはやり口が違う、そう言いたいのか?」

「アサシンを派遣する殺人教団のくせにけっこう堂々と来るガレリアが今回に限っては姑息だ。稚拙というか子供っぽいというか俺と社会の不和を狙っているだけに思える」


「指し手がイザールではない、それは感じていたがガレリアに限って人材不足なんてことはありえないだろ。そういう指揮官が来ている、それだけじゃないのか?」


 違和感を感じている。だがそれは俺だけの気のせいのような程度のものらしい。

 詰めが甘いとは感じていない。生温い。手ぬるい。優しい。そう感じることがどうにも不可解だ。


 俺を社会から孤立させたいのか、それとも俺に人間を見限らせたいのか?

 こんな奴ら救う価値なんてないって言いたいのだとしたらそいつは俺を理解していない。名称に騙されたか? 俺は人間を素晴らしい生き物だなんて思っちゃいない。


 だから、そうだからこれは―――


「余計なお世話だ馬鹿野郎。……なんだよ?」

「一人で抱え込むなと言っておくが無駄なんだろうな」

「何も抱え込んじゃいねえさ」


 酒瓶片手に祭りを冷やかしていると楽しそうな声が聞こえてくる。スリの声も聞こえてくる。いやはや祭りの楽しみ方は人其々だ。


 よく見ると学院生の屋台も紛れている。


『セルジリア伯爵家秘伝の串焼きのお店』

「デブ!」


 見ないと思ったら屋台の準備をしていたのか。A組の見慣れた連中がせっせと串焼きを焼いている。A組のエリート上級子弟ことディルクルス派の連中だ。


「親子焼き……意味深だな」

「ディルクルスぅぅうう! だから、お前ぇぇ! どうしてそう変なところで不気味な笑い方をするんだ!?」

「特に意味はない」

「意味があるように思えてしまうだろ!」


 楽しそうだな。あれはあれで楽しそうに見えるから不思議だ。

 串焼きを頼んだら白いタレのかかった焼き串を寄こしてきた。


「この白いタレは大丈夫なタレなんだよな?」

「大丈夫じゃないタレなどあるか! なんだ大丈夫じゃないタレって!」

「スペルマ」

「くっ……」


 ディルクルス君が噴き出し、みんなが「そんなもの入れるか変態じゃあるまいに」って怒鳴ってる。俺もお前らが混入するとは思ってないよ。お前らは約一名を除いてドノーマルだもん。


「怖いからフェイにやるよ」

「怖いと言われて渡されたもんを食うのはさらに怖いだろ」


 しかし屋台は大盛況だ。あんまり儲けを考えてないのか値付けは庶民価格の銅貨四枚。味はデブが監修なら上級貴族のレベルなんだろうな。売れるに決まってるわ。怖いだけで。

 近くの公共炊事場で下拵えをしてきたらしく、デブとお嬢様たちが串の補充にやってきた。


「繁盛してますね」

「おかげで食材が尽きそうなの。三日分のつもりで用意したものが無くなるのよ、まいったわ」


 空いてる面子で町の外に出かけて鳥を狩っている最中らしい。


「手伝っていく?」

「みんなが楽しんでいるのに水を差したくありませんので」


 屋台を離れて酒場に入る。今日はもうまともな営業をするつもりはないらしく、店主のおっさんが酒瓶を配ったり持ち込みのジョッキに酒を注いでやっている。


 そろそろD組の演劇だな。そう思って広場に向かうと途中で下品な高笑いが聞こえてきた。路地裏にひょいっと顔を出す。

 焚火を囲んで乾杯している連中がいる。制服からして学院の二年生かな?


「見たか、あいつらの面!?」

「傑作だったな。あのレベルの笑える面はそう拝めるものじゃない。一年が調子こきやがってよぉ、あいつらには前から腹が立っていたんだ」

「特にウェルキンな。声がでけえんだよあいつ」

「これに懲りたらちっとは大人しくなるだろ」

「大人しくすれば止めてやるのか?」

「まさか。飽きるまでは遊んでやるぜ」


 一年のウェルキンねえ。該当者は一人しかいねえな。

 なんだか胸糞わる……面白そうな香りがするので認識阻害のフードを被って混ざってみよう。


「よう兄弟、何だか機嫌が良さそうじゃねえか。何かイイコトでもあったのかい?」

「よお兄弟! 聞いてくれよ、これが最高に面白いんだ!」


 とっても上機嫌なこの男、フェルギスくんが己の戦果を大いに語る。

 生意気な一年どもが目についたから連中が仕立て屋に頼んでいた演劇衣装を先に受け取って、こうして燃やしてやっているんだってさ。


 思わず笑っちまったぜ。


「ぎゃははは! 小さい! 悪行が小さい!」

「いやいや序の口プレリュードだって。いきなりクライマックスじゃつまらねえだろ? 最初は軽くご挨拶だよ」


 フェルギスくんが最高にイカした顔でニヤリと笑う。ノリがいい男だぜ。


「わかってんじゃん。じゃあ次は何をやる?」

「シーツに小便をひっかけておくね!」

「ちいさい!」


 いやぁ楽しいなあ。悪戯について語り合うのは楽しいなあ。

 次はどんな悪戯で~、お次はこうこうこうやって~、最後はいったい何をやらかすつもりなんだろうなあ?


「で、クライマックスは?」

「そりゃあ決まってんだろ。どうかもう止めてくださいって言ってきた田舎娘にこう言ってやるのよ。脱げ」

「ひゅうっ! ワルだな!」

「だろう?」

「最高だぜ、俺も混ぜてほしいね」

「おおっ、兄弟はわかるやつだな。混ざれ混ざれ、ああいうのは多ければ多いほど楽しいもんだ!」


 上機嫌なフェルギスくんがそういえばと言い、俺の顔を覗き込む。


「そういえば兄弟、あんた名前は?」

「俺かい? 俺はそらお前決まってんだろ、リリウス・マクローエンだよ」


 フードを取り払うと四人の二年生の口から「ひゅっ」っという変な音が出てきたので笑った。やらかしはともかくとしてリアクションには光るものがあるな。いい反応だ。


 座っていた木箱をひっくり返して後退るフェルギスくんの小者っぷりは本当に大好き。録画しておかなかったのを悔やむレベルだ。


「な! ななななな! なっ、てめえは!?」

「まあ落ち着けよ兄弟、俺は兄弟の味方さ」

「だがてめえは……」

「悲しいねえ。あんだけ楽しく語り合った仲だっていうのにさあ」


 逃げ道を探して後退る四人と、彼らの退路を塞ぐフェイ。まぁ隠形の術を使ったフェイは最初からその壁に背もたれていたんだが。


「まあ落ち着けよ、そうだ、しりとりをしよう」

「どうして! 俺と! お前が! しりとりをするってんだよ!」

「そのカッカした頭を冷やすためだよ。先手は譲るぜ、さあ最初は『り』だ」


 フェルギスくんが悩んでいる。俺の意図を見抜こうと考えに考え込んでいる。しかしお酒で鈍った頭では思い至らないようだ。


「り…りす」

「じゃあ俺の答えはスプーンだ」


 小雪の降る路地裏に四人の悲鳴が響き渡る。

 せっかくの祭りに水を差しやがって。無粋な連中だぜ。

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